ハートの女王様にアリスが減刑を求めるものの、聞き入れられず死刑が執行される、その時です。
現れたハートの王様が真実を語り始めます。
「白ウサギ、待ちくたびれました、早くこちらに来なさい」
「お待たせしてしまい申し訳ありません、女王陛下」
到着したハートランド城の謁見の間では、裁判が行われているようだった。
入るなり、白ウサギが女王に呼び出された。
「ごめんね、アリス、ちょっとだけ行ってくるよ」
「うん、何するのかは知らないけど、いってらっしゃい」
白ウサギは、トランプの兵士から紙を受け取り、女王の前に立った。
女王が話し始める。
「これより、裁判を始めます」
「始めてちょうだい、白ウサギ」
「はい、では」
「今回の裁判において、原告は女王陛下、被告は宮廷執事のジャックさんです」
「被告の罪状を、読み上げます」
「被告は、原告が15時に食べるはずだったタルトを盗んだ罪に問われています」
「原告より、死刑判決を求められています」
「被告から、反論はありますか?」
「…」
「沈黙は肯定とさせていただきます」
「続いて、証拠調査に移ります」
「第一証人、帽子屋さん、前へ」
「はい」
「え」
女王に国を追われたはずの帽子屋が何故ここに居るのだろうか。
女王は、ほくそ笑んでいる。
「証言を、どうぞ」
「…」
「…帽子屋さん?」
「何を黙っているのですか、早くしなさい」
女王が苛立った様に言う。
「…はは、いえ、ワタシはしがない帽子屋ですから、何もお答えすることはありません」
「…そうですか」
「トランプ兵達、連れて行きなさい」
帽子屋がトランプ兵達に、囲まれる。
考える前に、体が動いた。
陪審員席から飛び出そうとした…が、腕を掴まれてしまった。
「やめて」
「眠りネズミ…!」
「キミまで捕まるだけだよ」
「…でも!」
「動くな、黙れ」
腕を掴む力が強くなった。
痛い…!
そうしてる間に、帽子屋はトランプ兵達と共に消えた。
「裁判を続けます」
「第二証人、宮廷料理人、前へ」
「はい」
「証言を、どうぞ」
「はい、私は、この目で見ました」
料理人は震えた声で答えた。
「何をですか?」
女王は微笑みながら問い掛ける。
「…ジャックが、調理場からタルトを持ち出し、自室のある城の西側に向かうところを、です」
料理人は絞り出すような声で、証言した。
「よろしい」
「お下がりください」
料理人は青ざめた顔で退室した。
「続けます」
「第三証人、アリスさん、前へ」
「え?!」
「どうぞ、証言台まで」
「は、はい!」
証言台の前に立つ。
何も聞いてないぞ!?
「アリスさん、落ち着いてください、私が聞くことに対して、“はい”か“いいえ”で答えるだけで結構です」
「わ、分かりました」
「それでは、お聞きしますが」
「貴女は、この国に訪れた際に怪しげな会話を耳にされましたね?」
「えっと…」
怪しげな会話…?
“はい、後はタルトだけです”
「アレ、かな…?」
「あるんですね?」
「は、はい」
「内容をどうぞ」
聞いた言葉をそのまま、話した。
「さて、これは、貴方ですね?ジャックさん?」
「…」
「沈黙は肯定とします」
「はい、ありがとうございました」
「お下がりください」
「は、はい」
陪審員席に戻った。
と同時にトランプ兵達が帰ってきた。
「どうでしたか?」
「はっ、執事長室にて、タルトは発見できませんでした」
「そう…」
帽子屋を連れて行った後に、ジャックの自室を調べに行っていたようだ。
「それでは、ここまでの証拠を整理いたします」
「まず、料理人にジャックさんはタルトを、自室のある城の西方面へ持ち出す瞬間を目撃されています」
「ですが、執事長室でタルトは発見されませんでした」
「しかし、アリスさんがジャックさんと怪しげな人物の会話を聞いています」
「ジャックさん、貴方は一体、誰にタルトを渡されましたか?」
謁見の間の全ての目がジャックへと向く。
「…」
「お答えください、ジャックさん」
「いいえ、結構です」
女王は、そう言い放った。
続けて、話し出す。
「既に彼が盗んだことは確定しています」
「はい」
「よって、今すぐ斬首刑です」
「分かりました」
「トランプ兵達」
「はっ」
「なっ」
確かにそうだが、まだ事情とかそういうのがあるだろ!?
「待って!」
眠りネズミの拘束を振り切り、前に出た。
「どうされました、アリスさん」
「しょ、証言します」
「結構です」
「クソっ!」
即座に女王に切り捨てられた。
白ウサギに目を向けるが、いつに無く冷たい目をしている。
目の前で斬首刑見せられるとか、絶対嫌だ!
「クイーン」
突然、女王を呼ぶ声が部屋に響いた。
声の方を向くと、女王にそっくりな赤髪の少年が立っていた。
そのすぐ後ろに、死にかけた顔をした、ついさっき退室した料理人が壁に凭れ掛かっていた。
「キング!」
今までの、冷たさが嘘のような嬉し気な声。
年相応な表情を浮かべた女王が居た。
キングということは、彼がハートランドの王様だろう。
「これは、どういうことかな?クイーン」
「キング!聞いて!ジャックが私達を虐めるのよ!」
「ジャックが?」
不思議そうな表情を浮かべたキングと呼ばれる少年の声を聞いて、思い出した。
“準備は順調かな?”
あの声だ。
「女王様」
「…なに?」
「証言をする」
「さっき言わなかった?結構ですって」
「タルトを盗んだ犯人が分かった」
「…え?」
「…タルト?」
タルトと聞いて王様の表情が険しくなる。
「そうだ、タルトを盗んだのは、お前だな?王様」
「なんですって?!」
「盗んだ?」
「後で説明してやるから、今は質問に答えてくれ」
「分かった」
「お前の部屋に、そこの料理人が作ったタルトがあるな?」
「うん」
「え!?」
女王が驚きの声を上げる。
「王様、お前が料理人にタルトを作らせた」
「うん」
「そして、お前はジャックに部屋まで運ぶように頼んだ」
「うん」
「ついでに部屋に何かしらの準備も頼んでたな?」
「飾り付けをね」
「なるほど、誰と一緒に食べる予定だったんだ?」
「クイーンとね」
「…え」
女王が固まった。
「王様、女王様に詳しく説明してやってくれ」
「良いよ」
王様は、とても優し気な声で話し始めた。
「クイーン、今日が何の日か、覚えているかい?」
「…分からないわ」
「今日は僕らの誕生日だよ、クイーン」
「だから、僕は宮廷料理人に、君の大好きな苺のタルトを頼んでおいたんだ」
「それからジャックに、部屋の準備を頼んで、僕は城下町に出掛けた」
「プレゼント、頑張って考えてみたよ」
「後は、僕は部屋で待機して、ジャックが君を呼ぶのを待つだけだった」
「突然、扉が乱暴に開け放たれて、転がり込んできた料理人が僕を抱えて、ここまで運んできたんだ」
「そして、今に至るわけだね」
「…」
王様は女王様の頭を撫でながら続ける。
「クイーン、何がどうしてこうなったのか、言ってごらん」
「…わ、私、苺のタルトを見つけて、欲しくなったの」
「うん」
「一人で全部食べるのを想像して」
「うん」
「寂しかった」
「…うん」
「キングと一緒に食べたいって思って」
「うん」
「だから、これは私の物にするわ、誰にもあげちゃ駄目よって」
「うん」
「楽しみにしてたのに」
「うん」
「アイツが、ジャックが部屋に持っていったって言うから」
「うん」
「まただって、ジャックはアイツらになったんだって」
「キングを虐めるアイツらに!」
「だから!だから…」
「うんうん、大丈夫、大丈夫」
王様が女王様を抱きしめ背を擦る。
「ご、めんなさい…」
「僕も、ジャックも、怒っていないよ」
「わ、私のこと嫌いにならないで!」
「嫌いになったりしない」
「私を置いて行かないで!」
「置いて行ったりしない」
「私を一人にしないで…」
「一人ぼっちになんてしない」
謁見の間に女王のすすり泣く声が響き続けた。
女王は王のことが大好きです。
どんな時も一緒に居たかった。
どんなことも一緒にしたかった。
どんなものも共有したかった。
ある日、王は姿を消しました。
ほんの少し目を離した隙に。
どれだけ待っても帰ってきませんでした。
置いて行かれてしまったのです。
捨てられてしまったのです。
だから、女王は要らないものを捨てました。
何もかも、全て。
自分すらも。