バトルスピリッツ――Reincarnation――   作:ショウ.

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第4TURN 仲直りの握手

 最後のライフを失った瞬間、身体に訪れたのは空気の衝撃と空間の喪失。

 上下左右、自分が上を見ているのか、下を見ているのか、はたまた横たわっているのか、なにも分からない宙に放り出された感覚にシオリの混濁した意識は視界に飛び込んできた光によって打ち消される。

 

 ――ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン

 

 気付けばシオリはカードショップに戻っていた。

 程よい重力感。正常な平衡感覚。脳が正しく現実を受け入れているがどうしてだろう。シオリの身体は思うように動いてくれない。

 

 ――ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン

 

 地面に座り込んでいるシオリはおもむろに手を持ち上げてみると何故か手は震えていた。

 ぷるぷるぷるぷると――。開いたり握ったり、ぎこちないが思うように手は動く。けど震えが止まらない。

 

 ――ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン

 

 手だけではない。足も痺れたように震え、すぐにでも立ち上がれば転んでしまいそうだ。

 そして何よりバトルが終わってからシオリを襲うこの激しい耳鳴り。

 

 ――ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン

 

 うるさいが不快を感じない謎の音に意識がいくシオリに今度は息苦しさが襲う。まるで呼吸をするのを忘れていたようにシオリは息を吸い込むが上手く、息が吸えない。息が、詰まる。

 

 「はぁ、はあ――」

 

 荒い呼吸が漏れる。苦しい――。胸が苦しい――。

 原因不明の苦しさにシオリは左胸を押さえて初めて気付く。

 シオリの心臓の鼓動がいつになく速く脈を打っていたことに。あの耳鳴りと思っていた音が自分の心臓の音だったことに。

 

 ――ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、

 

 自覚した瞬間に心臓の鼓動が速さが増した気がした。

 整いつつある息がまた荒れる。身体中が滾るように熱い――。

 

 「シオリ!」

 

 誰よりも早くシオリの異常に気付き、壇上まで駆け上がったアカリが震えるシオリの身体を支える。

 

 「大丈夫シオリ! 何処か打ったんか、それともシステムに不具合があったんじゃ――」

 

 ハンカチを取り出し、シオリの汗を拭ってあげながらアカリは熱を確認したり脈を確認する。

 

 「――大丈夫、別に体調崩した訳じゃないよ」

 

 「でも明らかに異常だぞこれは」

 

 端から見れば今にも倒れそうな挙動をしているシオリを誰が問題なし、健康体と判断できる。

 一旦、ここから降ろして涼しい場所で安静にさせようとアカリはシオリの腕を自分の首に回し、膝裏に腕を通して抱き抱える用意をすると、

 

 「本当に大丈夫って感じ、だから。それよりアカリ、教えて。……私はバトルに負けてるんだよね」

 

 唐突な問い掛け。バトルの結果なんて戦った本人が一番分かるはずなのにシオリの表情はいたって真面目で、むしろ第三者からバトルの結果を聞きたがっているように見えた。

 

 「……そう、バトルには負けたよ。でもいいバトルだったとウチは思うよ」

 

 「負けた……やっぱり負けてバトルは終わってるんだよね。ならこの感覚は――」

 

 何度もシオリは「負け」「終わった」を繰り返し呟く。自分に言い聞かせるように。

 その光景はシオリをよく知るアカリからすれば違和感でしかなかった。

 

 シオリは負けず嫌いな面がたまにある。それを悪いことだとは思わずむしろ可愛らしさまである。それにシオリは負けから次どうすれば勝てるのか反省し自身の糧として昇華できる人だ。

 だけど今シオリがやっているのは反省ではない。「負け」の事実から逃げようとする自身に必死に言い聞かせてるようにしか見えない。

 そして何より彼女の瞳が一度たりともアカリを捉えていない。どこか遠く、こことは違う景色を見ているようだった。

 やはり異常だ。今は頭空っぽに休ませるべきだとアカリが足に力を入れたときだ。

 

 「大丈夫ですかアンナ様!」

 

 焦りのある野太い声。アカリの次に壇上に駆け上がったアンナのボディーガードの声だ。

 只事ではない声色に二人の視線がアンナの方に向くと彼女もまた台に持たれる形でシオリのように体調に異変をきたしていたのだ。

 

 「レベル0とは言え、やはり許可なくバトルフィールドを使うのは不味かったんですよ。早くお薬の方を――」

 

 「け、結構です。私の身体は私が一番知っていますわ」

 

 「ですが!」

 

 「本当に大丈夫なんです。気分が悪い訳じゃないですの。それよりもバトルは――バトルは私が勝ったんですのよね」

 

 それはシオリがした質問と似たり寄ったものだった。

 アンナが勝つ姿をこの目でしかと見届けていたボディーガードの二人は容易に答えれる質問だが、彼らもまたいつもと違うアンナに戸惑っているようだった。

 

 「え、ええ。バトルはアンナ様の勝利です。素晴らしいバトルでした」

 

 それでも彼女の質問には答えねばと世辞抜きの称賛を口にするがアンナは紅い瞳をさ迷わせ、

 

 「私の勝ち……なんですよね。ならこれは一体?」

 

 頭を抱え、「勝った」「私が」とシオリのように虚空に呟き始めるアンナの瞳もまたこことは違う、景色を見ているようだった――。

 あからさまな容態の変化にいよいよ周りも二人の異常に気付き始める。

 

 「二人ともどうしちゃったのかしら。救急車とか呼んだ方がいいかしら」

 

 バトルをする前は二人の間が険悪ムードになってただけで体調は良好だった。

 バトル中でもお互いにライフダメージによる痛覚は発生していなかった。バトルフィールドにもシステムエラーによるバグなど無かった。

 二人が同時に体調を崩す要素はないはずなのに現実として体調に異変を生じる二人の少女にマリアは最善の手として救急車を呼ぼうとすると。

 

 「たぶん二人はまだバトルフィールドから帰ってきてないだけなんだと思うよ」

 

 「来てたのタイヨウちゃん!?」 

 

 落ち着いた少年の声にマリアが振り返ると後方からタイヨウが頭を下げ、ジュラルミンケースを持って歩いてきた。

 

 「全然気付かなかったわ」

 

 「いつからいたのぉ?」

 

 「5ターン目ぐらいからかな。なんか周りも盛り上がってて混じれそうになかったから後ろの方で観てたんだけど」

 

 二人のバトル。転醒同士の戦いなど随所随所に盛り上がる瞬間が多く、タイヨウ以外でもこの店に来た客は遠目から観るだけでその輪に入ろうとするのは難しいものだ。

 

 「そうだタイヨウちゃん。さっきまだバトルフィールドから帰ってきてないって言ってたけどまさか――」

 

 「うん、マリアさんも一度は経験してるはずだよ」

 

 ジュラルミンケースをテーブルの上に置き、壇上まで上がる。

 激戦を繰り広げていた二人の少女の目がタイヨウに集まると彼はゆっくりと落ち着いたトーンで、

 

 「二人とも目を閉じて。そしてゆっくり、大きく、深呼吸して。はい、吸って――」

 

 タイヨウの掛け声に合わせ目を閉じた二人は大きく息を吸い込み吐き出す。

 周りの見えない暗闇で聞こえる自身の鼓動がやけに鮮明に聞こえた。

 うるさかった鼓動は深呼吸を繰り返すごとに小さく、小さく――。滾るような熱さも遠く、遠く――。そしてあの感覚も――。

 

 パンッ!

 

 「「――!」」

 

 耳をつんざく破裂音のような衝撃に二人は同時に目を開いた。

 

 「「――――」」

 

 急な物音に目を丸くする二人はタイヨウが手を合わせてるのを見てあの破裂音が彼の手を叩いた音だったんだと理解した。

 

 「たぶん戻ってきたと思うんだけど、どう?」

 

 「え――あ、本当だ。何ともない」

 

 うるさかった鼓動は正常に音を刻み、身体中の熱も冷め、体温も安定していた。虚ろな瞳も今はしっかりとアカリやタイヨウを捉えている。

 

 「確かに熱は下がってるっぽいけどほんとに大丈夫か」

 

 「平気だよ。ほら、普通に立てるるるっ!?」

 

 勢いよく立ち上がり元気アピールをしようとするが急に立ったことで立ち眩みを起こし、よろけるシオリを慌ててアカリが支えた。

 

 「何が平気だよ、ったく……」

 

 「あはは……ごめんね心配かけて」

 

 「いいって。慣れっこだから」

 

 シオリが嘘偽りなく体調面が元に戻っていることに安堵し、優しい表情で笑みを浮かべていた。昔からシオリはアカリに心配をかけてばかりで、少しでも減らせればと努力はしているがそれは中々実らない。

 今よりも落ち着きがあればいいのだろうが、落ち着きなんて一朝一夕で身に付ければ苦労はしない。

 

 「そうだタイヨウ。タイヨウは私に起きてた症状について何か知ってるみたいだったけど、あれってなんなの?」

 

 体調不良と言うには辛さやしんどさのマイナス感情を上回るプラス感情の方が沸き上がっていた。

 もう一度体験したいかと言われれば頭を捻ってしまうがあの体験が起こることはとても幸せなものだと本能が訴えていた。

 その症状に心当たりがあり、更には対応策も持ち合わせていたタイヨウなら詳しい話が聞けるはずだ。

 

 「二人がなっていたのは『バトルトリップ』って言う現象で――っと」

 

 「――――あ」

 

 タイヨウの説明が途切れる。原因は明確でアンナがタイヨウの胸に飛び込んだからだ。

 反射的に『ズルい!』という言葉が出そうになるもぐっと堪えたシオリだが体は正直で無意識に手だけが引き離そうと伸びていたがアンナから溢れた『想い』がそれを止めた。

 

 「――タイヨウ様と離れてからとても心配でしたの。バトスピを辞めたと聞いて、不安になって電話をしても繋がりませんし、何度か会いに行っても自宅にはいませんでした」

 

 「アンナ……」

 

 「怖かったですの。タイヨウ様が、私の知らない何処か遠くに、行ってしまったんじゃないかと。でも、また会えました――。触れられました――。タイヨウ様――。タイ、ヨウ、様――うっ……わぁぁぁぁーーーん……!」

 

 言いたいことや話したいことはきっと一杯あるのだろう。けれど久しぶりの再会にアンナの感情は振り切り、涙が溢れ、紡ぐ言葉はちぐはぐに、その場で泣き崩れた。 

 

 「ア、アンナ!?」

 

 「タ、イ、ヨウ様、タイ、ヨウ様、タイヨ、ウ様――!!」

 

 一度溢れた涙はもう止めようがなく泣き続けるアンナにタイヨウは困惑しつつも拒むような真似はせず静かに受け入れていた。

 その二人のやり取りにシオリは行き場のない手を下ろし胸が締め付けられるような苦しさを感じながらただ事の成り行きを見守るしかなかった。

 

 

▶▶▶▶▶▶▶▶▶▶

 

 

 「どお、落ち着いた?」

 

 数分後、一向に泣き止む気配のないアンナに流石のタイヨウも助け船を求めるようにシオリを見つめ、やむを得ずアンナを介錯したシオリは空いている席に座らせ様子を窺っていた。

 

 「はい、少しは……申し訳ありません、このような醜態を晒してしまって。しかもあなたなんかに」

 

 「ビミョーにまだトゲが残ってるって感じだけど大丈夫みたいだね」

 

 紫色のハンカチで涙を拭ったアンナの目元は赤くなっていたが気分は落ち着いている。

 この状態なら話を始めても問題ないはずだ。

 

 「それでタイヨウ、聞きたいことがあるの」

 

 真剣な眼差しで見つめるシオリにタイヨウも無意識に背筋を正した。

 現在、シオリとアンナは隣同士に、タイヨウは彼女ら二人と向かい合う形で席に座っている。

 このように三人で座っているのもお互いの気持ちをスムーズに話し合うためにマリアが提案してくれてのものだ。

 そして他の人達はそれぞれの台でバトスピを始めるわけでもなく離れた位置で三人の様子を見守っていた。

 

 「さっき言いかけた『バトルトリップ』のことだよね」

 

 「それもそうなんだけど私が一番聞きたいのは別のことなの」

 

 先ほどの説明以外に自分に聞きたいこととは、と首を傾げるタイヨウにシオリは隣の存在に罪悪感を抱きながら、

 

 「アンナちゃんとタイヨウってどういう関係なの」

 

 その言葉が静かな店内に響き渡る。

 思わぬ質問にタイヨウはきょとんとしていたが隣にいた少女は違う。

 

 「あなたって性格悪いですわね! 私がいるのに聞きますか今!」

 

 「し、仕方ないでしょ! もう気にするなって言うのが無理なんだもん。バトルの時も気が気でなかったんだよ!」

 

 「言い訳ですわ! 今のは私に負けた言い訳のつもりですか」

 

 「言い訳じゃないよ!」

 

 口論を繰り広げる二人を見ながらタイヨウは、

 

 「仲がいいんだな」 

 

 「「よくないッ!」」

 

 息の揃った反論にタイヨウも思わず口を閉じて黙ってしまう。

 

 「それでタイヨウ。アンナちゃんとはどういう関係なの」

 

 アンナを振り抜き自らの質問をシオリは優先させる。

 それほどまでに二人の関係はシオリにとって気掛かりな要因だった。これをはっきりさせない限りシオリはタイヨウの話をまともに聞けない自信がある。 

 

 「強情ですわね。いいですわ。タイヨウ様、はっきりと言ってください。私とタイヨウ様の関係を!」

 

 自信に満ちたアンナと不安に満ちたシオリの両方の視線を浴びながらタイヨウはゆっくりと閉じた口を開く。

 

 「関係っても……アンナとは昔家が隣同士の昔馴染みで、強いて言うなら妹みたいな感じだけど」

 

 「「――――ッ!」」

 

 タイヨウの返答に二人はそれぞれ声にならない反応を示す。

 片や恋人関係と思っていた二人が全然違っていたことに喜び。

 片や大切に想っていた人から昔馴染みとばっさり切られ肩を落とす。

 

 「分かっていましたわ。タイヨウ様ならそう言うと。少しでも期待してた私が間違ってましたわ」

 

 「分かっててあんな事言ったんだ」

 

 あれのせいで余計にシオリが不安な気持ちで一杯になったのは言うまでもない。結果はシオリの杞憂で終わり今は晴れやかな気持ちだ。

 

 「本当に性格が悪いですわね。落ち込む私にそのような顔をするなんて侮辱以外に他なりませんわ」

 

 「え、私そんな嫌な顔してるの!?」

 

 極力、無表情を努めようとしていたシオリは自身の顔を触って確かめる。

 本人は気付いていないようだが、安心しきったシオリの表情は気持ちのいいぐらい浮かれ笑顔だった。

 

 「そんなことよりもタイヨウ様!」

 

 「な、なに」

 

 バンッ! とアンナはテーブルを叩いてタイヨウを涙目で睨む。

 

 「私、何度も電話をしましたのにどうして出てくれないのですか! 自宅にお伺いしてもいらっしゃいませんし、一体私とお兄様がどれだけ心配したと思ってるんですか!」

 

 それは先ほどもタイヨウに向かって投げた言葉だ。

 これに関してシオリは心情的にアンナの味方でもあるつもりだ。

 シオリも大切な人と一切の連絡が付かなくなれば心ここにあらずになり、心配で心配でその人の事ばかりを考えてしまう気持ちは痛いほど分かっているつもりだ。

 

 「それは――」

 

 何か言おうとするがタイヨウはすぐに言葉を詰まらせ下を向いた。

 申し訳ないという気持ちではあるようだが、言葉が続くことはない。何か後ろめたいことでもあるのだろうかと勘繰ってしまう。

 

 「私が言うのはおかしな話なのかもしれないけど……アンナちゃんはこんなにも心配してたんだからちゃんと説明してあげるべきだと思うよ」

 

 図々しい口出しなのは百も承知だ。

 二人が恋仲関係でないと分かり心の余裕が生まれたから出てきた言葉だと自覚している。

 きっとアンナがまたお前が言うか、と言わんばかりの顔をして睨んでいそうだが、こればっかりは仕方のないことだ。

 タイヨウを大切に思うアンナはこれ以上強く彼に言及することが出来そうにない。 

 

 「……そうだよな。ごめん、アンナ。今まで連絡を取らなくて」

 

 「謝らないでくださいタイヨウ様。タイヨウ様のことです。きっと深いわけがあるんですのよね」

 

 「うっ……真っ直ぐな目で見られると申し訳なさで一杯になるんだけど……」

 

 話してさえくれれば何でも許す覚悟のアンナにタイヨウは更に口を固く結ぶがそれも一時で、気持ちを落ち着かせるように深く息を吸い込む。

 

 「ごめん。前に使っていたスマホを川に落として失くしました。だから新しく買い換えた時にバックアップとか何もしていないからあの時入ってた連絡先全部失くなって今あるのは家族のだけなんだ」

 

 そっと自分の赤いスマホをテーブルに置き、思わぬ事実をカミングアウトしたタイヨウにアンナは目を見開いたまま微動だにしない。

 

 「アンナやユリウスの連絡先も覚えてなかったし新しく買い換えたついでに電話番号も変えたからアンナが連絡してくれたことに気付かなかったんだ」

 

 タイヨウの話が事実かどうかはシオリには分からない。ただ、タイヨウの話に耳を傾けながら赤いスマホを凝視するアンナはきっと過去の彼のスマホと今のスマホを比較しているのだろう。

 そして口出ししない辺り買い換えたのは間違いようだ。

 

 「……なら家に居なかったのはどうしてなのですか」

 

 「家に居なかったのは単純にばあちゃんの家に引っ越したから。アンナ達が引っ越した後、父さんと母さんが仕事でいつニホンに帰ってくるかも分からなくなったから、ばあちゃんが代わりに面倒を見るって言ってくれて――」

 

 それで引っ越しをした。家自体は売り払っていないからまだタイヨウ達、星月家の所有物らしい。

 いずれも連絡先を消失したタイヨウから一切の説明を聞けなくなり起きた音信不通の正体。

 一通り聞き終えたアンナは一言も発することなく黙りこんだまま俯いている。 

 

 「本当にごめんアンナ。そんなにも心配かけてるとは思ってもなくて。――普通に気付くべきだったよな。あの時の僕は誰かを気に掛ける余裕なんてなかったけど、二人にはちゃんと色々と話すべきだったと今は強く思っている」

 

 深々と頭を下げ、改めて謝罪を口にするタイヨウ。

 視線を横に向けるとアンナは俯いたまま返事がない。

 無言の空気が続く中、シオリはどちらかに一言掛けるべきかと考えたがすぐに取り消した。

 今、この時間は簡単に言えばアンナがタイヨウを許すか許さないかのシンキングタイム。それを導き出せるのはアンナただ一人。

 ここから第三者が口出しするのはシオリや他の人にも許されない禁忌。できるのは二人が上手く和解できることを祈るのみ。

 

 「――――」

 「――――」

 

 沈黙が続く。タイヨウは頭を下げたまま。アンナも俯いたまま顔を上げない。

 いつまでこの状態が続くのだろうと周りが思い始めたその時だった。

 

 「――あ」

 

 シオリの口から咄嗟に声が漏れる。その声にタイヨウとアンナが同時に顔を上げた。

 シオリが静かにしないとと決めていたのに思わず声が出た理由。それはポタ、ポタ、とテーブルに雫が零れていたからだ。少し視線を上げると雫はアンナの目から溢れた涙で――。

 

 「違います違います! これは、決して、先程みたいに泣いている訳じゃありません!」

 

 自覚した瞬間、顔を赤くし、全力で否定するアンナは再び紫色のハンカチで涙を拭う。

 自分でも涙が出てきた事に驚いていた様子だったが彼女の言うようにタイヨウの胸元で流した涙と今の涙は少し違う気がした。

 

 「アンナ……」

 

 「違いますからねタイヨウ様! 私はもう昔みたい泣いたりしませんから。これは安心して気が緩んで、それで――」

 

 涙を拭いきり、目元を手で触れて涙が流れてないことを確認するとアンナはタイヨウと向き合った。

 不安だった顔は消え去り浮かぶのは安堵の表情。ここに来たときよりも落ち着いた柔らかい笑みを浮かべるアンナにシオリは一瞬、目を奪われていた。

 

 「タイヨウ様と連絡がつかなくなった理由が分かりました。深い理由があるのではと思っていた私が恥ずかしい理由でしたがそれもまたタイヨウ様らしいですわ」

 

 「本当ごめん。だからその件はもう触れないでくれってのが正直な気持ちだよ。あれは自分でも馬鹿だと思ってるから」

 

 ばつが悪るそうに頬を掻く。クールな雰囲気に似合わず意外とドジな部分がありそうなタイヨウにシオリの心は高鳴るがもちろん場が場なので無反応を貫く。

 

 「私――タイヨウ様と連絡がつかなくなって、お兄様からバトスピを引退したかもしれないと聞かされたとき、私はもう二度とタイヨウ様と会えないと思いましたわ」

 

 両手を胸に添え、瞳を閉じたアンナが口にするのは泣きながらタイヨウに訴えた『想い』。

 ここでそれを言うのは彼の罪悪感を刺激する行為。無論、それぐらい言っても問題ないぐらいアンナの心は常に影が射し込めていたはずだ。

 

 ――けど違う。

 

 「でも私は信じていました。タイヨウ様はきっと、いつかまた戻ってくると。バトルフィールドに帰ってくると」

 

 アンナは確かに不安や焦燥を抱えていたのかもしれない。それでも彼女が今日まで平静にいられたのはそれ以上の信頼と確信があったからだ。

 

 「だから私、こうしてここにタイヨウ様がいるだけで連絡してくれなかったことも、何処かに行ってしまったことも許せるのです。だってタイヨウ様はここにバトスピをしに来たのですよね」

 

 アンナが優しくタイヨウに微笑み問いかける。

 昨日までのタイヨウなら詰まっていたかもしれない問い掛け。でも今のタイヨウならなんて答えるかシオリにだって分かる。

 

 「当たり前だよ。ここはショップなんだ、バトスピをするために来てるに決まってるよ」

 

 そう言い切った彼は初めてアンナの目を見て微笑んだ。

 思いもよらぬタイヨウの温かな笑みに虚を突かれたアンナは堪えるように固く結んだ口元は次第に緩み、最後には、

 

 「はい。当然のこと、ですわね」  

 

 笑ってそう言った。

 二人の間にあったすれ違いで生まれていた小さなわだかまり。それが解消され、ようやく以前と同じ関係に戻れた二人に心の底から祝福したいが、こういう時ほど卑しい自分に腹が立つ。

 

 二人の仲が戻る事を素直に喜べない自分がいた。

 

 それはアンナがシオリの恋敵である以上、この感情は切っても切れない関係なのかもしれない。だけどシオリはそんな自分を振り切るように二人に向かって、

 

 「さて、話し合いも問題なく終わったから最後に仲直りの握手だよ」

 

 「仲直りの――」

 「握手、ですか?」

 

 「そう、仲直りの握手!」

 

 シオリの言葉に二人が揃って首を傾け疑問を露にするが、シオリはガツンと強く肯定する。

 

 「別に子供じゃないんだからそういうのはやらなくてもいいでしょ」

 

 「さすがに私もいきなりタイヨウ様と手を握るのは……」

 

 子供っぽいと一蹴するタイヨウに、手を繋ぐことに羞恥心を抱くアンナ。

 どちらも仲直りの握手をすることに躊躇し、アンナに至ってた人前でタイヨウに抱き付いておいて何を今さら感はあるが、こればっかりはシオリも譲れない。

 

 「仲直りの握手に子供や大人は関係ないんだよ。言葉だけでだと本当に仲直りできたのか不安な時があるの。でも手を握って、相手と繋がれば心も繋がったみたいで安心するって感じなの」

 

 二人の手を取り、シオリは目の前まで運ぶ。

 

 「個人的にはアンナちゃんとタイヨウが仲良くしてるのはなんかモヤモヤするけど、それでも私は二人は仲良くしてる方がたぶん好き……なのかな。だから私のこじつけな所もあるけど二人には仲直りの握手をしてほしいの」

 

 嘘偽りのない本音。

 驚くほど身勝手な言い方にアンナは目を丸くしていたが、シオリが冗談で言っているわけでないと気付いたのか、クスッと口に手を当てて笑った。

 

 「おかしな人ですわね。シオリさんにとって今回の件はそのまま流していた方がよかったんじゃありませんの」

 

 「たぶんね。だけど私はアンナちゃんの事、好きとは言い切れないけど嫌いじゃないから。だから仲直りの手助けぐらいしてもいいかなって」

 

 これも本音。バトルを通してシオリはタイヨウ同様にアンナの事が少し分かった気がした。

 チャンピオンの妹やタイヨウと過ごした時間で得た自信と誇り。

 シオリを初心者と知っていても決して油断せず最後まで本気で向き合ったバトルの誠実さ。

 そしてタイヨウに対する恋心。

 

 変わらないんだ。アンナもシオリと同じで好きな人がいるから強くあろうとする。

 好きな人がいるから頑張れるのだ。

 それを知れたからアンナが自分の事を嫌いであってもシオリは嫌いにはならない。

 

 「分かりましたわ。タイヨウ様、お手を――」

 

 「……そうだね。こうでもしないとシオリもアンナも納得してくれそうにないか」

 

 差し伸べたアンナの手をタイヨウは優しく握る。力を入れすぎないようにゆっくり、ゆっくりと――。

 二回りも大きな手から伝わる安らぐ温もりを感じながらアンナはそっと長い睫毛を伏せる。

 シオリの言う通り不思議と手だけで繋がっているだけなのにタイヨウと心が繋がっているような感覚がした。

 きっと彼も同じ感覚を持ってくれてるはずだ。むしろ自分だけがそう思っているのなんて許せない。

 だから信じる。それこそがシオリの求めた仲直りの握手の形のはずだから。

 

 「――また昔みたいに私とバトルをしてくださいね」

 

 「もちろん。また楽しいバトルをしよう」

 

 最後に言葉を交わした二人は繋いでいた手を離す。なんだかんだアンナが名残惜しそうに手を見つめていたが。

 

 「とりあえずこれで仲直り完了。というわけだからこの流れで私たちも仲直りの握手を……」

 

 「お断りです。私、まだあなたとは仲良くしたいとは思いませんので」

 

 伸ばした手をあっさりと払われたシオリは口の中で唸りを上げながら拒絶された手を引っ込めた。

 まだアンナの方から心を開いてくれるのには時間が掛かるようだ。

 

 「なんか話し終わった雰囲気出してるとこ悪いんだけどまだ肝心の話がまだだよね」

 

 三人の話が一段落ついたのを見計らって声をかけてきたのはアカリだった。

 

 「え、まだ何か話があったっけ?」

 

 「はぁ、やっぱそうだと思った。つーかそもそも気にしてなさそうだけどこっちが気になるからウチが直接聞くわ」

 

 視線をタイヨウに移し、座ったまま見上げるタイヨウを見下ろすアカリは微かに険しくなった顔で聞いた。

 

 「さっき言ってたバトルトリップ。それってなに」




【バトスピ小ネタ劇場】
~意外とドジ~
アカリ「そういや、タイヨウがスマホを川に落としたこと簡単に納得してたけど昔からそんなドジやらかしてたん?」

アンナ「そうですわね……頼んでたものと微妙に違うのを持ってきたり、靴下の模様が左右違ったりとかはよくありましたけど、私が小さいときは外には出れませんでしたのでその手のお話は基本的にお兄様からの見聞でしか知りませんわ」

アカリ「しれっと重めの過去を出すな。んで具体的にどんなのがあったの」

アンナ「それこそ手持ちの物を溝に落としたり、自動販売機でコーラとゼロコーラを間違えて買ったり、財布とコアケースを間違えて持っていったり等々ですわ」

アカリ「つつけばまだありそうだな。意外としっかりしてそうなのに案外抜けてるんだな」

シオリ「でもそういったところもギャップがあって親しみやすいって感じだよ」

アンナ「はい。バトルフィールドに立つ凛々しい姿も普段たまに見せるドジな部分もタイヨウ様の魅力ですわ」

アカリ「あんたら絶対に仲良しだろ」
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