さとりが如何にして地霊殿の主となったか
*古明地さとり視点
「やぁ、勇儀に言われてきたけれど……ここは本当にお酒があるね、そこで相談なんだけど……お酒、わけてくれない?」
「さとりさまー、私にもお仕事ちょうだい?」
――私はそこら辺にいた、ただのさとり妖怪だった。
「こんなはずではなかったのに……」
こうなった発端はあの胡散臭いスキマ妖怪が現れたからだった――
こいしがどこかへ行き、それをまっていたある日……夏でしたね。私は家――慎ましくも、みすぼらしいあばらやでしたが。そこで一人首を長くしてこいしを待ちわびていた訳です。部屋の壁をただ見つめていたその時でした。部屋の壁の染みがねじまがり、二つに割れたのです。驚き瞬く間に割れ目は広がり、その割れ目からは知らぬ顔が飛び出てきた。この時叫び、攻撃していればどうなっていたか。
「はぁい、ごきげんよう。わたくし八雲紫っていうの。古明地さとり……よね。あなたに一つ提案があって――」
名は聞いたことがあったが……あれが八雲……紫!?なぜここに妖怪の賢者が!
大丈夫、私もこいしも賢者の目に止まるようなことはしていないはずだ。
心を読む。……読めない。想起させる。……出来ない。
「ちょっとあなた、聞いてます?」
慌てた私が取れた反応は極々平凡な愚かしい反応だけだった。
「何をしにここへ?」
「それを今から説明するの。やはり聞いてくれていなかったのね」
およよ、と下手な泣き真似をしていた眼前の妖怪が扇子を広げて言うことには、
「あなた達、地獄へ行きたいかしら?」
まて、11点の私の頭脳と目なら誤解を生む表現も明確に判断できる。え? 何、磔? 切腹? 何か気に障ることをしたのかしら、いえ私達は慎ましく生きてきた。大丈夫、私達は悪くない。絶対何もやってない。でも妖力垂れ流してるし、あの妖怪の賢者妖麗な笑み浮かべてるわ胡散臭いけど嘘をついていないことはわかる。私達って言ったからこいしの存在も知っている。もしかしたら土下座でこいしだけは助けられるかしら……こいし今ここに居ないし逃げ切れるかも?それよりもどこに行ったのこいし――
「地獄と言っても旧地獄でして、今管理者が必要ですの」
――あ!待った、今管理者って言った。消しに来たわけでは……ない?
「管理者? 管理者とは一体何です」
「そうなのよ管理者。あなた……管理者にならなくて?
わたくしの話に乗って頂けるのなら、それなりの豪邸と、権限を用意いたしますわ」
違う、そんなものはいらない。
幸いなことに、彼女はゆったりとした口調で、何も急いでいないかのように話していたので、心の整理をだんだんとつけることが出来てきた。
――なぜ私に話を持ってきた?
――地獄が旧地獄になったとは何なのか?
――何が目的なのか?
――それは罠ではないのか?
「乗り気になってきました?質問はだいたい答えて差し上げますわ」
「乗り気になったわけではないのですが……なぜ私に話を持ってきたので?」
「あなた……おつよいでしょう? それに、頭も悪くない。そういう方は珍しいのよね。だから、協力してほしいのよ、妖怪も、人間も、一堂に会する楽園って素晴らしいとは思いませんこと?できれば、あなたにやってもらいたいの」
嘘だ、絵空事だ。もしその楽園があっても、私達さとり妖怪は……それに、話が繋がっていない。賢者とやらは彼らの頭のなかで話が繋がっていれば、相手も分っている前提で話を進める。私が旧地獄の管理者をすることで、彼女の空想が本当のものにでもなるのか?それに私は別段強くもない。あの妖怪、心を読めないことが本当にもどかしい。
「別段豪邸や権力など要りませんし、私は強いわけでは――」
「あら、これだけでは足りなくて?あなたも意外と業突張りねぇ」
強者は話を聞かない。ひまわり畑の見栄っ張りもそうだった。まだ生きているだろうか……死ぬ未来なんか無さそうですが。
「家族も連れていいのよ。仲睦まじきことは良きことなり。じゃあ、そこに行ったあとはお互い不干渉で如何でしょう。ああ、問題が発生した場合は「助けに」行っても良いわよ」
今までで一番妖麗な笑みを浮かべた紫はさとりの反応を愉しんでいるようだった。
自分より賢しい者が注釈をつける時は自分を陥れようと思っている時か、賢しい者にメリットがある時。弱者が強者に意見を通せる時は強者の気紛れ。どうやって断るかとさとりが考えているときには、紫は「受けたあと」の報酬の話と条件の話をしていた。これだけ敵が多いさとり妖怪でも生き残ってきた古明地さとりはどうにかしてこの話を軟着陸させることを望んでいる。すでに目をつけられたので、断ることもこの実力差では難しいだろうと理解している。
「……わかりました、その話受けましょう。もう少し条件の突き詰めをしましょう」
「あなたの協力、感謝いたしますわ」
まだ山賊のほうが可愛げがある。山賊は追い返せば良い。こいつはそうはいかない。恫喝だ。
「では条件のほうは――」
「おねーちゃんただいま! ひまわりの種もらったよ!」
助かったわこいし! でも今じゃなくても! いやはり助けて!
「ひまっ……! ごきげんよう古明地こいし……だったかしら。あなたにもお話があるの。」
「おねーさん、誰?」
スキマ妖怪が一瞬動揺した。こいしのほうが賢者よりあの見栄っ張り妖怪と仲がいい?もう少しこっちの話を広げよう。幾分か譲歩させられるはずだ。本当にありがとうこいし!流石姉思いね!姉思いなのかしら。
「……ええ、こいし、おかえりなさい。それ誰からもらったの?」
知っていますが。名前を出せばなんと反応する?
「幽香おねーさんから! あのね、これ育て切ったらいいことあるって!」
((風見幽香にとってのかしら?))
……さっきは読めた気がしました。
「…此方の話に戻っても良いかしら」
まだだ、機嫌を損ねる少し前まで引っ張って譲歩を引き出させる。
「何せ家族と会えるのは久々なもので……もう少し待っていただいてもいいですか?」
「まぁ、いいわ。……だいたいあなたの願いも予想が付いた。時間を稼ぐ必要すらございませんのよ? そこのこいしが地上に出て何かやっても即座にその子を罰したりはしません。あとで、地霊殿……ああ「あなたの」屋敷に請求させますわ。これ以上を求めるのはいささか強欲が過ぎましょう。それでいいわよね?」
譲歩させられるのはここらが限界だろうか。もしかしたらもう少し譲歩させられるかもしれない。しかしそれでこの賢者を怒らせたとき、私は何も守れない。
「では、早速」「引っ越しなの?おねーちゃ――」
……ん?早速?
「二名様ごしょうたーい」「わーい!……嬉しい……のかな?」
――辺りを見渡すとそこには忌み嫌われた妖怪共と鬼、怨霊がたむろし、酒、乱闘、賭博三昧。
この時になって、初めてさとりはもしかしたら提案を受けたのは軽率だったか、と。ため息をつかざるを得ない現状が気を重くする。……残念なことに手遅れだったが。
「皆様ーこの館の主を紹介いたしますわー!」
隣のスキマが急に他者紹介を始めたわ。やめてほしい。……周囲の目が変わった。こちらをじっと見つめてくる。
「さとり妖怪のー! 古明地さとりって言うそうよー!」
(さとり?)(聞いたことがある、心を読む奴だ。)(読まれたくないねぇ)(怖い)(そんな奴が住むのか?)(利用される前に避けよう)
違う!貴方達なんか利用しない!私はただ……。やはり、ここでも駄目なのかしら――
「あんたがこの館の新しい主だね? 私は星熊勇儀。鬼の四天王さ。引っ越し祝いで宴会がしたいね。お酒は、呑めるんだろうね?」
旧地獄に来て初めて良かったと思えたのは宴会だった。
……ただ、全てを堪能したとは到底言い難いものだ。私の周りには勇儀しかいなかった。
「ああ、さとり妖怪ね、心を読まれるのは好きじゃないけど、あんたは悪い奴じゃないだろ?」
「ほー、こいしって言うのか。見かけたら教えてやるよ。」
「あのスキマは胡散臭いからねぇ。一度も喧嘩に応じてくれない」
「私の友人に地底の入り口の橋の辺りに住んでる水橋パルスィって奴がいてね、いや、いつも苦い顔してひねくれているが……悪い奴じゃないんだ。お酒は持ってないけど、話すと楽しい奴さ。それにな、あいつ、嘘をつかない。あいつは鬼の気配はするんだけどどうもねぇ、鬼みたいってことを否定したがるのさ」
――気がつけば二刻ほどたっていた。ようやくさとりはうたた寝をしていたことに気がついた。お燐も座布団の上で寝ている、そしてお空も何処かに行っていた。
何やら懐かしい悪夢を見た気がするが、宴会の会話くらいしか覚えていなかった。
「そうね、地底の入り口に行って見ましょうか。お酒でも持ってね」
――あわよくば仕事の一部を手伝ってもらおうと画策しながら。