青い空に白い雲が浮かぶ。澄んだ風が荒野の大地に広がる大空に吹く。そんな大空に二機の飛行機が後方に細い雲を引っ張りながら飛んでいく––。
「ちょっとミユリ!そんなに速度上げちゃあ、私が合わせられないじゃない!」
零戦二一型に搭乗するミユリの元に、無線越しに抗議の声が聞こえる。三つ編みの長い髪を後ろに束ね、頬にそばかすのある少女ミユリは、もう一機の零戦に無線のチャンネルを合わせ反論する。
「だって折角飛行機に乗ってるんだよ!?気持ちよく飛ばせてよ!そうやって怒ってばっかだとカレシ出来ないよリンくん?」
もう一機の零戦に乗った、黒髪をベリーショートにしたリンと呼ばれた少女は「アンタだけに言われたくない!」と反論する。
二機の零戦は発掘中の鉱山をグルッとひと回りし、すぐ側にある街『ラハマ』に向かった。
『イケスカ動乱』と呼ばれた大空戦から十数年経ち、戦いの中心にあったイケスカをはじめ、イジツにある多くの街は、戦いの傷から癒えつつあった。争いの原因となった「穴」は、未だ解明の途中にある。
ーその昔、世界に「穴」が空いた。「穴」からは様々な物が落ちてきた、「穴」の向こうに繋がった「世界」から、飛行機と共に。そして「穴」は閉じられ、「世界」から来た者は皆去って行ったー
そんな「穴」を独り占めにしようと、1人の男が画策した。
イジツを牛耳るために、人を追い出し、街を焼いた。
そして男は「穴」の中へ吸い込まれて行った・・・。
そんな動乱に、イジツを救った飛行隊がいた。
「コトブキ飛行隊」、イジツを救った『ヒーロー』は、やがて飛行機乗り達の伝説、憧れとなった。
そんな荒野に広がる街「ラハマ」に、ここ数年大きく発展しつつあった。
数年前、ラハマ近郊の鉱山からとある鉱石が発掘された。その鉱石はこれまでに類を見ない程の硬さを誇っていた。。
そしてラハマにある運輸商社「オウニ商会」が調査に乗り出し、含有物や使用用途、果てまた運用方法までを確立していった。
しかしながらオウニ商会だけでは鉱石の運用は不可能であった。そこで名乗りを挙げたのが、芸術方面に商売を拡大していった「エリート興業」。
彼らの協力によりイジツ中に、ある時は飛行機の材料に、またある時は宝石に姿を変え広まっていった。
鉱石には、世界の希望と繁栄、そして未来への無限の可能性を込め、「ユーハング語」の名で「カナタ鉱石」と呼ばれるようになった。
そんなカナタ鉱山の見廻りを終えた自警団のミユリとリンは、ラハマの飛行場に零戦を着陸させた。アフターアイドルも程々に、零戦を格納庫に移動させ、回転数を上げ「ブォン!」と空ぶかしをする「儀式」を終え、整備班に受け渡した。この「儀式」をしないと、エンジン内に煤が溜まり、不調に繋がる。
「おーい、ソータぁ!整備よろしくーぅ!」ミユリが整備班長の名を呼んだ。
ソータと呼ばれた整備班長は格納庫の隅から渋々出てきた。短髪でキリッとした目つきは「イケメン」という言葉がよく似合う。その凛々しい顔つきの青年が着ている服装というと、整備班らしくツナギである。周囲からは「イケメン整備班長」と呼ばれている。
「あのなぁミユリ、俺はお前の専属整備士じゃねーんだぞ?」ソータはスパナを振り回しながらミユリに訴えた。
「いいじゃんいいじゃん!昔馴染みなんだし、私が一番信頼できる整備士だしね!」
ミユリが腰に手を当て、誇らしく答えた。
「・・ったく、しょうがねぇな・・。いいから早く行けって。今から定例会議なんだろ?」満更でもない表情を浮かべながら、ソータはミユリ達に促した。
ミユリは満面の笑みを浮かべ、「さっすがソータ!よっ、頼れるみんなの整備班長!キレてるよー!!」とわざとらしい歓声を上げる。ソータは「ゲンキンなやつ・・・」と舌打ちしながらあきれ返った。
「ゴメンねソータ君、いつも負担かけて・・・」と申し訳なさそうにリンが謝った。
ソータは照れながら、「いや、いいよ。ミユリのお天馬ぶりには慣れてるし・・・。」と鼻の頭を指で掻きながら応えた。
会議室に向かって駆けるミユリに向かって、ソータがボソッと呟いた。
「昔は、こんなんじゃ無かったんだけどなぁ・・・」
イケスカ動乱、そしてカナタ鉱石の出現によって、ラハマ自警団の体制は大きく変化せざるを得なかった。
それまで九七式艦上戦闘機から、零式艦上戦闘機へ変更された。そして、組織の強化も図られた。
街の治安維持や、鉱山を含めた上空警備等の防衛業務を請け負う「第一部隊」、空賊等が街や鉱山に攻め入られた時の為の火力支援を目的とした「第二部隊」、そしてイケスカ動乱の様な大規模戦闘や、その他第一・第二両部隊だけでは対応出来ない業務を行う「特殊任務部隊」が存在する。
それもこれも、イケスカ動乱の際にラハマ自警団の団長をしていた現在の町長が「街全体が戦って街を守る意思の強化の為」だという。
そんな自警団では、部隊ごとに定期的に会議が催される。主には各小隊及び各班の状況報告や連絡事項等が伝達される。
ミユリ達が所属しているのは、第一部隊・第三防衛小隊。ミユリはそこの小隊長だ。
「こんなスカポンタンでも小隊長・・・。」ボソッとリンが呟いた。
ミユリはムッとした表情で「なによー」とムクれた。
やがて大隊長と、団長である『ミドリ』が入場し、会議が始まった。
「ー第二防衛小隊からは以上です。」続いてミユリから第三防衛小隊の報告を行う。
「担当であるカナタ鉱山周辺で、未確認の飛行隊が3機、いずれも偵察の為と思われます。機体は隼二型。威嚇射撃を行った所反転し撤退していきました。既に報告書にて部隊長には報告済みです。ここ2ヶ月で未確認機の数が増えており、第三防衛小隊としては緊急時に対応できる体制を再構築する必要があると進言致します。第三防衛小隊からは以上です。」
ハキハキとした口調でミユリの報告が終わる。各小隊の報告が終わると連絡事項が伝達され、鉱山周辺の警備強化と、戦力強化についての話し合いが行われ、会議が終了した。
ふぅー・・・とミユリがため息をつく。
「お疲れ様小隊長。ホントに同一人物?」リンがイタズラっぽく言った。
「最後の一言余計なんですけどー。」ミユリが背伸びをしながら反論する。
背後から女性が現れた。団長のミドリである。
ミドリは優しい表情を浮かべながら「お疲れ様、ミユリ小隊長。相変わらずテキパキしてるわね。」
「み、ミドリ団長!お疲れ様です!」ミユリが緊張した面持ちで挨拶をした。
自警団の団長であるミドリは、かつてイケスカにあった貿易会社「ペトロフ商事」の社長だったが、ラハマの治安維持に向け町長に協力を打診し、自ら団長に志願した。今のラハマ自警団の体制や火力強化も彼女の協力により為し得た、まさに自警団を救った女神様である。
そんなミドリは、団員とのコミュニケーションも欠かさなかった。それは会社を経営していた経験から、濃密なコミュニケーションから生まれるアイディアや士気の向上があったからだった。だからこそ、こうしてミユリにも積極的に話しかける。
「ふふっ、そんなに緊張しなくて大丈夫よ。同じ女性団員同士、気兼ねなく話しましょう?機会があれば、女子会を催すのもいいわね!」ミドリはお茶目な笑みを見せながら言った。
「その際は是非ともご一緒させて下さい!」ミユリは背筋を伸ばして答えた。直立不動、ミユリはミドリに頭が上がらない様子だった。
会議室を後にしたミユリとリンは食堂に向かう事にした。次の任務までには時間がある。この後は街のパトロールを行い、その後は再び鉱山上空のパトロールだ。
「はぁ・・・ミドリ団長って、出来る女オーラが凄いよね!さすが女社長!」ミユリは興奮気味に言った。
「まぁ、お父様から会社を受け継いだ時には倒産寸前だったのを、僅か一年で立て直して、さらに業績を伸ばしたんでしょ?その時点で只者じゃないわよ。」リンが解説する。
「自警団に入団した時は『カナタ鉱石を横取りするためなんじゃないか?』とか言われてたけどね。」
「だけどラハマ自警団がこれだけ強くなれたのって、ミドリ団長のおかげだもんね!いやぁ・・・憧れるなぁ・・・。」ミユリはため息混じりに言った。
そんな会話をしていると突然、ウゥゥー!とサイレンがなった。警報だ。
『緊急!緊張!カナタ鉱山上空に未確認の機影を確認。数はおよそ30。第一部隊、第二部隊は発進準備!繰り返します。第一部隊、第二部隊は発進準備!』
二人は格納庫へ向けて走った。
「やっぱり来たね!こっちが体制を整える前に来ちゃったけど!」走りながらミユリが言う。
「そりゃあそういう時に狙うでしょ、空賊って!」リンが答えた。
これがイジツの日常、これが彼女達の仕事。ミユリ達は大空の平和を守るために、今日も飛ぶー。