チェシャ猫は、この森が、帽子屋が如何に狂っているかを楽し気に語ります。
アリスは、重い足取りで会場へと足を進めるのでした。
「待てよ、白ウサギ!」
鏡を潜り抜け、辿り着いたのは反転した、さっきまで居た部屋だった。
白ウサギの姿は無い。
「何処行ったんだ…?」
まさか、置いて行かれたのだろうか?
「嘘だろ…」
とりあえず、家を出ることにする。
まだ、追い付けるかもしれない。
慌てて家を飛び出した。
「あいた!」
「いってぇ!」
すぐそこに居た白ウサギの後頭部に鼻から激突した。
引っ繰り返って、更に後頭部を打ち付けた。
「あいたたたた…もー、危ないじゃないかアリス、お転婆さんなんだから」
「ううぅ…いひゃい…」
「あはは、大丈夫?」
白ウサギは後頭部を擦りながら、残る片方の手を差し出した。
片手で鼻を抑えながら、手を取り立ち上がった。
…涙が出て来た。
「あーあー、泣かないで、せっかくの可愛い顔が台無しだよ~?」
「う、うるひぇ、誰のせいだと、こんなとこでジッとして、やがって」
「いきなり飛び出してくるアリスも悪いと思うけどな~?」
「う゛っ…」
白ウサギがジト目でこちらを見る。
さり気無くハンカチを取り出して目元を拭ってくる。
「わ、悪かったよ…でも、てっきり置いてかれたと思って…」
「あぁごめんね、一人ぼっちにして」
「ちょっと友達を呼んでてさ」
「そうだね、アリスは一人ぼっちが嫌いだもんね」
「本当に、ごめんね」
「いや、そこまで気にしては…」
また、頭を撫でられて、安心する。
恥ずかしさで下がった目に、しわくちゃのエプロンドレスが映った。
知らず知らずの内に握り締めていたことに気付いた。
自分が考えている以上にこの不安は大きかったらしい。
「大丈夫、大丈夫、約束するよ」
「ボクは決して、アリスを置いて行かないから」
「お、おう」
とても綺麗な笑顔だった。
「終わったかよ」
「うっわぁ!」
突然、横から知らない女の子が話しかけてきた。
「誰だ、お前!」
「さっき白ウサギが言ってたろうがよ」
「え…あっ、白ウサギの友達…?」
「そうだな」
猫耳を生やした茶髪の幼女だ。
か、可愛い…
けれど、ずっとニタニタ笑って…
「ちょっと待って…いつから見てたの…?」
「おまえが“いってぇ”って叫んでたところから」
「最初からじゃん!」
恥っずかっし!
「当たり前だろうがよ、オレが白ウサギと話してる時に、おまえが突っ込んできたんだから」
「えっ」
「それで?おまえはオレをガンスルーして?白ウサギと二人だけの百合園を造り上げてた訳だが?」
「あ、う」
「…おまえ、良い度胸してんじゃねェか、えェ?」
「ひぇ…」
ニタニタ顔に青筋が見える…
「ご、ごめんなさい…」
言いながら膝を突いて、両手を重ねて地面に付け額を手の上に置いた。
恐らく年下の女の子に土下座をする自分の姿の、なんと無様なことよ。
「駄目だよ、チェシャちゃん、あんまり虐めちゃ」
「にゃはは、無理だろ」
「さっきのやり取り見てたら嗜虐心が擽られちまってなァ?」
「分かる」
「え?」
急に和やかになった。
というか今、白ウサギ、分かるって言った?
「おい、おまえ」
「は、はい!」
「おまえ、白ウサギの大事な人なんだって?」
「えぇ!?」
白ウサギの方を見る。
凄い勢いで頷く白ウサギが居た。
無視しよう。
「とすると、オレ達何度か会ってるのかもな」
「は、はぁ」
「だとしても、オレは覚えてねェ」
「はい」
「だから、名前を教えろ」
「え、えっと、アリスは…」
「なるほど、アリスか覚えた」
「え、違!?」
「アリス、オレが道案内担当だ」
「あ、はい…」
「オレのことは気軽にチェシャちゃんと呼べ」
「チェシャちゃん」
「殺すぞ」
「理不尽!?」
「にゃっははは、話を戻すぞ」
「白ウサギの家を囲むこの森はな、迷いの森つって」
「まぁ、まんまだ」
「一回迷ったら二度と外に出れねぇと思え」
「一日ごとに木が勝手に移動するわ、川は流れが変わったり逆流したりするわでイカレてる」
「え、こわ」
「そんな森の全容を知っているのが、オレだ」
「え、すごい」
「嫌でも頭に入ってくる、毎日毎日な」
「うわぁ…」
「こんな森のど真ん中でお茶会を開く帽子屋はもっとイカレてるぜ?」
行きたくなくなってきたな…
「安心しろ、行きは保証するぜ」
「帰りは!?」
「知るかよ、お前が選べ」
「なんだよ、それ…」
めちゃくちゃだ、この猫耳幼女!
「大丈夫さ、もうこの家に戻ってくることは無いからね」
「それってどういう…」
「とっとと行くぞ、ついて来い」
「ほら、行こう」
「はぁ~…」
自分では何も分からない、だから最初から、ついて行く以外に選択肢は無いのだ。
猫には、好きな人が居たのです。
しかし、素直になれず、ちょっかいをかける毎日でした。
ところが、ある日、行方不明の知らせを受けます。
大好きなあの子でした。
猫は日に日に弱り。
そして。
同じように行方を晦ましてしまいましたとさ。