うちら風雲一派のものでして·····。 作:萩山
とりあえず。遅くなりました。
件の元人間。
彼は金木研と名乗った。
やはり彼は大食いの晩御飯になるはずだったのだと彼の話を聞くと思えてくる。鱗赫の喰種である神代リゼが鉄骨程度でくたばるのだろうか。
確かに鱗赫の喰種は体が柔い。…だがそれを補う再生力がある。
頭部を切り離されたとしても再生する喰種もいるのだ、弱い喰種ならわかるが力のある神代リゼが死ぬとは到底思えない。
「…誠一郎さんお代わり持ってきたよ。」
「…ん、ありがとうトーカちゃん。」
俺がどこまで頭を働かせたとして答えは出てこないだろう。
結局考えるのを辞め、トーカちゃんが持ってきてくれた珈琲に手を伸ばす。軽く鼻に近づけ匂いを嗅ぐが豆を変えたのだろうか。いつもより甘い香りが珈琲から漂う。そして、味も違った。
果物を思わせるフレッシュな酸味に豊かなコクもある。
俺が珈琲に口をつけたのを確認すると彼女はまるで花のように笑った。
「誠一郎さんっていつも『ブルーマウンテン』でしょ?たまには別のもいいかなって『グアテマラ』にしてみたんだけど、どう?」
さらに何か言いたげにこちらを見つめ、笑みを浮かべるトーカちゃんにこちらもつられて笑顔になってしまうな。
「すごく美味しいよ。ありがとう。…ところでこの珈琲はトーカちゃんが入れたの?」
「…もちろん!」
嬉しそうに笑う彼女にいつも勇気づけられる。
もう二度とトーカちゃんが傷つかないためにも俺がいるのだとも思っていた。
「あっ、風雲さん。」
あの時はお世話になりました。と礼儀正しく腰を折るのは金木研、今喰種の間で話題の中心にいる男だ。
彼は人畜無害という言葉を人の形にしたような人物でこれといった特徴のない普通の大学生だ。
現在は『あんていく』にてバイトをしている。
「やぁ、カネキくん。もう
「えぇ、大変なこともありますけど、何とかやれてます。」
喰種の生活、喫茶店でのバイトの両方を聞いたつもりだったのだが、彼はバイトのことについて答えたようだ。
苦笑いしながらトーカちゃんを見るカネキくんに彼女は怒ったかのように睨む。
「は?アンタなんでこっち見んだよ?」
仕事に戻れ、と言うふうに右手をシッシッと払うトーカちゃんに思わず笑ってしまう。
良かった。思ったよりも仲は良さそうだ。
「…ちょっと誠一郎さん笑わないでよ…。」
「ははは、ごめんごめん。」
少しムッとしながら訴えるようにこちらを見るトーカちゃん。
「思ったよりも仲が良さそうで安心したよ。」
「…仲良くなんかないよ…。」
そういい彼女は目を逸らしてしまった。
やれやれ、どうしてこうも彼女は俺や喫茶店の従業員、客に対してきちんと礼儀正しいのに、彼に対して辛辣なのだろうな。
「…じゃあ今すぐとは言わないから仲良くしてやってくれ。」
「…うん。」
少し拗ねちゃったみたいだ。
そんな彼女を笑顔で見つめていると急に思い出したかのように口を開く。
「あっ、そういえばヒナミ来てるよ。会いたがってたし会ってあげて。」
ヒナちゃん来てるのか。
ヒナミも言うのは父親がいない、自分で人を狩れない喰種の女の子。
名前は『笛口雛実』
歳は14…だったかな。
度々母親『笛口リョーコ』と『あんていく』を訪れては肉を受け取っている。
「そうなんだね。この1杯を飲んだら向かうとするよ。」
「ありがと。ヒナミも喜ぶよ。」
そういい彼女は接客へと移って行く。
仕事用の笑顔を浮かべた彼女を俺はいつもより甘い香りのする珈琲を飲みながら眺めるのだった。
「ヒナちゃん?…今大丈夫かな?」
コンコン、とノックをし応答を待つ。
この扉の先には先程の話にでてきた『笛口雛実』がいる。
「…もしかして誠一郎さん?」
「そうだよヒナちゃん。…入ってもいいかな?」
「いいよ!」と子供らしい元気な声が聞こえてくるのを確認し、俺は扉を開く。
すると正面のソファに座り本を読んでる少女がいた。
「やぁ、ヒナちゃん久しぶり。」
「誠一郎さんも久しぶり!前来た時いないんだもん。」
トーカちゃんとは違う、眩しいくらいのまるで汚れを知らないような笑顔。
俺の顔を確認すると本を閉じ胸元で大事に抱えながら駆け寄ってくる。
初めこそ警戒して近づいてこなかった彼女が少し手を伸ばせば届く位置にいる。
それこそ彼女が俺に心を開いてくれたということだろう。
俺も積極的に彼女にかかわらなければこうはならなかったということだな。
それに元々ならこういう性格の明るい子なんだろう。
なのに父の死により閉ざしてしまった…とかな。
「今日も組の人達のこと話してくれる?」
「風雲のことなんか知ってて楽しいの?」
「もー、誠一郎さんっていつもそれ聞くね。」
ヒナちゃんはいつもうちの事聞きたがる。
まぁ、いいか。…さて風雲組はな…。
それから俺は彼女に組員のことを色々と話した。
どんな喰種がいるか、どんな役割があるか。
様々なことに興味を持つ彼女の相手をするのは大変だった。
挙句の果てには組員になりたいという。
無理だ。承諾できるはずがない。
トーカちゃん同様彼女を危険な目には合わせられないからな。
「もう帰っちゃうの?」
「組のみんなも待ってるからね。また来るから大丈夫だよ。」
少し寂しそうにするヒナちゃんの頭を撫で別れを告げる。
何故だろうか…嫌な予感がする。