パルスィが目を覚ました時、妖怪六人に囲まれていた。知らない妖怪が二人と最近知った妖怪が二人。そして鬼が二人だ。気絶から目覚めた時は、うっすらとだが三人だったはず。と記憶していたが、倍にまで増えていた。この時点で嫌気がさしたパルスィだが、問題は家が昨日より散らかっていること。さらには、萃香が台所に向かったこと。おまけに、勇儀がなにやら熱く語りかけてくること。もちろんこいしとやらが家で走り回っていることも挙げられる。強いて言えば、それを追いかけるさとりが箪笥に足をぶつけたこと。それを見た烏みたいな妖怪が、他人の家でさとり用の塗り薬を探していること。挙げ句の果てに、お燐がお姉さんも一緒に怒られてよね…とジト目で見てくること。
うわ、うわうわ、最悪な朝ね。二度寝しても許されるかしら。
現実から逃れたいパルスィは、布団を頭まで被せて再び眠りに――残念ながら事はそう上手くは運ばなかった。どうにかしてこいしを捕まえたさとりに止められてしまう。
「ああ、寝ないでください。勇儀さんも、パルスィさんが困ってます。一度落ち着きませんか?お空、他人の家を漁らないで」
足を引きずっているが大丈夫だろうか。
「わかったよ、さとり様」
「む、そうはいってもさとり」
「確かに貴方のパルスィさんを大切に思う気持ちはわかりますが、度が過ぎると面倒くさがられますよ」
よくわかってるじゃない。さすがはさとり妖怪ね。まあ、別に勇儀と話すのは嫌いじゃないのだけど。今は暑苦しい……。
「……それもいやだね。でも、今だけはここにいさせてもらうよ」
「なぁパルスィ、台所にお酒ないよー?」
「バカだね萃香、あんたが昨日全部呑んだよ」
「馬鹿に馬鹿と言われたくはないなぁー。勇儀? 表出な。久々に喧嘩しようよ」
「せめてここ以外で喧嘩してくださいね。怪我人がいるので」
「今はあんたよりパルスィの方が重要なんだ。あとにしよう。お粥食べるかい? 作ってあげるよ」
「ケチ! あとで旧都の広場来なよ! あ、パルスィも元気になったら宴会に来な!」
不満げな顔をしつつも、気分の良さそうな萃香は、そう言い残して霧となって居なくなった。さとりが目の前の問題を次々解決していったので、内心で拍手喝采し、その手腕が妬ましくなった。そして、そもそもなぜここに来たのか気になった。
「来た理由ですか? まずは家族紹介がしたいので。お空?」
「私は霊烏路空。さとり様の家来「家族」……家族だよ。よろしくね。さとり様から聞いてるけど貴方は?」
来た理由を問うてみれば、家族を紹介され、内心で困惑したパルスィだったが、どうやら答えないと話が進まないと判断した。
「水橋パルスィよ。橋姫とも言われているわ。よろしく」
……自己紹介は布団の中でやるものじゃないと思うの。
「怪我人はじっとしていてくださいね。」
こいしを膝に乗せ、こいしの髪をとくさとり。それを大人しくされるがままのこいし。この二人は相当近い関係だと類推できる。
「こいしも挨拶して」
「いいよ、お姉ちゃん」
どうやら姉妹ね。仲が良さそうで妬ましいわ。
「古明地こいしだよ。えっとね、お姉ちゃんの妹で、」
お姉ちゃんの妹は大概妹である。
「地霊殿に住んでるよ! 最近は、地上にお泊まりに行ってたけどね。貴方は現し世と隠り世を渡す橋の橋姫だっけ? お近づきの印にお土産あげる」
土産物は何かと期待してみれば、半ば錆びかけた包丁だ。銘が打ってあり、もしかしたら良いものかもしれない。貰っても嬉しくないが、もしかしたら使える物というお土産の選択に、パルスィは困惑する。欲しいものなら貰うし、要らないものなら断る。これは微妙な範囲だ。パルスィはそこそこ空気の読める正直者だった。たまには嘘をつく。
「……ありがとう。役に立ちそうね。こいし?」
微妙ね……。お土産断るのも失礼だし……。さとり妖怪二人の前でこんなこと考えるのもよくないわ。わあうれしいわ。役に立ちそう、多分。きっと。
心が読まれるだろうしやや手遅れだったか。と思ったが、嬉しそうな目の前のさとり妖怪。もしかしたら純粋なのかもしれない。
「うん。良かった、喜んでくれたわ」
「こいし、パルスィさんが困ってるわ。……どうもすみません」
「でも喜んでたよ?役に立ちそうって」
パルスィは、ここで違和感が大きくなった。
……おかしいわね。さとり妖怪と話す時の話の速さじゃないわ。さとりが速いだけなのかも知れないけど。本当にこいしは心が読めているの?
「私が説明しますよ。こいしは心が読めなくなったんです」
「読みたくないから読まないだけだよ? お姉ちゃん。これはこれで便利だけどね」
「そのかわりに周りに溶け込んで見えなくなる……。無意識とでも言いましょうか。別の能力が開花しまして」
「さとり妖怪が心を閉ざすと別の妖怪になるのかもねー。もともと二面性をもっていたのかな。実はさとり妖怪の能力は二つなのかな。私は別の妖怪になる説が正しいと思うよ」
「…それでも私の大切な妹よ。こいし」
「私もお姉ちゃん大好き!」
ふん、見せつけてくれちゃって。妬ましいわ。…違和感の正体はそれね。読めないのか読まないのかは聞いてもわからなさそうね。答えてもくれなさそう。
「じゃあ最後にお燐も」
「……お燐はお燐だよ。知ってるよね?お姉さん」
「知っているわ」
「次はもう少し仲良くしたいな」
「喧嘩はもう御免よ」
会話が短いことに残念そうなさとりは置いといて、パルスィは考える。自己紹介だけをしに来た訳では無いだろう、と。パルスィには、さとりが何やら機会を窺っているかのように見えた。得てしてそれは正しかった。
「ええ、前出来なかった細かい話をしようかと」
細かい話?
「それはですね、昨日お燐が伝言を伝えられなかったので、……お燐? 嫉妬させたパルスィさんが悪いなんていわないの」
ここでさとりが言ったことと、パルスィの記憶に相違が生じた。
……? 昨日にお燐の嫉妬心なんか操った覚えはないわよ。どういうことかしら。
「え? 待ってください。嫉妬させてないの? お燐はさせたっていってますが……。お互いに嘘をついていないし……」
「お粥だよパルスィ、食べるよな? あと面白い話をしてるじゃないか。私もまぜてよ」
「ええ、すみません。昨日の喧嘩の理由をお燐から、相手の能力で嫉妬させられたから、と聞いていまして」
「ああ。そうだね」
「でもパルスィさんは使ってないって。どういうことでしょう」
お燐に能力なんて使ってないわよ。急に襲いかかられたもの。理解出来ないわ。
……このお粥、お粥のくせに美味しいわね。
地霊殿に住む面子とパルスィはどちらも理解出来て居なかったので沈黙が続いた。しかし勇儀は思い当たる節があった。勇儀は馬鹿ではない。かなりの手がかりがあれば、答えにたどり着けるだけの知能は持ち合わせていた。
「あ! ああ、わかったよ。さとり。……なぁパルスィ。あんた昨日喧嘩を乱闘にしようとしたね?」
それが何よ。別にお燐に使った訳じゃないわ。
「ええ」
「お燐、喧嘩中にパルスィと会ったろ」
「そうだね」
「その時にパルスィの気にたまたま当てられたんだろ。どちらも嘘はついてないからね」
「もしかしたら、そうかもしれないね。会ったとたんにお姉さんが羨ましくなったよ」
「ああ、理解しました。……不幸な事故ということで」
ああ、だから襲ってきたのね。少し悪いわね。私のせいじゃないけど。多分。別に戦闘狂じゃ無かったのね。笑いながら戦うやつらと一緒にされたら怒るわね。悪い妖怪じゃないならあとで話してみましょう。
あ…思ったより早く食べてしまったわ。美味しく作れるなんて勇儀が妬ましいわ。さとりがにやにやしている。少々うざったらしく感じる。
「パルスィさんは、お粥がお気に召したようですよ?」
…やっぱりその能力妬ましいわ。
「そうかい! おかわりいるか?」
「美味しいの?これ。」
「なんだいあんた達。あんた達も食べるのかい?」
「ちょうだい」
「私も欲しい!」
「あたいは遠慮するよ」
「私は家で食べてきました」
お粥を食べているパルスィを見て羨ましく思ったか、こいしとおくうはお粥を要求した。おくうとキャアキャアと戯れていたこいしだったが、ご飯を食べ始めるととても静かになった。
「……ええ、少し美味しかったわ」
「いいえ、とても美味しかったのでしょう?」
ぐぬぬ、筒抜けね、妬ましい。
「ええそうよ! もっと頂戴!」
…そもそも私のお米よ。他人に食べられるくらいなら私が食べるわ。
「まかせな。好きなだけ食べさせてやるよ」
他人のお米を食べる二人が妬ましく思う。
やけくそになり、残りの米をを全てかきこもうとしたパルスィは、我ながら幼稚である自覚はあった。はた目にさとりが映る。やはりにやにやした笑みを浮かべていた。勇儀はとても嬉しそうにお粥をよそって手渡してくる。騒がしい遅めの朝食はとても短く感じた。
さとりが先にお空とこいしを地霊殿に帰らせた。勇儀は萃香と喧嘩をしに行った。残ったのは三人。食後となり一段落ついたところでさとりが簡潔に聞いてきた。
「で、仕事、受けてくれますよね」
一昨日のことなのにとても前のように思えるパルスィも、おぼろげな記憶はあった。話を受けるとは言っていなかった気もするが、悪い話ではなかったので受けるつもりだった。
「……受けるつもりよ」
「良かった。内容はこちらに」
要約すると、
・一ヶ月に一度、その一ヶ月で身の周りに起こった諍いや、環境面での問題を地霊殿に報告するための報告書を作ってほしい。
・それを地霊殿まで届けるか、お燐に渡して欲しい。
・旧地獄での日常生活が脅かされそうなことは、即座に伝えて欲しい。
・たまに見に行くから、その時は応対してね。
・報酬として、生活するための食料やお金、お酒を渡す。特にお酒。
・報酬が足りないと思ったり、相談事があれば地霊殿まで来てね。
……ざっとこんなものか。相手はお金持ち。妬ましいわ。……いいわね。私は困らないし、喧嘩は今までも見てきたわ。大体はたいした喧嘩じゃないし、ほとんどすることがないじゃない。
「それでいいわ」
「それでは、よろしくお願いしますね」
「私は貴方と世間話したいですけど、世間話は、また今度にしましょう。貴方は、怪我してますしね。帰るわよ、お燐」
そういえば、怪我していたのよ。ゆっくり休みたいわね。
パルスィがそのような事を考えていると、今まで黙ってきたお燐がついに口を開いた。
「お姉さん、あたいはお姉さんがよくわからないし、今は苦手。だから、また来るよ。」
だからって何よ。
「平和で大人しい来客なら歓迎するわ。嫌われるのも、慣れているのよ」
「そうするよ、お姉さん。……あたいは戦闘狂じゃないよ」
意外と気にしていたのかしら。これからは言わないようにしよう。
「わかってるわ」
それだけ言い残して二人は出ていった。残されたパルスィは惰眠を貪るべく布団に潜り込んだ。
一週間が過ぎた。
痛みも収まりつつあるパルスィが、地底では思ったより喧嘩が多く、それを集計することは、辟易とする仕事と気付いたのは昨日のことで、断るにはすでに手遅れであると気が付いた。パルスィが自身の目論見の甘さの後悔と、さとりの計算高さ、賢さを妬むようになったのは、自明の理だった。
理不尽な妬みを受けているさとりは、そんなことも露知らず、仲間が出来たと大喜び。ここ一週間は浮かれて仕事が手につかないようで、本人もまだ私はここまで喜ぶことが出来るのか、と驚いたほどだった。
少しの変化を伴ったこの三日は、地底に僅かな変動を起こすこととなる。無論、パルスィは巻き込まれるようだった。