教壇の横に立つ清雅は、生徒達の視線が自らに集中しているその光景がむず痒かった。
これまでずっと生活圏が変わること無く、転校生として注目されることはなかった。
転校生ってこんな気持ちだったんだろうな、と彼女は思っていた。
「と、言うわけで、河流は『突発性性転換症候群』という難病により、性別が変化したということらしい。正直な所、学校も俺も、そして河流自身もまだまだわからないことが多く、戸惑っている状態だ。だが、性別以外なにかが変わるわけじゃないし、なにかが変わってはならないんだ」
担任である西田の言うことに生徒たちは聞き入っていた。まだ三十代前半の若い男であり、生徒との距離も近い節のある教師だったが。本音と建前の使い分けが非常に上手く、生徒たちからはそれなりに慕われている教師であった。そのような教師が担任であったことは、河流にとっては幸いだっただろう。
「これは河流とも話したが、正直な所、最初のうちはお前らも戸惑うだろうし、その病気について興味も湧くだろう。それは仕方がない、俺だってそうだ。だけど、度が過ぎたことはするなよ。本人が嫌がったら辞めてやれ」
その言葉は、聞く人間が聞けば問題だと言うかもしれないが、実際生徒達の考えとは合致していた。突然女になった同級生に対し、じゃあ何も聞かずに今まで通りにとは、普通はならない。それを徹底的に否定されていれば何か良からぬ事が起きていたかもしれないが、ある意味でそれは西田による生徒たちへのガス抜きであった。
「それじゃあホームルームを終了する。他の先生たちも事情は理解していると思うが、あまり授業中に騒ぎを起こさないように」
ホームルーム終了から一限目開始まではほんの僅かな休憩時間しか無い。
だが、その休憩時間の間にも、清雅の周りには人だかりが出来ていた。そりゃあ無理もない。男物の制服の胸元に無理やりクッションでも詰め込んだようになっている清雅をスルーするのは、彼らには不可能だ。もう少し彼が目立たない生徒であればまた違ったかもしれないが。
「いやだから俺もよくわかんね―んだよ」
一先ず一限目の授業のの準備を終えた清雅は、男友達の興味津々な質問に手を降った。
「朝起きてたら女になってたんだ」
それは全くの事実であったのだが、やはり要領を得ない。
「そんな簡単に言ってもなあ、全くイメージがわかん」
「精神的にはカワリューのままなんだよな?」
「そうだよ、ガワが女になっただけだ」
「確かに……喋ってる感じは完全にカワリューだな」
「声が少し高いような気もするけど、別人ってほどでもないし」
そのうちの一人が、カバンの中から当然のように水着写真集を取り出した。パラパラとページをめくってそれを差し出す。
「この中で好みなのは?」
「……これ」
特に躊躇なく指されたそれに、男性陣は声を上げた。
「カワリューだ」
「この特に考えもせず真っ先に巨乳を指差す感じ、俺達のカワリューだ」
「いやだから俺なんだって」
しばらくそのようなバカ話を続けた後に、男友達の一人がポツリと言う。
「いやしかし、本当に見た目変わってないな……一部分以外な」
なにか含みのあるような言い方に、清雅はムッとして返した。
「何だったら触ってみるか?」
何気ない冗談のつもりだった。だが、そう言った瞬間に、教室の雰囲気が一気に変化したことを、流石に清雅も感じ取った。
「河流!!!」
清雅を取り囲んでいた女生徒の一人が、突然に叫んだ。
彼女の名は巻坂、女子の中ではリーダー格であり、清雅と仲の良い女子の一人であった、持ち物検査騒動の時に清雅に助けられた一人でもある。
「ちょっと来い!!!」
彼女は清雅の手を引いて教室を後にする。突然のことにまだ落ち着いていない清雅はそれに成されるがままだった。
多機能トイレ。
かつて丁洲高校に車椅子の生徒が入学した時に新設されたらしいその広いトイレは、その生徒が卒業した後も何かと便利に生徒たちに使われていた。
男子の制服を来ている清雅の手を引いて女子生徒である巻坂がそこに入る、見る人間が見れば相当な問題行為であったが、幸いにも授業開始前、それを見ている人間はいなかった。
「なんだよ」と、清雅はようやく手を振り払って言った。確かに不必要なことを言ってしまったかもしれないが、ここまでのことをされることではない。
「あんたねえ」
巻坂は呆れたように呟いて続ける。
「女の先輩として言っといてあげるけど、友人相手に女であることを安売りしちゃ駄目なんだよ。そうすりゃ、そのままの関係じゃいられなくなる」
先程の発言についてだろう。
「……それは悪かったと思ってるよ。いつものノリで言っちゃったんだ」
「あたしもお節介だったかもしれないと思うけど、ああいうことをしたら駄目……多分」
それと、と続ける。
「あたしはまだ信用できてないんだ」
「何が」
「あんたが本当に女になってってことに……たしかに胸は出たが顔はカワリューのまんまだ……元々可愛げのある顔だったから女だとしても成立はしているけどね」
「……そう言われても、どうすればいいか」
「触らせろ」
「は?」
「体に触らせろ」
無茶苦茶な意見のように思えた。
「お前さっき女を安売りするなって」
「それは男に対しての話、別に女同士が体触るなんてよくあることだろ?」
「そうなの?」
「そうだよ、だからここにつれてきたんだ……あそこで怒鳴った手前あの場で触るわけにはいかないからね」
清雅は狐につままれたような表情のまま首をひねった。
しかし、それを嫌だというほどのことでもないような気がした。
「まあ、好きにしろよ」と、それを受け入れた。
チャイムが鳴った。
巻坂と清雅は少し慌てながら多機能トイレを後にする。
「ムカつくくらい女じゃね―か」
小走りで廊下を行きながら、彼女がそうつぶやく。
「だからそうなんだって」
同じく小走りの清雅もそう答えた。
「あんた、なにか『女として』困ったことがあったら何でも言いなよ」と、巻坂は背中を叩く。
「あんたには恩があるからね。助けてやるさ」