今回はニコルんの考察回になってます。
先に言っておきますが、多少イメージを損なう場合があります。ニコルんファンの方、すみません。
幼い頃の私は引っ込み思案だった。お客さんが来る度に母の陰に隠れて、ろくに挨拶も出来なかった。
そんな私だけど、ある日テレビに映ったアイドルに心を奪われた。綺麗な歌声、フリフリの衣装を着て、キレのあるカッコいいダンスを踊って……。
『私もアイドルになりたい!』
女の子なら一度くらいは夢に見るだろう。テレビに映ったアイドルを真似して、歌って踊って……。
引っ込み思案だった私も『ある出来事』から変わらなきゃと思い、アイドルになるために努力した。学校が終わればレッスン。休日ももちろんレッスン。ほとんど家と学校とスクールしか行ってないような気もする。
それでもアイドルになるにはそう甘くはなかった。事務所は数あれど、スクールや養成所に行っている子はその何倍もいる。何度かは最終オーディションまで漕ぎ着けるも、落とされたこともあった。
普通ならここで挫折して諦めるのだろうが、私は諦めなかった。
そんなある日、ポストを見ると自分宛の封筒が入っていた。
(G.I.P?)
聞き覚えがないが、受けたプロダクションの一つだろう。
部屋に戻り、ハサミで丁寧に端を切っていく。
少し前なら封筒を開ける前に祈ってから開けていたのだけれど、何通も開けていると意味がないと悟ってからは辞めた。
封筒から手紙を取り出す。『不合格』という見慣れた文字はなかった。もっとも、合格とも書かれてはいなかった。
手紙を読んでいくと、プロジェクトのメンバーに『選ばれた』ということ、指定の日時に指定の場所に来てほしいと書いてあった。
(選ばれた……?)
ようやくアイドルになれる……そう思うと喜びが込み上げてきた。でもーー
(なんで動物園? それもゴリラの檻の前?)
その疑問を持ったことで、先ほどまでの喜びがスッと冷めていった。
(もしかして……イタズラ?)
よく見ると封筒には切手も消印もなかった。つまりは直接ポストに投函されたもの。
そもそもたった一回の選考で決まることなんてないはず。でも……
(ようやく漕ぎ着けたのがこれだけ……もし本当だとしたら……)
悩みに悩んだ結果、とりあえず指定されたゴリラの檻……から少し離れたベンチで様子を見ることにした。もしかしたら他にも選ばれた子が来るかもしれないし。イタズラならまぁ、気分転換にそのまま散策すればいいし。
(とはいえ……動物園、それもゴリラの檻の前なんて家族連れ以外に……)
いた。自分と同い年くらいの女の子が1人……って
(どうして『あの子』がいるのよ!?)
『ある出来事』の当事者だった子が何故かそこにいた。
あの時より、成長しているけれど面影があった。
(見間違い? ……いや、あの時から忘れたことなんて1度もなかった。でも……)
あの時の彼女は
そうこうしている間に彼女に話しかける子が現れた。
その子の勢いに押されているようだったけど、そんなにイヤそうには見えなかった。
そのあともゴリラの檻の前に人が集まっていき(メスゴリラとかモルモットとか騒いでいたけど、いないじゃない)、気づけば候補者と思わしき同年代の子達しかいなくなっていた。
(彼女達が候補者? なんというか……期待はずれね)
見た目は確かに選ばれてもおかしくないけど、オーディションにいた人たちはオーラとでも言うのだろうか、そういったものが立っているだけでバシバシと伝わってきた人もいた。
読んでいる本をしまい合流すると、そこに現れたのは大柄の男。この人がプロダクションの関係者に間違いないだろう。
「ごり……ゴリラ!!」
少し幼い感じの子が叫んだ途端、黒髪ロングの子がお腹を抱えて蹲り、笑いだした。
(な、なんなのよ……)
この場に来たことを後悔した。
*
大柄の男ーー合田と名乗った彼に連れられて動物園の地下を進むと、何故かオフィスがあった。これは騙されたと思ったけれど、そんなことはなくて大手プロダクションに勝るとも劣らないくらい設備が充実していた。
トレーニングルームがあり、レコーディングルームがあり、オフィスもあり、バスルームもあり……それでもあるべきものがなかった。
(アイドルがいない?)
トレーナーも、スタッフも、オフィスで働いている人もいた。それなのにアイドルがいないことに疑問を持った。
「最後に1番大切な部屋に案内します。あなた方の部屋です」
その部屋はどの施設とも雰囲気が異なる部屋だった。
そしてその正面にはーー『壁』
どうやらこの壁が指令を出すらしく、その指令通りに活動していくらしい。
他の子達はそのやり方に不満があるようだけれど……そんなことはどうだっていい! スターへの道が約束されているならそれを利用するだけ!
「あれ? みうちゃん?」
そんなことを思っていたら、例の彼女は気がついたらいなくなっていた。
(帰った?)
信じられなかった。オーディションをすることなく選ばれて、言う通りにすればスターへの道が約束されている。なのにその権利を放棄して帰ったあの子。
「やる気がないならそれまででしょ」
口ではそう言いながらも少しイラっとしていた。
どうやら合田さんも彼女を追いかけたようでいなかった。
「まあまあ、とりあえず……自己紹介でもしない?」
先ほど爆笑していた彼女が明るい口調で言った。
「私はニコル。斎藤ニコル。……馴れ合う気はないから」
同じユニットとはいえ、ライバル。無駄に仲良くするつもりは毛頭ない。
自分の名前だけ告げると、イライラをモヤモヤを抱えたまま外に出た。
*
「時間です、始めてください」
1週間後。結局彼女は来なかった。せっかくのチャンスをもらっても、それをあっさりと手放した。
藤間さんと河野さんが彼女を擁護するけれど、いかなる理由があってもそれはみんな同じ。彼女は来なかった……それが答え。
それでも藤間さんは彼女は来ると言い張る。
「何を根拠に……」
「いや、みうちゃんは来るよ」
「約束したからね」
そう言ってのけるのは白雪さん。
約束したからって、子どもじゃないんだからそんな口約束なんの役にもたたない。
「桜はみうちゃんが来るって信じてる。私も信じてる。……斎藤さんは? 信じてないの?」
は?
その一言に思わず白雪さんを睨み付ける。
その時だった。
バァァァン!!
扉が勢いよく開かれ、彼女が現れた。
走って来たのか頬は紅潮し、髪も息も乱れていた。
「お待ちしておりました」
遅れたことを責めることもなく、落ち着き払った声で合田さんが迎える。
「あなたのために来たわけじゃない!」
合田さんをキッと見据えて彼女は言った。
「大人なんか嫌い……選別……指令……指示……強制……みんな勝手で大嫌い」
「アイドルだって同じ! 面白くないのに笑ってふりふりの衣装着てお客の前でお尻振って馬鹿みたい!」
は?
今日何度目かの怒りを覚えた。
「じゃああなたは何故ここに?」
「一番やりたくないことをしに来ました。やりたくないことをしなきゃ大人になれないっていうのなら、大切なものを守れないって言うのなら……」
「世界一のアイドルにだって何にだってなってやる!」
(アイドルが馬鹿みたい!?)
(一番やりたくない事!?)
(ふざけないで!!)
あなたがやりたくないといったことは、他の誰かが……私が昔から乞い焦がれて、もがいて、やっと手をかけることが出来たのに!
ゴゴゴゴゴゴゴ
「!!!!」
そんな私の怒りが口から出る前に凄まじい轟音。
部屋中が振動し、『壁』が輝いた
そして、金属のプレートが『吐き出された』
『ようこそ22/7へ』
思えばこの瞬間から壁の指令に翻弄される日々が始まったのだろう。
*
2時間後に審査会を行うらしい。この結果次第でセンターが決まるらしい。
(ようやくね)
他の人たちはなんだかんだ言ってるけど、私は密かに気合いを入れる。
自分のこれまでの努力がようやく報われる。それでも気負ってしまえば体が動かなくなるかもしれない。
昂った気持ちを静めながらストレッチをする。
でもやはり期待はずれか。『センターになる!』という気持ちで臨む人はいないようで、
「それって……あなたもセンターになりたいってこと?」
「いや……そういうわけやない……けど……」
ほら、あっさりと引き下がる。
(やるからに全力で挑むけど……これじゃあ先が思いやられるわね)
同じメンバー間ですらこれなのだから他のアイドルと競うことになったらと思うとーー
「実力にそんなに差がない今ならセンターも狙えるんだよね」
シンと静まりかえった室内にそんな声が響き渡った。
は?
声の主をーー探るまでもなかった。1人を除いてみんなの視線がそいつに向いていたのだから。
(白雪……凛子っ!)
あたりをキョロキョロと見渡し、
「もしかして……口に出てた?」
なんて言ってのけた。
(『実力がそんなに差がない』? 冗談じゃない!!)
私の日々の積み重ねがあなたたちと同じわけがない!
プッ
一言文句を言ってやろうとしたら、モニターに突然映像が映し出された。おそらく課題となるダンスと歌だろう。
審査会は2時間後。無駄に出来る時間は1分すらない。その事実で沸騰しかけた頭が冷えた。
(口でなんていくらでも言える。それなら軽口を叩けないように実力で示してあげる!)
モニターを見ながら念入りに柔軟をしながらも、心の中では対抗心でいっぱいだった。
2時間後、別室で審査会が行われた。
私個人は何度か経験があるので慣れた雰囲気だったけど、雰囲気に呑まれた子もいたようだ。ただでさえ経験のないダンスに加え、雰囲気に呑まれてしまった子は自分の実力を出しきれずに終わってしまった。
「ありがとうございました!」
概ね満足いく内容だったと思う。さて、後はーー
(あなたの実力を見せてもらおうかしら?)
あれだけ自信満々に言ったのだから、さぞかし素晴らしい実力を持っているのだろう。
「さすけーねー、なんとかなっべ」ボソッ
席に戻り右隣の彼女にチラリと目線をやると、彼女は一言呟いた。
(え? サスケ? サスケって誰?)
彼女が呟いた『さすけ』という言葉に頭を悩ませていると、彼女の審査が始まった。
ダンスは……なんというか普通だった。可もなく不可もなく、初めてやるにしては上手いとは思うけど……
(あれだけ言っといてこの程度なの?)
所詮、ただのビッグマウスだったようで失望した。
続いてフリートークなのだが、どうやら彼女の特技は家事とヘアアレンジらしい。
家事の方はアイドル活動に活かせるかどうかは分からないけど、バラエティーで役に立つんじゃないかしら。
「ヘアアレンジですか……」
「はい。上京してきた時はファッションに興味は無かったのですが、美容師の従姉妹にお洒落のひとつとして教えてもらったのがきっかけです」
ヘアアレンジは……確かに髪型で与える印象とか変わるだろうしいいとは思う。でも、それ故に勝手に変えられるものじゃないと思うけど。
「では……例えばですが事務所の方針で髪を切ってほしいと言われたら、どうしますか?」
そう思っていると、審査員からすかさず質問がとんだ。
事務所の意向でやむなく言われることもあるかと思うけど、その一方で『髪は女の命』ともいう。仕事と分かっていても、どこかしら抵抗はあるはずだ。私も万が一切れと言われて納得出来る自信がない。
さすがにそう簡単にはーー
「切りますね。お仕事なので。事務所やクライアントの意向であれば坊主だろうと、痩せることも太ることも厭いません!」
「!?」
まさかの即答だった。それも、仕事ならば坊主でも挙げ句の果てにはスタイルを崩すことも厭わないと言ってのけた。
(なんなの……この子……)
先ほどまで怒りの矛先を向けていたはずの相手に得体の知れない恐ろしさを感じた。
アイドルと言えど、歌って踊るだけが仕事じゃない。時にはモデルをやったり、バラエティーにも出る。ドラマや映画に出ることもある。
といっても、本人が『出たい』と言って出られるものではない。
それはオーディションだったり、プロダクションの売り込みだったり、製作側の要望だったり様々だ。
特にドラマ、映画に関しては原作者、または監督側のイメージ像というものがある。
一方でアイドルプロダクションとてアイドル本人のイメージ像というものがある。いくらいいお話だったとしても本人のイメージ像とかけ離れた役ならばお断りする場合もある。
極端な例なら、清楚を売りにしている子にガチガチのヤンキー役をやらせたり……。
そもそも、役者でも体型や髪型を役に寄せる人というのは余程のベテランの方ぐらいだろう。
アイドルが太ったり、丸坊主なんて、どうやってもイメージダウンにしかならない。
彼女はそれすらも構わないと言っているのだ。
これには審査員も絶句している。
(それほどの覚悟を持っているというの!?)
その後もフリートークは続き、後は歌を残すのみとなった。
(さっきの発言には心底驚かされたけど、実力が伴わなければ意味はないわ)
彼女のやる気は買うけれど、それと実力は別問題。
やる気だけで認められるほどアイドルは甘くない。
イントロが流れ始め、彼女が口を開いた。
(え!?)
その瞬間、私の視界には別なものが映った。
学校、グラウンド、ユニフォーム姿でランニングする学生たち……そんな中、1人の制服姿の女子生徒が駆けていく。
行先にはプレハブ小屋があって、女子生徒は入る前に息を整えてからノックして入る。
その中にはイーゼルやらパレットやらがあって、窓際にはこちらを見ながらはにかむ女子生徒がーー
気がつくと審査会の会場だった。
(あれは……夢?)
審査会中に寝てしまったとしたら大変なことだ。
さすがに立ち上がるわけにもいかず、そっと周りを見渡すとみんな『信じられない』といった表情をしていた。ーー当の彼女、白雪凛子を除いて。
(歌声だけで情景が浮かぶなんて……)
オーディションでも私より歌が上手い人なんていくらでもいたけれど、ここまでの人なんていただろうか……
(一体どれだけ歌に費やせばそうなるの!?)
それだけで彼女への評価はガラリと変わってしまった。
その後、2曲目で急に涙が出てしまい、落ち着くまでトイレに行く羽目になった。
*
彼女ーー滝川さんがセンターに決まって、また来なくなってしまった。
そもそも彼女がセンターというのが疑問なのだけれど、それでまた来なくなるって何を考えているのかしら。
またセンターを決め直すのかと思えば、『壁』の指令がなければそのまま解散らしい。
(デビューもしてないのに解散なんて冗談にもならないわ)
レッスン終わりに藤間さんが彼女の家に行ってみるらしく、それを他の人たちも『こっそりと』尾けていくらしい。
私も誘われたけれど、もちろん断った。
(そんなことするよりも他にもすることがあると思うのだけれど)
少しでもダンスや歌の精度を上げる方が効率的。そう思い、レッスンルームを通るとーー
キュッキュッ
レッスンルームのドア越しに音楽とシューズの底が床を擦る音が聞こえる。
(みんなは滝川さんのところに行ったはずよね?)
自分以外にはここに来る人なんていないはず。
(ゆ、幽霊なわけ……ないわよね?)
時間としては夕方。暗くもないから幽霊なんて……そう思いながらドアを開ける。
「ハァ、ハァ」
そこにいたのは幽霊ではなかった。幽霊が出たのと同じくらい驚く人物だった。
(白雪さん?)
先ほどまで一緒にレッスンしていた白雪さんだった。
彼女はドアが開いたのも気にしない……というより気がついていないようで、夕陽に照らされながら躍り続けていた。
時々振り付けをチェックするために手元のポータブルプレイヤーを操作してジッと見つめていた。
そこにいつものヘラヘラした様子はなく、真剣そのものだった。
(そういえば、彼女の真剣な顔……初めて見た)
審査会の時を含めれば2回目だけれど、あの時は辛うじて横顔が見えただけ。今は鏡越しではあるけれど、汗を滴らせながらも踊る彼女の真剣な顔が見える。
当然彼女からも私が見えているはずだけれど、かなり集中しているからかまだ気づいていないようだ。
どれくらい彼女を見ていたのだろう。気がつけば日が傾き、レッスンルームをほとんど夕闇が占めていた。
パチリ
彼女のダンスが一段落ついたタイミングで電気を点けた。
部屋の明るさが急激に変わったため、目が順応出来ずに眩む。
「!!」
当然それは彼女も同じようで驚きながらも、顔をしかめながらこちらを見る。
「斎藤……さん?」
「ずいぶん頑張るのね。レッスン終わってからしばらく経つけど?」
さすがに『見ていた』とは言わなかった。
「ん~、ダンスの方はまだまだだから、足引っ張らないようにしないとと思って」
そう答えながら彼女は腰を下ろし、水筒を手に取って左右に揺らした。どうやら飲み物は無くなってしまったらしい。
スッ
カバンから飲み物を取り出し、彼女に差し出す。
「へ?」
唐突に差し出された飲み物に理解が出来なかったようで、飲み物と私の顔を交互に見てーー
「へ?」
「何よ、その顔」
驚きのあまり目を丸くして、口をポカーンと開けた間抜け面だ。
「私、てっきり斎藤さんに嫌われてるかと思ったんだけどなぁ?」
そういいながらもしっかりと飲み物は受け取っていた。
「別に好きでも嫌いでもないわよ。ただ、馴れ合いはしないし、あなたの努力は認めて……何ニヤニヤしてるのよ」
ただ癪に障る発言が多くて、口だけが達者だと思っていただけ。
今は少なくとも歌の実力と努力は認めている。
「あなたは行かなくてよかったの?」
彼女から少しはなれたところに腰を下ろしながら尋ねる。
タオルで顔を拭っているところに疑問を投げ掛ける。
汗を拭う手がピタリと止まった。
「何が~?」
「彼女……滝川さんのところ」
むしろ、いの一番に行くと思っていた。
「説得は桜に任せたし、みんながみんな行く必要もないでしょ?」
「……意外とドライなのね」
初日の自己紹介だったり、揉めているところを宥めたりしていることから『みんな仲良く』とか言うタイプだと思っていた。
「ん~……心配して様子見に行くなら、誰にでも出来る。それなら私以外の人でもいいわけだし」
「それだったら私は、
どうやら先ほどから踊っていたのは、しっかりと覚えて、滝川さんに教えるためのようだ。
「訂正するわ。あなたってお人好しなのね」
ドライなんてとんでもない。過保護と言っても良いくらいだろう。もっとも周りまわってプラスになるのだから構わないけれど。
「でも、藤間さんに説得出来ると思う?」
審査会のフリートークを見る限り、彼女の話術はそんなに高いものではないように思えた。まぁ、帰国子女らしいので、まだ日本に慣れていない部分もあるかもしれないけど……そんな彼女に説得を任せるなんて、何を考えているのだろう。
「ん~……一応アドバイスはしたから大丈夫だと思うよ」
「アドバイス?」
「『北風と太陽』って知ってる?」
なぜいきなりイソップ物語が出てくるのだろう?
「無理に連れ戻そうとすれば意地になるだろうし、後々遺恨が残るかもしれない。それならいっそのこと説得なんてしなければいい」
「は!?」
説得に行かせたのに説得しなくて良いなんて……まるで意味が分からない。
「『説得しようなんて考えなくていい。桜が話をして、心から思ったことを言えばいい』。アドバイスはそれだけ」
つまり、北風のように無理矢理目的を果たそうとするのではなく、太陽のように滝川さんがそうするように仕向けると……
「あなた……それが成功すると思ってるの!?」
「それはみんなの気持ちに触れたみうちゃんがどう思うか次第かな。それに……」
「さっき言ったでしょ? 戻ってきた後のフォローはするって」
受け取ったボトルを開け、ドリンクを流し込んだ。
「さて、帰ろうか?」
こちらをチラリと見ながら言った。
「な、なんであなたと!?」
さっきも言った通り、馴れ合うつもりはないのになぜ一緒に帰らなければ行けないのか。
「夜道は危険だし、一人よりはいいと思うけど?」
「……お願いするわ」
自分の意地と保身。それを考えたら受け入れるのがいいかもしれない。
「じゃ、着替えるまで待っててね、
は?
(ニコルん!?)
「なによそれ!?」
いきなりの呼び方に文句を言う。
「ん~? いつまでも『斎藤さん』だと他人行儀かなって」
「じゃあ名前呼びでもいいじゃない!」
「こっちの方が可愛くな~い?」
どうやら彼女には歌だけではなく、口でも勝てそうにない。
「……はぁ、好きにしなさい」
何を言っても時間の無駄にしかならない。
「だから、その顔止めなさい!!」
またニヤニヤしていた。
「はぁ~い。じゃ、着替えてくるね~♪」
「タクシーでも呼んだ方が良かったかしら……」
彼女を送り出して、頭を抱えた。
結局、私も自主トレをしようと思ったのに何一つ出来なかったし……
(時間を有効に使えてないのは私も同じか……)
と、ドアの開く音がした。
「思ったよりも早かったわね」
言いながら振り替えるとーー
「斎藤さんも残ってらしたんですか……」
待ち人ではなかった。
「あ、え?」
「ニコル~ん。合田さんに見つかっちゃった」
てへぺろ、と反省の色が全く無い待ち人。
「自主トレをするなとは言いません。ですが、慣れないうちから長時間の自主トレは体にも差し障ります。トレーナーさんと相談して行うようにしてください」
「「はい」」
『私はやってない』と言える雰囲気ではなかった。
「今日は私が車で送ります。車を回してきますので、ロビーでお待ちください」
「「はい」」
そう言うと、合田さんはスタスタと行ってしまった。
「ん~……寒いねぇ」
「あなたは汗かいたからでしょ?」
「まぁ、それもあるねぇ……」
ロビーで待っているように言われたのに、私たちは外のロータリーにいた。
「だから中で待っていれば良かったのに」
「ロビーで待っててもつまらないじゃない?」
と、言ってもロータリーにいてもなにもすること無いのだけど。
「ん~……やっぱり都会の空は星が良く見えないね~」
「どこも同じようなものじゃない?」
そもそもゆっくり空を眺めることなんてないし。
「都会は明るすぎるし、ビルとかがあるからなぁ……田舎だとそんなに高層ビルが無いから空も広く見えるよ~」
「それに、悩みとかしがらみとか……自分をがんじがらめにするもの全てがどうでもよくなる」
「あなたにも悩みってあるの?」
なるようになる、風の向くまま気の向くまま。そんなイメージの彼女が急にセンチなことを言い出した。
「……ニコルんが私のことをどう思ってるか分かる気がする」
ムスッとした声で言った。
「それなら治してほしいわね」
「前向きに検討させていただきます」
「そう……」
冬空の下、しばらくの間他愛のないことを話した。
原作との相違点
ニコルんのみうちゃんへの壁ドンが無くなっております。
これはニコルんのヘイトがみうちゃんからりんりんに移ったためです。