忘れ物を見つけに来た。
その忘れ物の名前すら忘れてしまったけれど。
「アリス、この世界で暮らさないかい?」
「…なんでそうなるんだ?」
「だってさ、本当に君に帰る場所があるのかなって思って」
「君の“家族が待っている”という認識は、きっとこの世界によって設定された気持ちなんじゃないかな」
「アリスには少なくとも、姉が居る」
「そういう話だった」
「でも、君の本当の家族は、白ウサギはこの世界にいる」
「だからさ…」
「それでも、分かんないだろ」
「白ウサギが俺の何かはちょっと分かんないけど、たぶん妹だとして」
「外には父親と母親が待ってるかもしれないじゃないか」
「…はは、そうだね」
王様は可哀そうなものを見る目をして、こちらを見た。
長い沈黙の後、悩むような顔で話し出した。
「…今から話すのは、別に真実とかじゃない」
「僕の妄想だと思ってくれていい」
「あぁ、分かった」
「じゃあ、話すけど」
「この世界は“捨てられたもの”で出来ている」
「最初に捨てられたのは、僕」
「僕は、この世界をゴミでできた国、捨てられた国と呼んでいた」
「最初は、捨てられた物だけでできた国だった」
「そんなところに流れ着いた僕、心当たりもある」
「だから、元の場所に帰るなんて、少しも考えなかった」
「偶然だった」
「この世界の心臓を見つけたのは」
「最初は何に使うのかも分からずに、ただ持っていただけだった」
「今はクイーンが持っているよ」
「それで何が出来るか、は言わなくてもいいね」
「ハートランドが出来て」
「捨てられた者は、住人に」
「捨てられた物は、資材になった」
「そう、君たちも例外じゃない」
「本当に、君たちに帰る場所があると思うの?」
「そ、れは…」
何も、言い返すことは出来ない。
これが真実だとするならば、だが。
「君に“は”帰る場所があるよ」
「え…?」
「白ウサギはそう言った」
「だから、君だけを帰したのさ」
「どうして戻ってきたんだい?」
「君のせいで白ウサギは苦しんでるよ」
「これだけ大掛かりなお芝居をセッティングするのも、協力者を集めるのも大変だったろうね」
「君を帰す為だけに」
「しかも、失敗しちゃった」
「どうするのさ、アリス?」
「連れ戻すの?」
「一緒に暮らすの?」
「連れ戻すとして、帰る場所は作ってきてくれたんだよね?」
「まさか、一緒に居たいから、なんて理由だけで戻ってきたわけじゃないよね?」
「僕らは、一緒に暮らす準備は出来ているよ」
「歓迎するよ」
「ねぇ、アリス」
自分、は───
「アリスを虐めないであげてよ」
「…はぁ、白ウサギ」
今は、顔を合わせたくなかった。
振り返れない。
後ろから、抱きしめてこないで。
「ね、アリス」
「ボクは迎えに来てくれて、嬉しかったよ」
「あの時も」
あの時…?
「でもね、ごめんねアリス」
「ボクは帰れないんだ」
何故。
「ボクには帰る場所がない」
自分が作る、だから。
「それにね」
「ボクはこの世界の住人だ」
「そう
「本来なら、君たちは双子のアリスとして、この世界に落ちてくるはずだった」
「まだ元の世界に帰る意志があるのなら、世界はアリスとして迎え入れるはずだから」
「…ボクは、最初から白ウサギだった」
「だから、クイーンは帰す気がないだろうね」
「そして、ボクも帰る気が無い、のかな」
「そ、んな…」
白兎にとって、元の世界がそんなものだったなんて知らなかった。
いつだって一緒だったのに、気付けなかった。
「寂しいんだね、アリス」
「…うん」
「あっちにも、こっちにも大切なものがあって、選べないんだね」
「…うん」
「ごめんねアリス、ボクのせいだね」
「違うっ!」
「ボクはあの世界に要らないと思ってた」
「ボクが居なくても一人で立てると思ってた」
「アリスって、思ってたより弱いんだね」
「ボクの記憶がないはずなのに、もう一度この世界に来るなんて思わなかったなぁ」
そうなのか、全部、無意識だったのか。
「じゃあさ、こうしよっか」
「一緒に帰ろう」
「え…?でも」
「大丈夫、裏技があるんだよ」
「ね、陛下?」
王様の方に目を向けると、ふてくされた様な表情でこちらを見ていた。
「王様はどうしたんだ…?」
「大丈夫、大丈夫」
「いいよ、もう、好きにしなよ」
「陛下、機嫌直してください」
「ふーん」
「いくら怒っても、可愛いだけですよ」
「君はもっと怒らせに来てるよね…?」
「ちょ、白ウサギ!?」
「陛下はね~、腹黒に見えていい子でね~、ボクの為に必死にアリスを引き留めてね~」
「今回の演目、不思議の国のアリスを台無しにしたのもわざとだろうね~、陛下?」
「…はいはい、悪かったね」
「まぁ、今日は休んだらどう?」
「部屋はいくらでもあるし、好きな部屋を使いなよ」
「…ただし、二人で一部屋ね」
「ほらね」
「可愛い仕返しだなぁ」
何かが刺さる音がした。
顔のすぐ横にスプーンが突き刺さっている。
「ぴょッ!?」
「ふん、ジャック、片づけておいてよ」
「かしこまりました」
この世界の住人、どいつもこいつも自分にだけ容赦なさすぎる…!
王と女王。
アリスと白兎。
置いて行った者と置いて行かれた者。
彼らはよく似ていました。
残された者たちが仲良しになるのは必然でした。
アリスが帰ってきたことを知った王。
それを伝え聞いた、白兎。
王は、アリスを繋ぎ止める為に。
白兎は、アリスを帰す為に。
二人は協力し、女王を誘導して。
舞台を作り上げたのでした。