帽子屋で出会った、ハートのジャックは何やら急いでいる様子です。
ジャックを見送りながら、二人も城に向けてゆっくりと町を進むのでした。
大鏡を抜けた先に待っていたのは、帽子の山だった。
「…え?うわぁっ!」
二人仲良く突っ込んだ。
「あはは!王国に到着っと」
白ウサギが帽子の山から抜け出し、服を叩く音がする。
真っ暗闇だ。
「…?おーい、アリスー?どこー?」
「白ウサギ、ここだ!ここ!」
何かに体が嵌って動けない。
暗闇の中で壁を叩きながら必死に声を出す。
「ありゃりゃ、アリス、パンツ丸見えだよ」
「ちょっと!?いいから!早く助けてよ!」
手足をジタバタさせて必死にアピールする。
「はいはい、ごちそうさま、ごちそうさま」
「あ!ちょっ!ダメだって、パンツ引っ張るな!」
「だって、掴むところが…」
「足掴めば良いだろ!?」
「女の子の足に触れるなんて、そんな…」
「着替えさせたの誰だよ!」
「ほら、引っ張るよー?」
「いやぁあああ!脱げちゃううう!」
そんな風に騒いでいる間に体が抜けた。
「はぁ…はぁ…」
「おー、頑張ったね~」
「こ、こいつ…!」
パンツを戻しながら、白ウサギを睨みつける。
効果は今一つの様だ。
「てへっ☆」
「くぅっ…好き勝手しやがって…」
可愛いのが、腹が立つ。
「アリス、機嫌直してよ~」
「…ふん!」
「アリス!」
「なんっ!?」
白ウサギに抱きしめられた。
「大好きだよ、アリス」
「んなぁ?!」
効果は抜群だ!
いや違う、この場合は、会心の一撃だ!
「ゆ、許した訳じゃねぇからな!」
「えっへっへ、チョロいな~」
何事か呟きながら、白ウサギが離れる。
自分が嵌っていた物に目を向けると、巨大なシルクハットの様だった。
一体、何用だろうか…
「はぁ…酷い目に遭った、なんだよ、この部屋」
「ここは、帽子屋の工房さ」
上を見上げると、天井が鏡張りになっていた。
「帽子屋って…」
「そう、帽子屋さんの帽子屋」
「ややこしいな…」
ということは…
「よく残ってたな」
「うん?まぁそうだね、実際取り壊される予定だったよ」
「やっぱり、そうなのか」
「女王様にね、王様がお願いしたんだ」
「ふーん…」
「ここはチェシャちゃんとネムくんの生活用品調達ルートでもあるんだ~」
「なるほど」
流石に、あの森だけで生活はしていなかったようだ。
「帽子屋さんはもう王国には入れないからね」
「だから二人がか」
眠りネズミがチェシャ猫と同じレベルで淀みなく森を歩いていたのは、そういうことだろう。
「さ、行こっか、出口はそっちだよ」
白ウサギが指を差す方向に振り返ると、シルクハットの形のドアがあった。
「…帽子屋はシルクハットが好きなのか?」
「さ~?少なくともシルクハットを被ってるところは見たことないけれど」
話しながらドアノブに手を掛けた。
「準備は順調かな?」
「はい、後はタルトだけです」
外から声がする。
「あっ、ちょっと待って、外に人が居るみたいだね」
ピクピクと耳を動かしながら白ウサギが腕を掴む。
「あんまり、ここから人が出てくるところは見られたくないからね」
「まぁ、そうか」
ドアノブから手を離そうとした瞬間。
ドアが開き、顔に直撃した。
「ぎゃっ!」
「あっ」
両手で顔を抑えながら蹲る。
「…どうしてありしゅばっかり、こんにゃめにぃ…!」
「おっと、これは失礼致しました、お嬢さん」
落ち着いた声がする。
「なんだ、ジャックさんだったんだね」
「おや、白ウサギでしたか」
どうやら白ウサギと知り合いらしい。
ジャックという名前の様だ。
「ここに何か用かい?ジャックさん」
「現在は空き家のはずが、中に何者かが居る様でしたので、確認をと」
「そっか~」
「そこのお嬢さん、申し訳ありません、もう少し確認をして扉を開くべきでした」
「い、いえ…」
痛みを堪えて、なんとか立ち上がる。
小さな耳が目に入った。
尻尾の感じから、馬だと思われる。
思いの外若い…
「大丈夫?アリス」
「だ、大丈夫…」
「アリスさんというのですね、良い名前です」
「…ありがとうございます」
ついに自己紹介すら出来なくなった。
「ところで、お二人は何故ここに?」
「アリスを元の世界に帰すために、森からここまでね」
「なるほど、ではハートランド城まで?」
「そうそう」
「白ウサギが居るのであれば、案内は不要そうですね」
「うん、何か用事?」
「えぇ、目的地は同じですが、少々急いでいまして」
「そっか、じゃあね」
「はい、それでは」
別れを告げ去っていく方向に、大きな城が見えた。
「でっけーなー」
「大きいよね~」
「今更だけど、見ず知らずの人間が城に入れるもんなのか?」
「ボクの顔パスで」
「本当に何者だよ…」
「だから、友達だってば」
「実は貴族とかだったりしない?」
「貴族だったら、どうする~?」
「どうもしないけど」
「だろうね」
白ウサギと駄弁りながら、城へゆっくりと足を進めるのだった。
執事には悪魔の暗殺という仕事が与えられていました。
悪魔の存在を証明する全ての痕跡を抹消し、天使が傍を離れた瞬間を狙い。
ついに悪魔を、攫うことに成功しました。
後は、殺すだけだったのです。
しかし、悪魔の目を見た執事は、思い出します。
昔の自分を。
かつて義母に与えられた全てを。
執事は悪魔を抱きしめ、懇願しました。
この日から、彼は主を得て、執事となったのでした。