22/7 白きリンゴの甘い毒   作:ハマの珍人

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寮生活とキャッチコピー

 『寮生活におけるアンケート』

 

 所属するメンバーの半数が地方出身ということもあり準備された寮。もっとも、寮といってはいるもののアパートとなのだが。

現状は滝川みう、斎藤ニコル、丸山あかねを除くメンバーが生活中。

立川絢香、白雪凛子は住んでいた物件との契約の関係上、1ヶ月遅れの入寮。

 G.I.Pで管理・契約しているとはいえ、実際に生活しているのは彼女達だ。

我々もサポートするとはいえ、事務所の外、プライベートスペースではどうしても気づきにくいため、対応が遅れてしまう。

そこでトラブルや改善点、要望を無記名アンケートという形で寮で生活するメンバーに配布、提出してもらい検討しようということになった。

 

『Q.寮生活をしていて良かった点は?』

 

A.ライフラインの料金を事務所側で負担していただける所でしょうか。実際寮費だけで済んでいるので助かってます。

 

A.一人暮らしって初めてだったけど、みんながいるから不安じゃないね。

 

A.前に住んでた所に比べて事務所に近いからギリギリまでレッスンしててもそんなに遅くなることもないしありがたい。

 

 ここまで読んで目頭を押さえて揉む。

うん、最近案件やら何やらで遅くまで作業することが多かったから少し疲れが溜まっているのかもしれない。

 

『Q.今の寮で良いところは?』

 

A.防音なのが助かっている。おかげで物音とか気にならなくて済む。

 

A.近所に24時間開いてるスーパーがあること。仕事終わってから惣菜買ったり、日用品切らしてもすぐ買いに行けるし。

 

A.事務所からの立地が走っていく距離としてちょうどいいし、階段の高さもーー

 

 一息いれるとしよう。見えてはいけないものが見えてきている気もするし。

 

 用紙を一度まとめてデスクに置くと、コーヒーを買いに行くために一度部屋を出た。

 

 

 さて。カフェインも摂取したし、息抜きも出来た。

再び用紙に目を通す。

 

『Q.困ったこと、要望など』

 

A.通路の蛍光灯がきれかかっているところがあった。

 

A.雨の日になると階段に人の気配がある……気がする。

 

 蛍光灯のことは管理人に確認するとして……人の気配?

いるとしてもメンバーか管理人ぐらいなのだが、雨の日だけと言われるとおかしな話だ。

 

(調査が必要か?)

 

 管理人も24時間常駐しているわけじゃない。今回の蛍光灯の件もあるように気づかないということもある。

不審者の可能性がある以上、事が起こってからでは遅すぎるのだ。

 

 事態を重く見た合田だったがーー

 

A.トレーニング施設みたいなものがないため、雨が降っている日には階段ダッシュぐらいしかすることがなくてーー

 

 

 

「白雪さん、寮はトレーニング施設ではありません。それと、過度な自主トレは控えてください。今後はトレーナーさんとも相談するようにしましょう」

 

 言われた本人は『解せぬ!』という顔をしていた。

 

 

『キャッチコピー』

 

 某日、事務所のとある1室。詳細も分からないままとあるメンバーに呼び出された。

自分以外の7人も困惑ーー何人かはワクワクしてるけどーーする中、ホワイトボードの前で呼び出した張本人、みゃーこは目を瞑ったまま一言も発することなく腕組みしている。

 しばらくしてスッと目を開けーー

 

「はい、皆さんが静かになるまで5分かかりました」

 

「あ、そういうのはいいんで~」

 

 校長先生ネタをぶっ込んできたのでさらっと受け流す。

 

「それで? 何のために呼び出したの?」

 

(ほら~、変にネタに走るとニコるん怒るから~)

 

 こちらも同様に腕組みして、『不機嫌です』と言外に表しているニコるん。

 

「至急って書いてあるからびっくりしたわよ」

 

「英語でも書いてましたね。綴りは間違っていましたが」

 

「都ちゃん、『emergency』だよ『emargensy』じゃないよ!」

 

「うわっ……はずっ」

 

「みゃーこ、ドンマ~イ」ケラケラ

 

(みゃーこ……ボロクソ言われてんじゃん……)

 

 何事かとびっくりしたと語る麗華。あかねと桜にはスペルの間違いを指摘され、絢香にトドメを刺され、終いには年下のジュンに(笑いながら)慰められる。

 

「うっ……うっさい! そんなことより今日呼び出した理由はーー」バンッ

 

 恥ずかしさと怒りに顔を紅くしながらホワイトボードをひっくり返す。

がーー

 

「逆さま……」

 

「逆さまだね~」

 

「逆さまね」

 

「逆さまですね……」

 

 泣きっ面に蜂というか、恥の上塗りになってしまった。

 

 みうちゃん、私、麗華、あかねと指摘していく。

桜と絢香は笑いだし、ジュンに至ってはお腹を抱えて机に突っ伏している。これは完全にツボったね。

唯一不機嫌そうにしているのはニコるん……いやパッと見、眉をひそめて不機嫌そうだけどよく見るとぷるぷると小刻みに揺れてるし顔もひきつってる。

なんとか笑いを堪えてるようだ。

 

「っ!!」プルプル

 

 同じくぷるぷるしているみゃーこ。怒りと恥ずかしさで感情がぐっちゃぐちゃになってしまってる。

 

「よいしょっと」クルッ、カラカラ

 

 とりあえず一旦ホワイトボードボードを元に戻して、裏表を反転させる。

 

 

「……えっと、落ち着いた? いける?」

 

「……うん」

 

「無理なら代わろっか?」

 

「だいじょうぶ」

 

 なんとかみゃーこを宥めて落ち着かせることに成功。

いじけてるからかいつもより少し幼い印象を受けるが、そこが少し可愛らしく思えた。

 

「よし、頑張ってっ!」

 

「うん。……というわけで、今日集まってもらった理由は……『キャッチコピー』についてです」

 

 子供の発表会を見守る親ってこんな気分なのかな? 子供いないから分からないけど。

 

『キャッチコピー』

 

(意外と真面目な話題だった……)

 

 みゃーこが呼び出したから何事かと思っていたけど予想以上にまともな内容だっただけにびっくりした。

みんなの反応を見る限り、同じことを考えているんだろうーー誰も口には出さないけど。

 

 キャッチコピー、またはキャッチフレーズ。個人やグループを指し示すそれは企業側のイメージ戦略だったり、名前を覚えてもらうための売り文句、時には広告塔にもなりうる。

時にはイメージが固まってしまっていざ別路線にしようとすると厳しいものになるという諸刃の剣ではあるのだけど。

 

「……河野さん」

 

「ひゃいっ!!」

 

 ここまで黙ってたニコるんが口を開いたことでみゃーこがかなりビクついてる。声も裏返っちゃってるし。

 

「あなた……キャッチコピーについてどう考えてるの?」

 

「え……えっと……その……」

 

 ニコるんの圧にビビってなのか、それほど深く考えていなかったのか、はたまた先程のダメージが回復しきっていなかったのか……みゃーこは視線をあちこちに飛ばしながら言い淀む。

 一方のニコるんは立ち上がり、ズンズンとみゃーこに近づいていきーー

 

キュポン

 

「そもそもーー」

 

 ペンを掴むと、説明をしながらホワイトボードに書き込んでいく。

 

(うわぁ~……塾の熱血講師って感じ……)

 

 いかにもドラマで出てくる様な熱血講師さながらに捲し立てながら素早くペンを動かすニコるん。

その様子に私はもちろん、他のメンバーも反論や制止どころか声をあげることも出来なかった。

 

キュッ

 

「と、いうわけよ」

 

 あ、ようやく終わったみたい。ペンを戻して満足そうに席に戻るニコるん。

 

「あ、おおきに」

 

 一拍遅れてみゃーこがお礼を言う。うん、あれは呆気にとられる。他のメンバーもそうだもの。

ところでーー

 

(あれはなんて書いてあるのだろうか……)

 

 目の前のホワイトボードには爆発した芸術……じゃなくて、先程まで熱弁していたニコるんの思いの丈が書かれていた。

ただそれは消すことなく次々に書かれていたため、何も知らない人が見たら『大きな黒い塊』の絵にしか見えない。

一応、彼女の名誉のために字は綺麗だったとハッキリ明言しておく。

 

 

 

「そいっ!」クルン

 

 消したい衝動を抑えてホワイトボードを反転させる。

うん、さっきまでの面に比べると驚きの白さだ。

 

「じゃあここからは私がアシスタントを務めさせてもらうよ~」

 

 ニコるんの熱弁の間にダメージ回復したみゃーこだったが、別な意味で空気に耐えきれずチラチラとアイコンタクトしてたので見かねてでしゃばりました(笑)

 

「んじゃ、まず例をあげて説明していきま~す」キュポン、キュッキュッ

 

 そう言いながらホワイトボードに書いていく。

 

『浪速の陽気なおしゃべりガール、河野都』

 

「ほいっ、これはとあるアイドルさんのキャッチコピーですね。まぁ、Kさんと言うことにしておきましょう」

 

「いや、これあたしやん! 親切に名前まで書いてるし! もう、ありがとうございます~」

 

 書いたのは、動物園でみゃーこが言ってたキャッチコピー。

 

「だから漫才はいいって」ハァー

 

「んん?? ろうそく?」ムムー

 

「戸田さん、あれは『なにわ』って読むんですよ」

 

 上から私たちのやり取りに頭を押さえながらため息をつく麗華、『浪速』が読めずに難しい顔をしながら首をかしげるジュン、間違いを指摘するあかね。

 

「『浪速』は大阪の昔の呼び方ね。ちなみに蝋燭はこう」キュッキュッ

 

 説明ついでに『蝋燭』と書いて、クリーナーで消す。

 

「話を戻すけど……このキャッチコピーからまず大阪出身なんだなぁということが分かるね」

 

『浪速』を円で囲い、大阪出身とつけ足す。

 

「で、『陽気な』。つまり明るく元気ってことだね」

 

 今度は傍線を引いて、明るく元気と書き足す。

 

「で、おしゃべりガール。おしゃべりが大好きで話し出すと止まらないと」

 

「そこまではいかんやろ!」

 

「事実やろがい!!」

 

 おっと、また漫才になるところだった。みゃーこと話すとテンポがよくてつい……ね。

 

「こんな感じでキャッチコピーから自分自身の人となりをアピールすることもできるよ」

 

「なるほど……」

 

 お、意外とみんな真面目に聞いてくれるみたいで気分がいいね。

 

「んじゃ次はーー」キュッキュッ

 

 一旦ホワイトボードをキレイにしてまた別なキャッチコピーを書く。

今度のは週末に会えるアイドルグループのメンバーのお一人のキャッチコピー。

 

「こんな感じで自分の身体的特徴を上手く使うパターンもある」

 

 たしか目の輝きを宝石に例えたフレーズを使った人もいたと思う。

 

「他にも語感の似たフレーズを使う、名前をもじってみる、キャラ設定を作って落とし込むってのもあるね」

 

「キャラ設定?」

 

「例えば妹キャラで売り出すとしたら『世界中のみんなの妹』みたいな感じかな」

 

 まぁ、キャラ設定云々は後々合田さんたちスタッフさんと相談する必要があると思うけどね。

 

「というわけで各々考えてみよ~」

 

 

 とはいえ、フリップなんてものは無いから人数分の小さめのホワイトボードとペンを用意しました。

これ、経費で落ちますよね? え? 落ちない? そう……(落胆)

 

「ん」

 

 ササッと書き上げたのはニコるん。絶対この子キャッチフレーズとサインは考えてたでしょ!

 

『にこにこるんるん、にこるんるん 笑顔とダンスのエンターテナー 神奈川県出身、斎藤ニコル』

 

 じゃなきゃここまでのキャッチコピー、そんなポンッと出るわけないし!

私が何も言わないでいるとーー

 

「で? どうなの?」

 

 本人は素っ気なく言ってるんだけどーー

 

(めっちゃソワソワしてるし! なんなら頭のリボンも動いてるように見えるのは錯覚でしょうか!?)

 

「うん、非の打ち所もないね。『にこにこるんるん』ってフレーズもリズミカルでいいと思うよ」

 

(某国民的アニメの顔があんパンで出来た彼が出てきたのは黙っておこう)

 

「そう。ま、当然ね」ピクピク

 

(おリボン様は嬉しそうですね!)

 

「はいっ!」ビシッ

 

 次に元気よく手を挙げたのはジュン。

 

「お! じゃあ、ジュン行ってみよー!」

 

「そーい!」クルン

 

 掛け声と共にホワイトボードを見せる。

 

『お菓子大好き15歳 メンバー最年少! 戸田ジュン』

 

「採用!」

 

「やったっ!」ピョンピョン

 

 ジュンが喜び跳び跳ねる。あ~、かわいい!

 

「いやいや! これええの!? お菓子大好きってことと15歳ってことしか分からへんやん!」

 

「15歳ってことはメンバー最年少ってことだし、『お菓子大好き』ってとこに夢も希望もつまってるでしょうが!」

 

「「「それが分かるのアンタ(あなた)だけだろ(でしょ/や)!!」」」

 

 複数のメンバーから即座にツッコミが入る。

 

「解せぬぅ~」

 

「本当に解せないのは凛子の思考回路よ、まったく……」

 

「じゃあ、そんな麗華さんのは分かりやすいんだよね?」

 

「あ、ちょっ!」

 

 麗華の制止の声を無視してホワイトボードを覗き込む。

 

『愛知県出身17歳、佐藤麗華です』

 

 彼女を体現したかのようなシャンとした綺麗な文字。

 

「ひねりがないなぁ~」

 

「トリプルアクセルぐらいひねってほしいかなぁ~」

 

「トリプルアクセルは3回転半なので、実質180°です」

 

「自己紹介だったら分かりやすさが大事でしょ!?」

 

 確かに麗華様の言うことはごもっともなんだけどさ……

 

「これじゃあ麗華らしさが伝わらないよ~」

 

 分かりやすさは大事だけど、これでは麗華の年齢、見た目、出身が分かるだけ。どういう子なのか、何が得意なのか、そういった情報が伝わらない。

 

「じゃあ私らしさってなによ」

 

「ポンコツ!」

 

「機械音痴」

 

「ファザコン♪」

 

「メスゴリラ!」

 

「ぶふっ!?」

 

 みゃーこ、あかね、絢香、ジュンが麗華らしさをあげる。

いや、『メスゴリラ』はダメでしょ!?

 

「ふ、ふ~ん……そっかぁ……」

 

 ほら、麗華様もいい笑顔(ご立腹)だ。

 

(これはマズイですよ!?)

 

 必死に頭を回してフォローを試みる。

 

「ほ、ほら。完璧超人よりか少し抜けてる方が魅力的じゃない? ドジっ子って考えれば1つの個性だし」

 

「りんりん、ナイス!」

 

「機械音痴……機械音痴ぃ? え~っと……機械が得意なファンの方が庇護欲に駈られて助けてあげたくなっちゃう……とか?」

 

 あ、麗華様の怒りゲージが少し上がった(見えないけど)気がする。

 

「ファザコン……お父さん層が実の娘を見る気持ちで応援してくれるとも!」

 

 絢香、楽しんでない!? 絶対楽しんでるよね!!

 

「そっかぁ~♪ で? 最後はなんだっけ~?」

 

(最後……最後は……)

 

「メス……ゴリラ……」

 

(いや、これは無理だろ! どこからどう頑張っても褒め言葉にならないし!)

 

「頑張れりんりん!」

 

「りんりんだけが頼りなんや!」

 

 ジュンとみゃーこがすがるような目でこちらを見てくるけど、出来ることと出来ないことがあるって22世紀のネコ型ロボットも言ってるんだよ。

 

「え……逞しい? 肝が据わってる? 褒め言葉にはなるけど、アイドルとしてはどうなん?」

 

 逞しいはともかくとして、『肝が据わってる』は役者とかバラエティ芸人とかなら褒め言葉として使われるけど……

 

「はっ! 実は温和で繊細!!」

 

「……それは私のことよね?」

 

『ゴリラのことです』とは口が裂けても言えなかった。

 

 

 

 

「じゃあ……次は桜、いってみようか」

 

 部屋の隅っこで正座させられてるジュンとみゃーこはとりあえず置いておく。彼女たちは犠牲になったのだ。

 

「う~ん……こんな感じでいいのかな?」

 

 自信なさげにホワイトボードを立てる。

 

『アメリカ育ちの自由奔放な帰国子女 藤間桜』

 

「お~」

 

 てっきり英語で書かれているものかと思っていたけど、思いの外漢字が並びーー

 

「よく『自由奔放』と『帰国子女』が出たね~」

 

「みうちゃんに教えてもらったの!」

 

 と、にこやかに説明する桜の横でみうちゃんは顔を紅く染める。

 

「英語で聞かれたけど、分からなくて……意味を聞いて、あ、これかなって……」

 

「なるほど~……いいと思うよ!」グッ

 

 2人に向けてサムズアップする。

私だったら、『天真爛漫』も入れたいかなって思ってみたり……『天真爛漫』と『天使らんらん』って似てない?

 

(あと、『ジャスティス』って単語が聞こえた気がするのは気のせいだよね?)

 

 

「じゃあ……あかね! いってみよう!」

 

 そろそろジュンとみゃーこが限界(脚が)っぽいのでサクサクいくとしよう。

 

「はい。こちらです」

 

『全てのことは数値化できる。だから君に係数をかけてみたい 北海道出身 丸山あかね』

 

 いかにも知的な彼女を表していると思う。

 

「かかり……すう?」ハテ

 

「係数だね。意味は……あとで教えてあげるね」

 

 説明しようとしたら、ふたりほど睨んできた人がいたので止めた。

しかし、係数ときたかーー

 

「ちなみにエンゲル係数、かけてもいい?」

 

「では、私の分もしっかりと稼いでいただけますね?」

 

「よし、この話は無かったことにしよう」

 

 やはりあかねに勝てる気がしなかった。

 

 

「んじゃ、絢香。よろしく」

 

「ほいよ」

 

 軽い返事とともにホワイトボードを立てた。

 

『にこやか、あでやか、つややか、あやか。あーやこと立川絢香です』

 

「ほう……」

 

 絢香は韻を踏むタイプで来たようだ。これはリズミカルで覚えやすい。

 

ちなみに『あーや』というのはファンの間での絢香の呼び名だ。『あーや姫』、『あーや』、『姫』と呼ばれているのを掲示板で見たことがある。

 

「何さ、キツネにつままれたような顔してるけど?」

 

「いや、つままれてるのは私じゃなくてファンの方なんだろうなぁって……」

 

(いろんな意味でね)

 

「何? 喧嘩売ってる?」

 

「まさか。むしろ感心してるんだよ」

 

 自分の内面を悟らせること無く、ファンに対して『姫』として振る舞う。言うだけなら簡単だけど、いつボロが出てしまうか分からない。

 

(『姫』と呼ばれているけど、決してバカじゃないんだよねぇ……)

 

「あっそ」

 

 特に文句もないようで追及もなく終わった。

個人的には彼女のこういうドライなところも好きなんだけど……まぁ、ファンに見せない1面としてちょっとした優越感を覚えるのも悪くないかなぁ。

 

 

「よし、ラストはみうちゃん! いけるかな?」

 

「えっ……うん……」

 

 少し自信がなさげですね。

 

「大丈夫大丈夫。みうちゃんのありのままを伝えられればいいから」

 

「うん……」

 

 さて、彼女が出したホワイトボードにはーー

 

『埼玉県出身、滝川みうです』

 

 小さいながらも綺麗な字が並んでいた。

 

「……」

 

「えっと……」

 

「合格!」

 

「えっ!?」

 

「やっぱりシンプルイズベストだと思うのよね、うん!」

 

 腕を組みつつ、ウンウンと頷く。

 

「異議あり!」バッ

 

「異議を棄却します」

 

 もちろん物言いがつくけど、直ぐ様却下する。

 

「私の時と反応が違いすぎない!?」クワッ

 

「意見があるなら挙手して~」

 

バッ!

 

 そう言うと直ぐ様麗華はビシッと手を挙げた。

麗華のそういうところ、好きだぞ~。

 

「はい、佐藤さん」

 

「私の時と反応が違うんだけど!」

 

「だって麗華の時は麗華らしさが足りなかったし、麗華の魅力が伝わらないからね」

 

「みうのは伝わるの?」

 

「……えっ、伝わらないの?」

 

「はぁ!?」

 

 麗華だけじゃなくて、何人かが『何言ってんだコイツ』というような目で私を見ていた。

 

「え、嘘。『言葉はいらない。パフォーマンスで魅せます』っていう熱意と見た目の儚さ、それでいて『応援してください』っていう健気さ……伝わらない!?」

 

「あなたには何が見えてるの……」

 

 麗華様が頭抱えちゃってるんだけど……なんでぇ!?

 

「前から思ってたんだけどさ……」

 

 ここで絢香が口を開く。

 

「リリィさ。クリステルに甘くない?」

 

「バカなこと言わないで!」

 

 全く……何を言い出すかと思えば……

 

「私はジュンと桜にも甘くしてるよ!!」

 

「そういう問題じゃない!!」

 

「……バカみたい」

 

「あの……そろそろ脚が……」ピクピク

 

「もうむりー!」ピクピク

 

 会議は踊る、されど進まず

 

『白き林檎は魅惑の(テイスト) 溺れてみませんか? 白雪凛子』

 

 

 

 とある1室。カーテンが閉ざされ、わずかな光源だけが部屋の主の影を殺風景な部屋の壁に大きく映し出す。

 キッチンやリビングに比べてその部屋はあまりにも殺風景だった。置いてある家具はベッドのみ。

小さいテーブルもチェストもTVもない。床にはカーペットが敷かれることはなく、フローリングのまま。

 

殺風景というよりも、生活感がまるでない。ただ寝るためにある部屋にしか思えない。

 

 多忙を極めるサラリーマンだったらそんなこともあるかもしれない。

 

「ふっ、ふっ、ふっ」

 

 そんな殺風景な部屋で聞こえるのは定期的に息が漏れる音とギシギシとベッドが軋む音。

 

『ーーーーー』

 

 それとわずかに人が話すような音。

映し出された影が動く度に軋む音と吐息が漏れる。

 

「はぁー」

 

 一際大きな吐息を漏らすと、部屋の主、白雪凛子は立ち上がり、クローゼットからタオルを取り出す。

 

 

 

(自主トレは制限されたし、ボイトレは喉に負担かけたくないから頻繁に出来ない……)

 

 事務所ではトレーナーさんと合田さんが、寮では麗華が目を光らせているために過度(本人は思ってない)なトレーニングは出来ない。

かといってボイトレや歌の方はダンス程出来るものでもない。

結果として自室で体幹トレーニングをするしかなくなってくる。

 

(その分、歌の方を頭に叩き込むしかないんだけど……)

 

 正直焦っている。今でこそ他のメンバーの自力がそれほどでもないから自分は出来ているように見られているけどーー

 

(いつかは私が足を引っ張ることになる)

 

 ニコるんとの実力差は明白。唯一歌唱力だけ僅かに上をとっているくらいで、全体的に見れば足元にも及ばない。

 

 麗華もダンスは経験が無かったものの、彼女の真面目さ、ひたむきさでめきめきと全体的にレベルが上がってきている。

 

 あかねも意外と(見た目に反して)高いレベルでこなしている。近いうちに追い抜かれるかもしれない。

 

 絢香は体力こそ無いものの、ある程度こなせば出来る柔軟性がある。

 

 ジュンはなんといってもバイタリティー。体力があるからどれだけ踊っても疲れ知らず。

加えて何事も楽しんでやるために吸収が早い。

 

 みゃーこは苦手だったダンスを真面目に取り組むようになってから一皮むけた。レッスンに取り組む姿勢が今まで以上に真剣になり、自主トレにも参加するようになった。

 

 桜はいい意味で遠慮が無くなった。分からないところや納得いかないところはアドバイスを求めるようになった。

 

 なによりみうちゃん。最近では体力がついたのかバテることが無くなった。修正点があるともすぐにとはいかないものの、何度も何度も繰り返し練習して改善するくらいには適応力がついたように思う。

 

(私が一番余裕がない……)

 

 レッスンに制限がかけられ、現状出来ることといえば曲の完成度を上げること。加えてメンバーにアドバイスをしつつ自分も修正するくらい。

もちろん教えること=全体のレベルの向上になるからいい加減なことは教えられない。

でもーー

 

「もどかしい」

 

 思わず口から漏れた。

自分の実力に納得がいかないのに、オーバーワークと言われてしまう始末。

 

「切り替えよ……」

 

 タオルと着替えを取り出すと浴室へ向かった。




 短編集のつもりがこんなに長くなってしまった。

 凛子が過度とも言われるトレーニングを自分に課す理由は他のメンバーの実力の上がりにあります。
オーディション時に言っていた通り、そこまで実力差はないと考えていました。
しかし、そのオーディションで凛子自身は立つのもやっとな程疲弊します。(もっとも彼女が歌に全力を出した結果なのですが)
 それなのに他のメンバーは立ってられる=自分は体力がないという認識を持ってしまいます。

つまりは彼女自身と他のメンバー、合田さん含むスタッフさんとの認識の齟齬がここで発生していたのです。

以上が凛子のオーバーワークの現状です。
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