清雅、山上、内海、鴻上の四人が防波堤で釣りを始めたのは、太陽が水平線から顔を出す少し前からだった。
狙いは砂浜の魚だ。重りのついた仕掛けを長い竿でぶん投げて、重りを砂浜に引きずりながらあたりを待つ。
だが、その日は皆調子が悪かった。朝マズメを通過してもあたりは殆どなかったし、太陽が海を照らし始めても何もない。
やがて、昼前ころになった頃、その事件は起こった。
「ごめん、本当にごめん」
「いやいや仕方ないよ、あるってこういうことも」
絡まってぐちゃぐちゃになってしまった仕掛けをほどきながら、内海はニコニコと笑っていた。
事件が起こったのは五分ほど前、竿に当たりがあったとはしゃいでリールを巻いた鴻上と同じく、内海の竿にもいい反応があった。
このときから内海には嫌な予感がしてはいたのだが、嬉しげに笑顔をキラキラさせながらリールを巻く鴻上に何も言えなかった。
だが、鴻上がリールを巻けば巻くほどに重くなっていく自身の竿に、内海はそれを確信する。
これ、お祭りになっているなと。
「大丈夫か? 仕掛け切ろうか?」
「大丈夫大丈夫、ほぐしていけば取れるからこういうのは」
鴻上は仕掛けを投げるのが下手だ。それは本人にも自覚がある。
きっと彼がミスをして仕掛けが絡んでしまったのだろう。
だが、内海はそれに怒らない。
釣りをしていればそんなこともある、彼はそれをよく知っていた。
「ちょっと、ジュース買ってくるわ」
大学生二人はそれに熱中していたため、清雅のそのような言葉にふたりとも気づくことが出来なかった。
ただ唯一それを聞いてた山上が「いってらっしゃい」と、それを送り出すだけだった。
とてもではないが綺麗とは言えない。所々がぼやけて内部にはクモの巣が張っているその自動販売機は、その実、高校生の清雅には魅力的な、一線を画するバリエーションであった。
自動販売機を拒絶するように抵抗してた千円札をようやく飲み込ませ、とりあえずグレープフルーツ味の炭酸だけは確保した清雅は、山上達に持っていくべきジュースを、己のセンスを頼りに探ろうとしていた。
その時である、不意に砂をサンダルがこする音がして、清雅の背後に二人の男が並んだ。
「あ、ちょっとまって」
「いーよいーよ、気にしないで」
年の頃は清雅と同じくらいだろうか、中学生らしい幼さはないが、大学生らしい垢抜けさは無い。
同世代らしいことに安心しながら、清雅は二本目を購入した。
そのうちの一人が、清雅に向けて言う。
「地元?」
「いいや、成前」
「遠くね?」
「ここらへんしか釣りできるとこないじゃん」
四本目も購入した清雅は、それを抱えて彼らに背を向けようとした。
だが、彼らはそれを制するように言った。
「釣りって、あそこの防波堤で?」
「そうだよ」と、清雅は立ち止まって返す。
「あそこ今あんま釣れないんだよ、魚がスレてる」
スレる、とは、魚が仕掛けを警戒してしまって食いつかなくなることである。
「だからかあ」と、清雅は一人納得したように天を仰いだ。あんなにも集まって釣れないだなんて、おかしいと思っていたのだ。
「俺達、よく釣れる所知ってるよ」
「まじで?」
「ああ、地元だからな、俺達は」
うんうん、と、彼らは頷く。
「案内しようか?」
「え、いいのか?」
「いいよいいよ、成前から来てるんだろ? ちょっとは釣って帰らないと損だろ」
清雅は、それを良い提案だと思った。せっかくならば一匹でも多くの魚を釣りたいし、地元の人間の意見ならば参考になるだろう。
嬉々としてその話に乗ろうとしていた清雅の背後から、それを引き止める声が聞こえた。
「お前さ~」
腰元に手をやられ、ぐっと引き寄せられる。抱えていたジュース達が零れ落ちそうになって、清雅は慌ててそれを強く抱え直した。
「買い出し行くならさあ、ちゃんと伝えてから行けよな」
鴻上だった。
「知り合い?」と、彼は男達を見やりながら言う。
「いいや、今あった」
「ふうん」
彼はじろりと彼らを見やった。
「釣れるとこ教えてくれるって」
「へー、どこなん?」
じろりとした視線から目をそらしながら、男達の片方が東の方向を指差しながら答える。
「あそこの岩場の向こうに砂浜があるんです」
しまった、と、彼らは思っていた。
金髪、ピアス、馴れ馴れしい口調にダボついたジャージ。別に怖いというわけではないが、なんだかめんどくさそうだった。
「ありがとね」と雑に言って、鴻上は体を反転させる、当然腰を掴まれている清雅も同じようにターン。
「行くぞ」
「あ、ありがとな!」
あまりに突然のことに慌てた清雅は、それを振り払うとか言うことを考えるよりも先に、首だけを振り返って彼らに礼を言った。
「そりゃ、そうだよなあ」
段々と遠くなるカップルを眺めながら、片方の男が言った。
「まあな」と、もう片方もそれに答える。おそらく、彼らは同じことを考えている。
「ツバつけられてるよな、そりゃあ」
「お前さあ」
しばらく歩いてから、鴻上は清雅の腰から手を離して言った。ため息半分呆れ半分と言った風だ。
「コールさんこそ、何だよ」
ようやく、清雅もいつもの調子を取り戻したようだった。彼は口をとがらせながら続ける。
「良くしてもらったのに」
その言葉に、やはり鴻上は「はあ~」とため息をつく。
気づけば、内海と山上達と合流していた。
彼らは不思議そうな目で鴻上を眺めていた、ジュースを買いに行った清雅に思うことはないが、鴻上が突然それを追っていったのは不思議だった。
「どうした?」と、問う内海に、鴻上が答える。
「ナンパされてたんだよ、こいつ」
「えっ!」と、その言葉に驚いたのは、清雅を含めて鴻上以外の全員だった。当人である清雅ですら、それには驚いていた。
「この童貞共が」と、鴻上が大きく呆れる。
「いいか清雅」と続ける。
「覚えとけ、女が面識のない男に声をかけられたら、それはすべてヤリモクのナンパだ」
「いや、そうとは限らないだろ」
「限る、ヤリまでのモクが長期スパンか短期スパンかの違いはあるだろうが、基本的には全部それだ」
「そんなもんなの?」と首をひねった内海に「それでも二十年以上男やってのかよ、お前はそのままでいてくれ」と返す。
「いいか、俺達はお前が元男の女であることを知っている。だが、お前のことを知らない人間からすれば、お前はただの無防備でチョロい女にしか見えないんだ」
「で、でも釣りの穴場に案内してくれるって」
「男が女を人影のないところに誘ってはいどうぞと返すつもりなわけ無いだろうが、めっちゃ下心あるわ」
「そうなのか!?」と、清雅は山上を見た。
だが山上も「いや……どうだろう」としどろもどろだ。
「いいか、俺達もそういうつもりで考えないといけないんだ、こいつは男だが、無防備でチョロい女でもある」
なるほど、と何の疑いもなく頷く内海。
少し顔を赤くして俯く山上。
そして、やはり清雅はまだそれにピンときてはいなかった。
以上で書き溜め分終了となります。ありがとうございました
評価、感想、批評お気軽にどうぞ