鬼が出るとされる街に着いた時、鬼殺隊としてまず行うことは聞き取り調査だ。
その為にはまず、人からの信頼を得なければならない。普通の街ならば適当な通行人に聞けば良いのだが、鬼が出ているとなるとそうはいかなくなる。理由は疑心暗鬼。自分の周囲で人が死んでいるという状況は、それだけ人間不信に陥りやすい。たとえ、それが明らかに人の手によるものとは思えない死に様であっても。
ならば、とまずは心を開いてもらわなければならない。これは長く鬼殺隊にいて学んだことの1つであり、鬼を殺すことしか頭にない吉備乃家では学べないことだ。
「『悪い鬼め!今日こそお前達の最後の時だ!たぁー!』」
百太郎は芝居がかった口調で刀を振るっていた。周囲に集まっていた子ども達から歓声が上がる。年の頃は10歳未満がほとんどで、土汚れが目立つことから農家の子どもであることが推測できる。
ここ最近の変死体騒ぎで大人がピリピリしているせいで抑圧されていたのか、このような付け焼き刃の1人芝居でも十分に楽しんでくれている。
「『鬼退治を終えた桃太郎は、おじいさんとおばあさんと一緒にいつまでも幸せに暮らしましたとさ』……おしまい」
拍手喝采であった。元々はつけっぱなしの桃の鉢金と来る途中で吐いた適当な嘘から思い付いたことだが、楽しんでもらえたのなら喜ばしい。
さらに、いつの間にか集まってきた大人達も遠巻きからこちらを伺っていた。本来の目的も達成したと見て良いだろう。
「さてと……」
口々に感想を言ってくれる子ども達に愛想良く対応しながら百太郎はこちらを眺めている1人の女性へと近付いていく。
「こんにちは。突然ですけど、ここら一帯で変死体が出ていると聞いて来た者です。知っていることがあれば、なんでも良いので教えてもらえますか?」
「け、警察の方ですか……?」
「はい」
ここでも平然と嘘をつく。ここで一般には知られていない鬼殺隊のことを説明するのは煩わしさしかないのだ。それに、このような駐在もいないような田舎町ならばこう名乗ったほうが信頼を得やすい。
“変死体”という言葉に怯えた女性は、何故警官が1人芝居で子どもの相手をしていたのかという当たり前の疑問すら頭から抜け落ちてしまったようだ。さらに警官が来てくれたという安心感からか、家に招き入れてくれた。
「あの…このような物しかありませんが」
「あぁ、お構いなく。ご両親は在宅ではないのですか?」
「お父ちゃんとお母ちゃんは仕事で山に入っています…危ないって言ったのに」
出された白湯で口を潤し、目の前の女性を観察する。子どもというよりは幼くないが、だからといって大人とは言えない。自分と同年代だろうか。
両親が心配で仕方ないといった様子で落ち着きがない。
「心中お察しします。さっそくですが、変死体について詳しく教えていただけますか?」
「あ、はい……。1ヶ月前からです。そういったモノが出るようになったは……」
「噂では水死体と聞きましたが」
「その…私は直接見たわけではないので分かりませんが、お父ちゃんが言うにはそうらしいです」
「なるほど。ちなみに、その変死体が出る前か後に変わったことはありますか?」
「変わったこと……ですか?そういえば、決まって雨の日の夜に出ていたと思います」
「雨の日の夜……。それは大雨などたくさん降る時に?」
「いえ、小雨だった日にも出ていました。みんなは祟りや妖怪の仕業だって。明らかに人がやったとは思えない状態だったと聞いています」
「『人がやったとは思えない状態』とは?」
「臓腑が全て取られていたらしいです。しかも刃物を使ったみたいに綺麗に!動物がそんな事できないし、だからみんな妖怪だ祟りだって!」
「落ち着いてください。ちなみに死体は街のどの辺りで見つかるのですか?」
「家の前です。決まって誰かの家の前に放置されていて……」
話を聞く限り、偏食の鬼らしい。鬼も元は人間であり、当然好き嫌いがある。鬼に総じて言えることは、多く人間を食べた鬼は力もつけている。
鬼になった者はとにかく手近な人間を食らうらしいが、この鬼は食べる部位を選り好みしているのだ。しかも殺し方も一貫している。
よって導き出される結論は
気になる点といえば綺麗に内臓を持ち去っていることだが、鬼の爪は刃物のように鋭い。拘りの強い鬼ならそれくらいはやるだろう。
さらに喜ばしいことが1つ———
「……素晴らしい」
「え?今なんと?」
慌てて口を塞ぐ。感情が昂り過ぎて思わず本音が口をついてしまった。
「いえなんでもありません」
愛想笑いを浮かべ、袂の中から1つのお守りを取り出して女性へと差し出す。
「他の方にも聞いて回るので、僕はこのあたりで失礼します。これは厄除けのお守りです。あと、雨の夜は外に出ないようにしてください」
「は、はい。ありがとうございます」
女性に渡したお守りは藤の花の香り袋。鬼は藤の花の香りを嫌うので百太郎は極力任務地の住人に配るようにしている。
“桃柱”に就任したとはいえ、吉備乃家の自分は鬼殺隊の中で腫れ物扱いだ。理由は当然理解できているのでそこに文句はない。しかし、吉備乃家だからといって鬼殺の任務を減らされるのは我が身を裂かれるような思いだ。なので、最低限以上に鬼殺隊としての役割を果たさなければならない———閑話休題。
藤の花の香り袋を配るついでに他の住人にも聞いて回ったが、先ほどの女性から得た以上の情報は出てこなかった。
確定しているものとして非常に有益なのものは2つ。
1つ目、鬼は雨の夜に人を喰らうこと。
2つ目、水を用いた血鬼術を使うこと。
人を狩るために血鬼術を使う鬼は珍しい。鬼の身体能力は普通の人間を遥かに超えている。わざわざ体力の消耗が伴う血鬼術を使う理由があるのだろうか。
そこで気付いた。もう日が地に沈みかけているではないか。曇っているのでわからなかった。
とりあえず鬼を狩り取るまでの拠点を確保するため宿を探そうか、そう思い立った時———ポツ、ポツ。水滴が鼻っ柱を叩く。雨だ。
雨はすぐに勢いを増し、周囲をバチャバチャと叩く音に包まれる。弾かれるように東の空を見ると、頭上の雲と同じような暗雲が広がっていた。つまり当分は止むことがない。
「ははっ!素晴らしい」
上気する頬に冷たい雨が心地良い。まるで初恋を自覚したかのように心臓の高鳴りが止まらない。歓喜に体が震え、思わず呼吸が荒くなる。
鬼殺隊に入ってから何度も体験したこの感覚、未だに慣れることはない。この上ない快楽と幸福を今夜経験できると聞かされれば、誰でもこうなるだろう。
(あぁ…早く逢いたい……)
吉備乃家一族特有の昂りを慰めるため、百太郎は雨に打たれながら人目につかない木陰へと入っていく。
香り袋を配る過程で住人には夜に絶対外へ出ないことを言いつけておいた。そこそこ厳しめの口調で言ったし、住人の認識だと自分は警官なのでそれなりに効果はあるだろう。
今夜、この雨の中外を出歩いているのは百太郎1人だけ。件の鬼は十中八九自分を狙ってくるという確信がある。
木の下で雨を凌ぎながら桃の鉢金を額に巻き、油断なく腰の刀に手を掛けておく。
(早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い早く来い来い来い来い来い来い来い来い来い来いっ!)
雨が巻き上げる土の匂い。耳朶を叩く雨の音。雨粒に打たれた葉が落ちる。
(そうだ。お前が人を狩る条件は全て揃っている。雨が降り、自分はここに1人。脆く儚い人の身をこれでもかと晒しているのだ。今襲わなくていつ襲う!)
感情の昂りは極限まで達し、それを必死に抑えるため心中でまだ見ぬ鬼に語りかける。
刹那———雨宿りをしている木ごと自分の周囲の雨が
「桃の呼吸 壱の実———
瞬時に状況を把握した百太郎は木の幹を蹴り、抜刀。一閃。球状に流れる水の壁へと斬撃を放ち、その隙間に体を滑り込ませて脱出する。
再び雨の降る空間に飛び出し、着地するほんの一瞬の間に今まで自分がいた場所を見ると、雨宿りしていた木ごと球状の水流に
もしあの場に留まっていたら、今ごろ圧死していたことだろう。
『クフェフェフェ…惜しい惜しい』
どこからともなく聞こえる低く汚い声。聞いているだけで嫌悪感が湧き、肌が粟立つ。
『オメェ、鬼狩りか?いつもなら頭の弱い人間が1人や2人は外にいるもんだが、今日は誰もいねぇ。それに加えて藤の花の臭ぇこと臭ぇこと』
会話はしない。人語を解するだけのゴミとする会話なぞ、酸素の無駄使い以外の何物でもない。
桃の呼吸の使い手特有の桃色に染まった日輪刀を構え、鬼の位置を探る。
『血鬼術
「チッ」
地面の水溜りから逆巻ながら泥水が迫る。慌てず離脱するが、泥水を掠めた羽織がその部分だけ千切れた。水流からは強力な水圧が窺える。
『血鬼術
飛び上がった泥水が今度は降り注ぐ。前後左右へと緩急つけた動きで避けるが、靡いた羽織の裾に水滴が当たって穴が空いた。
恐らく体に当たればその時点で蜂の巣にされる。まるで南蛮銃の連射のようだ。
『血鬼術
周囲の雨水が百太郎を囲むようにいくつかの塊となっていく。瞬間、顎、左腿、右肩、心臓、左鎖骨、左膝、うなじ……避けることを想定した水槍が続々と時間差で放たれる。
全ては下がることで避けられる。雨水が集まってから水槍が放たれるまでの時間に一瞬の間があり、そこを突けば攻撃の軌道からは逃れられる。
(誘導されているのかな?)
血鬼術には確かに殺意があれど、全て避けられるくらい精度が低い。狙いは別にあると見たほうが良いだろう。
ならば、と百太郎は誘導されていると思われる箇所から離れる為横っ飛びで無理矢理その場を離脱。さらに袂を探り、鎌の柄尻から鎖で分銅が繋がる武器———鎖鎌を取り出す。その鎖鎌は普段目にするものと大きく異なり、百太郎の持つ日輪刀と同じ
左手に鎖鎌を持った百太郎は鎖の先の分銅を振り回し、周囲に乱立する木の枝に絡ませる。間髪入れず思いっきり飛び上がり、枝を支点として振り子の要領でグルリと木の上へ登った。
すると、追撃の水槍が顔面へ迫る。まるで元の場所へ戻れと促すように。
(やっぱり誘導してたね)
軽く首を傾けるだけで躱し、先ほどの攻撃の軌道から誘導先を割り出した。視線をその位置へ向けると、巨大な岩がある。その影には洞窟がある。地に足を着けた状態では見つからなかっただろう。木の上から角度をつけてなんとか見えた。———岩の影から鬼が洞窟へと走り込んでいく。
(見つけた)
背中を向けて逃げる姿は明らかに誘っているようにしか見えない。しかし、鬼の首を撥ねるにはあの洞窟に入るしかない。ならば迷う理由などあるはずもなく、百太郎は未だ続く攻撃を避けながら洞窟へ向かう。
罠だろうと関係ない。この身が求める幸福はそこにあるのだ。
洞窟に入ると噎せ返るような血臭が鼻腔を襲ってきた。思わず顔を顰めるが、もちろん刀も鎖鎌も離さない。
洞窟の中は広過ぎず狭過ぎずといった広さであり、ピチャピチャと天井から雨水が滴り落ちてくる。敵の血鬼術を思えば、それさえ警戒対象だ。面倒なことこの上ない。
「クフェフェフェ…来た来た」
突如洞窟奥の暗闇から鬼の声が響いてきた。それを耳にしただけで血が沸騰したかのような熱が全身を支配する。
「———死ね」
血臭が多く混ざる酸素を一気に吸い込み、全集中の呼吸。周囲へ最低限の警戒を残しつつ一直線に声の主へ向かう。
「ひぃっ⁉︎」
「……っ⁉︎」
「クフェフェフェ」
鬼の頸に刀を振おうとした瞬間、聞き覚えのある女性の声に動きを止められる。驚愕の間はそのまま命取りだ。素早く離れ、刀を構え直す。
「た、助けて……」
「クフェフェフェ…オメェは鬼狩りだもんなぁ?斬ったらまずいよなぁ?」
百太郎の視線の先には、首から下を水の球体に包まれた女性とを盾にする全身青色の鬼の姿があった———
「……その女性には藤の花の香り袋を渡しておいたはずだけど?」
「クフェ、そんなもんオイラには効かねぇのさ。こ〜んな風にしちまえば、あの臭ぇ臭ぇ匂いは隔離できる」
そう言って鬼が掲げるのは、球状の水に包まれた香り袋。確かに、水に包まれれば藤の花の香りは効果がない。水を用いた血鬼術を使うこの鬼には無意味だ。
そして、この鬼が人を喰らうために血鬼術を使う理由もここに来て理解できた。もし香り袋を持っていても、血鬼術で無力化できるからだ。
「武器を捨てな、鬼狩り。じゃないとこの娘っ子を殺しちまうぞ?」
「ハァ……」
そう言われてしまえば、捨てざるを得ない。自分がこの任務に就いて良かった。他の吉備乃ならば、女性ごと鬼の頸を斬ろうとしていただろう。元々桃の呼吸壱の実はその為の技でもあるし。
地面に刀と鎖鎌を捨て、百太郎は無抵抗を示すように両手を上げる。
まったく頭の回る鬼である。洞窟の外で強襲を掛けてきた時はまるでここには自分達以外いないようなことを宣っていた。それを聞き、百太郎も鬼が人質を取っている可能性を無意識に捨て去ってしまっていたのだ。だから特に疑いもせずここへ入り込んでしまった。
さらにこの血臭はつい先ほど人を喰らったもの。自分を殺す為に用意周到な準備をしていたのだろう。
「クフェフェフェ!鬼狩りってのは不便だなぁ!血鬼術
天井から滴る水が血鬼術で集まり周囲を囲み始めた。それをまるで他人事のように睥睨しながら、百太郎は袂へと手を突っ込みながらニヤリと笑う。
「———なんてね」
はい、いかがでしたか?次回決着となります。
血鬼術の名前を考えるのが結構難しい(´ー`)