「おはよう」
「……おう」
家の前で待っていた幼馴染二人に、清雅は少し戸惑いの表情をしながら挨拶した。薄いカバンを胸元で抱えている。
だが、戸惑っているのは幼馴染二人も同じであった。否、幼馴染二人はそれに加えて心配の感情もある。
そもそも昨日『魔法使いが住んでいたところ』に清雅が現れなかったときから心配であった、何の連絡もなしに彼が学校を休むだなんて、それこそ付き合ってからこれまであったことがなかったから。無遅刻無欠席虫歯なしというのが、河流清雅という男だった。
そして、部活を終えて家に帰ってみたら、今度は『清雅が女になった』との連絡が来る。これも訳がわからない。何が何やらわからない。
「話聞いた?」
「聞いてる」
「俺も聞いてるよ」
「……そういうことだから」
「そういうことだから、と言われても」
幼馴染二人からすればやはり訳がわからない。確かに声が僅かばかりに高い気がしないでもないが、そんなことで『女になった』なんて意見が通るはずもない。
全く変化がないわけではないだろう、言われてみれば、なんとなーく全体的なフォルムが変わっているような気がしないでもない。だが、それも大したものではない。
いつもどおりの顔にいつもどおりの制服、見た目はこれまでとなんにも変わっていないじゃないか。
幼馴染二人のそのような空気感を感じ取ったのだろう。清雅は「手、出せ」と二人に言った。
訳のわからないまま、二人は言われたとおりにそれぞれの利き手を差し出す。
彼は片手でカバンを胸に抱えたまま、先ずは伊武の手を取り、そして、それをそのままカバンの裏に滑り込ませて胸に当てた。
一瞬、伊武はなんでそんな事をするのか全く理解が出来なかった。胸に手を当てることに一体何の意味があるのか。
ところが、である。
その先にあった柔らかいものの感触に、とたんに彼女は混乱した。
「え? え? え?」
しばらく手の先にあるものを弄って確かめるうちに、彼女は、もしかしてこれはとんでもなく卑猥なことをしているのではないかと気づき、かっ、と顔を赤らめながらその手を引いた。
清雅は今度は山上の手を取った。目の前の光景に思考が停止してボーッとしていた彼は、体格的にはかなり劣る清雅になされるがままであった。
そのままその手は、清雅の股間に持っていかれる。
そこに無いはずの無いものが無い違和感のある感触に、思考停止していた彼もすぐさまに気づいて混乱しながら手を引っ込めた。
「は? え? なんで?」
多少まどろっこしいパフォーマンスであったかもしれないが、それは二人に清雅の現状を伝えるのにこれ以上無いほどに効果的だった。
「そういうことだよ」
再び両手をカバンを抱えることに戻した清雅の言葉に、二人はやはり戸惑いながらも頷いた。
「そういうことね」
「そういう、こと、なのか」
清雅が『女になった』ということを、二人もなんとなく理解したようだった。
☆
「今日はとりあえず学校に行くだけなんだ」
やはり胸元をカバンで隠しながら、清雅は『丁洲』の改札を出た。
制服を着れば女であることをごまかせると思っていたが、どうやら必要以上に大きくなってしまった胸がどうしても女であることを主張して男物の制服との釣り合いが取れなくなってしまうから、しかたなく隠している。
「とりあえずこの後どうするのかを先生たちと決めて、今日は帰る。母さんも後から車で来てくれる」
昨日病院から帰ってきた後に学校側と色々な相談をした所、とりあえずはそのように落ち着いた。
「でもお前らには言っといたほうがいいかなって思ったから」
うんうん、と二人は頷く。
「セイちゃんはどうするつもりなんだ?」
山上の問いに、清雅は首をひねってから答える。
「俺としては今まで通り生活できればいいかなって思ってるんだけど……こればっかりは俺だけの問題にはならないだろうから」
「大丈夫だよ、何かあったら俺がなんとかする」
「そうよ、なにか困ったことがあったら何でも相談してね」
間髪をいれずにそう返してくれた幼馴染二人に、やっぱり先に伝えておいてよかったなと清雅は思った。
「でも、良かったよね」と、伊武が続ける。
「セイちゃん顔悪くないし、肌も綺麗だからきっと女の子でも大丈夫だよ」
「そう、なのかなあ」
「元々女顔だってみんな言ってたしね。俺がなったら本当に大変なことになってたんだろうけどなー」
失礼ながら、山上のその言葉には清雅も伊武も「たしかになあ」と思ってしまった。ほとんど小型の自動販売機のような体格で、顔もいかつい山上が女になった姿は残酷だが想像できない、性格的には女でもあまり問題がないのだろうが。
「髪だってサラサラだから伸ばしたらきっと映えるよ、背だって高いし」
「なんか、もう女として生きていくしかない感じになってるな……まあ確かに早く慣れたほうがいいんだけどな」
「でもさあ、こういうこと言ったら悪いかもしれないんだけど、女の子になった割には……まあ……その……一部分を除いては見た目の変化はなかったよね、それは俺としては良かったかな」
「確かに」と、伊武は手を叩いた。
「殆ど変わってないよね。私達に教えてくれた所以外でなにか変化ってあったの?」
その質問に、清雅はうーんと唸り、それが言っていいものか悪いものなのかをしっかりと吟味して、まあいいかと答えた。
「体型が少し変わってるのと、あと……体毛が薄くなってる」
「いいなー!」と、伊武から今日イチの反応が帰ってきた。