22/7 白きリンゴの甘い毒   作:ハマの珍人

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突然の……

 四谷文化会館……ここが私たち『22/7』の初ライブの会場となる。

ハコとしてはけして大きくはない。一般的には合唱コンクールなんかが行われるような場所だからね。

もっとも、新人アイドルがライブを行うと考えると妥当なのかどうなのかは分からない。

 

 キャパは200と聞いている。数字だけを見ると少なく感じるだろうけど、それは人気アイドルだったり歌手がライブを行った時の動員数を見ているから。

新人の無名……というか、1ヶ月ほど前までろくにレッスンを受けたことのない素人の集まりともいえる私たちのライブに果たして200人も来るのかといったところ。

 

 そんな状態の中、私は早くも感激している。何故ならーー

 

「物販、あるんですか!?」

 

 物販ーー物品販売。所謂グッズ販売だ。ライブや映画ではお馴染みのあれ。タオルやクリアファイル、サイリウムやマグカップ。過去のライブのDVDやCD。時には缶バッチやトレーディングカードも販売する。

ことアイドルのトレカや缶バッチは推し同士のトレードが会場内で行われることもあるらしい。

 

「えっ!? 行ってきていいですか!? 買ってきていいですか!? 買い占めていいですか!?」

 

「えっ!? り、凛子!?」

 

 麗華が慌てた声をあげる。

 

「何言ってるの? そんなこと出来るわけないでしょ!」

 

 ニコルんも『バカなこと言わないで』と言わんばかりに止める。

そっか……そうだよね……

 

「ちょっとATMで引き出してくるね」

 

「はぁ!?」

 

「大丈夫、大丈夫! 貯金使えば買えるから!」

 

 初任給貰った時は驚いたけど、生活費以外は貯金にまわしてたからそれなりの額は残ってるはず。

 

「凛子! 落ち着きなさい!」

 

「私はいたって冷静だよ!」

 

「いつものあなたはそんなのじゃないでしょ!?」

 

「あなたまであっち側に行ってどうするの!」

 

 麗華とニコルんが2人がかりで私を止めようとする。

 

「なぁなぁ、なぁ~んか流れ弾が来た気ぃするんやけど?」

 

「私も……なんでだろ?」

 

 みゃーことジュンが何やら呟いている。

 

「いやいや! ファーストライブから物販あるんだよ!? ここで買わなきゃいつ買うのさ!?」

 

 智恵理ねぇは『私がアイドルに興味はない』って言った。

それは私とはかけ離れた世界だから。曲は聞くし、別に嫌いなわけでもない。

でも今はそのアイドルだし、こんな可愛い子達のグッズ、買わなきゃ損でしょ?

 

「白雪さん」

 

「あかね! 私を止めるというならばーー」

 

「深呼吸してください。はい、吸って」

 

「スーッ」

 

 あかねの指示通り肺に空気を入れる。

 

「吸って」

 

「スーッ」

 

「吸って」

 

「スッ……」

 

 あの……あかねさん?

 

「吸って」

 

「ス……ス……」プルプル

 

 

「はい、止めて」

 

「……」プルプル

 

「はい、吸って」

 

「プハッ! 無理だから! 吐かせてよ!!」

 

 深呼吸なのに吐かせてもらえないって鬼畜過ぎませんか!? バラエティー、とかで見たことあるけど、実際やられるとは思わなかった。

 

「少しは落ち着きましたか?」

 

「へ?」

 

「いつものあなたらしくもなく興奮されていたようなので」

 

 私を思いやってのことらしい。

 

「あ~……うん。落ち着いたかも。ありがとう」

 

 少しは冷静になれたようだ。

 

「そう……冷静になれたのね」ポン

 

「それは良かった」ポン

 

 軽く肩に手を置かれたはずなのにとても重たい圧を感じた。

ゆっくりと振り向くととてもいい笑顔の麗華様とニコル様がおられた。

 

(ねぇ、知ってる? 動物界で笑顔って威嚇行動らしいよ)

 

 頭の中でどうでもいい豆知識が聞こえるなか、私は2人に引きずられるようにドナドナされた。絢香、みゃーこ……合掌してないで助けて欲しかった……

 

 

 開場前、スタッフによる念入りな確認が行われていた。

 

「合田さん! どうも機材の調子が悪いみたいです。会場の人に聞いてみたら急だったからって、修理は来週らしくて……」

 

 スタッフの1人から現場責任者の合田に機材の不調の報告があげられた。

日程が『壁』によって指定されている上に、開場前のこのタイミングで中止にするわけにはいかない。

業者を呼ぶにしても今から来てくれるところなどあるわけもなく、仮に来たところでどこまで出来るかも分からない。

 

「本番は使えそうか?」

 

「まぁ、なんとかなるとは思うんすけど……」

 

「できるだけ調整頼む」

 

 とにかく本番中にトラブルになることなくもってくれればいい。そう願うことしか出来なかった。

幸いというべきか、それ以外は機材や会場のトラブルはなかった。

 

 

(う~ん……いつものよりはいい……のかな?)

 

 衣装に着替え、舞台袖で開演に備える。

今日の衣装はいつものワンピースタイプのそれとは違い、黒のブレザータイプにチェックのスカートのいかにも『制服』といった衣装だ。……みうちゃんは不服そうだけど。

 

「見て見てー! ピアノがある」

 

「先週、ピアノの発表会があったと聞きました」

 

「うちピアノ弾けんねんで!」

 

 舞台袖にはピアノがあった。あかねの話では先週発表会があり、その時に使われたらしい。もともとここのものなのか、外部からの持ち込みなのかは分からない。

 まぁ、急に会場をここに決めたらしいから片付けるには間に合わなかったのだろう。とりあえずライブに支障をきたさないならいいや。

 

「みうちゃんはピアノ弾ける?」

 

「え?」

 

 桜の問いに動揺したような声を漏らすみうちゃん。

弾けるって本人から聞いたことあるけど、辞めたって言ってたし……

 

(1度でいいから聞いてみたかったな……)

 

「ねーねー、見て見て」

 

 舞台袖から会場の様子を覗いていたジュンが声をかける。

ジュンに倣ってこっそり覗くとーー

 

「え……思いの外いるんだけど……」

 

 会場内ガラガラで空席ばかりーーというのを予想していたのだが、予想に反して満員御礼のようだ。 あれ? キャパ200だよね? それが満員だから……(思考停止)

 

「ね! ね! すごいよね!」

 

「満員ね……」

 

「まだお披露目だってのに……物好きはいるもんだ」

 

 絢香の言うとおり、まだお披露目の段階。もちろん曲も公開してなくて、せいぜいが『G.I.P』のサイトで宣材写真と簡単なプロフィールを載せただけ。それで満員とはありがたい。

 

「席数は200と聞いてますが、実際の数値より多く見えますね」

 

「嘘やってそんなん! 2000はいるって! あ~あかん! ごっつ緊張してきた!」

 

 あかねは冷静だけれど、さすがのみゃーこも緊張を隠せないみたい。

かくいう私も手汗がハンパない。迷信とは思いつつも手に『人』を描いてしまう。

 

「凛子ちゃん、何してるの?」

 

 そんな様子を見ていた桜が不思議そうに見つめる。

 

「えっと……おまじないみたいなものかな?」

 

「おまじない?」

 

「緊張している時はこうやって手のひらに『人』って描いて飲むといいんだって。効果があるかは分からないけどね」

 

「Oh! titan!?」

 

(え? なんて!?)

 

 桜が驚いて何か言ったけど、ネイティブな発音だから理解できなかった。

 

「いやいや、別に巨人ってわけじゃないから」

 

「え!? 絢香分かったの!? というか何故巨人!?」

 

 絢香は聞き取ったらしい。私は『Oh』しか分からなかったよ……

 

「巨人を題材にしたマンガ。実写化してたからな」

 

「あぁ……あれか。そう言えばタイタンって言ってたわ……」

 

 それで巨人か。それは納得したけど……

 

「何で巨人?」

 

「おおかた、『人を飲む』って言ったからだろ」

 

 あぁ……なるほどね。

 

「人に『呑まれない』ように、逆に呑み込むつもりで……っていうおまじないだよ。ほら、クリスチャンが十字きるようなものかな?」

 

「なるほど!」

 

「いやいや。前半はともかく、後半は違うだろ。お前はクリスチャンに謝れ」

 

 分かりやすく例えたつもりなんだけど、絢香は『やれやれ』といったように否定した。

 

「それにしても……リリィも緊張するんだな」ニヤニヤ

 

 意地の悪そうな笑顔を浮かべる絢香。

 

「絢香は私をなんだと思ってるの?」

 

「心臓にヤマアラシのように毛がはえているのかな?」

 

「……絢香とはあとでゆっくりお話する必要があるかな?」

 

 さすがにライブ前では明らかに時間が足りない。あとで腰を据えてゆっっっっくりお話することにしよう。

 

 

「では開演しまーす!」

 

 会場の照明が消え、真っ暗にーー

 

(わぁー!)

 

 赤、青、黄色……と様々な色のサイリウムの海がそこにはあった。

プロフィールにイメージカラーが記載されていたとはいえ、まさかお披露目ライブでここまでサイリウムで照らされているとは思わなかった。

 

(あ……)

 

 私のイメージカラーであるターコイズ色のサイリウムを振ってくれている人もいた。

何故ターコイズなのか? 私にも分からない。ターコイズのアクセサリー着けてたからかな?

『白雪』だったら白じゃないのかって? それだとみうちゃんと被っちゃうし、純粋無垢なみうちゃんと少々(自称)腹黒な私……どちらに相応しいかスタッフさんは分かってらっしゃるようで。

 

 初めてのステージに高揚感と緊張からか、まるで自分の体じゃないようにフワフワする。

リハで照明の明るさを確認したはずなのに、それ以上に明るく感じる。

 音楽もお客さんの歓声もあるのか聞こえにくい。音程あってる? 

 

 よくアーティストの方が『1番後ろまで見える』って言うけど、リップサービスだと思ってた。でもこうしてステージに立ってみると、その言葉が本当なんだと知った。

 

 緊張の中歌って踊って……精一杯のはずなのに、頭はこの状況に慣れてきたのか、それともオーバーフローを起こして半ば自棄っぱちなのか冷静になってきた。

 

 と、桜がみうちゃんの方をチラリと向いた。

 

(あ、ウインクした。余裕だなぁ~)

 

 メンタルの違いなのか、はたまた心から楽しんでいるのか。たぶん後者なんだろうなぁ。私とチラリと目が合うとニコッと笑った。うん。かわいい!

 

 

「出来たー! これが30cmネックレス、1分間ビーズ通しや!」

 

 1曲披露したあとは自己紹介兼自己アピール。

今回は『審査会』と違って事前に言われていたため、各々準備することが出来た。

今はみゃーこが特技の手芸(なのかな?)を活かして(るよね?)ビーズを通したんだけど……数珠に見える。

 

「地味ですね」

 

 そんなみゃーこをあかねが斬る。それはもうバッサリと。

ちなみに彼女は円周率をかなりの桁まで暗記していて、それを言ってのけたのだが……裏でスタッフさんが調べていて途中で追えなくなってストップがかかってしまった。お客さんはスマホをいじるわけにもいかないので正解かどうか分からないだろうし……後で各々で検索してみてください。

 

「えー。私はかわいいと思うなー」

 

 ぶりっこを発動して擁護する絢香。

いつものキャラだったら『いやいや、ないだろ』とこれまたバッサリと切り捨てるところだろう。

そんな彼女は1分間で絵を描いていたのだが、これがまた上手で……でもあの絵、どこかで見た気がするんだよね……。

 

「くー。くー」

 

「これ、本当に自己アピールになるの?」

 

 麗華も否定的。かくいう彼女はTシャツを持ってきて、驚きの早さ、綺麗さで畳んでみせた。アパレルでもやっていけるんじゃないかな? 本人は乗り気じゃないと思うけど。

 

 ジュンはイチゴを口にたくさん含めるらしく、調達してきたものを次々と口に放り込んでいった。結果、7個入れたところで頬をパンパンに膨らませてまるでハムスターみたいだった。

って、ジュン寝てる!?

 

(どっちもアピールになるのか怪しい気がするけど……)

 

「仲間辛辣やな! ジュンは寝とるやん!!」

 

「では、こちらのネックレスに河野都のサインを入れて1名様にーー」

 

「書けるかーい!!」ズビシッ!

 

 おぉ! さすがは本場大阪。ナイス突っ込み。

 

「皆さんは楽しんでいただけましたよねー?」

 

「「「はーい」」」

 

 ニコルんが上手くMCとして回す。

 

「っておーい!!」

 

 みゃーこの突っ込みに会場が笑いに包まれる。

 

(よしよし、温まって来てるね~)

 

 意外な盛り上がりに手応えを感じつつ、次の準備のために私は舞台袖に向かう。その際ジュンの肩を叩き、ジュンを起こすことを忘れない。

 

「ふぇ……?」

 

「ジュン、起きれ~」

 

 お腹いっぱいで寝ちゃったのかな?

 

(あれ?)

 

 ふとみうちゃんを見ると下を向いていた。

 

(どうしたんだろ……)

 

「じゃあ次は……凛子ちゃん」

 

「はい! 山形県から参りました、白雪凛子です! 私のアピールは……これ!」

 

 それは、穴のあいた赤い玉と、十字型の木が糸で繋がった物体。

古くは江戸時代からあったとされている玩具ーー

 

「はい! けん玉です!」カッ、カッ、カッ

 

「「「おぉー! おぉー?」」」

 

「けん玉?」

 

「はい。山形県の長井市というところにけん玉の工房がありましてね。あ、山形県分かります? 人の横顔の形の県ですよ?」カッ、カッ、カッ、カッ

 

「それは知ってるけど……今何してるの?」

 

「これは大皿といわれる部分と、中皿といわれる部分を行ったり来たりさせる『もしかめ』と言われる技ですね」カッ、カッ、カッ、カッ、カッ

 

「「「おぉー!」」」

 

「『もしかめ』?」

 

「これやりながら『もしもしかめよ~かめさんよ~』って歌うからですね」カッ、カッ、カッ、カチャン

 

 話しながらも手は止めない。そのくらいやらないと、地味って言われそうだし。

 

「ちょっ!? 今の何!?」

 

「世界一周という技ですね。小皿、大皿、中皿と載せて、最後に剣先に入れます」

 

「「「おぉーー!」」」

 

「ありがとうございます。では最後に……」

 

 玉を右手に持ち、前に出して、左手にけんを構える。

 

「上手くいったら拍手、お願いしますね~」

 

 とは言うものの、今からの技は先程の技に比べれば難易度は下がる。

左手に持ったけんを離すと、振り子の要領で進み、遠心力を利用してーー

 

(あ、ヤバい!)

 

 少し力が入ってしまい、このままでは失敗してしまう。

 

「っ!!」

 

 咄嗟に右手を離し、向かってきたけんを掴む。今度は玉の方を振ってーー

 

カチャン!

 

上手く剣先に入ってくれた。

 

「「「おぉーー!!!」」」パチパチパチ

 

「スー……ありがとうございました!」

 

 お客さんに向かって頭を下げた後でけん玉を置きに行く。

 

(上手くいって良かった……)

 

 一か八かだったので、手汗どころか冷や汗もかいている。正直今も手が震えている。

 

「じゃあ最後、滝川みうちゃん。自己紹介!」

 

「いえーい!」

 

「みゅーみゅー!」

 

 麗華が進行し、みゃーことジュンが盛り立てる。

その間、私は手汗を拭く。

 

「……」

 

「……みうちゃん?」

 

 反応しないみうちゃんに桜が声をかけると、ようやく気づいたようだ。

 

「えっと……埼玉県出身、滝川みうです……よろしくお願いします……」

 

 なんとか絞り出した声はか細く、マイクでなんとか拾える声だった。

 

(どうしたんだろう? 緊張しちゃってるのかな?)

 

 始まった時はそんなにガチガチじゃなかったのに……

 

「って、声小っちゃいなぁ~。マイク上げたって~」

 

 みゃーこが上手い具合にフォローを入れる。

 

(私も戻らなきゃ)

 

「自己アピールは?」

 

「あ、えっと……」

 

 みうちゃんが戸惑っているのを受けて、観客がざわつき始める。

とーー

 

フッ

 

「「「!!!」」」

 

 照明が最低限のライトを残しておとされた。

さらに曲も流れ始める。

 

(押しちゃったか……)

 

 皆が急いで位置につく。

ーーただ一人を除いて。

 

「みうちゃん!」

 

「!!」ハッ

 

 桜の呼び掛けにみうちゃんが急いで位置につく。

 

(本当にどうしたの? 緊張だけじゃない何か原因があるの?)

 

 みうちゃんを気にかけながらも歌い、踊る。

 

ブツン

 

「え……?」

 

「曲が……止まった?」

 

 突如として曲が止まってしまった。

 

「なになに~?」

 

 思いもよらぬトラブルにメンバー間にも動揺が走る。

舞台袖に視線を向けると、合田さんがスタッフに何か言っているようだ。

 

(機材トラブル!? このタイミングで!?)

 

「なんだ!?」

 

「どうしたんだ!?」

 

ザワザワ……ザワザワ……

 

 当然その不安は観客にも伝わり、会場が再びざわつく。

 

「これで……終わり……? こんな形で……?」

 

 ニコルんの悲しげな声が聞こえた。

 

「そんな! せっかくのお披露目ライブなのに!」

 

 ジュンの嘆きが聞こえた。

 

「うっ……」

 

 耐えきれず桜は泣き出した。

 

「桜……」

 

 慰めるみゃーこの手も震えていた。

 

(私たちのライブは……こんな形で終わるの……?)

 

 成功でなければ失敗でもない。やりきったという達成感も無く、あぁすれば良かったという反省も無い。

 

『機材トラブル』。ただそれだけで最後までやらせてもらえず。

お披露目ライブで不幸な形で終わってしまった憐れなアイドルと言われ……いや。話題になることもなくまるで存在しなかったかのように忘れ去られるんだろう……。

 

 始まりは意味不明な『壁』に選ばれて、2ヶ月程のレッスンをして……時には衝突もしたけど、今日のために皆頑張ってきたのに……

 

(何も出来ずに終わるっていうの!?)

 

 悔しさのあまり、手に持った()()()()()()()()()

 

(いや、まだやれることはある! こんな形で終わらせてたまるか!?)

 

 私が奮起したタイミングで、1つの影が舞台袖に向かって走っていったのが見えた。

 

(私はなんだ!? 『アイドル』だろ!? じゃあステージですることはなんだ!? 泣くことじゃないだろ! 悔しがることじゃないだろ!!)

 

 マイクを持ったまま、私は『センター』に立った。

 

「凛子?」

 

「夢見るってことは 何かを期待すること」

 

(ステージですること。それは『歌うこと』だろ!!)

 

 

 

「滝川さん……? 早くステージに!」

 

 舞台袖に行くと、合田さんにステージに戻るように言われたけど、それを無視してマイクを置き、ピアノに対峙する。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 久しぶりに触れるピアノ。毎日のように触れていたけど、お母さんが入院してからは触る機会が減っていったピアノ……

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 自然と息が上がり、指も強張っていく。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

「滝川さん……早くーー」

 

『夢見るってことはーー』」

 

「っ!!」

 

 ステージから凛子ちゃんの歌声が聞こえた。

 

(凛子ちゃんは諦めていない!!)

 

 凛子ちゃんの歌声を聴いた途端、指の強張りが解れていった。

 

『勇気が必要になった時のお守りとして持っておくのはどうかな?』

 

 衣装のポケットに手を突っ込むと、お守り代わりのヘアピン。

 

(ピアノを弾くのに、前髪が邪魔……)

 

「やる時はやる!」

 

 凛子ちゃんの歌を頼りに鍵盤を弾いた。

 

 

 

「!!」

 

 途中でピアノの伴奏が聞こえてきた。どうやらみうちゃんが『やった』ようだ。

 

(っていうか、ピアノで弾けちゃうのか~……凄いな)

 

「青い空より どこまでも澄んだ」

 

 そしてみうちゃんのピアノに気づいたニコルんが歌いだしー

 

「孤独な窓を 何度も叩いて」

 

「世界の広さ 君が教えてくれた」

 

 1人、また1人と加わっていく。

そして、背後のプロジェクターにはピアノを弾くみうちゃんの姿が。

 

「「「おおーーー!!!」」」

 

 まさかメンバーがピアノ伴奏をするとは夢にも思わなかったのだろう。観客も盛り上がる。

 

(みうちゃん、見えるかな? 会場のサイリウムの色、白一色だよ)

 

「今なら好きだと 言えるかもしれない」

 

 

 

 演奏が終わった途端、皆舞台袖に行っちゃったんだけど……いや、みうちゃんを迎えに行ったの分かるんだけどさ。観客放っておいて行っちゃうのはダメじゃない?

 いや、私も行きたいんだけどさ。私行っちゃったらMCどうすんのさ。

 

「と、いうわけで『僕は存在していなかった』ピアノアレンジver.いかがだったでしょうか?」

 

「さいこー!」

 

「良かったー!」

 

 どうやら反応は上々のよう。

 

「ホントに? 良かった! 原曲の方もCD出た時に聞いてもらえれば嬉しいです」

 

 チラリと舞台袖を見ると皆戻って来るようだ。

 

「では、今回の立役者。滝川みうちゃんです!」

 

 ニコルんから手を引かれてみうちゃんが戻ってきた。

うん、ヘアピン似合うじゃん。

 

「自己アピールもすっかり済んじゃったね」

 

「まぁ、うちの指示通りやな」

 

「嘘つけ!」

 

 あくまでもみうちゃんのアピールの一環とするらしい。

 

「皆さ~ん! 盛り上がってくれましたか?」

 

 ニコルんの声に歓声とともにサイリウムが振られた。

 

「あの……私……この前までバイトしてたんです。サービスエリアで」

 

 と、みうちゃんがここでカミングアウトを始める。

 

「でも……その……クビになっちゃって……。半分自棄になって始めたんです。アイドルを。それが1か月前。仕事と呼ぶには不確かで夢と言うほど前向きでもなくて……」

 

 たしかに前向きじゃないし、売れなければ仕事とも言えない。しかも自棄になってアイドルって、ガチでアイドル目指してる人からしたら憤慨ものだしね……

 

「右も左もわからないことだらけだけど……今日のステージ……こんなにも何かを成功させたいと思ったのは生まれて初めてで……ここが今は、私の居場所だと思っています」

 

 あ、ダメ、泣く(語彙力崩壊)

 

「今日はすごく楽しかったです。ありがとうございました!」

 

「「「ありがとうございました!!」」」

 

 

会場通路

 

『少し複雑。家で話そう』

 

 スマホを見るとお母さんから通知が入っていた。

当たり前だよね。今日までバイトをクビになったことも、アイドルをしていることも黙っていたんだから。

お母さんがライブに来てなかったら隠したままだっただろうし。

 

ブブッ

 

『でも みうのピアノ すごく格好良かった』

 

「お母さん……」

 

コツコツ

 

「ぁ、斎藤さん!」

 

 足音とともに来たのは斎藤さん。

 

「さっきは勝手なことしてごめんなさい……」

 

「言ったでしょう。すぐ謝る人はキライなの」

 

 そう言いながら私に背を向ける。とーー

 

「その髪型。似合ってるじゃない」

 

 こちらを振り向きそれだけ言うと行ってしまった。

 

 私は少し嬉しかった。

 

 

 所変わって壁の間。またもいつもの制服を着て集まっている。

 

「まったくほんま無茶ぶりの多い猫やで」

 

 早速壁ちゃんに文句を言うみゃーこ。

 

「猫で決まりなんですね」

 

「犬やないやろ?」

 

「そうだけど、そうじゃないんだよなぁ……」

 

 あかねの言葉に犬ではないと返すみゃーこ。

 

「壁の指定した日付に合わせた結果が機材トラブルだったなんて……」

 

「まぁ今回はクリステルがたまたまピアノ弾けたからよかったものの正直結果オーライ感強すぎだし」

 

「クリステルって!」

 

 たしかに指定しておきながら機材トラブルは本当に洒落にならなくなるところだった。ピアノ&アカペラソロ(私が歌った部分らしい)

を披露した伝説のライブと一部界隈では話題らしい。

 

「ていうかさ。このプレートって誰が出してるんだろうね。もしかして中に誰かいたりして!」

 

「あれだけの音です。アイドル育成アルゴリズムによって出されたAIの指示の下生成されているのかもしれません」

 

 さすがに壁の中に誰かがいるとは思えない(というか考えたくない)けど、あかねが言う通り、誰かしらが動かしているのだろう。

 

「もしも~し、ごめんください。どなたかいはるんですか~?」

 

 いやいや、そんなお隣さんに回覧板届けるノリで言って返事するわけーー

 

「おやめください」

 

「!?」ビクッ

 

「壁に質問されることは許されない」

 

「……気に入ってるやーん」

 

 び、ビックリした。あかねの物真似だった。

 

「凛子、しがみつかないでくれるかしら?」

 

 麗華が何か言ってるけど、無視しよう。

 

「考えてもしょうがないわ。お披露目ライブも上手くいったし、しばらくは言うこと聞いておけばいいわ。この壁ちゃん」

 

 ニコルんはどこかご機嫌なようだ。

 

「あ……あの……みうちゃん?」

 

 私とみうちゃん、桜以外が退室したタイミングで桜が声をかけた。

 

「どうしたの……桜ちゃん」

 

「あ、ううん……なんでもない」

 

「?」

 

 いつもの桜にしては何か歯切れの悪い気がする。

気のせいかと思いながらも退室する。

 

「そう? 先にロッカー室行ってるね」

 

「うん……」

 

「なかなか言えないね……」

 

 皆が退室した後に呟いたその言葉を聞いていたのは壁ちゃんだけだった。

 

「」

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