この橋渡る者無きこと長し   作:塵紙驀地

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泡沫

パルスィを連れてきて、食事の用意も出来た。

大切な客人が居る上に、珍しくこいしも居る。このような日ははじめてかもしれない。

先程の一言で、皆椅子に座り、食事の準備が整ったようだ。

それぞれの目の前に、一つずつ鍋が置かれている。小ぶりの鍋だが、具材はとてもよい物だ。

 

抜け殻になりかけていたようにみえたパルスィも多少は気力を取り戻したか。

そう見える。

 

*古明地さとり視点

 

どうしましょうか。パルスィさん半ば死人のようです。先程よりかはましですけどね。

あ、皆席に座りましたね。

 

「ではいただきましょうか。」

 

「「「「「いただきます。」」」」」

 

さとりは、食事をとりはじめた直後から、最大限第三の目を向けて、パルスィの感想を一言一句聞き漏らさないようにする。

 

お味はどうでしょうか。美味しいでしょうか。

…緊張します。いつぶりでしょうか。知人に料理をお出しできたのは。

 

「…?お姉ちゃんも食べたら?」

 

「ひゃっ!…今食べるつもりだったのよ。」

 

「そっかー。」

 

予期せぬ時に、こいしから声をかけられ、自分の行動が周りから見たらおかしなものと気づく。このままでは訝しまれるので、さとりも鍋を食べることにした。

 

…私もいただきましょうか。鍋を温めたのはお燐ですが、作ったのは私ですから。

 

…我ながら美味しく出来ましたね。牡丹肉の臭みもとれていますし…。

(美味しいじゃない。)

やりました。作った甲斐がありましたよ。

「美味しいですか?良かったです。」

 

(どうやって温めたのかしら。火鉢がないようだけど。)

 

「温めたのはお燐ですよ。」

 

「ふふん、お姉さん、あたいにもっと感謝してよね。」

(さとり様は私を必要としてくれるのさ。)

 

お燐はいつもより得意気だ。

「そんな細かい芸当まで出来るの?私には出来ないわ。」

 

「でしょ?お姉さん。」

 

「お燐はいつも私を助けてくれますし、信頼しているわ。」

 

お燐ははにかみながらまた鍋に集中し始めた。さとりから褒められ、口角が上がっている。

 

(お燐ばっかりずるい!私もほめてほしいなあ。)

「…。」

 

お空はうつむいてしまった。

さとりは目敏くこれを見つけ、気配りを欠かさない。そうでなければさとり妖怪とは言えない。

このことはさとりの一種の矜持であった。

 

お燐を褒めたからすねてしまったのでしょうか。…お空はやっぱり可愛い所がありますね。

 

「…お空もいつもありがとうね。灼熱地獄の管理、助かってるわ。」

 

「…えへへ。」

 

お空をすぐに撫で回したいが、いまは食事中。控えることにした。

 

「ねえ、こいし。私達は何を見せられているのかしら?妬ましいとは思わない?」

 

「…だから貴方にペットになって欲しかったの。」

 

「嫌と言っているでしょう?」

 

「むぅー。…まあこの会話はいつものことだから。」

 

「仲睦まじいこと。…妬ましいわね。」

 

「うらやましいわねー!」

 

そこまでいつも褒めている訳では…ない…ような。

それに、パルスィさんをペットに?

こいしにパルスィさんを独り占めされるのは少し嫌ですね。

どうしてペットにしようとしたのでしょうか。こいしはもっとペットが欲しいのかも知れませんね。あとでペットを増やしてあげましょう。

 

妹の心姉知らず。

見当違いの予想をたて、さとりは満足した。

 

そんなことよりも鍋だ。野菜はまだたくさんある。

 

「この時期は春菊が美味しくてですね。庭でもとれるのですよ。」

 

「それも羨ましいわね。」

 

「あ、話さなくても結構ですよ。私は心が読めますから。どうぞ食事に集中してくださいね。」

 

(流石さとり妖怪。妬ましいわ。)

 

否定されないことは嬉しいことですね。

あとで温泉もご案内しましょう。

 

(さとり様、さとり様。あたいも春菊を)

 

確かにお燐の鍋だけやたら具の種類が少ない。

お燐からすれば猫と火車は違うかも知れないが、さとりにとっては他の猫と同じように食べていいもの、悪いものを振り分けていた。もし何かあったら困るからだ。

 

「駄目。よその猫が苦しんでいたのを忘れたの?」

 

「お燐春菊食べるの?さとり様は駄目って前も言ってたよ?」

 

「そうは言ってもお空。」

(あたいの鍋だけ貧相だからさ。ちょっとだけ。)

 

「諦めなさい。…大根とこのお肉あげるから。」

 

(すでに大根どれくらい入ってると思ってるのさ。貰うけど。)

 

お燐の鍋には牡丹肉と大根、芋ばかり。気の毒だが、さとりにはどうしようもない。

 

「…ごちそうさま。美味しかったわ。」

「んー…。私もごちそうさま。お姉ちゃん流石だよね。」

 

え?もう食べ終わったのですか?あ…食べ終わっていますね。おかわりしてもいいのに。

 

そうこうしているとパルスィとこいしは食べ終わったようだ。

さとりは食べる速さに驚くがなんのことはない、さとりは心を読んで、話すので、必然的に食べるのは遅くなる。

 

心を読めば、本心から美味しかったと思ってくれていたことにさとりは満足した。

 

「もうよろしいのですか?まだ具材はありますので、おかわりも出来ますよ。」

 

(生憎だけど、そんなに食べられなくてね。…出来れば食べたいのだけど。)

 

「そうですか。こいしももういいの?残っているけど。」

満足して頂けたようです。良かった。

 

「お燐にあげるよ。」

 

「こいし様春菊もください!」

 

「いいよー。」

 

駄目に決まっています。没収ですね。

 

「ありが

「駄目です。」

 

「分かってたよ…さとり様。」

(あーあ。とられちゃったね。春菊食べてみたいなぁ。)

 

どうしてそこまで食べたがるのでしょうか。食べたことない食材は気になるのですかね。読めば分かるとは思いますけどね。

 

「春菊はお空にあげなさいね。」

 

「はいお空。よく食べるね。」

 

「おいしいから。」

 

(…ますます食べたくなったよ。どうしてくれるのさ。)

 

お燐にも味わってもらいたいのですが、何かあったら恐ろしいです。

 

春菊について考えていたら、パルスィのことを失念していた。こいしはすでにどこかに消えていった。見つけるのは至難の技だろう。

 

「…部屋に戻っていいかしら?」

 

「ええ、場所は…。覚えているようですね。ごゆっくり。あとで温泉に案内しますので。」

 

二人は部屋から出ていった。

 

さとりは残ったお空、お燐と何時ものように食事を楽しむのだった。

 

 

 

 

 

 

食堂から歩いて数分、彼女の部屋にたどり着いたパルスィは手持ち無沙汰となった。温泉に入るためには、ここで寝てしまってはいけない。眠気は我慢することにした。

 

*水橋パルスィ視点

 

鍋、美味しかったわ。鍋なんて本当にいつぶりかしら?味の濃さも丁度良かったし、料理が上手なのかしらね。館の主が料理出来るのも、また妬ましいわ。

 

パルスィは部屋の中の椅子に座り、することがないので辺りを見渡すことにした。

先程は眠くて見つけられなかったが、部屋の端に木で出来た本棚を見つけた。数冊本がたてられている。

一番薄いものを手に取る。

 

『浮世草子』

浮世絵かしら?

 

取り敢えず見てみることにした。

めくれどめくれど浮世絵ばかり。

 

うーん…。面白くないわ。私に絵はわからないもの。

 

パルスィのお気には召さなかった。ぱたんと閉じて棚に戻す。

 

近くにあったもうを一冊手に取る。

 

The Grimoire of anonymous

読めすらしなさそうだ。表題も読めない。

 

残りの本もどうせこんなものね。はあ、もっとよい本があれば良かったのに。

 

ここでパルスィは完全に本への興味を失い、することが本当になくなってしまった。

何も考えずに部屋の壁を眺めていると、視界の端に動くものがある。

 

 

 

 

………。…?

 

 

 

近寄ってきたその動くものを左手で無意識に掴みとる。

 

「わ!」

 

うわ!…何よこれ。

「…これは…こいし?どうしてここに居るの?」

 

「貴方…さっき見えたの?」

 

帽子のずれを直しながらこいしが聞いてきた。

パルスィは無意識にこいしの頭を掴もうとしたため、こいしが言った「見えた」が何を指すのか分からない。

こいしは焦っているように見える。本当に焦っているかは分からないが。

 

「見えた?私が何を見たというのよ。」

 

「私。」

 

「今目の前に

「違うよ!さっき…。見えたんでしょ?

でも………ううん、大丈夫。貴方はこっち側じゃない。」

 

「他人には分かるように話すって教わらなかったのかしら?」

さっき?私がさっき何をしたと言うのよ。分かるように話しなさいよ。こっち?どこよ。

 

「もう大丈夫。大歓迎だよ!」

 

こっち側とは何か、聞く前にこいしの中で自己完結したか。

パルスィについぞ話してはくれなかった。

こいしは目の前に立って顔を覗き込んでくる。

 

「それにしてもすごいわ貴方!どうやって私を見つけたの?」

 

…どうやってこいしを見つけたのかしら。

「…分からないわ。」

 

「うん!知ってるよ。相当暇してたんだね。」

 

こいしは先程まで居なかったはずなのに、心情を的確に当ててくる。第三の目は閉じているはずなのに、心を閉ざした妖怪とは思えなかった。いつの間にか寝具の上で足をぶらぶらさせている。

 

…どうして私が分からないことを知っているのかしら。わけがわからないわ。

 

「暇なのは確かよ。」

 

「寝ないの?」

 

「温泉に入りたいのよ。あとでさとりが案内してくれるって言ってたわ。」

 

「そう?お姉ちゃん食事長いよ?私が案内してあげる。」

 

さとりに不義理な気がするわ。でも退屈で寝てしまいそうだし。どうしようかしら。

 

「さとりが案内してくれるっていってたのよ。先に向かったら悪いじゃない?」

 

「別にお姉ちゃんにそこまで気を遣う必要ないと思うけどなぁ。お姉ちゃん、頭がいいから、貴方がどこにいるかなんてお見通しだよ。」

 

「そうかしらね。」

 

「それに、ごはん食べる前に場所は聞いているでしょ?」

 

記憶を探ると確かに、何か言っていたような気がする。

 

そうだったかしら…。ああ、途中の階段で下に降りたら温泉とか言っていたわね。

 

「お姉ちゃん、どうせ貴方と一緒に入りたいだけだよ。部屋に居なきゃ温泉に来るって。」

「いま待ったらそのうち寝ちゃうよ?」

 

ぐいぐい来るわね。

…置き手紙でも置いておきましょうか。

…普通に紙が置いてあるのもまた裕福ね、妬ましい。

 

紙はまだ安いわけではない。それなのに各部屋に置いてある辺りも地霊殿の裕福さを示していた。

断りきれそうになかったパルスィはそれで妥協する。その旨を書き置きをしておいた。

 

「そうね、なら先に入ろうかしら。」

 

「分かった!こっち!」

 

仕方ないとパルスィが立ち上がろうとした時にぐいっと手を引っ張られた。

柔らかい手がパルスィの手のひらを包む。

 

こいしはそのまま廊下を突っ切っていくが、なんとも歩くのが速い。

 

「ちょっと歩くのが…!」

 

「…他の妖怪とお風呂なんて久しぶりだよ!」

 

いつも一人で入っていたのだろうか。こいしは嬉しいのだろう。

旧地獄の端に一人でいたパルスィにも共感出来ることだった。

 

目まぐるしく周りの壁が後ろへ流れていく。視界から入る景色は変わらなく見えるが、すでに長い距離を歩いたようだ。

「ここが入り口だね。」

 

遠かったわ。もしかしたら迷っていたかも知れないわね。…疲れた…早く温泉に入りたいわ。

 

「さ、入ろ?」

 

振り返ったこいしは淡い笑みを浮かべていた。

 

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