この橋渡る者無きこと長し   作:塵紙驀地

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ようやく帰れるわね。

戌の下刻には眠りについたパルスィ。彼女は疲労困憊であったため、夢を見ないほどに深い眠りについていた。

妖怪は多くの種類がある。

そのなかでも最も主流の妖怪は、人がいる環境でなら、おおむね夜間に起きるものが多い、しかし、何しろここは地底であり、人間が居ない。

パルスィは昼に起き夜に寝る生活をしていた。

なおかつ彼女は人々の恐れとは、無縁の存在であった。

地底の妖怪も、前が見える昼に行動するものが多い。どうせ人を驚かせられないのであれば、手元は明るいほうが生活するには望ましいからだろう。これらのことは、地上の妖怪とはかなり違う様相を示していた。

 

 

 

 

彼女の目が覚めたのは、朝と言えるか言えないかといった時刻であった。一応明るくなった外を見て、パルスィはおおよその時間を知ろうとする。

天蓋があるにもかかわらず、どこからともなく光は地底に差し込み、影をつくる。そこから、おおよその時は分かることが多い。

 

しかし、それは今日はかなわないようだった。

窓から強い光は差し込むことなく、故に彼女の影つくられず、時はわからなかった。

ただ、唯一理解できたことは、外は雪が積もりつつあったということだけだった。

 

今日の天気は雪。どんよりと色彩、明度が低い白黒の風景、それはまた風情でもあった。

 

*水橋パルスィ視点

 

…朝かしらね。昼じゃないわよね?…寒いわ。…雪降ってるじゃない。着替えるのも辛いわ。

旧都は今日も宴会をしているのかしら。寒いのによくやるわね。寒さに強い妖怪は妬ましくてかなわない。

 

しぶしぶだが、着替えないといけない。自室までは、普段着で戻ってきたが、他人の部屋で流石に普段着で寝るのは憚られたので、部屋においてあった、睡眠のための服に着替えていた。

 

服を脱げば肌に冷たい空気が触れる。湿り気のない純粋な冷たさは心地よい。

 

…この寒さは早朝じゃあないわ。着替えよ―

「起きた?」

 

 

「着替えている時に入るんじゃないわよ!」

 

 

慌てて服を着る。やや怒りがこみ上げてきたが、他の考えも同時に浮かんできた。

 

―こいつに怒っても意味がない。

 

先日にさんざんそのことを理解させられたパルスィは、乱入者を適当にあしらうことにした。

 

「…おはよう。…朝かしら?」

 

「昼だよ。時間はわかんない。」

 

「昼ね…。」

 

「貴方、起こしても起きてくれなくて。」

 

「それは悪かったわね。」

 

大体は貴方達のせいだけども…。貴方達が素直にやすませてくれたらいつも通り早く起きたていたわよ。

 

パルスィは精神的に幼くはなかったので、わざわざそんなことは言わなかった。

 

「さとりに起こしてきてとでも言われたのかしら?」

 

「私は朝ごはん食べたもの。貴方も朝ごはんは、食べるべきだよ。」

「あ、そうそう。その通り。お姉ちゃんもようやく起きたからね。貴方も起こしに来たの。」

 

ふーん…。あれだけ泣いたけれど、よく眠れたのね。眠れないとかではなくてよかったわね。

…そのご飯はどこから出てきたのかしら?こいしが作ったのかもしれないわ。

 

「貴方、ご飯作ることが出来たのかしら?」

 

「作れるよ!…あー…お燐に手伝ってもらったけど…。」

 

パルスィの予想とは異なり、こいしは一応料理が出来るようだ。何も考えていないようにみえて、思いの外多才であることには驚きを隠せない。

 

「料理が上手いなんて妬ましい。貴方、どこで教わったのかしら。」

 

「それはお姉ちゃんからだよ。お姉ちゃんはなんでも…大体のことは出来るからね。」

 

 

「…貴方達似てるわ。」

 

「私はお姉ちゃんと対称。貴方とお姉ちゃんの方が似てるわ。」

 

「まさか。ふるまいが同じよ。」

 

否定されても、私の言った通りよ。お腹すいたわ。無駄話していないで早く行きましょう。

 

「へー…。自分ではわからないものなのね。」

 

その発言はどちらに向けられたものであったのだろうか。心を読めない妖怪は、相手の言いたいことを全て理解することは不可能なのだ。急にこいしが叫ぶ。

 

「よし、そろそろ行こう!寝ぼけ眼のお姉ちゃんを見られるのは今だけ!」

 

叫んだ内容はべつにパルスィの琴線に触れる内容でも、興味をそそられる内容でもなかった。

 

「興味ないわ。」

 

「えー?もったいない。まあ、いいや。私はお姉ちゃんをじっと見る。貴方もお姉ちゃんを眺める。お姉ちゃんは食堂にいるだろうから一緒に行こうよ。朝ごはんも出来ているよ。」

 

「貴方の料理はどのようなものなのかしら?」

 

「自分で作った料理はいつ食べても美味しいよ。参考にはならないと思うよ?」

 

「違いないわね。」

 

道をおおよそ覚えたためか、パルスィは前よりも早くついた気がした。

 

中に人影は一人。さとりのみである。いった通り寝ぼけ眼だ。普段よりさほど目を大きく開けないさとりだが、今は一段と眠そうだ。眠りながら料理を食べているかのようにも見える。

 

「おそようお姉ちゃん。私の料理のお味はどう?」

 

「さっきも挨拶したわよ。…おはようこいし、美味しく作られていると思うわ。パルスィさんもおはようございます。」

 

「ええ、おはようさとり。…ここの家は朝はてんでんで食べるのね。」

 

「てんでん?…なんといいましたか?」

 

…おかしいわね。てんでん。使われるはずだけど。

 

「…てんでんで伝わらないのかしら。朝ごはんはそれぞれで食べるのかしら?」

 

「ええ、それぞれで頂きますよ。…あの、てんでんとかって旧都の端の方で使われていたりとか…。」

 

「いや、言えば伝わることもあるけど、使っている妖怪は見たことがないわ。…それよりも、私の分はどれかしら?」

 

「これだよー。」

 

「ええ、ありがとうこいし。私も頂くとするわ。」

 

「たんとお食べ。残しちゃ駄目だからね。私は旧都に遊びに行くけど、お姉ちゃん何か私に伝えることはある?」

 

「ないわ。旧都ね?いってらっしゃい。」

 

こいしは返事をしたかよく聞こえなかったパルスィは振り向くが、そこには誰もいなかった。

残された二人はもくもくとご飯を食べていたが、さとりがふいに声をあげた。

 

「…最近の旧都の拡大で、ここからなかなか話が伝わらなくなって来てしまいました。方言までできていたらどうしようかと思いまして。」

 

「広くなったといえども旧都に方言が出きるほど広くはないと思うわ。…私は長生きだから、いろいろ言葉を知っていただけよ。」

 

「長生きですか。よわいとか覚えていたりします?」

 

よわいなんて覚えていないわね…。そもそも覚えていることも、少ないわ。

「よわいは覚えていませんか。」

 

「私が覚えていることといえば、صبح سلجوقیとかは、ご存じかしら。」

 

「…聞き取れませんね。心を読んでも何をいっているかわかりません。他の言語の妖怪がいたのなら、頭の中に様相を描いて頂かないと、わからないのですね。初めて知りました。」

 

さとりはまた考え出したようだ。箸を持つ手が止まっている。パルスィもまたこのことを多少考察してみることにした。

 

異国語をさとりは読めなかった。さとりは頭の中の思考や、想像を読めるのよね。

「その通りですよ。」

 

さとりはできるとか考えていたけれど、本当に頭のなかで様相を描きつつ異国語で考えたら、さとりに伝わるのかしら。

 

「できるのではありませんか?頭の中の妄想も、こいしや、…ある妖怪を除けば、読めなかったことはありませんし。」

「言語内容は理解できませんでしたが、その方が青果を想像すれば私はその青果を、この言語の単語と照らし合わせて何を示しているか理解出来ると考えられるのですが。」

 

思考はそのつどさとりに拾われ、考察へと成長する前に会話へと変貌した。

 

…実際にしてみるかしら?

 

「今分かっても面白くないではありませんか。」

 

必要になったとき困るわよ。

 

「その時に行えばよいのです。…話がそれました。とりあえずそのときにはいきていたと。」

 

 

「ええ、そのときそこに居たわ。そこからまだ私は生きているのよ。…生まれたのはいつかしらね。幼少期なんて私にはあったのかしら。」

 

「妖怪がみな全て親から生まれてくるとは限りませんから」

 

「その通りね。妖怪に幼少期を問うのは酷な話よ。」

 

さとりとの会話はこれまで話してきた妖怪とはひときわ違うものであった。その理由はたださとりが心を読めるだけではなく、お互いの経験、知識、思考が、それぞれ確立された語彙によって明確に相手に伝わっていたからだろう。

最も、さとりに対しては明確で豊富な語彙は必要とされないものだが。

これまでの何も生まない会話は、二人の意識と人生の賜物だった。

 

 

「…いけませんね、折角こいしが作ってくれた朝ごはんがさらに冷えてしまいます。」

 

この味噌汁は丁寧に作られていると思うわ。

 

「…お燐が手を加えましたね。これ。だしがよくとれています。」

 

…なら、このご飯は?

 

「それは誰が作ったかわかりませんね。私は家族が作ってくれただけで美味しいですが。」

 

身内贔屓が過ぎるわね。このお米はさとりの夕食のほうが美味しかったわ。

 

「嬉しさによって食事はさらに美味しくなるのですよ。貴方だって勇儀さんが作った食事は美味しく感じるはずですよ。」

 

パルスィは勇儀から料理を振る舞われている様子を頭の中に浮かべる。確かに楽しく、美味しそうだ。パルスィは常に一人であったため、その想像は拍車をたてて頭の中を回り続ける。

 

「…予想していたよりも良い仲ですね。まあ私が言った通り、美味しくなりますよ。」

 

それはそのようね。…私は食べ終わったのだけど。

 

「私は食べることが遅いのでしょうか?」

 

「貴方ばかり喋っているからよ。朝食も頂いたし、またいつかお礼はするわ。私はそろそろおいとましてもいいかしら?」

 

「もうお帰りになられるのですか?…それは残念です。もう一日くらいここにいてもいいのに…。」

 

「家の屋根の雪がどうせ凄いことになっているわ。ここは屋根に雪が積もっていないわね?」

 

「屋根には灼熱地獄からの熱を利用していますので。我ながら成功した案です。雪かきですか。それなら仕方ありませんね。忘れ物だけ気をつけてお帰りくださいね。」

 

 

 

 

パルスィは別段何も持ち合わせていなかったので、そのまま玄関までさとりに案内してもらい、見送ってもらった。鬼達の宴会は今日はまだ行われていないのか、異様に静かであった。

並木道を通っていたパルスィ、前にはひとのような蜘蛛のような妖怪がいた。

その妖怪は突然振り返ってきて鷹揚にはなしかけてきた。

 

「やあ、私はヤマメって言うんだ。あんた確か昨日もここで見たね。あんたは誰だい?何処へ行くの?」

 

…新手の泥棒かしら。見たところ、勝てるかもしれない、同程度の妖怪ね。

 

「私はパルスィよ。家に帰る途中ね。」

 

 

それを聞いたとたんに彼女は顔色を変えたかのように見えた。

 

「あんたがパルスィだったの?なあんだ。昨日ここで話しかければよかった。」

 

私にようなのかしら。

 

「何か用があるの?」

 

「引っ越しの相談。してるんでしょ?」

 

 

 

今日も面倒事はパルスィを離さないようだ。

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