この橋渡る者無きこと長し   作:塵紙驀地

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心は石よりも固く、又曲がりやすい

今日は彼女にとって収穫のある日だった。多くとも数人しか妖怪が泊まることが無かった彼女達の大切な家に、久しぶりに妖怪を泊めることができた。

それも数少ない大切な知人

―さとりはそう思っている。

を泊められたのだ。

パルスィの行動、他人を妬むことは、相手をよく理解しないと出来ない事だ。

その上、パルスィは平等だ。彼女は対象が何であろうが妬めることを妬む。相手がさとり妖怪だろうが、別に忌避はしない。

故にパルスィは彼女の好みの性格であった。

 

来客用の宿泊部屋にパルスィを通し、さとりは報告書を持ってさとりの仕事部屋に向かった。

 

*古明地さとり視点

やりました。上手く泊まってもらえました。

パルスィさん、ここに来てから、長考を一度もしませんでしたし、頭が回っていませんでした。

とてもお疲れでしたね。半分寝てましたし。

上手くお誘い出来たでしょうか。…変じゃ無かったでしょうか。

…パルスィさんにも言われた通り、話の間が上手くとれないのよね…。

 

話の間合いは大切だ。さとりはこいしと話した時、そう感じる。

最近では、話の拍子が狂うと、こいしはじっとさとりを見つめ、また話し出すのだ。

誰でもあのような目で見つめられたらかなり辛い。

昔はそのようなことは無かったのだが、さとりは、最近はこいしが地上で会話して、多少会話が上手くなっているからだろうと推察していた。こいしを見つけられる者なんて少ないはずだが。

さとりの下手な会話では違和感が生じるのだろうか。

 

ため息をついて、仕事部屋の扉を開ける。本棚には多くの資料と、報告書、そして数えきれない本の数々。

異国語で書かれているため、読めない本もあるが、ここの本棚にはどれも丁寧な心理描写がある。さとり好みの本ばかりだ。

 

椅子に座り、パルスィの持ってきた報告書を眺める。斜め読みしても、他のペットが持ってくるものの何倍も良質なものだと分かる。

丁寧に読み込む。

 

これは…明らかに生活に支障が出るでしょうね。根は優しいとでも言いますか…。

もう少しお体は大切にしてほしいですね。

 

大きな喧嘩があれば、ほとんど毎回見に行っていたのだろうか、必要以上に書かれていた。

中身はほとんど

 

どこそこで喧嘩 理由なし、もしくは酒に酔った勢い

 

だったが。

 

だが、いくつ必要な情報も載ってあった。

このような情報はしらみつぶしに騒動を確認しないと手に入れられないものだ。

今のさとりには入用である。

 

どこも妖怪で溢れている…。どこかの種族が引っ越したりしませんかね。

…そんな都合のいいことないか。どうしましょう。

 

目下の問題は、旧都の過密、無秩序な拡大。それに伴う地霊殿の影響力の低下。

現状、中心部は比較的昔から存在する古参妖怪が多かったので、こちらからの提案などはすぐに伝わる。

一方、郊外まで行くと、その土地の主らしき妖怪が居ないこともざらにあるため、地霊殿から上手く情報伝達が出来ないのだ。

暗鬱たる気持ちで解決策を考えるが、結局思いつかなかった。出来るのならとうの昔にやっている。

 

少しして、飽きたので今日はやめることにした。さとりにとって大切な客人もいる。短い付きあいだが、パルスィにはいくつもの恩があった。

 

縦穴側の纏め役になってもらえたのは本当に有り難いですね。パルスィさんにも利点はありますけど、こちらの方が助かっています。

 

実際は、パルスィは起こったことを報告するだけで良かったが、本人の預かり知らぬ所で纏め役にされていた。

 

出会えて良かったですよ。…本当に。

 

―この旧地獄では、もう友人は出来ないかもしれない。最近はそう考えていた。

確かに鬼は嘘はつかない。勇儀のような、強さゆえの剛毅さ、実直さを持つ者はいる。しかしそれはさとりを嫌わないと同義ではない。

勇儀はさとりに対しても等しく優しかったが、他の鬼はよくて強さへの興味、無感情。嫌っている者もざらにいた。

 

地底の妖怪はさとりを恐れ、嫌い、近づかない。

それだけで第三の目を閉ざすことは無いが、閉塞し、停滞した環境で嫌われることは、確実にさとりの心を蝕んでいた。

 

誰も彼女の本質を見ない。知ろうともしない。

ただ、彼女から離れていく。

何も知らないのに。

 

そういうもの。わりきれたらどれほど良かったか。そう考えるにはさとりは優しすぎた。

 

追い詰められても、嫌われても妖怪を否定しきれなかった。

期待を、捨てられなかった。

 

…もしかしたら嫌われないかもしれない。

さとり妖怪だから、誰とも仲良くなれないわけではない。

 

この考えが否定されても、さとりは今までのさとりでいられただろうか。

 

―パルスィの噂を勇儀から聞いた。他人を妬むが、悪い妖怪ではないらしい。

さとりは一抹の不安と、捨てられなかった期待を胸にパルスィに会いに向かった。

 

 

果たせるかな、パルスィはさとりの期待に応えた。

 

私を見て、妬んできたときは驚きました。まさか妬まれるなんて…。

 

パルスィは平等であった。誰に対しても。

嫌わなかった。相手がさとり妖怪でさえ。

 

パルスィはさとりを「さとり妖怪だから」と嫌わず、さとりの「中身」を妬んでみせた。

 

ふふ、誰かとお話出来ると良い気持ちですね。

………。

 

パルスィに私は貴方は嫌いではない、と言われた時、本当はさとりの望んでいた返答とは異なる返答だった。

 

さとりは、能力を持つありのままの『さとり』を肯定して欲しかった。

 

しかし、言われたことは「嫌いではない。」

…たった一言。

 

…さとりはそれでも嬉しかった。パルスィは本心からそう思ってくれた。偽りの慰めでもなかった。

 

 

 

 

それは、パルスィを優しい妖怪と錯覚するには十分な甘い毒だった。

 

 

 

 

―昼過ぎにパルスィがここに来てから、かなりの時間が過ぎた。夕食を考えなくてはならない時間だ。

 

折角客人がいますもの。夕食はいつもより腕によりをかけて料理しましょうか。

特別美味しく作りましょうか。

 

進まない問題は一度忘れ、夕飯を作るため台所へ向かうことにした。

色つき硝子から差し込まれ、廊下の床に長く伸びる色とりどりの光は、さとりの周りを美しく飾った。

 

(―夜ご飯はなにかな。おなかすいたな。)

 

ふと、廊下の角からお空がひょこっと出てきた。

 

「お空、夕食はまだ決めてないわ。」

 

「決まっていないの?」

 

「ないわ。でも、いつもよりおいしく作るつもりよ。」

 

(?)

首をかしげるお空は、台所へ向かうさとりについてくる。

 

「今日は、お客様がお泊まりに来たのよ。」

 

「おきゃくさま?」

(誰なんだろう?)

 

「パルスィさんよ。ほら、縦穴の近くの。」

 

(うーん?わかんないや。)

 

「会えば分かるわ。だから、いつもより頑張るのよ。お空も手伝う?」

 

「うん!」

(やった!さとり様のお手伝いが出来そう!)

 

心強いわけではないが、人手を確保したさとりは台所の扉を開けて、入る。

…ここで困ったことに気がついた。

 

客人に出せる料理ってどんなのがあったかしら…。

 

客人自体が久々過ぎて、さとりは何を出せば良いか全く想像がつかない。

…ここで完全に固まってしまった。

 

あれ?何を作れば喜んでもらえるのでしょう。…困りました。

 

固まったさとりにお空が不思議そうな顔をする。

「…どうしたの?さとり様。」

 

 

 

「……ねぇお空、何を作ればいいと思う?」

 

特別に美味しい料理で喜んでもらおうという計画は、はやくも破綻しつつあった。

 

 

 

…思い付かないわ。どうしましょう。

 

(いつも食べてる料理は駄目なの?)

 

「いつもとは違う物を作って、お出ししたいわ。」

 

少し悩んだあと、お空は別の案を出した。

(鍋はどうかな、さとり様。)

 

鍋…鍋ね。私が作った料理とは言えない気もしますが…。

何も思い付かないし、それがいいわね。今から考えても、失敗しそう。…むぅ。

 

出来れば自分で作りたかったさとりだったが、残念な事にさとりはお空の出した鍋という案よりも良い案が出そうになかった。

 

どうにも連れてきた鴉は、この館の主よりも役に立ちそうだった。

 

「…それは良さそうね。ありがとうね、お空。」

 

「鍋だ!嬉しいな。…鍋だと私のお手伝い、いるかな。」

 

「休んでいてもいいわよ。」

 

(さとり様をお手伝いしたいな…。)

 

本心からお手伝いしたいと思っているお空には、さとりもその意を汲み取らざるを得ない。

 

何か手伝ってもらうことは…。そうね。

「こいしはいたかしら?」

 

「どうだろう。七日は見てないよ。」

 

最近は地底にいた筈なのですが…。温泉の浴衣も減っていたし…。

 

「ならお空、お燐を呼んできて頂戴?」

 

「はぁい。行ってきます。」

 

「ええ、気をつけてね。」

 

一人残ったさとりは鍋の具材を集め、台所の包丁で細かく切って分ける。

昆布のだしなんて高級なものはなかなか使わないが、今日は特別だ。

 

やがて準備が整ったので、食堂に持っていく。

 

「さとり様!連れてきたよ!」

…丁度お空達も帰ってきたようだ。

 

「さとり様、鍋なの?」

 

「ええ、鍋よ。お燐、火で温めてだし汁を作っておいてほしいわ。人参や豆腐はもう入れてあるから。」

 

「いいよ!任せて。」

(さーてどのくらいの…あれ?こいし様の分を考えても多いね。)

さとりは、毎日居るかもわからないこいしの分の料理も作ってきた。

 

「今日は、パルスィさんもいるのよ。」

 

「…うそぉ。」

 

「仲良くするのよ。…してくれると嬉しいわ。」

 

「…わかったよ。さとり様。」

不服そうなお燐はさておき、パルスィを食堂に呼びにいくことにした。

 

外はそろそろ暗くなってきている。

廊下は、油を使った照明に照らされ、仄かに明るい。

部屋についた。

 

「パルスィさん。そろそろ夕食ですので食堂に来て頂けますか?」

 

少しして、扉が開けられた。

「…丁度良かったわ、さとり。この子、預かって頂戴。」

 

げっそりとやつれたパルスィが、こいしを背負って出てきた。こいしの方は幸せそうにおぶられて寝ている。

 

え?なんでこんなところにこいしが…。

…もしかして、お疲れだったのにさらにご迷惑を…?…とにかくこいしを受け取らないと。

 

「こいしは私がおんぶしますから。」

 

(すぐにそうしてほしいわ。)

 

パルスィからこいしを受け取り、食堂に案内する。

 

「何があったのですか?」

 

(…部屋に連れていってもらったとき、後ろに居たって言っていたわ。…貴方の妹、自由すぎないかしら。…休ませなさいよ。)

半ば死人のようにのろのろとパルスィはついてくる。目にもくまが出来ているように見える。

 

ああ、やっぱり迷惑をかけてしまったわ…。

「それは、御免なさいね。」

 

(疲れたわ。今日の食事は何なのかしら?)

 

「鍋ですよ。」

 

(鍋…久しぶりね。)

 

「お好きですか?」

 

(鍋が嫌いな妖怪はいるのかしら?)

 

確かにそうですね。良かった。嫌いと言われたらどうしようかと。

 

「うあー。んー。…ん?お姉ちゃんだ。おはよう。」

 

こいしが目覚めたようだ。

伸びを急にしたので、一瞬体勢を崩しそうになったが、こいしを落とさずにすんだ。

 

「いい夢はみられたかしら?」

 

「忘れたー。あ、橋姫さんもおはよう。」

 

「…おはよう。次からはもっと大人しくなさいな。」

 

「考えとくよー。」

 

(本当かしら?)

 

こいしはパルスィに迷惑はかけてしまっていたようだったが、どうやら仲良く出来たようだ。こいしは笑顔でパルスィに話しかけている。

 

どうにか仲良く出来たみたいですね。パルスィさん、こいしと遊んでお疲れでしょうし、温泉でも勧めたら良さそうですね。本当に誘って良かったわ。

…休みたかったパルスィさんには申し訳ないですけど…。

 

「温泉がありますので、あとでもよろしいのでゆっくり入って下さいね。」

 

「温泉!?…もっと早く言いなさいよ。」

(何かしら、この館。温泉もあるの?妬ましすぎないかしら?)

 

「ふふ、御免なさい。ここの一つ下から入れますよ。とてもいい湯です。」

 

ほどなくして食堂についた。味噌の良い香りがする。

 

「ん!見たことある妖怪!」

「…お姉さん、久しぶりだね。」

「もう食べられるの?」

「よく見てよ、お空。もう出来ているよ。」

「あれ?こいし様だ。」

「お燐だ!久しぶりだね!お空も!」

「こいしさまだ!」

 

(貴方の家族、仲がいいわね。)

「ええ、もちろんです。」

 

 

「準備してくれてありがとうね、お燐。さて、皆で頂きましょうか。」

 

さとりにとって絶対に忘れられないだろう夕食が始まった。

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