この世に同じ人間は1人としていない。
見た目が似ている、考え方が似ているというそっくりさんはいるだろう。
しかし、遺伝子、環境、教育、考え方……様々な事象の1つでも違えば、どこかしらが違ってくる。一卵性双生児だったとしても何か1つーーもちろん名前以外だがーー違えば育った環境が一緒でも違う人間だ。
では、他人とは分かり合えないのかというとそうでもない。
相手を思い、理解しようとさえすれば、言語も文化も容姿も……何もかもが違っても分かり合える。みんな等しく『人間』なのだから。
*
「グッモーニン!」
部屋に入り、大きな声で挨拶する。
「らんらん。おは、ちっかいなぁ!?」
まずはソファーに座っていたジュンちゃんと麗華ちゃんに。
「今日も可愛いですね、ジュンちゃん!」
お次はみうちゃんに。
「おはようみうちゃん!」ダキッ
「お、おはよう……」ビクッ
ハグしながらあいさつ。みうちゃんは少しビックリしたみたい。
「今日もテンション上げていこー!」
「相変わらず元気ねぇ、桜は……」
麗華ちゃんがそう言うけど、元気が無いと楽しくないもの。
「あ!」
ニコルちゃんが本を読んでいた。ニコルちゃんはよく本を読んでるけど、本が好きなのかな?
「その本、私も読んだことある! ニコルちゃんも好きなの?」ヒョコッ
「!」ビクッ
「ん?」
後ろから声をかけると、ビクッとしたあと私を振り返る。
「いきなりはビックリするでしょ!?」
「Oh! sorry sorry」
怒られちゃった。まぁ、本読んでるときに後ろから声かけられたらビックリするけど……
(そこまで驚くかな?)
「おっはよ~」
「あ! 凛子ちゃん!!」
凛子ちゃんが入ってきたところで直ぐ様駆け寄る。
「ん」
私が来るのが分かっていて、凛子ちゃんは両手を広げて受け入れ体勢。そこに一直線に飛び込んで行く。
「おはよう凛子ちゃん」ダキッ
「おはよう、桜」ポフッ
私は凛子ちゃんに抱き付き、凛子ちゃんは受け止めながら、右手は私の頭をポンポン撫でて、左手は優しく背中に回される。
(あぁ、凛子ちゃんに包まれると不思議と落ち着く~。ん?)
最初こそ驚いていた凛子ちゃんだけれど、最近は当たり前のように受け入れてくれる。目が合った途端にまるで『おいで?』とでも言うように。
でも今日は何か違うような……
「ん~?」スンスン
「桜? どうしたの?」
「今日の凛子ちゃん、いい匂いがします!」スンスン
「嘘っ!? 汗臭かった!?」
いつもしない匂いがしたので凛子ちゃんに言うと、凛子ちゃんはかなり焦っていた。
「汗?」
「ウォーミングアップがてら走って来たんだよね~。意外といつもより体が軽かったからさ~」
それでいつもより距離を伸ばしたら、少し迷ってしまってさっき着いたらしい。
言われてみれば、少し顔も赤いような……
「う~ん……やっぱりシャワーを浴びてくるべきだったか……とりあえず、桜。離れてくれるかな?」
「イヤです」ニコッ
「何で!?」
私から離れようとする凛子ちゃんにしがみついて、さらに匂いを嗅ぐ。
凛子ちゃんはワタワタとしながらなんとか引き剥がそうとする。
それでも乱暴に引き剥がそうとしないのは私に気を遣っているからなのかな。
「おはようございます」
そんな時、声をかけられた。
「あ、あかねちゃん。おはよー!」
「あかね、おはよ」
あかねちゃんがなにやら紙を持ってやってきた。
「百合営業中のところすみません」
「いや、違うからね?」
そう言いながら凛子ちゃんはスッと私から離れた。
「まぁ、それはさておいて「少しは聞いてほしいかなぁ~」、藤間さん」
「私?」
てっきり凛子ちゃんに用だと思ってた。
「この間分からないと言っていた歌詞の意味、補足しましたよ。伝わるといいのですが」
「WoW!! amazing! 助かりました!」
歌詞の意味が分からなくて困っていて、近くにいたあかねちゃんにお願いしたのだった。ちなみに凛子ちゃんにもお願いしたんだけど、
『私の場合、補足って言うより映像で見えちゃってるから上手く伝えられるか分からないんだよね~』
と困ったように笑ってた。
「Thank You!」ダキッ
感謝の意味を込めてハグをした。
グイッ
「近すぎです」
と、肩を押され引き剥がされた。
表情は変わらないものの、明らかに拒絶された。
(あれ!? それって……私と近いのが嫌ってこと?)
「では失礼します」ペコリ
頭を下げてあかねちゃんは行ってしまった。
さすがに呼び止めて聞く勇気はなかった。
「……」
「なーなー見て!」
「!」
「駅前に新しいタピオカ店出来てん! うまそうやろー?」
「いいなぁ。一口ちょうだい」
都ちゃんと絢香ちゃんがソファーに座って飲み物片手に話していた。
「? タピオカ?」
聞きなれない単語に2人に近づく。
「らんらんとりんりんも飲むか~?」
「私はいらない」
笑顔で都ちゃんが差し出してくる。
「あぁ! ボバティーのことかぁ!」
2人が話していたのはボバティーのことだった。
「ボバティーってなんや?」
「へ?」
(あれ? ボバティーと違うの!? でも見た目はボバティーだし……)
都ちゃんに言われて頭がこんがらがる。
「アメリカではそう言うらしいですよ」
あかねちゃんが補足してくれた。
「へぇ! 知らんかった。じゃあアメリカでは『タピる』って言わへんねやな!」
「た、タピる……?」
「ボバティーだからボバるじゃない?」
「ボバるて!! ば、爆弾みたいやないか! ウケる!」アハハハハ
「やばみだね~」
(ウケる? やばみ?)
「こら。日本語は正しく使いなさい」
(それ、日本語なの!?)
話に着いていけない私を置き去りに話の輪が広がっていく。
みんなの言っていることが分からない。
ニコルちゃんとあかねちゃんにも避けられちゃったし……私……皆と何か違うのかな……
(同じ日本育ちじゃないからかなぁ……)
私が日本育ちならあの輪の中に入れたのかな。皆と同じ話題を共感出来たのかな……
(少しだけ……皆が遠く感じちゃうな……)
楽しそうに話す皆と、それを離れたところから見ている私。
距離はそんなに離れていないはずなのに、それ以上に心の距離が遠く感じる。
ポムッ
「へ?」
急に頭の後ろに柔らかい、そして暖かい何かが載せられた。
「どした? まるで友達の輪に入れない子どもみたいな顔して」
私の肩に顔を載っけて、優しく囁く声。そして、抱き止めるよう後ろからお腹に手がまわされる。
「凛子……ちゃん……」
「ん~?」
時々からかったり、みんなに弄られたり、麗華ちゃんやニコルちゃんに怒られたりするけれど、私が困った時には助けてくれる彼女。
「凛子ちゃん! Could you tell me~!!」ワァン
「ちょっ!? 桜!? 早い! 聞き取れない! もうちょっとゆっくり!」ワタワタ
不安で寂しかったところに凛子ちゃんが話しかけてくれた安心で、泣きながら凛子ちゃんに抱きつき捲し立てる。
「~~~~」ペラペラ
「あぁ、もう何もわがんねぞ!? 英語でゆっくり話してってなんて言うんだっけ!? スピードラーニングやっとけばいがった!」
感情のままに話す私と、私の言っていることを必死に理解しようとする凛子ちゃん
「あぁ~!りんりんがらんらんを泣かした~!!」
「凛子!? 何してるの!」
「私じゃねーがら! ……私、んねよね?」
「白雪さん、落ち着いて下さい。お国言葉が出てます」
ついにはみんなに見つかってしまい、困ってしまった凛子ちゃんも訛りがではじめた。
『泣かないように』と涙を止めようとするものの、昂った感情はそう簡単に収まることもなくーー
「そろそろレッスンが……どうかされましたか?」
合田さんがレッスンの開始を告げに来るまで騒ぎが収まることはなかった。
*
ところ変わってレッスンスタジオ。
今日は本番に向けて一通り流れをすることになっていた。場所こそいつものスタジオだけれど、実質リハーサルみたいなものだ。
「うん。大体OKだけど……」
最後まで黙って見ていた監督さんが口を開いた。
「藤間さん」
「はい!」
「ワンテンポ遅れてたな。皆とちゃんと息合わせて!」
「すみません!」
注意を受けて頭を下げる。
さっきのことが頭をよぎってしまったのか、動きが揃っていなかったみたい。
「じゃあもう一回!」
「よろしくお願いします!」
(もう~しっかりしなさい! 集中しなきゃだめ!!)
頬を叩き、集中する。
(皆と息を……)
右手を挙げるべきところで左手を挙げてしまう。
(息を合わせて……)
フリが逆になってしまいぶつかりそうになる。
「はい、終了でーす」
「「「ありがとうございました!」」」
「ア……アリガトウゴザイマシタ……」ゼェハァ、ゼェハァ
(や……やっちゃったぁ……)
結局あの後も失敗の連続だった。
(どうしよう。うまくいかなかった……)
「らんらん、なんか調子悪いんか?」
(都ちゃん……)
都ちゃんが声をかけてくれた。気を遣ってくれたのかな?
「大丈夫! ごめんねミスしちゃって!」
「桜。私もう少しやっていくけど……一緒にやる?」
柔軟をしながら凛子ちゃんも声をかけてくれる。
「うぇ!? りんりんまだやるんかいな」
「まだ不安なところがあるからね~。確認も兼ねてね」
「りんりんで不安だったら私たちはどうなるんだろうね?」
「あまり遅くならないようにね?」
凛子ちゃんと一緒にやれば、ちゃんと出来るまで教えてくれるだろう。
(でも……)
「大丈夫。明日は完璧にやるよっ! アイムアイアンマーンだからねっ!」シャキッ
「なんやそれ!」
精一杯の強がり。それでもそう見えないようにおどける。
都ちゃんはすかさず突っ込んでくれた。
「……」ジー
「っ……凛子ちゃん?」
凛子ちゃんの目はまるで私の嘘を見透かしたようにーー
「そう? それならいいんだけどね」
「じゃあ……」ホッ
「うん……」
凛子ちゃんにバレなかったことにホッとしながらレッスンルームを後にした。
「合田さんっ!」
目の前を歩いていた合田さんを呼び止める。
「どうかされましたか、藤間さん」
「明日、早めに来ていいですか? 練習したいので……」
「なるほど……ではメンバーの皆さんにも伝えておきます」
「あっ、いいんです!」
合田さんは朝練のために他のメンバーにも連絡すると言ったけど、急いで止める。
「私一人で……。今日失敗したのは私のせいなので……」
私一人が出来ないせいでみんなに迷惑をかけるわけにいかない。
一人で練習して成功出来るようにしないと……
「……」
合田さんが無言で私をジッと見つめる。
(ダメ……かな?)
「分かりました。ではカギを開けておきますので」
「ありがとうございます!」
無理を聞いてくれた合田さんに頭を下げる。
「ただいまぁ……」
寮の部屋に戻って、直ぐ様ベッドにダイブする。
「がんばらなきゃ~!」
言ってはみるものの、頑張る気持ちにはなれなかった。
スマホを取り出すと、待受画面に設定している私とおばあさまの写真。
(おばあさま、今日ね……失敗しちゃった。ダメダメなんです……)
それだけじゃない。メンバーのみんなとも分かり合えず、寂しい思いをした。
おばあさまの故郷で頑張ると決めたのに、『日本人じゃない』ということで壁にぶつかってしまった。
「おばあさま……」ウル
(寂しいよ……)
ポーン
「!!」ガバッ
スマホを胸に抱えた途端に通知音がして飛び起きる。
「凛子ちゃん?」
『大丈夫?』
たった一言。それだけだけど凛子ちゃんの色々な思いがその一文に込められていた気がした。
(凛子ちゃんに頼るのは簡単だけど……凛子ちゃんに甘えてばかりもいられない)
凛子ちゃんのことだから迷惑なんてことは一切思っていないだろうけど……むしろ『もっと頼ってくれてもいいよ』と言いそうだけれど……
結局凛子ちゃんに返信しなかった。
*
「グッモーニン!」
翌朝、スタジオに行くと約束通り鍵は開いていた。
「ワタシー! 一番乗りー! って当たり前か」
軽く柔軟をして少し離れたところにスマホをセットして音楽を流す。
(この曲、盛り上がるんだよなぁ)
確認しながら踊る。
(ここでコールが入って……みんなも楽しそうで……)
「っ!」
私のスマホの音源と、靴底と床の摩擦音だけが響くレッスンルーム。他のメンバーの歌声もトレーナーさんの声も聞こえない……。
耐えきれなくなって大きな声で歌い出す。寂しさを振り切るようにーー
「ハァ……ハァ……」
(誰もいないってこんなにーー)
「寂しいなぁ……」
「!!」ビクッ
急に声が聞こえて振り返るとーー
「凛子ちゃん!?」
ジャージ姿の凛子ちゃんが立っていた。
「早朝レッスンに誘ってくれないなんて……私は寂しいなぁ~」
「どうして?」
「私だけじゃないよ~?」
凛子ちゃんが入り口に目を向ける。
「らんらん」
「都ちゃん……!?」
都ちゃんが駆け寄ってくる。
「練習するなら声かけてや~! ウチも一緒に練習すんで!」
「な、なんで……」
バッ!
「!?」ビクッ
急に両手を広げる都ちゃん。
(な、何!?)
訳も分からず驚いているとーー
「なんや! ハグせえへんのかい! いつも飛びついてくるやんけ!」
「へえぇ!?」
「みゃーこ恥ずかしーっ!」
凛子ちゃんと都ちゃんだけではなかった。
「うるさいわっ!」
「朝から元気すぎるのよ」
「え……」
みんなが、誰一人欠けることなくいた。
「なっ……なんでいるの!?」
(私、昨日誰にも言っていないはずなのに!)
唯一、合田さんには許可をもらうために話したけれど、彼は『言わないで』と言ったことを勝手に言う人ではないはず……
「なんでって、昨日みゃーこが皆に……」
「ちょおい! それは言わない約束やん!!」
ジュンちゃんが言いかけたところで焦って都ちゃんが止める。
「都ちゃんが……?」
「そうそう。今日早く集まって、皆で練習しようって」
(都ちゃんが? でもどうして?)
そういうことを言い出しそうなのは凛子ちゃんだと思っていたから、都ちゃんが言い出したと言われてもピンと来なかった。
「桜、合田さんに早く練習出来るようにお願いしたんでしょ? 都がそれを見てたらしくて……」
「『らんらんを一人にせえへん』って連絡くれたんだよね~」
麗華ちゃんと凛子ちゃんに言われて初めて知った。
「桜もそういうことなら言ってくれればいいのに!」
「ね~? 変に気ぃ遣うんだから。まぁ、優しい桜らしいけどさぁ~」ニヤニヤ
「あっ、でも私のせいだから悪いかなって……」
麗華ちゃんと凛子ちゃんに言われてそう返す。
「皆ミスくらいしますよ。改善点は皆で共有した方が効率がいいです」
あかねちゃんに反論される。
「このくらい普通にやるしね」
「エリザベスは早く来すぎですー」
ぽん
「みうちゃん……」
言葉はないながらもみうちゃんも励ましてくれた。
「もー……さっさとやんで!」
「そうねー」
都ちゃんに急かされて皆柔軟をし始める。
「都ちゃん……ありがとう。 えっと……私の……? ために……?」
「なんで疑問系やねん! アンタのためや!」ビシッ
「あいたっ!」
突っ込まれてしまった。
「あと、ウチらのため!」
「え?」
「ライブはな、1人じゃ出来へんねん。ウチらメンバーとお客さんとスタッフさん……みんなが楽しまなアカンねん!」
「成功させなアカンやろ! 皆で!」ニコッ
都ちゃんの笑顔に涙が溢れてきた。
「So glad~!」ヒシッ
「今か! 今抱きついてくんのかい!」
都ちゃんに抱きつくとまたもや突っ込まれる。
「あ~、みゃーこが桜を泣かした~」ニヤニヤ
「ちょっと、早く始めるわよ!」
昨日は遠く感じた皆との距離。今日は皆の優しさ、暖かさを感じた。
(だから私は、寂しくないよ!)