22/7 白きリンゴの甘い毒   作:ハマの珍人

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デビューライブに向けて

「おっはよ~ござ……なにそれ?」

 

 着替えてからいつもの『部屋』に行くと、昨日までは無かったはずの珍妙な『なにか』をみゃーこがセッティングしていた。それを見ているあかね。

 

「これでよし! あぁ、おはようさん!」

 

「おはようございます」

 

「あ、うん。おはよ。で、それなに?」

 

「駅のお土産屋さんで買うてきてん!」

 

 どうやらみゃーこが買ってきたらしい。というか、わざわざコレを買ったのか……

 

「私も気になったのですが……猫、ですか?」

 

 うん。あかねの言う通り……まぁ猫なんだろうね、たぶん。少なくとも全身真っ青の某未来から来た猫型ロボットと言い張る彼よりは猫だと思う。耳もあるしね。あれ? もともと耳はあったっけ? まぁいいや。

 

「知らん! 尊いやろ~?」

 

 いや、買ってきた本人が知らないのか。というか、コレのどこに尊さがあるんだろう? 私の目からは胡散臭さしか感じられないんだけど……。私がおかしいのかな?

 

「ただでさえ無茶ぶりみたいな指令出すんやから、これくらいの方が言うこと聞くかなぁ思うてん。通称壁ちゃん!」

 

 確かに無茶ぶりレベルの指令ということは同意だけれど、コレはコレで微妙に腹立つ気がする。

今までの壁だとなんと言うか神秘的? な感じだったけど、コレは神秘性を引っこ抜いて、胡散臭さマシマシにした感満載だ。

 

(『ひ○にゃん』や『さの○』レベルとは言わないが、山形の『ぺろりん』や『きてけろくん』くらいの愛嬌はほしいかなぁ)

 

 そもそも、みゃーこは『尊い!』と言った『壁ちゃん』の見た目だが……猫にしては少々……かなり? ふくよかで丸みを帯びたスタイルに、片方だけレンズがはめられている設定なのか不明な(片方の目が見えない作り)メガネに赤い蝶ネクタイがおしゃれを際立たせている(のか?)。そして、チャームポイントにお腹のばんそうこうがバッテンに貼られている。

 

 猫がお腹を見せるのって、信頼の証だか服従のポーズだって聞いた覚えがあるけど……

 

(腹の内を見せないってことなのかな? 考えすぎ?)

 

「My new baby!」

 

「かわいい! 何これかわいい!!」

 

 と、『壁ちゃん』を見てテンションが上がってる桜とジュン。

え? マイ……何? ネイティブすぎてちょっと分からなかったけど、好印象みたい。というか、これがかわいいのかぁ……うん。かわいいは無限大なのか。

 

「そんなの勝手に置いて怒られない?」

 

 私が思考を放棄したところで、麗華がそう心配する。

 

(気にするところそこなのかな……さすが風紀委員)

 

 本人に言うと『生活委員です!』と秒で返ってきそうだから言わないけど。まぁ、麗華らしいと言えばらしいかな。

 

「設置理由に合理性の欠片もありませんが……かわいいので良しとしましょう」

 

 あれ? あかねさん。ちょっとばかり嬉しそう? というか、あかねもコレがかわいいと思うのかぁ……。私の感性がずれてるのかなぁ? 今時の若者の感性は分からない。

 

「で、そんなかわいいかわいい壁ちゃんの次の指令が?」

 

 今時の若者とのギャップに悩む私(現役JK)を知ってか知らずか、絢香が手元の指令に目をやる。

 

『2月27日 御披露目ライブを行う』

 

 御披露目ライブか。また急だね。

 

「合田っちが朝来て見つけたんだって」

 

「それって指令が夜出たっていうこと?」

 

「そういうパターンもあるんですね」

 

「ライブやるの? やったーやったー!」 

 

 どうやら指令は24時間年中無休らしい。しかも無茶ぶり有り。

ブラック企業確定だね。まぁ、アイドルという時点でそんなものだけど。

 

「かなり急な指令のはずなのに……もう事務所もすっかりその方向で動き出している。やっぱり改めて壁は絶対って感じね」

 

 そう。麗華の言う通り事務所は何一つ文句を言うこと無く、御披露目ライブに向けて動き出している。この部屋に来るまでの間にもスタッフの皆さんは慌ただしく動いていた。

 

「ま、今回は1ヶ月先やし? 審査会に比べたら良心的やな~とか思っている自分が怖いわ」

 

「ねーねー、お客さんいっぱい来るかな?」

 

 みゃーことジュンは楽観的だけれど、私は2人ほど前向きには思えなかった。

 

 今朝、合田さんが指令を見つける。正直合田さんがどれくらいの地位にいるかは分からないけど、スタッフと上層部に報告。

それから1ヶ月先のライブに向けて、ハコ(会場)の確保。告知ーーどこまでの規模を想定しているかは分からないけど、おそらくネットに上げるのだろう。あとは照明やら音響、警備のスタッフの依頼。会場までのアクセス等の確認、メンバーの告知向けの宣材写真。衣装の依頼……私が思いつくだけでもこれだけやることはある。

 

 それに私たちも今まで通りレッスンをやるだけの日々とはいかないだろう。

『審査会』の時は、『クビにならない』という前提条件のもとメンバーの実力確認という面が強いように思えた。それに加えて、身内ということもあってそこまでキツい評価はなかった(全く無いとは言ってない)。

 それにひきかえ、今回の御披露目ライブはお客さんに見せるためのもの。いくら新人とは言っても、下手なものは見せられない。御披露目ライブがラストライブなんてシャレにならない。

当然トレーナーさんのレッスンメニューもこれまで以上に厳しく、量も増えるだろう。

 

(一日一日を無駄には出来ないぞ)

 

「ライブなんてなんだかドキドキするね」

 

「うん……」

 

 まぁ、この2人が嬉しそうだし水を差すようなことは言わないでおこう。

 

「おはようございます……ん?」

 

「っ!」プフッ

 

 入ってきた合田さんが私たちを見て文字通り目を丸くしている。

鉄仮面のように表情が変わらない人だと思っていたので、その表情の変わり具合に、笑いを堪えきれず、吹き出しながら目を反らす。

 

 もっとも、彼が見ていたのは私たちーーの先にある『壁ちゃん』。

そりゃそうだろう。昨日……というか今朝か。彼が見た時には無かったはずの珍妙なぬいぐるみが壁の前にふてぶてしく鎮座してるんだから。

さて、この狼藉者(正確にはみゃーこなんだろうけど)に対して彼の采配はーー

 

「……レッスンのお時間です」

 

 無罪放免だった。

 

(やっぱりかわいいから?)

 

 改めてかわいいは正義なんだと思った。(白目)

 

 

 

「はい、一旦ストップ! やっぱり滝川さんが遅れているわね……センターだから周りが見られないのは分かるけど、その分ピッチを正確にしないと」

 

「あと、良くも悪くも注目が集まるんだから、もっと堂々と踊らないと!」

 

「はい、すみません……」

 

 懸念したとおり、この日のレッスンはいつも以上にトレーナーさんの檄が飛ぶ。

特にセンターのみうちゃんには一層指導が入った。

まぁ、今までだったら少しずつ時間をかけて修正していたものを1ヶ月後のライブに向けて急ピッチで進めなきゃ行けないのだから当然だろう。

 それでも、日々のレッスンと私との居残りレッスンで遅れは取り戻していたはずだった。

 

(いつもは私が前に立って見せてたからなぁ……本番ではそうはいかないし、曲流しながらリズムを重点的にやった方が良いのかな)

 

「白雪さん、気を抜かない! テンポが少しずつずれてきてる!!」

 

「す、すみません!!」

 

 と、油断していると私も注意されてしまった。

 

「少し休憩入ります! 15分後に再開します!」

 

 

 

「ふぇ~……しんどい……」

 

 通常の2倍以上のレッスンの濃さで、トレーナーさんの檄も約2倍。そんでもってレッスン時間は通常通り。急激な変化に体が慣れてない。それでも息が上がらずに済んでるのは日頃の下地とランニングの成果か。

 

(とりあえず、顔洗ってこよ)

 

 火照った顔と、さっき指摘されたこともあって気合いを入れ直す意味を込めてトイレへーー

 

「斎藤さん……やめ……なにするの!?」

 

「そんな前髪だからいけないのよ」

 

「ん?」

 

 トイレの前に差し掛かると声が聞こえた。

 

(ニコルんと……みうちゃん?)

 

 割と切迫したみうちゃんの声にイヤな予感がした。

 

「先生にも言われたんでしょ。自信がたりないって。そんなおどおどしてたら私らまで自信なく見えるじゃん」

 

「やめ……やめ……」

 

「なにしてるの!?」

 

 トイレに飛び込んで見た光景はーー

 

「「……」」

 

 後ろからみうちゃんの前髪を上げているニコルんと恥ずかしいのか少し顔を赤らめているみうちゃん。

 

「し……失礼しましたぁ~」

 

 あまり仲が良くないと思っていたけど、人目の無いところではお楽しみだったようでーー

 

「ま、待ちなさい!!」

 

 邪魔者はクールに去ろうとしたらニコルんが追いかけてきた。

 

「お楽しみのところ邪魔しちゃったのは謝るから!」

 

「何を勘違いしてるのよ!?」

 

「え? 違うの?」

 

 どうやらお楽しみではなかったらしい。

 

「え? じゃあ何してたの?」

 

「……もういいわ」

 

 心底呆れた、と言ったようにニコルんは行ってしまった。

 

「えー……」

 

 何が何だかさっぱり分からない状態でトイレに戻ると、取り残されていたみうちゃん。

 

「ん?」

 

 みうちゃんがうさぎのヘアピンを持っていた。

 

「どうしたの? それ」

 

「斎藤さんが……」

 

 どうやらニコルんが置いていったらしい。そう言えばさっき、前髪がどうこうって言ってたっけ……

 

(素直じゃないなぁ)ニヤニヤ

 

 みうちゃんにあたりが強いと思っていたけど、なんやかんや気にしているようである。

 

「無理……」

 

「え? かわいいと思うけど?」

 

「似合わないと思うし……」

 

 うーん……似合うと思うんだけれど、みうちゃんは消極的みたいだ……。

 

「ねぇ、みうちゃん。知ってる? 『うさぎは寂しいと死んじゃう』っていうの……ほんとは違うらしいよ?」

 

「ぇ、そうなの?」

 

「確かドラマのヒロインが言ったことで広まったらしいよ。実際のうさぎは繊細に見えて、大胆でやる時はやるんだよ」

 

「やる時はやる……」

 

 手の中のヘアピンを見つめながら呟くみうちゃん。

 

「だから、もしも勇気が必要になった時のお守りとして持っておくのはどうかな?」

 

「……うん。そうする」

 

 そう言うとみうちゃんはヘアピンを大事そうにポケットにしまった。

 

「じゃあ……先に戻ってるね」

 

「は~い」

 

 みうちゃんが先に出てーー

 

(私は何しに来たんだっけ?)

 

 と少しの間自分が何をするためにトイレに来たのか忘れてしまった。ようやく思い出して、顔を洗ってからトイレを出る。

 

「白雪さん」

 

「おわっ!? ビックリした! あかね、いつからいたの?」

 

 突然声をかけてきたのはあかねだった。

 

「そうですね……トイレで白雪さんと滝川さんがなにやら良い雰囲気でしたのでしばらく待っていました」

 

 滝川さんは気がつかなかったようですが、と続ける。というか、良い雰囲気ってなに? 

 

「盗み聞きは良くないぞ~?」

 

「すみません、なにやら百合の波動を感じたもので……」

 

「え?」

 

 あかねの口からそんな言葉が飛び出すとは思わなかったのと、百合の波動を感じたというのに驚いた。

 

「……」

 

「冗談だよね? あかねさん?」

 

「……冗談です」

 

 無表情で言われると、どっちだか分からないんですけどね。

 

「うさぎの話、正確にはーー」

 

「あ~……言わないでくれるとありがたいかな~」

 

 正確には、『ヤる時にはヤる』。かなり繁殖力が高いんだよね。まぁ、大胆なことには変わり無いし、みうちゃんが前向きにとらえているならそれで良いかな。

 

「それで……何か用かな?」

 

「トレーナーさんが探してましたので、呼びに来ました」

 

「それは先に言おうよ!? 待ってる場合じゃないよね!?」

 

 それ、レッスン再開するからじゃん! トレーナーさんからのお願い<百合の波動じゃないから!! 場合によっては追加レッスン発生しちゃうから!!!

 

「ちなみにあかね。トレーナーさん……おこだった?」

 

 おこじゃないなら救いはある……はず!

 

「おこ? ……おこではなかったはずです。というかお「よし、急ぐよー!!」あ、はい」

 

 あかねが何か言いかけたけど、トレーナーさんが怒ってないなら怒る前に急げばいいじゃない!

 

 レッスンルームに戻った私たちを待っていたのはーー

 

「白雪さん? 15分後って言ったよね?」

 

 激おこ状態のトレーナーさんでした。

 

「遅れた分、白雪さんは追加レッスンね?」

 

 解せぬぅー!

 

 

「つ、疲れた」

 

「これは、明日筋肉痛やわ……」

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

「……」チーン ←凛子だったもの

 

 レッスンがようやく終わる頃にはいつも以上の疲れで大半の人が座り込んでいた。

 

 まだ立ってる余裕があるのはニコルんとーー

 

「りんり~ん、生きてるー?」ツンツン

 

「へんじがない ただのしかばねのようだ」

 

「あ、生きてるね!」

 

 最年少のジュンだけ。いやこの子、どんなバイタルしてんの? 若さか? 若さなのか? ま、でもぉ?私も追加レッスンがなければぁ? 余裕だしぃ? ……すみません、見栄張りました。

 そんなジュンは今もトレーニングで使ったバランスボールに座って体幹トレーニングしてるし。気に入ったの?

 

「本当にジュンは毎日楽しそうだよね」

 

 思えば何をするにしても『楽しそう』、『面白そう』と前向きな言葉しか聞いたことがない気がする。

 

「だって、人生は遊園地だよ? 楽しまなきゃ損じゃない?」

 

「……」

 

「どしたの?」

 

 おそらくポカーンとした顔をしていたんだろうね。ジュンが顔を覗き込んできた。

 

「好き」

 

「ふえっ!?」

 

「あ、間違えた」

 

 つい可愛くて心の声が漏れてしまった。これ、異性だったら惚れてるよ。

 

「まさかジュンからそんな言葉が飛び出すとは思わなかったから」

 

『人生は遊園地』……人生は山あり谷ありとはよく聞くけど、良いことがあれば悪いことがある。むしろ、悪いことばかり起きる、と考える人の方が多いだろう。

果たしてジュンと同い年の子で、そんなことを考えつく子なんてどれほどいるだろうか。

 

「それ、どういう意味?」ジトー

 

「ん~、ジュンも子どもじゃないんだなぁってことかな?」

 

「でしょ~? 褒めて褒めて~!」

 

 うん。いろんな表情を見せるジュンは可愛い。

 

「じゃあ、大人なジュンはレッスンが終わったんだから帰りなさい?」

 

「はーい!」

 

(ちょろい)

 

 バランスボールを転がして片付けに行くジュンを見送り、心の中でニヤリと笑う。

 

「凛子ちゃん……」

 

「ん~?」

 

 替わって来たのはみうちゃん。

 

「大丈夫?」

 

「ん~……ちょっと待ってねぇ~……よっ! ぬ"ぅん!!」ガバッ

 

「!!」ビクッ

 

 気合いを入れつつ、身体にむち打ち立ち上がる。その時のアイドルらしからぬ掛け声(女子としてもアウト?)でみうちゃんを驚かせてしまった。こりゃ失敬。

 

「えっと……大丈夫?」

 

「う~ん……少し回復したかな?」

 

 腰を捻りつつ身体をほぐす。

 

「と言っても今日のレッスンはハードだったし、オーバーワークにならないように軽めにしよっか。というか、軽めでお願いします」

 

 ケガが怖いのもあるけど、明日の反動がスゴいことになりそうなので本当に軽めにしようと思う。

 

「ぁ……うん」

 

 みうちゃんも察してくれたようでなにより。ところでーー

 

「絢香~? 生きてるー?」

 

 まだ床に大の字で寝転び激しい息をしている絢香に声をかける。

 

「いや……マジで……キツイ……」ゼェ、ゼェ

 

「いやいや、私の方がしんどいんだぞ~?」

 

 確かに今日のレッスンはいつもよりハードだったけど、追加レッスン発生した私の方が辛い。

 

「インドア……なめんな……」ゼェ、ゼェ

 

「威張るとこじゃないでしょうに。もやしっこなだけじゃん……一緒にやる? 体力つくよ?」

 

「殺す気か」ゼェ、ゼェ

 

『何ナリか?』とは誰のネタだったかな。

それはおいておいて言い返してくる元気はあるけど、本当に死にかねないので止めておこう。

 

「まぁ、やらないならいいんだけど……振動おこっちゃうけど、勘弁してね?」

 

 あっちは寝っ転がってるし、こっちはダンスレッスンするし……仕方ないよね?

 絢香は寝っ転がったまま手をヒラヒラさせている。気にしない、ってことだろうか。

 

「それじゃあ、今日はコレを使ってやってくよ」

 

 みうちゃんに手に持ったものを見せる。

 

「メトロノーム?」

 

 音楽室にもあったと思うけど、一定のリズムで針が左右に揺れるアレ。

 

「トレーナーさんにも指摘されたけど、みうちゃんはセンターだから他の人のフリを確認出来ない。だからリズムを覚えてもらうよ。もちろん私も横で踊る」

 

 いつもは向かい合ったり、私が前で踊ったりしていたからね。見ながら調整する癖が抜けないんだろう。それが今日のレッスンで露呈した形になった。

 なので、フリを覚えた時のように細かく分けて、歌詞とリズムと一緒に覚え直す……といったところだ。

 

「じゃ、始めるよ~」

 

 

 

 

 2人がレッスンしている頃、所変わって小会議室。

マネージャーの合田を筆頭に数名のスタッフが集まっていた。

机の上に資料と電話番号などが書かれたリスト。片手にペンを、片手に電話を持って、電話を掛けてはペンでリストに線を引いていく。

 

「やはり1ヶ月前ともなると……」

 

 1人のスタッフが愚痴をこぼした。

他のスタッフも目線で非難するも、誰も注意はしない。口に出さないだけで誰しもが同じことを思っているからだろう。

 

「四谷文化会館……キャパは200か……」

 

「ここしかないか……」

 

 凛子が懸念した通り、ライブ会場の確保に難航していた。

観客のみならず、芸能関係者、マスコミ各社も入れる会場を探してはいるのだが、1ヶ月前ではなかなか見つからない。

 

「壁の指令は絶対だ。ライブは2月27日でなければならない。やむを得んだろう」

 

 普通だったら会場を確保して、日程調整という流れになるのだが、ライブの日程が決まってしまっている以上どうしようもない。

もっとも、普通ならよっぽどのことがない限り日程をずらすのだが『壁』の指令ともなればどうしようもない。

仮に指令に従わなかった場合……どうなるか分からない。

 

「とにかくハコを確保しないことには……」

 

 1つでも候補を増やすために電話を掛け続けた。

 

 

「ぁ……いい」

 

 再びレッスンルーム。似つかわしくもない艶のある声が部屋の中に響き渡る。

 

「そこ……もっと優しくしてぇ……」

 

 顔を紅くしながら懇願する少女。少しずつ位置をずらしながら刺激を与える。

 

「違う……もっと下……そこっ!!」ビクン

 

 ある場所を刺激すると、激しく反応する。

 

「絢香……紛らわしい声ださないでくれないかなぁ?」

 

「あぁ……なんでそんなに上手いの?」

 

 ただマッサージしているだけなのに絢香の声のせいでいかがわしいことをしている気分になる。先ほどまでマッサージを受けていたみうちゃんも顔を真っ赤にしている。

 

「従姉妹のお姉さんに教わったんだけどね」

 

 智恵理ねぇは美容師なのだけれど、『美しさは外見だけじゃない』と言ってツボやら整体? カイロなんちゃらといったかな? それを勉強している。叔母さんがそのカイロなんちゃら師なので教わっているところもある。

 

 私も実験台? としてカイロなんちゃらを受けていたので、簡単なマッサージならそれなりに出来る。

とはいえ、門前の小僧……というやつで専門的なヤツは出来ないけれど。

 

「なるほど……これで筋肉痛とも無縁ってわけだ」

 

「まぁ、そういうことかな」

 

 と言っても私はそれなりに動いているからあまり筋肉痛にはならないけど。

 

「うん。凛子ちゃんのマッサージのおかげで次の日に筋肉痛が辛くないよ」

 

「ほぉ……クリステルが筋肉痛にならないなら相当だな」

 

(クリステル?)

 

 一瞬5文字で有名なアナウンサーかと思ったけどその名字で納得した。みうちゃんのあだ名らしい。

一方でみうちゃんは分からないのか首をかしげていた。

 

「とはいえ、素人の見よう見まねのマッサージだからどこまで効果があるか分からないけどね」

 

 それにみうちゃんの場合、日頃のレッスンで身体が慣れてきたのもあるとは思うんだけどね。

 

「さ~てと、それじゃあ帰ろっか」

 

 いつもよりハードな内容だったため、自主トレは軽めに、かつ短めにした。その代わりマッサージを念入りに、2人分やったためいつも通りの時間になってしまった。

 絢香の家は分からないけど、私とみうちゃんは電車の時間もあるから今出ればいつもの時間で帰れるのだ。

 

 

 

「つ、疲れたぁ……」

 

 最初のうちは帰ってすぐ玄関で横になってしまうこともあったけど、最近は凛子ちゃんとの自主トレのおかげか体力がついてきたようだ。

 

「お帰りみう」

 

「た、ただいま!」

 

「最近、バイトはどう? 順調?」

 

 お母さんにはまだバイトをクビになったこと、アイドルになったことは言ってない。

言わなきゃという思いはあるけれど、ここまでズルズルと来ている。

 

「う……うん。なんで? いつも通りだよ。私荷物置いてくる」

 

 ごまかせているかどうか分からない。さすがにアイドルをやってる……ということまでは気づかれてはいないだろうけど、何か隠し事をしているというのは気づいているだろう。

それを聞かないのはお母さんの気遣いだろう。

 

 その時、私は気づいていなかった。私がお母さんに隠し事をしているように、お母さんも私に隠し事をしているのを。

 

『ご招待状

 滝川みうさんのお仕事のことでお見せしたいものがあります』

 

 

 

都内某所

 

 

「お兄さん、いいことしない~?」

 

「え、えーっと……」

 

「一緒にご飯食べるだけでもいいからさ~」

 

「す、すみません」

 

「あ、ちょっ! ……チッ!」

 

 今日はどうやら良くない日のようだ。

手頃な路地裏でタバコを咥えて火をつけ一服。

最近は喫煙者に厳しい世の中になってしまったもんだ。

 

「今日はもうやめとくかね」

 

 まだだいぶ残っているタバコを躊躇なくアスファルトに落とすと靴で踏みにじる。

 

 

 部屋に戻り、コンビニで買ったものとポストに入っていた郵便物をテーブルの上に置く。

ビールを取り出し、開けて煽る。

 

 エアメール、電気料金の支払い用紙、チラシ……

 

「あん?」

 

 見馴れない黒い封筒があった。隣の部屋のヤツのが紛れていたかと思ったが、宛名はアタシのだ。差出人はーー

 

「G.I.P?」

 

 保険会社のメールか、はたまた懸賞で金券でも当たったか……封筒を破って開けてみる。

 

『ご招待状

白雪凛子さんのお仕事のことでお見せしたいものがございます』

 

「けっ!」

 

 封筒共々ゴミ箱に放り込み、再びビールを煽る。

何かと思えば、自分の元を去った小娘の秘密らしい。

アタシみたいに風俗でもやってんのか、はたまた金が欲しくてAVにでも出演したのか……。いずれにせよあんな小娘がどうなろうと知ったことじゃなかった。

 空になった缶をシンクに放り投げ、また缶を取り出す。

 

カシュッ!

 

ングッングッングッ

 

「はっ! 泥棒猫が今さらなんだってんだい」

 

 一言愚痴ると、口を手の甲で拭った。

 

 

 

 それぞれに送られた2通の招待状。 それが事態を動かすことになることを、まだ誰も知らない。

 

 

 

 

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