七日後にTSする高校生   作:rairaibou(風)

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TSまであと一日

「おはよ」

「……おう」

 

 待ち合わせ場所であった地元駅で伊武が挨拶してきた時、清雅は、一瞬それが本当に伊武であるのかという確信を持てなかった。

 いつもは後ろでまとめられていた髪が下ろされていたというのは大きな理由の一つではあろうが、それが全てではない。

 彼女が来ていた服が、持っていた小物が、いつもより少しだけ白く見える肌が、いつも朝会う彼女とは違っていたものだから、彼は一瞬戸惑ってしまったのだ。

 

「……変かな?」

 

 口ごもった清雅の反応に、彼女は少し俯きながらそう言った。彼女だって馬鹿ではない、自らの変化に彼が少し戸惑ったのだろうということくらいは想像がつく、そりゃそうだ、その変化に気づいてほしいと誰よりも願っていたのが、彼女だったのだから。

 

「変ではねえよ」と、清雅はすぐに返した。

 

「ちょっと、ビックリしただけだ。その……いつもと違うから」

 

 彼の口から否定が出てこなかったことを、伊武は嬉しく思った。

 

「なんかゴメンな、俺いつもと一緒だから」

 

 伊武と違って、清雅はいつもの着慣れた外出用の服装であった。特別なものはなにもない、たとえ山上達と遊びに行くときにも同じような格好をしただろう。

 

「いいよ、セイちゃんはいつもどおりで」

 

 いつもかっこいいから、と続けようとしたその言葉を、彼女は寸前のところで飲み込んだ。ついうっかりそれを言ってしまえば、たちまち顔が茹で上がって映画どころではなくなっただろう。

 

「電車、そろそろ来ちゃうから」

 

 そう言って改札に向かった彼の右手を伊武は目で追ったが、結局、それを掴むことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 エンドロールが終わるのを待たずに、清雅と伊武は席を立った。

 それを咎めるものは当然おらず、むしろ彼らは他の客たちに比べればまだそこに残っていたほうですらあった。

 二人は何も言葉をかわさなかった。そのままホールの外まで出て、別の映画のポスターをちらりと見やった後に、自分達が見た映画を見るために並んでいるだろう群衆に複雑な想いを持つ。

 

「この後、なんか買うもんある?」

 

 ゆっくりと出口に向かいながら、清雅が彼女に問う。

 地元から最も近い『丁洲』にある映画館は、大型ショッピングモールと併設されていた。映画と買い物が人生最大の娯楽である人間がもしいるとすれば、天国のような環境だろう。

 

「ううん、何もない」

 

 伊武は消え入りそうなほどに小さな声で答えた。

 清雅はそれを確認しなかったが、彼女は悲しげな表情で、目には薄っすらと涙が張っている。まだその映画を見ていないものは「そんなに素晴らしい映画だったのか」と思うかもしれないが、決して映画の効用でそうなってわけではないことは、彼女が一番良く理解しているだろう。

 

「『コーヒー屋』行くか」

 

 清雅の提案に、伊武は顔を上げて「うん!」と明るく返事した。

 下ろした髪が揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『丁洲』駅近くには学生たちから『コーヒー屋』と呼ばれている喫茶店があった。

 中年の店主が営んでいるそこは、初めどうだったのかは知らないが、いつの間にか学生達の憩いの場所となっていた。彼がそれを良しとしているのかどうかはわからないが、コーヒーに山盛りのクッキーが付いてくる月末限定メニュー『お小遣い前セット』は、学生たちの心をつかんで離さない。

 全く客がいないというわけではないが、日曜の昼過ぎなだけあって、店内に学生の姿は無かった。

 

 笑顔が苦手なのだろう「いらっしゃい」と、店主の頑張った笑顔に出迎えられた彼らは、二人席で向かい合いながらまだ言葉をかわしてはいなかった。

 

『本日のおすすめコーヒー』にサービスとしてついてきたどこかのお土産のような菓子の包装を弄くりながら、彼はやはりまだ何も言わない。

 

 やがて、コーヒーカップの底に溶け切らなかった粉砂糖が溜まり始めようとしてたときに、清雅が口を開いた。

 

「あのさ」

「うん」

「すっごいつまんなくなかった?」

 

 その言葉に、伊武は目を見開き手を叩く。そして、少しばかり身を乗り出しながら答えた。

 

「それ!」

 

 彼女の表情はぱあっと明るくなっていた。

 お互いに切り出しにくい話題だった。

 清雅の方からすればそれこそが伊武の好みであったのではないかという疑念があったし、方や伊武の方は自らが誘ったという負い目があった。

 しかし、一度お互いの思考が同じであったとわかってしまえば、後は早い。

 

「あそこでくっつかないのありえないよな」

「ほんとにね、そのくせ終わりの方で急にくっつくし」

「主演もなあ、演技が棒だって俺にだってわかったぞ」

「ヒロインもひどかったよ、なんか終始浮ついてたし」

「全体的にストーリーも薄味だったよな」

「うん、ただの言い間違いをどれだけ引っ張るんだって思った」

 

 気がつけば、コーヒーにサービスでついてきた菓子の包装はとっくに剥かれている。

 他の客の対応をしながら、遠目から彼らを心配そうに眺めていた主人は、急にぱっと明るくなった彼らの雰囲気に胸をなでおろしていた。

 死ぬほどつまらなかった映画ですら、彼らにかかれば笑顔に変わるようだ。

 

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