夕方にはこいしに起こされてよくわからない話をされ、
夕食ではお燐ににらまれ…これは大したものではなかったが。
温泉ではさとりが急に泣き出すなど、
落ち着くといった環境とは真逆の宿泊となってしまっていた。
パルスィの前にはさとりがいるが、結局放置することはできず、宥めすかしてどうにかここまで大人しくさせることができた。
*水橋パルスィ視点
地底の管理者なんて御大層な役回りをさせられると、心を病むのかしらね。私には到底出来ないわ。で、そのさとりなのだけれども…。
「嫌わないわ…嫌わないから。いつまで背を向けているの?」
「まだこのままがいいです…。」
「この姿勢、疲れるのだけれど。」
「…ごめんなさい。」
「話すなら、何を話したいのかしら?」
「こいしのこと…。」
うーん…結局は子供上がりね。どれだけ私に居丈高に怒りを表したところで、…まあ子供は子供ね。
さとりを子供と思ってしまうのは、見た目に引っ張られているだけかもしれないけれど。
話すことが家族のことなのは、やはり似たり寄ったりとでも言おうかしら。
「私の大切な唯一のさとり妖怪の妹ですよ。」
「知っているわ。」
…さとり妖怪ね。心が読めなくてもさとり妖怪ね…。
こいしはさとり妖怪でないなどということは、さとりには受け入れがたいことなのだろうか。
こいしの前ではこいしの、
さとり妖怪でない
と、言ったことを否定しなかったさとりだが、心のなかではそう思っていたようだ。明確にこいしはさとり妖怪と語ってきた。
「あ、今生きていると知っているなかでですよ?」
「それは、まあ…。そうね。」
さとり妖怪なんて、他に見たことないもの。
「こいしは優しくて、周りなんて…気にしないで生きていけたらどれほど良かったか。」
鼻をすすりすぎよね。それにしても、今では気にしないで生きているのに。…こいしにそんな時代もあったのね。
「今は違うようだけど?」
「まさか、こいしは優しいまま。…私を忘れることも出来なかった。信じられなくなっても、この世の全てを忘れることが出来なかったんです。」
優しいなら、寝ようとしている妖怪を起こさない。納得できないわね。
…貴方が考えているほど、こいしは全てを忘れようとしたわけではないと思うわ。
パルスィはパルスィなりのこいしへの考察を持っていた。さとりとは大分違うものだ。さとりの考えもまた当たっていたが、パルスィの考えもまた外れてはいないものも多かった。どちらも何が正しいか知るすべを持たないため、二人の間では平行線をたどるしかないものだったが。
「で、貴方はこいしの自慢だけがしたい訳ではないのよね?…そろそろ離れていい?」
「…。」
肩がこわばるわ。温泉なら疲れが癒せることが多いのだから、もっと体を預けて入ったほうが楽ね。
「で、何を聞いてほしいのかしら?」
「あ…あのですね、嫌われていないってのは、貴方に教えてもらったので、そこはいいのですが、空回りしてばかりで。」
鼻をすすりながら話すんじゃあないわよ。温泉だからちり紙もないし…。
「あの、どうしたらよいのでしょうか。」
はー…。…まだ心を覗いて来ないの?
「貴方が思っているよりも、こいしと話してくれる妖怪が少ないと思うわ。」
「…えっと?」
「動物とふれあえば心が満たされる訳じゃないでしょう?」
「私は別に満足…。」
…なんでしょうねこの子。心が読めるのに、ずれているのよ。
さとりは確かに心を読める。その一方で、読めることが基準となった考え方になっているので、話すことがずれる。常識が違うなら、当然取る思考、行動も違ったものとなる。本人は全く気がついていないようだ。
「貴方は心を覗けるからね。」
さとりは頷くが、言わんとしていることがまだ分かっていないのか、曖昧な頷き方だ。
「ええ…。」
「動物とふれあっても私達は心を読んで、それに合った対応なんて出来ないの。だから可愛がるだけ。」
「貴方は動物とも妖怪と同じように会話できるのでしょう?」
「それは、もちろんのことですが…。」
「動物とふれあったところで、別に他人と会話したい!とかいう気持ちは満たされないものね。」
「その事は貴方も想像がついているのだろうけど、貴方が思っているよりは大きなことなのよね。」
「もしかしたら、こいしもそう思っていたのでしょうか…。」
しまった、また沈んだ表情に。…正面からだけだと頭が回る妖怪の慰めにはならないのね。勝手に反省されて、落ち込まれても困るわ。
「はいはい落ち込まないの。過ぎたことは仕方がないのだから。妖怪だもの。先は長いわ。」
「…そうですね。そうしますよ。…ならもっと話しあげたいのですが。どうしても仕事が…。」
さとりは思案を始めたようだ。顔は見えないとは言え、先ほどとは雰囲気がかなり違う。先ほどの薄っぺらい励ましが効を奏したのだろうか?パルスィはそうは思えなかった。
「そうです。この方がおりました。…あのですね?」
さとりが振り返った。
…とても嫌な予感がするわ。
「あ、嫌な予感とか思いました?」
おお、心を覗いてきたわ。とりあえず一安心ね。で、何が言いたいの?
「一安心なんて、そんな、また…。」
そこまで照れることではないわね。
「それは貴方の常識ですね。貴方は心が読めない妖怪の考え方しかできませんから。」
それはそうね。…それが何を意味するのよ。
「そんなことは貴方が知らなくてもいいじゃないですか。そんなことよりも…。」
「こいしと会ったら話して頂けますか?」
うわあ…。
「そうおっしゃらずに、こいしにはよく言って聞かせますから。」
…よく聞かせてなんとかなるとは思わないのだけど。
「いや、貴方がおっしゃった通り、どうやら貴方の言うことには、こいしは私のことをまだ慕ってくれているみたいですし?いけるかもしれませんよ?」
…いままでの慰めを嘘でしたとは言えないわね。
「嘘だったのですか?」
「まさか、本当よ。」
いっていたことは本当ね。慕っていることを否定してしまえば、適当に慰めたことになってしまうわ。私は頑張って慰めたもの。否定されては困るわ。
「そこまで本気で慰めてくれたのですか?…ありがとうございます。本当に。」
「できれば、その心を私の妹にも分けてあげて頂けませんか?」
無茶苦茶言うわね。
待ちなさい?こいしは無意識。私と会うことはそうそうないはずよ。それなら大したことなく終わるかも知れないわね。
「しっかり言い聞かせておきなさいよ?」
「受けていただけます?」
「任されたわ。」
「本当にありがとうございます。貴方にはどれほど助けられたか―」
…このあと長いわね。何もしていないのに。適当に切ってもいいわよね。
「はいはい、私はのぼせたから、出ていいわよね?」
「…そこまで長い時間入っていましたか。ええ、お休みなさい。…お酒、結局一度も触れませんでしたね。…温かい…。」
「…そういうこともあるわよ。お休みなさい。思い詰めるとか、馬鹿なことしないでよね。」
「もちろんですよ。まだまだ頑張らないといけないことがたくさん有りますから。」
パルスィは脱衣所まで戻ってきた。温泉から出たら肌寒いかと思われたが、火鉢など暖房器具が多く置かれていて、肌寒さは感じなかった。
ここまで火鉢置かれていたかしら。…気のせいね。
パルスィはざるの隣に丁寧に畳まれた服を着ようとして、服を持ちあげる。誰かが後ろから話しかけてきた。
「帰り道わかるの?」
帰り道ねぇ…。たぶんなら覚えているのだけれど。
「多分ね。」
「ふーん…。中には他に誰かいた?」
「あー…。さとりは居たけれど、今行くのはおすすめしないわ。やるべきことがまだあるようだし。一人にしてあげたほうないいわよ。」
わざわざ他人にさとりの悩みを教える必要はないわね。
「温かいでしょ。ここ。」
「それはもう。」
「私がやったんだよ。」
ああ、火鉢が多かったのもその妖怪のお陰ね。何妖怪かしら。
「へえ?貴方がやったのね。感謝するわ。」
「服を畳んだのも私。」
言われてみれば、丁寧に畳まれているわね。…ん?
「少し待ちなさいよ。」
「何?」
こんなことする妖怪なんて、ここにはあれしか居ないわね。
「こいし。服は畳まなくていいわよ。」
「やー…お姉ちゃんが心配でさ、出てくるかなとか思っていたら出てこなくて。もしかしたら沈んでいるのかなとおもったけど、貴方が先に出てきた。」
「お風呂長いよ。」
「貴方が外で待っているなんて、私は知らないもの。心行くまで温泉に浸かってきたわ。」
大体はさとりの話を聞いて終わったけれどね。
「待つほうの気持ちも考えてよ。」
「知っていれば、もしかしたら考えてあげたかも知れないわ。」
「それはどうも。それより、お姉ちゃんは本当にやるべきことを考えていたの?」
「まあ、嘘ではないと言えるほどにはね。」
「沈んでない?」
「沈んでいるわけないでしょう?」
「まあ、私は見たからお姉ちゃんは沈んでいないって知っているのよね。」
「なら聞くんじゃないわよ。」
「でももしかしたら沈んでいるかも知れないし。あとで謝っておかないとねー。」
「沈んでいるかはとにかく、姉にはもっと感謝の気持ちを伝えなさいよ。」
「そうよねー。そうするわ。」
「でもその前に多分帰り道を覚えている貴方を部屋までお連れしようかなって。」
「姉との話が先よ。」
「うーん。わかったよ。…ありがとね。お休み。」
「ええ、お休みなさい。」
話し終わり、こいしの姿が見えなくなったところで、着替え終わった。
さて、部屋に戻ろうかしら。…ここの階段を上がって…
ここ地霊殿、思ったより迷宮である。パルスィはおおよそ覚えてきたつもりだったが、おおよそではどこかしら記憶違いが起こる。ましてや疲れた頭だ。パルスィが一刻たつまえに自分の部屋を見つけられたのは非常に幸運であったといえよう。
そのまま倒れこむ。布団とは少し違う質感と重さだ。潜り込んだが、なかなか眠れない。
…これだけ疲れたら、すぐにでも眠れるはずよ。…眠れないわね。
…疲れすぎると眠れないのかしら。
よその家の事情に首をつっこむと、また大変よね。その家なりの事情があるもの。
パルスィはさとりと会ったときのことを思い返してみる。
…あの一瞬見せた綺麗な笑顔は、まだ鮮やかに頭の中に残っていた。
できれば、あの笑顔のままいてほしいものよね。
…誰かにおやすみなさいと言われた気がした。心のなかで、おやすみなさいと返し、パルスィは、そのまま眠りにつくことが出来た。