桜に説得をお願いした翌日からみうちゃんはちゃんとレッスンに出るようになった。
桜の説得が功を成し、それに加えて他のメンバーとも話をしたことで自分の居場所を見つけた……といったところなのだろうか。
それに、桜とみうちゃんはお互いを名前で呼ぶようになったようだし。いやぁ、良かった良かった。
「ぁ、凛子ちゃん。おはよう」
「うん、おはよ~。どう?体の調子は?」
「うん……筋肉痛がきついね……」
「そりゃそうだよね~。ま、数日すれば大丈夫になるだろうし、我慢我慢」
「うん」
もともと体を動かすことをそんなにしてこなかったみうちゃん。
それに加えて数日とはいえ、レッスンを休んでいたために私たちと差がある。それを埋めるために普通のレッスンが終わってから私とみうちゃんでマンツーマンで追加レッスンをしている。
なので、筋肉痛になるのも必至といえる。
一応追加レッスンの後に、智恵理姉さん直伝のマッサージでほぐしてはいるのだけれど、さすがに筋肉痛にはなるようだ。
あ、もちろん、合田さんやトレーナーさんには許可を得て過度にならないようにしている。
「滝川さん」
振り返るとニコルんがズンズンとこっちへ来た。
「今度は逃げないでよね」
「ぁ、はい……」
「センターはチームの顔なんだから、手を抜かれては困るわ」ズイ
「ぅ、うん」ビクッ
「それはそうと、昨日はどれくらい練習したの?」ズイ
「え?」
「一番目立つところにいるって自覚はあるよね?」ズイ
「はいニコルん、ステイステイ」
これ以上はコリジョンルールに抵触しそうな距離になりそうなので割って入って止める。
「いきなりのハードな練習じゃ体壊しちゃうから。その辺は私とトレーナーさんと相談しながらやってるから。穏便に穏便に。ね?」
「……そう」
納得してくれたのかニコルんは引き下がっていった。とりあえず一安心。
ストイックなのは分かるし、誰より努力してるというのも理解できるけどね……
「シャキッとせい! センター!!」バシッ
大きな声と共にみうちゃんの背中を叩いたのはーー
「みゃーこ」
「『浪速のお喋りガール』都ちゃんを差し置いて目立つなんて……天下の台所も泣いてるでホンマに!」ハァー
なんか妙に演技がかってるのは何でなんだろうね? しかも何故に『天下の台所』呼びだし。
「テンカノダイドコロってなぁに?」
ほぉら、桜が目を輝かせて食いついた。
「それは……ほら……あれや。料理とかするんちゃう?」
自分で言い出して墓穴掘ってるし……
「みゃーこ、知らないの~?」ニヤニヤ
「んな!? ほなら凛子は分かるんか?」
「凛子ちゃん! 教えて教えて!」
おっと、今度はこっちに食いついた。
とはいえ、目を輝かせるほどのことでもないんだけど……さて、どうしたものか……。
「こほん。では説明しましょう!」
*
時は江戸時代。血で血を洗う戦乱の世も終わり、徳川により長きに渡る泰平の時代。物流の中心地であった大阪は人や物が溢れ活気に満ちていた。
折しもそんな大阪で一人の青年が南蛮より渡りし伝説の包丁を手に入れる。それは運命か、必然かーー
そしてその包丁に引き寄せられるかのように全国から腕に覚えのある料理人が次々に現れる。更には包丁を狙って幕府からの刺客までも……果たして伝説の包丁は誰の手にーー
*
「戦いの幕が切って落とされたのだった!」ババン
「おぉ~!!」
盛り上がる桜。少々後ろめたい気持ちはある。
「適当なこと言わないの!」
ここで22/7の風紀委員、麗華が現れる。
「そんな与太話、あるわけ無いじゃない。都も、普通に大阪って言えばいいじゃない」
「「すみません……」」
「え? Holy talk? 嘘なんですか?」
「はい。正しくは江戸時代に商人や物流の中心地だった大坂を指す言い方のことですね」
都と2人で麗華から怒られている横で、あかねが正しい由来を説明している。
「ねぇ~!!」
そんな私たちを遮るように甲高い声が響く
「さっきから何言ってるか分かんない!」
メンバー最年少のジュンだ。
「それより推しお菓子の話した方が楽しいよ~!」
推しお菓子……それは個人の好みの他に企業の陰謀とプライドをかけた戦い……まぁそこまで大袈裟ではないけど、かの有名な『きのこたけのこ戦争』の引き金にもなったりするから安易な選択は出来ない。
「私はポッキー持ってきたんだ!」
「私はしょっぱいものが……」
「ホームパイが好きかなぁ」
「時々無性にポテチ食べたくならへん?」
「その点トッポってスゴイよね。最後までチョコたっぷりだもん」
「チョコパイは好きだよ? でもエンゼルパイは……ねぇ?」
さすがに十人十色と言ったところか、人が多ければ好みも違う。
お菓子1つでここまで盛り上がる。
「彼氏の写真?」
「!?」バッ
そんな私たちから少し離れたところで、絢香に覗き込まれたのかみうちゃんがすぐさま距離をとっていた。
(彼氏の写真?)
私たちアイドル(まだデビューしてないけど)にとって、飲酒、喫煙と並んで御法度とも言えるのが異性との交際。
まぁ、お酒は成人していればセーフだけど、タバコは成人しててもイメージダウンにしかならない。
異性との交際も事務所が公に禁止していないところもあるけど、アイドル=純潔ってイメージを持つ人も少なくはない。
実際にアイドル同士で交際、密会などで報じられれば所属事務所は火消しに追われるし。
(まぁ、みうちゃんに彼氏がいるとは思わないけど)
異性どころか人と話すのも苦手な彼女。それで彼氏がいて、それを隠しながらアイドルとして活動……はたしてみうちゃん何人分の覚悟が必要だろうか。
「アイドルなんだから御法度だよねぇ。クリステルはみーんなのアイドルなんだから」
(クリステル?)
みうちゃんのことだろうけどなんで……と思ったところでそういえば同じ名字のアナウンサーがいたっけ、と思い当たる。
本当に絢香のあだ名の付け方は独特だよね。
「男を悩殺するのがお仕事なんだから」シャナリ
そう言いながら蠱惑的な表情を浮かべる絢香。
絶句するみうちゃんを尻目に去っていった。
(う~ん……)
写真の真意を確認したいけど、みうちゃんをフォローするべきだろうか。
「皆さん、これからレッスンに向かいます。ご用意を」
と、行動に移す前に合田さんが呼びに来てしまった。
*
場所は移ってレッスン室。今日は最初はボイストレーニングから。まずは発声練習。
「滝川さん。声小さいよー。お腹から声出して!」
「すみません……」
早速トレーナーさんからみうちゃんに注意がとぶ。
「白雪さん、集中して!」
「は、はい!」
私も他人事ではなかった。
「はい、もう一度行くよー!」
「アァーー!!」
「「「!!??」」」ビクッ
いきなりの大声にビックリして声が止まる。ーー1人を除いて
「戸田さんは大きすぎるかなぁ。少し抑えて」
「えぇー!」
不満げに声をあげるジュン。
「せっかく声でグラス割る練習してきたのに!」
……うん、その練習は間違ってるかな。少なくともアイドルがやっていい類いの練習方法ではないと思う。
「ちなみに、割れたの?」
「ううん! 割れなかった」
「さよですか……」
あっけらかんと言ってのけるジュンに呆れるしかなかった。もっとも、割れたら割れたで驚きだけどね。
「声を出す練習ゆーたら、ウチもしとるで!」
そう言って胸を張るのはみゃーこ。こう言ってはなんだけど、少し意外だった。まさかアイドル活動にここまで積極的だったとはーー
「どんな話にでもオチをつける練習しとるで!」ドヤ
無駄にキメ顔でそう言った。うん、意外でもなんでもなかった。むしろ数秒前の『見直した』と思った私の純粋な気持ちを返してほしい。
というか、その考えはアイドルというより芸人、またはバラドルの思考だと思うの。
「関係ないじゃないの……」
「MCなめたらあかんで! フリートークで爪痕残さな!」
麗華の反論にこれまたもっともらしい反論で返す。
でも、爪痕残すって言い方がもう芸人っぽい。
「爪痕残すなら、せめて歌とかダンスにしようよ……」
「そうよ! 今は歌のレッスンよ!」
私とニコルんが指摘するも、騒ぎ始めた彼女たちには焼け石に水だった。
*
今度はダンスのレッスン。トレーナーさんの手拍子に合わせて踊るのだがーー
「滝川さん! フリ間違えてる! 動きも遅れてる!」
「はい……」
フリを覚えなきゃいけない上に、1人じゃないからテンポが遅れると一目で分かってしまう。
「グループ曲は移動も多いから立ち位置間違えないようにね?」
トレーナーさんが立ち位置を説明して、それをメモしているのだが、正直ちんぷんかんぷん。それを踏まえてまた練習するのだがーー
「きゃっ!?」
「わわっ!?」
当然そう上手くいくわけもなく、転倒、お互いの衝突の度にストップがかかる。
それにただ踊るわけでもなくーー
「はい、そこは元気に!」
「かわいくー!」
「かっこ良くキレを増して!!」
トレーナーさんの指示に合わせて踊る。
(し、しんどい……)
体力よりも、自分自身のイメージを壊して踊らなければいけないということで精神的にくるものがある。
「30分休憩したら再開ね」
その言葉と共に何人かは糸が切れたかのように崩れ落ちた。
「まだ終わらんのかーい! バラエティー収録なら怒られてんで!」
床をバシバシ叩きながら文句を言うみゃーこ。
(いや、バラエティーで例えられても分かんないって)
「こんな時こそ頑張れるんだよ、人間って!」
そんなみゃーこを励ます桜。
「ジュンだってまだまだ出来るもんね!」フフーン
まだまだ元気が有り余っているジュン。
「あかね、サビのフリってこれであってる?」
「ワンテンポ早いですね。腕ももっと上げて……」
フリの確認をする麗華とあかね。
「……」
ひとりで鏡に向かい、これまでのフリをチェックするニコルん。
「ここの立ち位置が……」ブツブツ
そんな中、水分補給しながらメモを見ながら立ち位置を再度確認する。フリを確認するのもいいけど、それで後半バテたら元も子もないから私は体力を温存する。まだランニングも始めたばかりだから体力を過信出来ないし。
と、そんな中、先ほどまで座っていたみうちゃんが立ち上がって鏡に向かい合った。
(ん?)
と、胸の前でハートを作った。と、思ったら直ぐ様止めてしゃがみこんでしまった。
(かわいいポーズ……かな?)
なんとも微笑ましい光景だけど、それを見ていたのは私だけではなかったようだ。
「やめちゃうのー?」
それも厄介なヤツが……
*
「やめちゃうのー?」
突然後ろから声をかけられ振り向くとーー
(立川さん……!)
「かわいかったのになー」
(よりにもよって立川さんに見られるなんて……)
大胆で色気があって……私が一番苦手なタイプの立川さん。
「ハートポーズもいいけど……」
「ウインクもしてみたら?」バキュン
持っていた水を置いて、ウインクしながらポーズを決める立川さん。
(自然とそういうこと出来ちゃうんだ……)
「あれ? もしかしてウインク出来ない人?」
私が何も言わないでいると、ウインクができないと思ったらしい。
「ん~……じゃあ……」
頬に指を当てながら考えるポーズも様になっている。
「悩殺ポーズ♪」
胸を寄せ、強調させるポーズをとる。
「……もういいよ」
「私にはどうせ……アイドルみたいにかわいこぶるの……出来ないから」
他のアイドルみたいに笑顔を浮かべながら元気にはしゃぐなんて出来ない。立川さんみたいにそんな風に……
「じゃあ、やらなきゃいいんじゃない?」
「え?」
驚いて顔をあげると、しゃがんだ立川さんと目があった。
「無理に作る必要ないと思うけど?」
その声色はまるで子供を諭す母親のような、優しさが溢れるような声だった。
「で、でも……アイドルってかわいい方が……」
「無表情アイドルとか逆に目立つかもよ?」
「それは……いいのかな?」
確かに目立ちはするけれど、それはそれでどうなんだろう?
「そもそもクリステル、『アイドル嫌い』って言ってたし」
「それは……そうだけど」ギクッ
そうだった……みんなの前で暴露したんだった。
「でも私たちだっていきなり集められて、アイドルやれって言われて、正直何も分からないよ。エリザベスはアイドル目指してるからいいけど……」
(え、エリザベス?)
『アイドルを目指してる』ということからたぶん斎藤さんのことだと思うけど。なんでなのかは分からなかった。
「でも……それでもみんながアイドルやろうと決意したのはさ、それだけの理由があるってことなんじゃない?」
立川さんの一言で私の心の中に風が通り抜けた気がした。
(そうだ。私は家族のために……)
だからこそ嫌いなアイドルをやろうと思ったんだ。家族を、居場所を守るために。
(凛子ちゃんも生活のためって言ってたっけ……)
みんな、何かしらの理由があってアイドルをやってる……。
「た、立川さんも?」
飄々としているようで、目の前の彼女にもアイドルをやる理由があるのだろうか。
「……うん。そうだね」
彼女は不意に顔を伏せーー
「私はかわいいから選ばれて当然じゃない?」
……え?
『かわいい』と豪語するだけあるくらいにとてもいい笑顔で言ってのけた。
「まぁ、面白そうだからやってるだけだよ」
「そ……そうなんだ」
何かやむにやまれぬ事情があるのかと思ったら、かなりあっさりしたものでそう返事するだけで精一杯だった。
「あ、クリステルも選ばれて当然だと思うよ」
え? 私も当然ってどういう……
「写真のなかで笑ってた顔、かわいかったもん」
(写真……? あ!)
『彼氏の写真?』
(み、見られてた~)
恥ずかしくなり、顔を伏せた。
もう今日だけで何度立川さんから辱しめを受けただろう……
「ぼちぼち始まるかな?」
そんな私の気持ちを知ってか知らずかーーまぁ知ってるだろうけどーー立川さんは立ち上がり……
「はい」コツン
「?」
「クリステルの分」
私にペットボトル飲料を渡してそのまま行ってしまった。
(立川さんは何考えてるか分からなくて、やっぱり苦手だ)
からかってきたと思えば、真剣にアドバイスしてくれたり、一転してまたからかったり……でも
(ここに来た理由……私にもあったように、皆にも、立川さんにも……)
『そうだね』
あの時の表情……正直には言ってくれなかったけれど、きっと何かあるのだろう。
(皆頑張ってるのは、何かを背負っているからかも……)
ギュッ
「……」
ペットボトルを開けようとするが、なかなか開けられない
「っ!」ギュッ
渾身の力で開けようとするが、上手く力が伝わってないのかフタが開く様子はない。
(どうしよう……)
「どしたの?」
私が途方に暮れてると凛子ちゃんが声をかけてくれた。
「ぁ、ペットボトルが開けられなくて……」
「ん。ちょっと貸~して」
私からペットボトルを受け取ると、凛子ちゃんはフタと口に近い部分を持って捻った。
「はい、あ「休憩終わり!再開するよ!」」
凛子ちゃんが開けてくれたタイミングで休憩が終わってしまった。
「……」
「……」
ようやく開いたペットボトルを持って呆然としている凛子ちゃんを見て、私は苦笑いするしかなかった。
ペットボトルの部分はみうちゃん役の和ちゃんのエピソードをもとにしてます。
ちなみにボツにしましたがお菓子のエピソードの際、凛子がジュンをロッテに勧誘する話を予定していました。
ロッテが日本一になると、お菓子が安くなりますからね。