「話は聞いてるよ」
分厚い手で不器用に花札を繰りながら、斎藤は対面に座る清雅に言った。
ボードゲーム愛好会、多目的教室は相変わらず三人だけが小さく座り、花札という小さなカードをやり取りしている。
「なんかめんどくさいことになってなあ……」
差し出された花札の束をカットしながら清雅はため息を付いた。
学校に復帰してからまだ三日目ではあるが、すでに彼は入学一年目よりも壮絶だったのではないかと思うほどに精神的に疲れていた。
もちろん差別されたとか、いじめられたとか、そういうことではない。そのような心配がなかったわけではないが、その点において、清雅は世界と友人と学友に恵まれていた。
だが、それでも周りからの好奇の目がないかと言われればそうではない、しかし、それは仕方のないことでもある。自分だって友人の誰かがそのような状態になれば同じように興味を持つだろう。それがまだラインを越えてはいないことにこそ感謝すべきなのだ。幸いなことに『下着はどうしているのか?』という質問は、まるで誰かがそれを言うことは下品であるという宣言をしたかのように問われない、故に、清雅はまだ姉のお下がりを身につけているという情報を悟られずにすんでいる。
「お前らは普段通りで良かったよ」
清雅のその言葉は本心であった。
多目的教室に入る寸前まで、彼は斎藤や部長も同じく根掘り葉掘り質問をしてくるものだと思っていた。ところが、彼らは基本的にはいつもと変わらなかったし、清雅のことよりもゲームのことに興味があるようだった。
「まあ、興味のあることの大体はすでに人づてに聞いてしまったしな」
「そうだね、それに、ここはボードゲーム愛好会、ゲームをしなきゃ」
部長はニッコリと笑って花札の山から数枚を配る。異常に慣れた手つきだった。
「興味がないわけじゃないんだぞ」と、斎藤は配られたそれを視界に入れながら言った。
「だからいつか失礼な質問をしてしまうかもしれない、無意識のうちにな、だからその時は遠慮なく言ってくれ、俺達だって女性の扱いを学ぶいい機会だよ」
「まあ、心配しないことだよ」
部長は今度は札を数枚机の真ん中に公開しながら続ける。
「転校生と同じさ、最初のうちは物珍しいからみんなが群がるけど、そのうち日常の一部になって落ち着くよ」
「そうだと良いんですけど」
「俺も部長の言うとおりになると思うな、今だけさ」
月の描かれた札を手中に収めて、斎藤が続ける。
「女であるカワリューにみんなが慣れりゃあ、自然に戻る」
同じく札を手中に収めながら清雅が呟く。
「俺もいつか女である俺に慣れるのかなあ」
「さあ、どうなんだろうなあ。そればっかりは俺にもわからんよ」
「でも、きっと慣れたほうが良いんだと思うよ。女性の体をした男として生きるにしても、そのまま女性として生きるとしても」
部長の言葉に、斎藤と清雅は一斉に彼の顔を見た。彼にしては珍しく、踏み込んだ言葉だった。
その視線を気にすること無く彼は続ける。
「どのように生きるとしても、すでに変化は起こってしまった。いつまでも悲観していたり、戸惑ったりしていては、それだけ前に進む出すタイミングが遅れることになる……もちろん、君の身に起こったことを僕が体験しているわけではないから、これは無責任な発言だし、僕の人生と君に起こったことを照らし合わせただけだ……気に触ったのなら、無視をするべきだし、謝るよ」
二人は花札の手を止めていた。部長は三年生、先輩ではあるが、たった一年の差が、ここまでの意識の違いを果たして生むものだろうかと、二人はまじまじと彼を見つめる。
気恥ずかしかったのだろうか、彼は手を降って言った。
「手を止めて悪かったね、ゲームしようよ」
それを推し進めるかのように彼は手札を切って場のカードを手中に収める。
「……ありがとうございます」
清雅も手札を切りながら頭を下げた。この学校の中で、おそらく一番のアドバイスだっただろう。
「来た、月見酒だな」
手札を叩きつけてそう言った斎藤は、それを手元に引いて「こいこい」と言ってから続ける。
「まあ、俺はゲームができればそれでいいよ。男だろうが女だろうが」
「なんでじゃああああああ!!!」
椅子から勢いよく立ち上がりながら、清雅は頭を抱えて叫んだ。それでも手に持っていた花札をばら撒くことはしないのだからこの愛好会はマナーに厳しい。
「欲張るからだよ」
やはりお菓子を頬張りながら斎藤が誇らしげに言った。
「河流君は本当に駆け引き下手だよねえ」
同じくお菓子を頬張りながら部長も続いた。
「表情わかり易すぎるもんな」
「もう一回! もう一回だ!」
花札を一つにまとめながら清雅が叫ぶ。
「河流君、流石に『背水の陣』は駄目だからね」
「当店ではそのようなサービスは行っておりませーん」
「わかってますよ! やりませんよ流石に!!!」
楽しいゲームの時間はそうやって過ぎていく。