この橋渡る者無きこと長し   作:塵紙驀地

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彼女がいかにして心配をやめ、縦穴に住むようになったか。

旧都 縦穴側 郊外

 かつては地平線の向こうにパルスィのあばら屋が見えただけの草原、そして他に何も無かったこの辺りにも、今では家が建ち並び、街をつくっていた。

古明地さとりが行った都市運営は、これまで鬼が行ってきた都市計画――そんなものは無かった――と大きく乖離しており、反発があるかと思われたが、反発は無かった。

 理由としては、新しく地底の主となったさとり妖怪は、妖怪の賢者の後ろ楯があると思われていた。その上、長く地底に籠って、なおさとり妖怪の恐ろしさを熟知していた地底の妖怪は、その運営を諦念を持って受け入れていた。まだ打倒を諦めない集団では、なぜか情報漏洩、内輪揉めが多発し、組織ごと消えた。

 さとりの旧都の改革で、これまでの福祉無し、医療無し、治安維持無しだった蛮族共の住むねぐらは、江戸時代初期並みの施設が建てられた都市へと変貌した。その結果、過剰なまでに旧都の人口が増え、やがては無秩序な旧都の拡大を生み出した。

 すでに、ここも妖怪の数は限界である。火事でも起こればひとたまりもない。火事を抑えられるのはごく一部の妖怪のみだ。

 

 

 妖怪の溢れるそこに、ある妖怪の頭領が居た。

 

「……一族もろとも引っ越そうかね」

 

 

 

 

 

 

 

*黒谷ヤマメ視点

ここら辺、気に入ってたんだけど、どうも妖怪が増え過ぎた。妖怪の数が増えて喧嘩が増えるのは大歓迎よ。でも、ここら辺は強い妖怪なんかいないしねぇ。同族達が困ってるみたいだね。町人から避けられるって。

私は別に町人から避けられないけど、それでも同族は大切さ。私は土蜘蛛の頭領だからね。皆が住みづらいと言うならなら引っ越すまでさ。しかし何処へ……。

 

 最近の彼女の悩み事はそれであった。旧都はどこも妖怪が多い。この数が引っ越しできる場所など旧都には最早ないのだ。もっと旧地獄の端に行くか? それは問題の先延ばしに過ぎない。それに、新天地の開拓は、とても大きな労力が要る。その上、その土地もどうせ密集地になりそうと簡単に予想出来る。

開拓に使った労力が数百年後に無駄になるなんて、考えたくもない。どうせなら永久に住める所を新天地としたいと考えていた。そして今日もその永住の地を求めてヤマメは思案していた。しかし、薄々、そんなところはないだろう。そう思っていた。

 ……今日までは。

 

 私達土蜘蛛は何処へ行けばいいのやら……。他の人が住めない所とか……。灼熱地獄は暑いから無理だね。いっそ壁に住むか。穴を開けてもよさそうな都合のいい壁なんて……穴?

 

 

そうだ! 縦穴だ! 名案だね。我ら蜘蛛しか住めないよ!

 

 思いつかなければ難題だけど、一度思い付けばなんとも単純な事に思えてくる。不可侵なんてものは有るが、なに、地上にでなければいい。引っ越し先は決まった。あとは引っ越しに関わる準備のみだ。

 あ、待った……引っ越しに関わる立て札があった気がするよ。なんだったかな。

 

 もしかしたら無視したら面倒な条文があるかもしれない。そう思い、小さな役場みたいな建物に来た。ここの役場には地霊殿から来た猫又が居るが、もっぱらの噂、役に立たないそうだ。建物の左手に四尺程の大きさの立て札が何本も立っている。

 そこには、最近の取り決め、約定、処罰内容がある。ここの妖怪はほとんど守っていないし、処罰も稀にしかされないが。

ヤマメは見るも無駄な立て札を見て回り、ようやく引っ越しに関する立て札を見つけた。

 

一、大人数で引っ越しをする場合、地霊殿もしくは地霊殿に近しき者に一言その旨申し立てること。

 

面倒だね。でも一言伝えるだけか。それなら伝えようかねぇ。黙って引っ越して地霊殿に目を付けられるのも嫌だしね。

 うーん、でも地霊殿まで行きたくないね。あの三つ目、どうにもよくわからないしね。宴会にもなかなか顔を出さない。ふむ、近しき者……。

 

その条文の下に殴り書きで

 

 

地霊殿もしくは水橋パルスィに言うように。

 

 

と書かれていた。

 

 ……パルスィの居る場所を書きな。水橋パルスィか、聞いたことはあるね。勇儀の話に何度も出てきた妖怪。見たことも有ったかな? でも顔は覚えていないね。それに、話したこともない。鬼と喧嘩し、地霊殿と関係する妖怪。さぞ強いのだろうね。どれ、話しに行ってみよう。

 

 興味半分と、その近しき者に会って引っ越しの旨伝えると理解したヤマメは、パルスィの家への道を知る必要があった。

 十軒ほど建物を建築している所で手の長い妖怪にパルスィの家を尋ねた。彼は快くパルスィの家を教えてくれた。

 

 地霊殿に近しき者ねぇ。水橋パルスィ。二つ名は、…うーん? 忘れたね。しかしひどい場所だなぁ。所々瓦が剥がれてるよ。さっきの場所は新築の長屋を建てていて、それなりに綺麗で良かったんだけどね。あらあら、この階段壊れてるじゃないか。あとで鬼に伝えてあげようかね。

 

木枯らしが吹き付けてくる。

身を切る寒さが蜘蛛の身にはしみる。

やがて町を抜けた。

葉が全て落ちた木々が左右に立ち並ぶ石畳の並木道。ここらは周りの町とは一風違った風景を醸し出していた。なんといってもこの道、昔からあったのだ。人通りもまばらで趣がある。

 

うへー。寒い寒い。そういえば、縦穴は寒くないのかね。

縦穴がすごしやすいと決めつけたのはちと軽率だったか、先に縦穴を見せてもらおうかね。縦穴は一応地底世界かな? という場所だからね。許可が要るかもしれないしね。 まあまあ、私は地上に出なければいい話だと思うよ。……でもさとり妖怪がなんと言うか。よくよく考えると一応さとりが管理者、彼女が許可を出さなければ縦穴に住むことは許されないのだろう。

 

 そう解釈したヤマメは、初対面のパルスィにその許可まで取ってもらおうと考えていた。やがて並木道も終わり、何もない道となる。町からの道のりはそれなりに長かったが、今住んでいる所から地霊殿に行くよりは近いようだ。こちらに来て正解だったらしい。

 

…やがてそれらしい建物が見えてきた。

 

 おや? ぽつんと建つ一軒家、しかし大きめだね。旧地獄にこんなに土地が余っている場所があったのか。多分ここだろうね。

 

 目の前には鬼が建てたであろう様式の、豪邸とは言えずとも立派な家が建っていた。二階もある。横にもしっかりと幅を取り、一般的な妖怪の住む長屋、家屋とは大きく違っていた。

 

 いいねぇ、羨ましいねぇ。私もこんな家に住みたいものだね。さてさて水橋パルスィとはどんな妖怪か。

パルスィは……確か勇儀の話だと喧嘩は起こさない強い妖怪。穏便な性格なんだろうね。萃香からは何も聞いていない。うん、性格を判断するには少し足りないね。

まあ会ってみたらわかるさね。

 

家の前まで着いて、扉を叩く。

 

 ……反応がない。家に居ないのかな?

なぜ相手はこんな寒い時期に家に居ないのか考えてみよう。留守かいね。散歩か、昼寝か。もしや、パルスィってのは半獣系の妖怪で、冬眠してるのかな?明日来てみて、返事がなかったらまた次の春に来ようかね。

 

 全くもって見当違いの予想を立て、もう一度扉を叩いたヤマメだったが、やはり反応がなかった。ヤマメは徒労感を覚えた。こんな寒いなか、待とうという気概はない。

 

ヤマメは、とぼとぼ、もと来た道を引き返していった。

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し前に遡る。

 すでにあの怪我から一月は経ったパルスィは、今月分の報告書を纏めて、地霊殿に向かっていた。報告書の中身は九割はただの喧嘩である。しかも理由がない喧嘩。

報告書に載っている喧嘩は大きめのものばかりで、小さめの喧嘩は数知れず、町の喧騒に呑み込まれていた。

パルスィは、ここ数日で、家の近くをお燐が通れば報告書を渡そうと考えていたが、残念なことにお燐は通らなかった。

 何も難しい話ではない。ここら辺、大して何も無いのだ。しかも、橋より縦穴側にたまに落ちている死体も、お燐は今月は見に来ていなかったので、ここを通る筈が無かったのだ。

 

諦めてパルスィは地霊殿に報告書を届けに行く事を決めた。家を出る。

 

 寒いわね。寒さに強い妖怪が妬ましいわ。しかも、遠いわ。あの建物。さすがに飛んでいこうかしら。

 

 地底の妖怪もその気になれば飛べる。しかし、飛んでいると大概怨霊が邪魔な上、鬼に見つかって宴会に連れていかれる。

 

 怪我してから一度も宴会に行ってないわね。萃香に見つかったら絶対に連れていかれるわ。どうせ…

 

「やぁパルスィ!空飛んでるんだ。怪我治ったろ?さあ宴会だ!」

 

「私は今から地霊殿に用が」

 

「それは明日でも出来る!この宴会は今日しかない!」

 

「宴会は毎日やってるじゃな」

 

「明日は明日の宴会だ。この宴会とは違うよ。さ、呑みなよ」

 

 鮮明に浮かんだ想像に首を振り、歩いていくことに決めた。

 

 誰も通らない何もない道を通り、僅かな人通りの美しい枯れ木の並木道を通り、ちょっと前に喧嘩した場所を通る。今では新しい建物が多数建っていた。そして、随分と大きくなった街を通る。

 

 ……宴会場の近くは避けようかしら。少し遠回りになるけど。

 

宴会場をやや避け、こそこそと遠回りをするパルスィ。歩き方がさながらこそ泥だ。幸いな事に、彼らは宴会中なのか、萃香にばれるといった事は無かった。僅かな幸運を噛み締めながら、道を急ぐ。

 

 目的の建物は、かなり前から見えていたが、なかなか近づけなかった。少し前から、近づいた。もう少しだ。と思っていたが、どうにもまだ遠いらしい。

 

 

 

 

 

かなりの時が経った。

 

 無心に歩き続けてパルスィは疲労困憊であった。目の前には先ほどから見えていた建物がある。そして、その建物は今やパルスィの手が届く所にある。

 

目の前の建物を見上げる。

 

 

 美しい色つき硝子張りの窓。丁寧に一色に塗られた壁。牡丹の綺麗な花壇。庭には多くの犬が居た。大きめであるパルスィの家を圧倒する大きさであるこの地霊殿は旧都の建物や、パルスィの建物とは大きく違った様式である。建材もあまり見ないものばかりだ。

 

 

 なんて綺麗な家。妬ましいわ。

 

 扉の呼び鈴を鳴らす。近くの木に止まっていた小鳥が開いていた窓から地霊殿の中に入った。辺りを見渡すと、狐も兎も居る。ここの狐は、兎を食べないようだ。餌をしっかりと与えているのだろうか。

 

 ……ほどなくして、目的の人物が扉を開けた。

 

「ようこそ、地霊殿へ。お待ちしてましたよ?…お疲れのようですね。とりあえず中にお入りください。丁度、お話したかったんですよ」

 

綺麗な笑顔をした古明地さとりがそこに居た。

 

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