この橋渡る者無きこと長し   作:塵紙驀地

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封印されし妖怪達

二人は雪が屋根にしっかりと積もってしまったパルスィの家を出た。大雪ではないものの、細雪が絶えず降り続けている。パルスィの家より縦穴側は本当に何もなく、寒さ、風から身を守る木すら生えていない。お茶を出し渋ったパルスィだったが、お茶をを飲んでいなければより凍えていたかもしれない。二人にとってお茶を飲んだことは正解だった。

 

*黒谷ヤマメ視点

うーむ…寒い。どこに行っても同じなのかね…。あの子もはや歩きで元気なことねぇ…。冬でも元気なのはいいことよ。私には少し厳しいわ。

 

「あんた、そんなに縦穴は遠いのかい?」

 

「遠いことは遠いわ。でも、八つ時までには戻ってこられるわよ。」

 

「おや、行き帰りで半里くらいかな?」

 

「おおよそ一里。飛べばすぐよ。」

 

「なら飛べば早くつくはずよね?」

 

「この天気で飛ぶの?寒いわよ。前も見えないし。それに、縦穴に近づくにつれて天蓋も低くなるの。危険よ。おすすめはしないわ。」

 

それもそうか…。雪が降っていなければ飛べたと。もったいないねぇ。そうかそうか、天蓋ね。初めて縦穴に行く私じゃ知らないことも多いわねぇ。まさに、先達はあらまほしきことかな、だね。…天蓋が低くなるとはいえ、さすがにぶつかるほど低くなるとはおもえないんだがねぇ。

 

「橋までは飛んでいかない?」

 

「…貴方がそうしたいならそうしてもいいわよ。橋までなら天蓋にぶつかることはないわ。でも、あまりにも寒いと思うわよ。」

 

寒い思いをして歩くよりは、ちょっと寒いのを我慢して早くついた方が結局寒くなくていいと思うのだがね。

 

「飛んでいこうよ。」

 

「…貴方がそれでいいなら、構わないわ。」

 

ヤマメは飛ぶことを提案し、パルスィは仕方なしにそれを受け入れたように思われた。確かに飛べば早くつく。しかしパルスィは乗り気でないようだ。ヤマメはまだ、なぜパルスィが乗り気でないか知るよしもなかった。

 

…まことに、先駆者の助言は役立つものばかり。助言についてよく吟味せずに無視したら、ひどい目に遭う。

ヤマメはその事を飛び始めてすぐに思い知ることとなる。

 

 

 

 

 

前が見えないし、寒い!…まさか、寒がりにはこんなにも厳しいことだったのね。結構厚めの服を作ったつもりだったはずなんだけれどねぇ。

 

 

 

歩いていたときは雪は何ら問題を産み出さなかった。しかし、速く飛べば雪は猛威を振るう刃物となった。前を見たとき、前が見えるかと言われれば、見えると言えるが、顔をあげたその都度、細かい雪は目に入り、目を伏せざるを得ない。顔に当たっては体温を奪う。見かねたパルスィが声をかけてきた。

「ちょっと、大丈夫なの?」

 

…心配されちゃったねぇ。やはり、無理するものではなかったか。

 

「くしゅっ!鼻水が…。」

 

「こんなところで風邪を引くのは辛いわよ。貴方はまだ飛べるの?」

 

「飛べることは飛べるんだがね…。歩いていくことにするよ。」

 

「それがいいわ。」

だからやめといた方がよかったのになんて思われているだろうね。…鼻が止まらないよ。

 

 

ヤマメら二人は縦穴に飛んで向かうことは断念した。のろのろと高度を落とし、降りた所は偶然にも橋。なんだかんだ言って橋まで飛んでこられたのは確かであり、時間の短縮には成功したようだ。

現し世と隠り世をかつて隔てた橋。

この水すらも流れない橋はなぜ存在するのか、知らない妖怪も今や多いのだろう。

怨霊が原因だろうか。昼でさえ周りがほのかに明るく輝いていた。

 

ここがあの橋…。苦労しただけあるね。しかし、まだ半分か…。

「きれいだね…。」

 

「まあそうね。」

ヤマメは感慨深げに、パルスィはまた無愛想に橋の周りを見渡す。

木の欄干は赤色に塗られていたが、もはや剥がれ落ちてほとんど木の原色をあらわにするのみだった。手をかけ、橋より先に目を凝らす。残念なことに、草すら生えていない岩場しか見えなかった。

振り返って旧都の方を見やったが、雪で生憎何も見えなかった。

 

うーん?景色はよくないのかな?

 

「ここからは何が見えるのかい?」

 

「木は生えていないから、旧都まで見えることもあるわ。」

「…残念ね。今日は絶景とは言えないみたいね。何も降らない夜は雰囲気はいいわよ。私は夜に橋にほとんどいないけれどもね。橋についたのなら半分は過ぎたわ。早くいきましょう。」

 

つまらないねぇ。景色を楽しめるかと思ったんだけどねぇ。雪なら仕方ないかな。

 

相も変わらず寒いため、はや歩きなのは変わらないが、なぜか雪はやや弱くなってきた。

橋より先は岩や石ばかり。高くて見えなかった天蓋も、いつのまにか見上げたら見えるまでには低くなっていた。

 

霧がかって見えない天蓋はああなっているのか。不思議なもんだ。旧都からは知り得ない色々なことがわかってくるねぇ。

 

「雪が弱まってきたねぇ。」

 

「当然よ。雲が浮かぶ空がないのだから。」

 

おお、空がなければ雲は浮かばないし、雪も雨も降らない…。なるほどそうか。ものの見方が大きく変わるのね。すると、縦穴には雪は降ってこないのかねぇ?住みやすいかも知れないね。

ま、私にはわからないことさね。パルスィはなんて賢しい妖怪なことよ。

 

「あんたは賢いわねぇ。」

 

「賢い?私はただ知っていただけ。貴方もここに住んでいたのなら知っていたし、私だってここに住んでいなければ知るわけが無かったわ。」

 

「謙遜もするなんてさすがよ。」

 

「謙遜しているわけではないのだけれども…。」

 

うんうん。隣人とするにはよい妖怪だね。土蜘蛛の悪口を言う妖怪とは大違いだ。旧都に住み続けるよりは良い暮らしが出来るかもね。

 

ヤマメはやや甘口の評価をパルスィに下し、道を急ぐ。

 

 

思ったより早く縦穴につくことが出来た。

やや上り勾配の岩場を踏破し、前を見たとき、ヤマメは驚くことになる。

 

「これは…。」

すごいじゃないか。旧都の何倍も過ごしやすいだろうね。

 

「ま、旧都からとても遠いことを除けばいいところよ。あとは、地上が雨の時は下に居ると危険なのよね。逆に言えばそれ以外に悪い所は見当たらないわね。で、どう住むのよ。」

 

「蜘蛛の巣を張り巡らせて、縦穴に小さな横穴を掘るつもりなのよ。」

 

「…そんな方法があるのね。なら住めそうね。」

 

旧都側は雪が降り、非常に凍えそうだったのだが、こちらの方がどうにも暖かい。冬の範疇をでるわけではなかったが、雪が降るわけでもなく、野原の草がみな枯れるわけでも無かった。青々とした雑草が小川の周りに生い茂っている。

縦穴はまた、予想よりも高く、広いものだった。

 

「地上が見えないね。」

 

「当然よ。真っ直ぐとは言え、こんな長い縦穴、少しでも曲がっていれば地上まで見えるわけ無いでしょう?あ、昼間はなぜか明るいから心配は無用よ。」

 

「そんなものは見ればわかるものさね。」

 

「…それもそうね。」

 

「高さは、どのくらいあるのかい?」

 

「そんなもの、忘れたわ。」

 

ふーむ…。忘れた?おかしいねぇ。封印された妖怪なら、気絶した間に送られてくるやつばかりなのに…。

 

「忘れた?あんたは退治されてここに来たわけじゃないのかい?」

 

「あら、私はずっと昔に自分からここに来て、昔から私はここに居たわよ?それこそ、よくわからない約定が出来る前からね。貴方こそ退治されたの?地上へ上がろうとは思わなかったのかしら?」

 

懐かしいねぇ。いつだったか。昔話をするのも悪くない。

 

「お札を食らって、地底に落とされた時にすぐわかったのよ。これは地底から出られないってね。そのうち効力も切れてきたかと思えばその約定。最初はなにくそ、あと少しで効力も切れる。その時に地上へ逃げてやるとは思ったものだったのだけれどもね。決めた妖怪の名を聞いて私は諦めたよ。そこから地底で荒れた喧嘩の毎日…。…自分で言うのもなんだけど恥ずかしいねぇ。忘れてくれ。」

 

…なんで私はこれを話そうと思ったのやら。悪くないわけ無いよ。

 

ヤマメにとっては少し苦い思い出である。これを簡単に他人に話そうとした自分に少し疑問を抱きつつも、パルスィがどう答えるか待つしかなかった。

 

「確かに約定を決めた妖怪は妖怪の賢者と地底のさとり妖怪だったわね。名前は知らないのよね。さとりに聞いたらわかるのかしら。」

 

ああ、賢者の名前…なんだっけ?

「私も知らないのよ。」

 

「…まあ賢者とさとりに逆らうなんてよっぽどのことよね。諦めないやつが馬鹿よ。諦めて正解ね。」

 

「やっぱりそうかい?」

 

「当然じゃない。私だってそうしたはずよ。あとは妬むの。」

 

「妬む?」

 

「気が楽になって、力が湧いてくるわよ。」

 

「妬みにそんな力があるのかい?」

 

「当然。」

 

妬みか、私は妬むことはそう多くは無かったねぇ。何か妬んでみようか。…何を妬めるのかな?そうだねぇ…。

饅頭が妬ましい!

…私には妬むことは向いていないようだね。やめようか。

 

「妬む以外に何か出来たことは無かったのかな?」

 

「何言ってるのよ。相手が悪すぎるわ。貴方は間違ったことをしなかったのよ。実際、貴方の退治されてからの行動は全部良い方向に転んだみたいね。喧嘩で貴方の悪い噂は聞いたことはないし、私より強そうじゃない。」

 

はは、いい妖怪じゃないか。敵討ちから逃げ、喧嘩に明け暮れても嘲り嗤わないのね。決めた。隣人は遠いが、住みやすくて良い土地だ。嫌みな奴もいない。

旧都なんて冬以外は飛んでいけるのよ。

 

「…私はここに住むと決めたよ。」

 

「…そう、宜しくね。」

 

「さ、決まった決まった!あとは約定のみだね。」

 

「…結局私に面倒事が回ってきたわ。貴方が原因なのだから、暇そうな貴方も手伝って欲しいわ。」

…嫌みな奴はいないと思ったが、隣人は少し嫌みな妖怪のようだね。ま、それでも問題はないね。それ以上にいい妖怪みたいだからね。

 

ヤマメはほくほく顔でもとの狭い我が家に帰った。雪が止んだ帰り道はとても短く感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その月のうちに、旧都に空間を作りたいさとりから、この引っ越しを約定に抵触しないと決めた、という通達がヤマメのもとに来た。理由がこじつけであろうが、ここではさとりの決めたことが適用される。

この日を境に、旧都から土蜘蛛の姿は消えた。もっとも、完全にいなくなった訳ではなく、旧都の宴会に普通に参加するなど、旧都内で存在感は示し続けた。

一時的に旧都の妖怪は減ったが、ぽっかりと空いた空き地はすぐに他の妖怪の家に埋められ、またもとの姿を取り戻した。口の悪い妖怪は旧都の端はかびの様だと言ったが、あながち間違いではなかった。

 

干支が一周するまでは、この引っ越しよりも大きな出来事は起こらなかった。

酒飲みは時を忘れて酒を呑み、鬼はパルスィやヤマメなどに理不尽を強いながらまた仲を深めていった。

地霊殿もまた地霊殿で、パルスィと食事をしたり、定期的にお互いの家を訪れたりして仲を深めていった。

 

 

 

 

この時が一番平和だっただろう。

 

 

 

 

しかし旧都は少し、また少しと広がり、中心部と末端部の格差は静かに大きくなっていった。

もともと地獄の機能を持っていた血の池地獄などの区画には、この治世に不満を持つ荒くれ者共がじわじわと勢力を伸ばしつつあった。

 

星と冬と金、の年の暮れだっただろうか。

 

()()()()()()()()が旧都に現れたと噂になった。

 

ほどなくして、

 

―博麗大結界が張られ、妖怪は人を食べることが出来なくなる。そうなれば、死ぬしかない。

 

という与太話が妖怪の間でまことしやかに語られることとなる。

 

 

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