清雅達の住む地元駅『魔法使いが住んでた所』。
一瞬、山上は知らない女子高生が自分に話しかけてきたのだと思った。
彼にはその経験が無い、柔道部らしく短く借り揃えられた頭、百九十センチを越える巨体、理由はいくらでもある。
だからこそ、それにしては「おはよう」と肩を叩くなんて随分と慣れ慣れすぎるだろうということを瞬間的に理解は出来なかった。
数秒ほどその女子高生と目を合わせ、彼はようやくそれが女子の制服を着た清雅だということに気がつき「お、おう」と動揺しながら返した。
「なんだよ」と、幼馴染の微妙な反応に、清雅は少しむくれて答える。
「どうよ、セイちゃん可愛くなったでしょ!?」
その背後からぴょこりと顔を出した伊武は、なぜかかの上のほうが誇らしげに笑っていた。
「うん」と、山上はそれに落ち着かないように何度か頷く。
「最初、知らない女子かと思ったよ」
彼の思う通り、清雅の変貌は驚くべきものだった。
身を包む性別の証である制服が女子仕様になっていることもそうだが、まるでボーイッシュを売りにしている女優がしているようなベリーショートの髪型が、それをより違和感のないものに飾り、むしろ清雅の女子にしては高い身長の違和感をなくしていた。
「可愛くなってるよ、本当に」
女子ならば飛び上がってしまいそうなその言葉に、しかし清雅は複雑そうな表情だ。
複雑な構造だが、それも当然だ。そもそも彼の意識はまだ男なわけであって、それを可愛いと言われてもまだそれを喜ぶべき理解に頭が追いついていない。
「まあ、まあ」と、清雅は自身を無理やり納得させるように頷いてみせる。
「確かに、学ラン着てた頃に比べたら視線は感じないよ」
その効果は絶大だった。
そりゃそうだろう。これまでと違い今の清雅は傍から見れば「少し背の高い女子高生」でしか無い。今日、伊武と一緒に駅までの道のりを行くときだって、それを「女子高生二人の登校」であることを一体誰が疑っただろうか。
「その制服はどうしたの?」
話題を変えるためか、それとも純粋に気になったからか、山上は制服を指差しながら言った。
それがきっと清雅の姉のものではないことは彼にはわかっていた。彼女のものを清雅が着るには、サイズが一回りほど小さいだろう。
「姉ちゃんが友だちからもらってきてくれたんだよ」と、清雅はそれの首元をいじりながら答える。
「元女バスだったらしいよ」
「へえ」
その時、気の抜けた音楽がホームに流れ、電車の到着を告げた。
電車の中では、彼らはそれ以上それには触れなかった。
「伊武!」
『丁洲駅』から『丁洲高校』までの道のりで、伊武はいつもどおりに女子バスケット部の仲間に声をかけられた。
いつもの光景だ。何もおかしなところはない。
だが、それはあくまで清雅の視点であって、彼女らからすればそうではない。
彼女たちにとっては非常に易しい計算問題だ。今までは一人、今は二人、何が増えたのでしょうか。
「ちょっと! カワリュー服変えたの!?」
女が三人寄れば姦しいとはよく言ったものだ。しかも今回は伊武も含めて四人もいる。
「ええ! カワリュー可愛いじゃん!」
「髪型いいね!」
「足長くない!?」
「そうでしょ!」
何故か自分が誇らしげな伊武に、やはり清雅は苦い顔だ。
しかし、その苦い顔すら「かわいい」と、彼女らはからかった。
「バスケの話した?」
「うん、したよ」
「へえ、カワリュー、私達、待ってるから!」
「ねー、伊武ちゃんの頑張ってる姿も見られるしねえ」
「まあ、気が向いたらな」
「楽しみに待ってるよ―!」
少しずつ歩みの遅くなっていく彼女らを置いて、山上はその先を行こうとした、いつものことだ、それに何も感じない。いつの間にか清雅がそれに混ざっているのも、彼はなんとなくではあるが受け入れることが出来ていた。
だが、彼は逆方向の力によってぐいと引き寄せらえる。見ると、清雅が袖を引いていた。
「先に行くなよ」
少し、慌てたような声だった。
自らを見上げる清雅の瞳に、彼は「う、うん」と、何度か頷いて、でかい体に似合わぬ小股でその集団についていく。
伊武は、その様子を少し複雑そうな表情で眺めていた。彼女がいつもやりたかったことを、その相手はいとも簡単にやってのけていた。
「いやーしかし、こういうのなんて言うんだっけか」
席についた清雅の周りを友人たちが囲みながら、そのうちの一人が首をひねった。
「馬子にも衣装?」
「いや、あれは着る側が凡人だって前提だろ」
「今のカワリューを素直に評価するなら」
「あり」
「あり」
「あり」
「あり」
「お前らなあ」
背もたれに思いっきり背もたれながら清雅はため息を付いた。
まだ授業開始前であるというのに、教室は随分と騒がしかった。
その原因が自分であることは、さすがの清雅にも理解が出来ていた。
「しかし、うまくヘアメイクしてもらったもんだね、どこ?」
巻坂は髪型に食いつきしきりにそれを聞いてくる。
「仕方ねえんだよ」と、清雅は言った。
「男の制服着てると電車とかでジロジロ見られるんだ」
「あーなるほど」
「まあたしかにな」
「なるほどなあ、そうなると女の制服着たほうがむしろ自然なのか」
納得したように頷く男共を無視して巻坂が清雅を指差して言う。
「だけど、そんなに足広げて座るのは良くないね」
その指摘に、男共は一斉にそれに注目した。今だって中身は男だということを頭では理解しているが、男子高校生の本能はそれを許さない。
確かに、清雅はいつもするように足を広げて座っていた。
「見るなよスケベ共」と、清雅はその言葉とは裏腹にスカートを捲りあげる。
一瞬、何が起こったのかわからない彼らが目にしたのは、女子が体育で履くハーフパンツだった。
「姉ちゃんのアドバイスでさあ、暑くなるまでは当分これをはけって言われてんだ」
それ自体は不思議なことではなかった。スカートの下にハーフパンツをはくのは生粋の女子だってやっている。
だが、それをわざわざ見せびらかせる女子はいない。
同じことを思っていたのだろう。友人たちは巻坂がそれを注意するより先に口々に言った。
「そういうのやめたほうがいいと思う」
「うん、もうちょっと自分を大事にしたほうがいいんじゃないか?」
「逆にエロい」
「カワリューからエロスを感じたくない」
「お前らなあ」
清雅はそれらにため息を付いたが、巻坂は友人たちがまだぎりぎり常識人であったことにほっと胸をなでおろしていた。