「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」
左足を捥がれ両目を潰された姉は、目の前で鬼の貫手に心臓を貫かれた。その体の命はもはや風前の灯火。あと10秒もすれば死に絶えるだろう。しかしそれでも姉は両腕で鬼にしがみつき、背中から日輪刀を刺して自身の体を鬼に縫い付けた。狂気を感じさせる狂喜の哄笑を高々と上げて。
尋常ではない痛みに狂ってしまったのか。答えは否だ。正確には
鬼を殺せる。ただその事実だけが、この世で唯一の幸福だ。そう宣って憚らない姉だった。
「桃の呼吸 壱の実———
そしてそれは自分も同じだ。
鬼の首を斬るごくごく基本的な横薙ぎの軌道。刀を瞬時に振り抜き、自身を縫い付けたことで残念ながらその軌道上に重なってしまった姉の首ごと鬼の首を斬り飛ばす。
鬼は首を日輪刀で切断すれば殺すことができる。それは太陽で焼き殺す以外に人が行える唯一の鬼退治だ。
「素晴らしい働きでしたよ。姉上」
ゴロゴロと転がる姉の首に向けて微笑みながら告げる。
十二鬼月だった。片目に『下弐』と刻まれていたことから下弦の弐だとわかる。単純に考えれば鬼の首領である鬼舞辻無惨を除いて、上から8番目に強い鬼だろう。その地位は伊達ではなく、姉の命を引き換えにしなければ今の隙は作れなかった。
姉もそれは理解していたはずだ。視覚を失い、片足を失った姉にもはや鬼を殺すことは不可能だった。恐らくこの戦いを生き抜いたとしても自害していただろう。この先鬼を殺すことができない生涯に意味など見出せるはずもない。同じ一族である自分だからこそ、一般的に見ればおよそ真っ当とは思えないその価値観に深く共感できる。
「さて……帰ろうかな」
さすがは十二鬼月と言うべきか。首は今まで退治してきたどの鬼とも一線を画すほど硬かった。おかげで自身の刀はひどい刃毀れをしている。もう使い物にはならない。見切りをつけ、なんの躊躇もなく刀を捨てた。
そして姉と崩れていく鬼の胴体を縫い付けている刀を引き抜き、付着した血を姉の隊服で拭う。新しい刀ができるまではこれで繋いでいくとしよう。
黙祷を捧げ、下弦の弐の根城から去ろうとした時にふと思ったことを口にした。
「そういえば……姉上ってなんて名前だったんだろう?」
街道沿いの茶屋で
「すみません。抹茶のおかわりをお願いします。あっ、あとよもぎ団子追加で」
「はいよ!」
勢いがありつつも威圧を感じない返事に微笑み、鼻歌混じりに先程の夢を思い出す。確か半年も前のことだったはずだ。
下弦の弐を討伐したことと退治した鬼の数が鬼殺隊に所属する吉備乃家で最も多いことが確認され、百太郎は鬼殺隊最強の称号である“柱”を拝命された。それと同時に吉備乃家当主を継ぐことになり、そちらの称号も同時に名乗れるようになったのだ。肩書きが多いのは良い。身分証明の方法が増えれば、その分活動の範囲が広がる。多くの鬼を退治できるのだ。こんなに素晴らしいことは他にない。
「へいお待ち!」
「ありがとうございます」
自身の今の環境に満足し、にっこりしていたところによもぎ団子と抹茶が運ばれてきた。よもぎが練り込まれた団子に甘い餡子。さらに並んで運ばれてきた抹茶の香り。この調和の取れた完璧とも言えるおやつに思わず唇を舐める。まずは団子にかぶりつき、口に残った餡子の甘味をほんのり苦い抹茶と共に胃へ運ぶ。美味い。やはり団子はこうでなくては。
「なぁお客さん。1つ聞いてもいいかい?」
「はい。なにか?」
「お客さんのそれ…もしかして刀かい?」
恐る恐るという風に茶屋の店主は机に立て掛けた日輪刀を指して言った。
現在は大正。廃刀令から30年以上経った今、政府の許可なく刀を持ち歩けば当然犯罪者だ。鬼殺隊は政府非公認の組織なので、世の為人の為に戦う鬼殺隊員も刀を持ち歩いているところを警察に見つかれば普通にしょっ引かれる。
こういった一般人からの質問も大して珍しくない為、百太郎は特に気負わず幾度と無く繰り返した嘘をつく。
「模造刀ですけどね。僕、劇団員なんですよ」
「へぇ〜劇団!」
「はい。寝坊したら劇団に置いてかれちゃって…えへへ」
照れ笑いを浮かべることも忘れない。ここまで自然な嘘をつけるのなら本当に劇団でもやっていけるかもしれないな、とつまらない事が頭をよぎる。鬼を殺すことができない人生なんぞ願い下げなので、なる気は毛頭ないが。
「僕主役なのに、ひどいですよね」
「はぁ〜。若ぇのに頑張ってるんだなぁ」
「勉強の毎日です。学ぶことが次から次へとあって目が回っちゃいそうですよ」
「感心しちまうなぁ。どんな演目をやるんだい?」
「それは……」
百太郎はそこでもったいぶるように言葉を切り、懐をゴソゴソと漁る。そして取り出したものを額に巻いた。
「じゃん!これです」
桃が中央に配置された鉢金。絶妙にダサいが、これでも吉備乃家に伝わる由緒正しい当主の証である。絶妙にダサいが。
そして百太郎は嘘であり真実でもある、もう一つの自身の肩書きを演目として店主に告げた。
「“桃太郎”です」
「お、おう……」
ドヤ顔で見せつけてきた鉢金のダサさに、店主もドン引きである。別に百太郎も当主の座に誇りを持っているわけではないが、自分の考えた『無理のない刀を持ち歩く理由』が毎回この反応になってしまうのは不服だった。
なんとなく気まずいのでもう一皿団子を注文しようとした時、バサバサと大きな羽音が近付いてくる。
「ケーンケーン!百太郎!コノ先ノ街道ヲ進メ!ソコニ鬼ガイル!」
「うお⁉︎キジが喋った⁉︎」
「僕の腹話術です。劇団員ですから」
「そ、そうなのかい?」
「はい。この子はウチの劇団で飼ってる非常食兼花籠係のキジ山キジ太郎くんです。今回の演目ではお供のキジ役もするんです」
「コノ先ノ街ニムカエ!コノ先ノ街ニムカエ!」
「キジってあんまし飛べないって聞いてたけど、結構飛べるんだな」
「キジ太郎くんは鍛えて飛べるようになったんですよ。ほら、筋肉があった方がいざ食べる時に身が締まってて美味しいですか……いたた!」
なんとか頑張って嘘をつき通す百太郎だが、話を聞いてないと考えたキジ太郎は彼の頭を突き始める。
このキジ太郎、本来は鬼殺隊員全員につけられる連絡用のしゃべる烏である鎹烏の代わりを務めている。吉備乃家が独自に育てたキジであり、実際食べる時は本当に食べるので非常食も兼ねている。
「痛いってキジ太郎!わかった!わかったから!!」
さっさと向かえと急かすように頭を突き、さらに髪の毛を毟り始めたので堪らず残りの団子を抹茶で流し込み、店主に金を払って茶屋を出た。まだ17だが、今年で18になる。この年で禿げてはたまらない。
「それでキジ太郎?今回の鬼はどんな感じなのかな?」
「襲ワレタト思ワレル死体ハ水死ニ似タ状態!血鬼術ヲ使ウト推測デキル!」
「十二鬼月かな?」
「ソレハナイ!ソレハナイ!被害ガ少ナスギル!」
「そっか。でも鬼なら退治しないとね」
「駆ケ足!駆ケ足!全力駆ケ足!」
「まだ日が高いから急がなくてもいいんじゃない?」
「駆ケ足!」
「わかった!走るから髪の毛毟らないで!禿げる!」
「ハゲロ!」
こいつキジ鍋にしてやろうか。わりと本気でそう思った。
それから軽くキジ太郎とじゃれあった後、桃の鉢金をキュッと締めて気合を入れる。
「それじゃ、吉備乃家百代目当主“桃太郎”兼鬼殺隊“桃柱”吉備乃百太郎、任務に向かいます!」
瞬間———パンッ!風船が割れたような破裂音だけをその場に残し、大正の桃太郎は鬼退治へと走り出した。
はい、いかがでしたか?
ややこしいですが、“桃太郎”はオリ主の一族に伝わる当主の称号で百太郎が本名になります。隊服は時透くんスタイルの袴に桃柄の羽織をご想像ください。