千日手の小部屋   作:月島しいる

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13話

 銀原桂子という少女は、クラスの中で目立つ存在だった。

 場の空気やグループ間の隔たり、男女の溝。

 彼女はそういったものを無視して行動する。

 誰にも怖気づかないし、誰にも壁を作らない。

 彼女は思ったことをそのまま口にする。 

 その性格が災いして、一年生の時にソフトボール部の先輩たちとトラブルになったと聞いたことがあった。

 発端は練習メニューについてだった。

 一年生は体力作りと雑用がメインになっていて、銀原さんは週一でも良いから練習させて欲しいと頼んだらしい。

 先輩たちはその提案を受け入れず、そして銀原さんは先輩たちを罵った。

 結果、ソフトボール部で乱闘騒ぎが発生した。

 その間も銀原さんは複数人の先輩を相手に一度も引かなかったと聞いている。

 そのせいで銀原さんはクラスで暫く腫物扱いされる事になったが、その後は大きなトラブルもなく平穏な学園生活を送っている。

 思った事をそのまま口にしてしまうだけで、きっと悪い人ではないのだろう。

 霧香繋がりで話すきっかけも多く、それは理解しているつもりだった。

 銀原さんは言葉を曖昧に濁したりしない。 

 それはトラブルの種にもなるけれど、悩み事の相談相手としては意外と適しているかもしれないと思った。

 

『何か悩み事あるんじゃない? 相談乗るよ?』

 

 彼女からのメッセージを保留したまま家に帰ると、次のメッセージが届いていた。

 

『今日、彼女さんと揉めてなかった? ちょっと空気悪かったよね』

 

 小さく息を吐きだす。

 あの場にいたのだ。今さら隠す必要もない。

 

『約束を破った事について怒られてただけだよ』

 

 メッセージを送信した直後、着信が鳴った。

 銀原さんからだった。

 逡巡した後、通話に出る。

 すぐに銀原さんのあっけらかんとした声がした。

 

『金城くん? いきなりごめんね。通話した方が早いかなって。いま時間大丈夫?』

「ああ。今帰ったところだから大丈夫だよ」

『あ、本当? それでさ、ちょっと気になったんだけどさ――』

 

 そこで一拍置いて、銀原さんは確信めいた言い方をした。

 

『――金城くんの彼女さんって束縛が強い感じなの?』

 

 一瞬、返答に詰まった。

 束縛。

 あまり使いたい言葉ではなかった。

 そもそも、発端は霧香と二人きりの状況を作った自分にある。

 四季さんを責めるのは筋が違う。

 沈黙を肯定と受け取ったのか、銀原さんが小さく笑い声をあげた。

 

『あー、やっぱり束縛強いタイプなんだ?』

「……それはちょっと違うかもしれない。俺が約束を破って不安にさせたのが原因だから」

『ふーん。約束って?』

「他の女子と二人きりになる時は連絡して欲しいっていうのを俺が破った」

 

 向こう側で銀原さんが笑う気配。

 

『なにそれ。約束破る前から束縛されてるじゃん』

「いや。それも元々、他の約束を破ったのが原因で……」

『へえ。でも、その初めの約束すら行動を束縛するようなものだったんじゃない?』

 

 霧香との約束をキャンセルして欲しい。

 それは確かに束縛だったかもしれない。けれど、恋人としては当然の要求だった。

 異性の家に恋人が行くのは不安で当然で、俺の行動の方が不義理だったのだと思う。

 しかし、銀原さんにどこまで詳しく明かすべきか悩み、言葉に詰まった。

 その間に銀原さんが言葉を続ける。

 

『当ててみようか。金城くんは自分が悪いと思ってるでしょ』

 

 たまに、銀原さんの事を苦手だと感じる事がある。

 普通は踏み込まない所に、彼女は遠慮なく踏み込んでくる。

 ただのクラスメイトであるとか、霧香繋がりの関係でしかないとか、彼女はそういう関係性を無視する。

 普通は思っても言わない事を、彼女は口にしてしまう。

 

『それで、罪悪感を覚えてる時を狙って彼女さんは約束を追加してきたんじゃない? 無意識に他人をコントロールするタイプだ。放っておけばどんどんエスカレートしていくよ』

 

 銀原さんの言葉を否定できなかった。

 次に約束を破った時にそうなるであろう事が容易く想像できてしまった。

 

『そういうのはね、そのまま放っておくのは良くないよ。先延ばしにしても破綻するだけだからさ』

「……なにか、解決策が?」

 

 電話口の向こうで銀原さんの笑う気配。

 

 

 

『――簡単だよ。正直にうざいって言えば良い』

 

 

 

 軽やかな口調だった。

 何でもない事のように、当然のように。

 

『うざい事をうざいって言わないからエスカレートするんだよ、金城くん。言ってやればいいでしょ、うざいって』

「……それは……銀原さんだったら言えるかもしれないけど」

 

 何にだって言い方というものがある。

 間違いなく喧嘩になるだろう。

 

『言えないってだけで、うざいとは思っているんだ?』

「……さっきも言った通り、俺が原因でもあるから。そんな事は思ってないよ」

『ふーん。でも今のまま放っておいてもどこかで破綻すると思うけどなぁ』

 

 銀原さんのつまらなさそうな声。

 

「……銀原さんみたいにはっきりと意思を伝えられたら、喧嘩は多くなるかもしれないけど拗れる事はないのかもしれないね」

 

 ちょっとした力関係。今後の関係性を踏まえた配慮。何となく言いそびれた言葉。

 そういうものが積み重なって、人間関係は捻じれていく。

 単純だったものが不必要に複雑化して、絡まったコードみたいになっていく。

 銀原さんのような性格は周囲との衝突は多いだろうけど、結果としては上手くいくのかもしれない。

 

『んー、金城くんは私と同じタイプと思ってたけど?』

「え?」

 

 銀原さんと同じタイプ。

 そう言われてもピンと来なかった。

 

『一年生の時、将棋部がないからって自分で部活を立ち上げたよね。部員なんて幽霊ばかりでまともに活動してるのは霧香しかいないし。部活の立ち上げだけでも目立つのに、男女二人だけなんて余計に目立つでしょ。だからさ、あんまり周囲の目を気にしないタイプなんだなって思った』

「……やりたい事だったからね」

『同じ事だよ。言いたいと思った事はその場で言えば良いんだ。その方が面倒が少なくて済むんだから』

 

 さて、と銀原さんが笑う。

 

『本音出してみなよ。今後、ずっと女子と二人きりになる度に連絡しないといけないんでしょ? ずっとだよ。それをうざくないって言うのは嘘だよ。違う?』

「……それは……何とか出来るに越したことはないけど」

『決まりだね。じゃあ、私が何とかしてあげるよ』

 

 一抹の不安が沸き起こる。

 けれど、何となく大丈夫だと思ってしまった。

 銀原さんは霧香の友人だったし、彼女が相談に乗ろうと持ち掛けてきたのは善意だろうから。

 だから、次の日に起きた出来事は何もかもが俺の想定外の事態だった。

 

 

 

 放課後。

 俺と四季さんしかいない部室。

 そこに突然入ってきた銀原さんは、開口一番にこう告げた。

 

「金城くん、先輩の事をうざがってるみたいですよ。先輩、知ってました?」

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