この橋渡る者無きこと長し   作:塵紙驀地

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ひとはだこいし

さとりがなかなか呼びに来なかったため、こいしがパルスィを温泉に連れてきてくれた。辺りは暗いが、脱衣所はそれなりの明るさであった。

地底に温泉は多数あったが、衛生面での安全は保証されていない所が多く、このような清潔なお湯に浸かれることはそうそう無かった。

 

*水橋パルスィ視点

 

温泉…。この館、何でもあるわね。私にもこのような温泉が近くにあればいいのに…。

 

「何を考えてるの?」

こいしが語りかけてきた。さとり妖怪に思考を聞かれる事態にはパルスィもすこし感情の揺れを感じる。

 

「何を考えているかさとり妖怪に聞かれるとは何とも感慨深いわね。」

 

「心が読めないさとり妖怪はさとり妖怪じゃないと思うけどなぁ。」

 

「そうかしらね。妖怪なんて変わらないわよ。」

 

「妖怪なんて少し違えば別の妖怪だよ。」

無駄な会話は平行線を辿った。意味のない会話はここで途切れ、 また別の会話が始まった。

 

「折角温泉に入るんだからさ。お酒でも持ってくれば良かったね。」

 

ああ、お酒。思い付けば持ってきたのに。まあ、私は持ってないのだけれどね。勿体ないわ。

 

「無いものは仕方無いわ。」

 

「あーあ、勿体ない。お姉ちゃん、お酒持ってきてくれるかな。多分お姉ちゃんは貴方と話したいから持ってきてくれると思うよ。」

 

「持ってきてくれるといいわね。」

 

こいしの話を聞いていれば、さとりはパルスィと話したいらしい。しかし、パルスィには本当にさとりがパルスィと会話したいとは思えなかった。

 

うーん?さとりが私と話したい?こいしは何か勘違いでも起こしてそうね。こいしはさとり妖怪辞めたらしいし。私と話したいなんて変なの。

 

「そうは思えないのだけれど。」

 

こいしは上の服を脱ぐのを一旦止めて、此方を向く。張り付いた幸せそうな顔に、パルスィを向く輝く目。その目にパルスィは写っているのか。

綺麗で整った顔は、まさにちぐはぐな人形そのものに思える。

パルスィには見えないものが見えているのか、パルスィはその目に引き込まれていく気がした。

 

「最近ね、お姉ちゃん楽しそうなの。」

 

楽しそう?さとりっていつもあの感じじゃないのかしら。前は違ったの?

「私と会う前は何か違ったのかしら?」

 

「全然違うんだよね。本当にお姉ちゃんなのかな?」

 

妹の発言とは思えない発言ね。さとりに聞かせたら何と言うか。

「姉くらい本当に姉かどうか見極めなさいよね。」

 

「冗談だよ。」

 

冗談にもならない冗談を言い、いつの間に脱ぎ終わったのだろうか、こいしは温泉に向かっていった。

ようやくパルスィも服を脱ぎ、脱衣場のざるに置き、温泉に向かう。

湯煙は天然温泉だからだろうか、独特なにおいがした。パルスィは原理は知らなかったが、温泉特有のにおいとは知っていた。水面は所々に点在する灯火の光を反射して輝いている。

 

温泉の湯気に覆われ、そこにこいしは立っていた。

こいしの後ろ姿は絵画にでも出てきそうな美しさだった。

湯気によってぼやける細い肢体は何ともいえぬ艷を醸し出し、姉とは対照的なうねりを持つ長い髪は、その少女が振り返ると誰もが注目するような美しい髪だ。

残念なのは、こいしが堂々と仁王立ちし、腰に手を当てていた妖麗さを一切感じられない姿勢をしていたことだ。

このような魅力的な容姿を持てど、誰にも注目出来なかった。それは誠に残念なことだ。

 

「綺麗な温泉ね。」

 

「そうでしょ?温泉がわくのも、お燐とお空のお陰なんだよね。お姉ちゃんも掃除して綺麗にしているみたいだし。」

 

へぇ…お燐ね。お燐のお陰で温泉に入れるなら感謝してもよさそうね。

 

「お燐やお空が?やっぱりすごいのね。お燐とか猫なのに。」

 

「猫なんて言ったらあたいは火車だよー!とか言いそうだね。」

 

そう話すお燐の表情と仕草が、パルスィの頭をいとも容易く占有してしまった。

 

ふふ、頭に浮かんでくるわね。火車だとしても猫みたいよね。お燐。

「そうね。でもお燐は猫じゃないの?」

 

「猫じゃないみたい。ねずみあげたら怒ったもの。」

 

「怒るに決まってるじゃない。」

…ねずみなんて災難ね。同情するわ。

 

猫扱いはもしかしたらお気に召さないのかもしれない。

そこで横から風が吹き抜け、風が彼女に冬に温泉前でただ立っているだけという行為の愚かさを教えてくれた。よく見ると、すでにちゃっかりとこいしは温泉に入っていた。

 

寒い…。早く入りましょ。

 

「貴方は温泉に入らないの?」

しようかと考えていたことを丁度聞かれると少しだけ苛立つ。そう思うとすでにこいしが入っていることも気になった。

「…今入るのよ。」

 

「どうしたの?怒ってる?」

一過性の苛立ちは本人から聞かれるととたんに恥ずかしくなる。軽い苛立ちはたち消えていた。

 

これじゃあ心が狭いみたいね。誰のせいでもないのに変に苛立ってしまったわ。

「…何もないわ。」

 

「うん、貴方も隣に来て?」

 

断る理由もなかったパルスィは言われるがままこいしの左隣に座る。丁度適温だ、下半身から温かさが伝わってくる。

 

これぞ温泉の醍醐味とでもいうか…、気持ちいいわね。

こいしは―

 

湯気はこもっているが、これだけ近寄れば顔の表情まではっきりとわかる。

なぜかこちらに視線を感じる。

 

…?どうかしたのかしら。なぜ私を見るの?

 

「…貴方、死んだらいい死体になると思うの。」

 

死体?まだ死にたくないわ。

「生憎、まだ死ねなくてね。」

 

「そうじゃなくてさぁ…。」

 

訳がわからないわ。会ったときから、こいしは何が言いたいのか分からないわね。…そういえば初対面の時に死体の話をしたような…。変なの。

 

パルスィは考えることを止めた。

 

胸…。

 

こいしが最後にした呟きはパルスィには聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

こいしと一緒に何も考えずにぼけーっとしていると、湯煙の中に何やら人影が見えてきた。

見えてきたのは小柄な身ぶり。おもむろに声をかけてきた。

 

「…なんで先に行ったんですか?」

 

ずかずかと歩き、頬を膨らませ、すねるこの少女、これだけを見たら誰もこの妖怪がこの館の主とは思えないだろう。

 

ばしゃっ、と大きめの音をたて、地霊殿の主がパルスィの左に腰かけてきた。

 

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