地霊殿に泊まると決め、さとりに部屋に通されたパルスィは、まず眠ろうと考えていたが、どうにもそれは叶わないようだった。
*水橋パルスィ視点
ここが私の泊まる部屋ね。いい部屋じゃない。…広いわね
寝具の上に腰かける。旧都の宿屋とは大きく違う部屋だが、パルスィはそろそろ慣れてきた。部屋を見渡すことも止め、早めの睡眠に入ろうとした。
パルスィは横になったが、すぐに体に重くのしかかる違和感を感じた。
…重いわね。体の疲れかしら。…早く眠りにつきたいわ。
不自然な重さは無視をすることにして、眠りにつくために何も考えないように―
「寝ないでよーーっ!」
「うわああああ!だっ、誰よ!」
「むー…。気付いてくれなかった。こっちを見てよ。」
心臓が破裂するかとまで大きく脈打ち、鼓膜が破れたかと思うほど耳鳴りがする。
のしかかる重さをはねのけて起きようとしたが、下半身が持ち上がらない。
パルスィは事態の整理はつかないが、体の上に誰かが乗っている事は把握出来た。
目眩のする目で目の前の妖怪を見やる。
帽子、黄色い服、緑の…パルスィはその服装に見覚えがあった。
「…貴方さとりの妹のこいしね。」
「わ!すごい。よくわかったね。」
「会ったことあるでしょう?」
「あるよ。」
「なら分かるわよ。…降りてくれないかしら?」
「ペットは覚えてくれなくて…。貴方は覚えられるのね!」
「…降りなさいよ。」
「私を覚えられる妖怪は少ないからねー。他の妖怪よりも精神に重きを置いているのかな?」
丁度仰向けに寝ていたパルスィの腰辺りにのしかかっているこいしは、パルスィの発言を無視して、会話を続けてくる。
先程の叫び声で頭痛もしてきたパルスィだったが、この状況では如何ともし難い。
降りてくれるよう再三要求する。
「…とりあえず降りてくれたらお話してあげるわ。」
「私は乗ったままで大丈夫だよ。」
「私は貴方が乗ったままだと大丈夫じゃないの。降りてくれない?」
「どうしようかな…。」
「降りなきゃ、どかすわ。」
「あら、ひどいわ。」
ここでようやく降りてくれた。…いつの間にか壁の近くの椅子に腰かけている。
うーん?いつこの部屋に入ったのかしら。私はさとりと二人でこの部屋に歩いてきた筈だけど。…頭が痛いわ。
「貴方いつから居たのよ。」
「私は貴方の後ろに居たよ?」
「後ろ?振り返っても誰も居なかったと思うのだけど。」
「でもそこには私が居たよ?」
…話が噛み合わないわ。姉が姉なら妹も妹ね。
「…貴方も私が見えなかったのね。次は見つけてみせてよ。」
目の前の少女は頬を膨らませ、怒りを表す。それに伴い袖が上下に振れる。
みたところうわべだけの怒りだ。
「…善処するわ。」
「最後までしない宣言だよね。それ。」
「それより貴方、私のペットにならない?」
…は?地霊殿に住む妖怪って皆頭がおかしいのかしら?早く眠りたいのだけど。私の寝る部屋よ。出て行って欲しいわ。
「嫌よ。他人のペットなんて。」
「私の名前を覚えられるペットがね、欲しいの。貴方のご飯もお姉ちゃんに頼むから。」
「首輪もつけないから、ね?」
何処からか鎖の首輪が出てきた。じゃらじゃらと官能的な音を鳴らすが、パルスィには響かない。
「首輪なんて生憎、そんな趣味は無いわ。」
「食事もお姉ちゃんが保証してくれるよ。貴方はお姉ちゃんの友達でしょ?」
友達?まあ知り合い程度ね。
「友達かどうかはともかく、ペットなんて嫌よ。」
「駄目…?お姉ちゃんばかりいいペット飼って…。私のペットは皆私を見つけられないの。」
これは…。妬みね。
「あら、貴方。姉が妬ましいのかしら?」
掴み所を一切見つけられなかったパルスィが唯一共感できる話題が回ってきた。ここを逃せば彼女が主導権を握ることが出来そうな話題が来るとは思えない。
頭痛の種には早々にご退場願いたかった。
「姉が妬ましいのなら直談判しに行きなさい。本人の前で妬むと調子が上がるわよ。」
出任せである。しかし、あながち間違いでもない。…パルスィにとっては。
目の前のさとり妖怪?は少々悩んだかのように見えたが、やがて口を開いた。
どうもパルスィの望み通りに事は進まないようだ。
「お姉ちゃんを妬んでる訳じゃないけど…。それに、直談判したところでくるのは同じような子ばっかり。だから貴方みたいなペットが欲しいのよね。」
「御免被りたいわ。部屋の出口はそこよ。」
「ぶぅ…いけず…少し譲歩してあげる!私とお話するかペットになるか!」
どこをどう譲歩すればそうなるのかは理解出来なかったが、退出してくれない様だ。力ずくで追い出すには疲れすぎた上に、相手の実力も未知数なので、パルスィは困り果てる。
…仕方なく次善の策をとることにした。
頭痛は酷いが、ペットよりましだ。
自由過ぎないかしら。妬ましい。頭もいたいし…適当に相槌でもうって、出ていって貰いましょう。
「わかった。わかったから落ち着きなさい。お話してあげるから。」
「そうこないと!何から話す?血の池地獄の話?お姉ちゃんの話?地上の話をしてあげてもいいよ。貴方のお話も聞きたいな。」
このような導入で会話が始まったが、パルスィはすでにげんなりしてきた。
眠い…。話、終わらなさそうね。出来るだけ手短に話を切り上げさせましょうか。
「貴方の好きなお話でいいわ。」
「ならお姉ちゃんの話!」
「…それでいいわ。」
「お姉ちゃんはね、地底で一番名が知れ渡っている妖怪だよ。すごいよね。」
「ええ。すごいわね。」
「お姉ちゃんの名前を出せば何処にでも行けるし、賭場にも入れるの。」
「ええ、すごいわね。」
「お姉ちゃんはね、ここに来てから旧都を大きく変えたんだよ!」
「ええ、すごいわね。」
「お姉ちゃんはね、地底の唯一無二の纏め役なんだよ!」
「ええ、すごいわね。」
「なのに一番嫌われている。なんでだろうね。」
「ええ、すご…どうしてでしょうね。」
「施政者に文句を言うことしか出来ない能無しがさ。」
「ええ、す……貴方もう少し優しく話したらどうなの?」
うん?こいしってこれだけ口が悪かったかしら。私の記憶と違うわ。
目は覚めたが、こいしの話が繋がらない。
「お姉ちゃんがどれだけ見た目麗しくて素敵で賢いのか皆分かってくれないの。貴方は分かるよね?」
…話は合わせた方が良さそうね。
「…妬ましくなるくらい素敵な妖怪ね。」
「そうだよね?…でも私の方が物知りだよ。」
彼女の言いたいことが理解できない。すでに、話の先は彼女達の手中からこぼれ落ちていた。
「…貴方は何が言いたいのかしら?」
「心を読めるお姉ちゃんは心しか読めない。
…私、知ってるの。さとり妖怪だったから。心は読めても自分の気持ちは分からない。相手の行動も読めないの。」
自分の心?それに、さとりなら行動も読めるはずよ。私も読まれたわ。
「…さとりはさとり妖怪でしょう?心を読んだら行動は読めるはず―
「お姉ちゃんは心を読めば何でもわかると思ってる。沼の上澄みを見て沼を覗いた気でいる。ほんとは沼には恐ろしい沼の主がいるのに。」
部屋は静まり返った。
パルスィには話の全容がわからない。話の繋がりもわからない。すでに頭痛もどこかへとんでいた。
こいしは椅子に座り、こちらをじっと見つめてくる。
「もしかしたらお姉ちゃん、私よりも壊れちゃうかもしれない。」
「その前に、助けてあげてね?」
脈絡のない矢継ぎ早の会話から、有無をいわせぬ要求。
古明地家の妹は彼女の手には負えない様だ。
「…任せなさい。」
「…良かった。」
「それなら次は貴方の話!どんなお話を聞かせてくれるの?」
がらっと空気が変わる。
パルスィには、先程までの暗雲が垂れ込めているような、重い空気の面影すら感じ取れなかった。
「私は話したわ!貴方も話して?」
いつの間にかパルスィにおぶさり、背中に頬を当てて抱きついてきた。この変わりようには困惑しかない。
さっきと雰囲気違いすぎないかしら?話すことなんてそうないわね。…話したんだから出て行って欲しいのだけど。出ていかないでしょうね。聞きたい話だけさせて、すぐに帰らせようかしら。
「何か聞きたいことはあるかしら?」
「貴方って顔広いよねー。最近旧都でどんなことがあったの?」
旧都…旧都ね。最近はあまり行ってないわね。
「ちょっと前に宴会が有ったわ。」
「宴会の話はつまらないかなあ。他には?」
「力自慢大会が有ったわ。」
「それもよくあるよ。他には?」
「…何かしてたかしら。」
「何もしてないよ。」
「なら話すことなんてないわ。残念ね。」
「ぶぅー。」
「…なら貴方とお燐との喧嘩の話を聞かせて。」
お燐。この館に居たわね。泊まったのはいいけども、会うかもしれないのね。…気まずいわ。
「お燐は私より強かったわ。妬ましい。」
「…へぇー。お燐、やっぱり強いんだね。」
「喧嘩を売られて、断ろうと思ったら火の玉を撃ってきたの。」
「……お燐そんなこともするんだね。」
「恐ろしい速さの弾幕が私の方に向かってきて、一回目は避けたのだけど。」
「………うん。」
「二回目には当たってしまうと思って、…聞いているのかしら?」
…反応がない。
「まさか…寝たの?」
嘘でしょう?話すだけ話して、他人の背中で寝る?冗談じゃない。寝たいのは私の方よ。
どうやら自由奔放な少女は話をせがんでおいて、睡眠に入ったらしい。
こいしは軽いとはいえパルスィも疲労が溜まっている。この状態は辛い。こいしの体温が高いのは冬なので構わないが、背中は汗が出る。
動くにも動けない状況で、寝ないでと叫んだ少女が寝ているのはパルスィにとって中々に腹立たしい。
寝ないでっていったのは誰よ。睡眠に入らせてくれなかったのは誰よ。
…はぁ。こんな小さな女の子に怒るなんて馬鹿らしい。…見た目と齢は違うのだろうけどね。
背中に伝わる熱さと疲労、睡眠出来なかったことによる倦怠感で、パルスィの生気は失われていく。
そのうちにさとりが部屋を訪れ、食事の時間だから来て欲しいと伝えに来たことは、パルスィにとって不幸中の幸いだった。