ホームルーム前。
トイレから戻ってきた清雅は、女子達が少しざわついていることに気づいた。
「なんかあったん?」
彼は一先ず仲の良い女子にその理由を問うてみた。
彼女はわかりやすく苛立ちながらもそれに答える。パット見短絡そうであるが、無関係の人間に怒りを巻き散らかさない分別はしっかりとしている人間だった。
「なんかさ―、トイレで顔いじってるのバレたやつがいたらしくて、ホームルームで持ち物検査されるって噂なんだよね」
「化粧?」
「そう、メイク」
「持ってんの?」
「今どき持ってない女なんていねーわ」
「没収?」
「たぶんね」
彼女は頭を抱えた。
「マジ勘弁だわ、今日彼氏と会うのにさあ」
「化粧しないと駄目なん?」
「駄目に決まってるわ、彼氏には全力の姿で会いたいに決まってるじゃん」
清雅は少しだけ首をひねって考えてから提案する。
「部室棟に隠すのは?」
「無理、鍵が手に入んない」
「花壇に隠すとか」
「いやー、取られるのが怖いわ」
彼は更に考えながら周りの男子たちに目配せする。
しかし、彼らもいい考えは浮かばないようで、両手を上げながら首を振った。
ホームルームが始まるまであと十分と少ししか無い。
彼は天を仰いだ。尤も、その持ち物検査で彼が損することは何一つ無いのだが。
そして、その教室でどれだけ天を仰ごうと、そこに見えるのは天井のみだ。乱雑な模様のそれが無機質に見える。
だが、彼はそこに一つ小さな扉があることに気づいた。
「あそこに隠しちゃいば良いんじゃね?」
彼女はすぐにそこを見た。
「あれ開くん?」
「いやわからんけど、登ってみようか」
それを聞いていた男子たちはすぐさまに机を四つほど並べてその上に椅子を置いた。馬鹿なことをしたい時の男子たちの連携力というのは恐ろしいものがある。
「支えといてくれよ、フリじゃないからな」
恐る恐るそこに立って扉についているレバーを引くと、割とあっさりとそれが開いた。
「ぶふぇっ!!!」
そこからこぼれ落ちてきたホコリがすべて清雅の顔に直撃する。
彼は息を吹きながらそれをなんとか払って、その中を覗いた。
何もない、ただただ暗闇と積み重なったホコリがあるだけだった。
「行けそうだな」と、彼は一先ず椅子から降りながら言う。
「じゃあ、俺のジャージ入れに入れてやるよ」
「マジか!?」
女生徒はバネ細工のように跳ね上がって彼に言った。
「助かる!」
「でももしバレたら一網打尽にされるからそのつもりでな」
「いいよ、いい、その時はその時だ」
気づけば、他の女子達も一様に立ち上がって彼を見ていた。
「他のクラスにも教えてくるね!」
一人の女生徒はそう言いながら持っていた化粧品を別の生徒に託して教室を飛び出した。
「じゃあこれに」
そう言って清雅が差し出した布袋の中に、彼女らはあれよあれよと持っていた小物を放り込んだ。
気づけばそれはパンパンに膨らんで、もう少しでも何かが入ればはちきれんばかりになっていた。
「乱暴にしたら駄目だよ」と、女生徒が言う。
「ジャージが粉まみれになる」
「それは嫌だなあ」
彼はゆっくりとそれを天井裏に放り込むと、扉を締めた。
ちょうどその時、ホームルーム開始のベルが鳴る。
「ヤバいヤバい!」
彼らの担任は熱心な方ではないが、ごくごくたまに五分前入室を果たすことがある。
せっかくいい場所に隠しても、この現場を押さえられてしまったら現行犯逮捕だ。
結局、その日の担任はホームルームの開始ギリギリに登場したため、現場を押さえられることはなかった。
☆
昼休憩。
教師が教室を後にしてしまえば、再びその教室の支配権は生徒たちに移る。
「じゃあ、取るか」
再び机に椅子を重ねてその扉を開いた清雅は、やはりギチギチに膨らんだそれを丁寧におろした。
「うっわーホコリがすげーなこりゃ」
ジャージを入れる袋は、見るも無残にホコリまみれになっていた。だがまあ、それは洗えばいい。
彼がそれを開けば、途端に女子達がそれに群がった。
「いやー、助かったわ」
女生徒は清雅の肩を叩きながら言った。
彼女らの予想通り、ホームルームでは『抜き打ち』の持ち物検査が行われた。
当然、女生徒達の持ち物が没収されることはなく、利害の一致している女生徒達は互いを裏切ることもなかった。
尤も、担任は彼らが結託してそれらを闇に葬ったことの想像はできていたようで「まーやるならばれないようにやれよ」とダルそうに言った言葉が彼の本音だったのだろう。
とにかく、女生徒達のバイト代は、没収されずにすんだのである。
「別に先生も本気じゃなかったじゃん」
「それでもやっぱ見つかったら没収しないといけなかっただろうし、隠すのは正解だったよ」
ふーん、と、彼はすべてのブツが取り出されたジャージ入れを二、三度叩いて、不意にその中の香りを嗅いでみた。
花の香りと、なんだか粉っぽい匂い。いくつものそれらが混じり合っていたので、彼が思っていたほどいい香りではなかった。
「こういうのってみんな持ってるもんなの?」
「そりゃ大なり小なり持ってるよ。私にみたいに目をいじるまではいかなくても、色つきリップやちょっといい日焼け止めくらいなら持ってないほうがおかしいって」
ふーん、と鼻を鳴らした清雅に、女生徒は「はは~ん」とニヤけて肩に手を回した。
「お前の幼馴染のあの子だって持ってるよ」
清雅に幼馴染の異性がいることは、彼のクラスメイトの間ではすでに有名な事実であった。その生徒も、駅で彼と歩く女生徒を見たことがあった。
「……そういうことじゃねえよ」
「まあまあ、そういうことにしといてやるよ」
少し不満げな清雅の背中がバンバンと叩かれた。