レ暮年六十治明
―博麗大結界が張られ、妖怪は人を食べることが出来なくなる。
明治十六年の立冬ごろに突如わき出た噂。それは地底に大きな波紋を呼ぶこととなった。噂の真相は誰も知らないまま、場所によって姿を変えながらじわじわと広まっていった。
最初は、ただ結界が張られるかも、という噂と、人間を殺せなくなるという噂がどこからともなく流れてきただけだったが、どうにもさとりの治世とこじつけた陰謀論へと変化していった。
その事を、さとりはまだ知らない。
治安が悪化しつつある旧都をうまく治めるためには、地霊殿はより上手い舵取りを求められつつある。
*古明地さとり視点
例年に比べて治安が悪すぎる…。どうしてでしょうか。
(さとり様さとり様。)
地霊殿西側担当の猫又。何か問題でも起こったのでしょうか。
「どうしたの?」
(こちら側の診療所に来た怪我人が異常に増えています。)
「怪我人?」
(怪我人です。病人じゃありません。)
「内容と、主にどんな妖怪が怪我しているか話して。」
(はい。誰かに襲われたかもしれない切り傷がほとんどです。鎌での通り魔でしょうか。怪我しているのは主に裕福な地主や、知識人。地霊殿と繋がりが有るものも多数死んでいます。…同じような事件で二十くらいの妖怪が死んでいます。)
通り魔?お金目当てでしょうか。
「そっちは貧しい妖怪への支援が上手く行えていないの?」
(貧者の数は例年並なのでそのこととは関係ないかと。)
え…なんで…?…それでは対策の打ちようがないではないですか…。貧者のための炊き出しも、もしその妖怪が殺しを楽しんでいるなら逆効果ですよね。目をつけられる。警邏も各地ですでに見回りをしています…。…増員はあまりしたくないのですが…。
「理由が不明…?…仕方がありません。」
「…西に警邏を増やします。その妖怪を捕らえ次第、地霊殿へ速やかに返却するように。」
(警邏の増員は恒久的ではない…やっぱり、僕の地区は優先度が低いのかな、なにか失敗でも
「そうではありません。他の地区でも一時的に増員中であり、警邏の絶対数が不足しているからです。」
「…貴方の地区の辻斬りは少々不可解な点が残っています。この事件以外は比較的安定していて、今回の事件の内容もやや危険度が高いため、一時的増員という判断を下しました。大丈夫、貴方はよくやっているわ。今日は貴方の仕事はおしまいだから、休んでいていいですよ。」
(いつもよりさとり様の余裕がないなぁ…。)
余裕がなかった?…そうなんですか。自分では気がつかないものなのですね…。
(あの噂。本当なんだろか。もしかしたら…)
あの噂…。いったいどこから出てきたのでしょう。治安悪化の原因はそれなのでしょうか。まさか、噂一つで?
「あれは現状、事実無根です。地上からそのような連絡はひとつもありません。噂については地霊殿から一言も発する必要がありません。」
発言した方が勘ぐられる。噂をかき消さないのは問題ですが、事実かもわからない状態では動けない…。
(そう、さとり様は何でもこころを読めるんだった…失礼しました。)
「あ、おやつは左の戸棚の下に置いておいたわ。」
お腹をすかせているのも私なら簡単にわかります。学習しませんね。見ていて癒されます。
(う…。それでは…。)
「ええ、頑張ってね。」
あの子は言葉を理解するからすぐに伝わっていいですね。…お燐に全て任せる訳にはいきませんから。噂ですか…。他の与太話と違い、まず広まり方がおかしい。
旧都南旧地獄側で最初に報告が、次に北西役場から報告。その次東役場より報告。噂は普通、順番に広がって報告されるはず。…北役場は報告なし。パルスィさんからも報告なしですね。久々に外の様子を確認する必要があるかもしれません。
…この噂。もし本当なら?紫が来るはずです。あの妖怪はまた何かを画策しているのでしょうか。あの妖怪は自分勝手。信じてはいけない。
…私達の暮らしは私達の手で守らなければならない。
…次こそは好きにさせません。
もはや妖怪の心を信じない、三つ目の少女は旧都の混乱を側から眺めていただけだった。しかし、この治安の悪化を、傍観者として見るだけではつまらないと思ったのか。彼女は彼女の正義に則って、誰にも知られることなく解決に向けて動き出した。
*古明地こいし視点
「考えてもみろ!この旧都は不平等だ!どうして我々はこの狭い土地に押し込められているのだろうか!我々が貧しいのは我々のせいではない!「そうだ!」まつりごとに問題があるのだ!あの館の住人は我々のことを見向きも―
「そうだ!」「我々にも救済を!」
うるさい妖怪。あいつは巷で噂になっていた変な烏?鬼に見えるんだけど。…お姉ちゃんの悪口も言ってるし。殺しても何ら問題ないよね。
…お姉ちゃんに勝手に殺すなって言われているんだった。お姉ちゃんは優しすぎるんだよねー。心が読めるのに本当の友達なんか出来るわけないよね。…出来ないと思ったんだけどなぁー。
んー…。…あんな演説に飛び付くのかぁ。そんな妖怪なんて旧都に要るかな?
お姉ちゃんもあんなのばっかの旧都を上手く治めてるのか。大変だよねー。
…最近のお姉ちゃん疲れてる。お姉ちゃんへの最も良い治療法はー、こころの面かな?友達と話すと良さそうだよね。
…であれば、パルスィを動かすといいかな。
パルスィ、どうやったら動くかな?うん…面倒事で動くはず。このことを報告すれば、パルスィはしぶしぶお姉ちゃんに報告しに行く。行かせる。
うわー…。これだとパルスィには迷惑がかかるじゃん。ごめんね?久々に見つけた面白い妖怪。私は貴方に頼んだ方が楽だから。
「あはは、パルスィの家まで行こうかな。」
地霊殿から発されるいかに優れた令も、旧都に広がらなければ意味をなさない。さとりが脳ならお燐は手足だろうか。
その意味では旧都の安定の真の立役者はお燐だろう。さとりに忠実な火車は、命じられれば、汚れ仕事でも危険が伴おうとも何でもやってのけるだろう。
*火焔猫燐視点
「なっ、なぜっ…ここがわかった!」
「さとり様相手にその程度の杜撰な組織じゃあねぇ。あたいたちを馬鹿にしすぎなのさ。」
…屑が。金まで貰ってさとり様の邪魔をするなんて。
「さあて、だいたいね、お兄さんの組がそんなにお金を持っている訳がないだろう。」
「いや、それは…。」
「何処から貰ったか言ってごらん?お兄さんだって死にたくはないよね?」
「貰ってなんかいねえ!」
「ふん、嘘だね、お兄さん。さとり様の前で同じことが言えるの?連れていってあげようか。」
「…。」
「あたいは優しいから、話せば殺さないでおいてあげるよ。」
「そ、それがだな!お金を…グガアッ!
「ちょっとお兄さん?話す前に死なないでよ。」
爆散した…。
…消されたかな。小者だったし。嘘をつくと舌を抜かれる妖術もあるらしいね。
なら話すと消される妖術もあるのかなぁ。
…はやくさとり様に笑顔に戻って貰うんだ。邪魔する奴は許さない。
利便さを捨て、安寧を手にした土蜘蛛一族。彼らもまた地底の住人であり、この騒動から逃れることは出来ない。
*黒谷ヤマメ視点
「黒谷の姉さん!」
「おや?何かな?久しぶりじゃないか。」
隣家の坊主じゃないか。大きくなったもんだ。久しぶりに見たよ。
「旧都に行って帰ってきました!」
「なかなか遠かったろうね。何しに行ったんだい?」
「最近ですね、とても魅力的な妖怪を見つけたんです!」
あらあら春ねぇ。どんどん寒くなるなかでおあついことよ。
「あらまぁ、恋かな?どんな妖怪なの?」
「いえ、恋とかじゃなくて、妖怪を率いる魅力を持った妖怪なんですよ。」
恋じゃないのかい。残念ねぇ。…人を率いる魅力、か。どういった妖怪なんだろうね。
「へぇ。どんなことを言っていたの?」
「その妖怪が言うことには、土蜘蛛も鬼もかまいたちも大きな妖怪も小さな妖怪もみな優れた所がそれぞれあって、平等だって!俺にも声をかけてくれて、土蜘蛛だろうが差別する奴は許さないって。素晴らしいお方だよ!」
「土蜘蛛への差別もなくなるといいねぇ。」
「それに、かつて恐れられた地底の妖怪の威厳を取り返すって。」
かつて恐れられたという威厳を取り返す…。私は出来なかった。そいつに出来るのかな?
「その妖怪に出来るのかい?」
「今や仲間が何百といるのですよ。きっとその妖怪なら成し遂げられます。地上へも我々の勢力を広げるとも。」
「ええ?地上へ?」
「地上です!」
地上へ?そいつは約定を知らないのか?あるいは…まだ地上を目指す奴がいるのか。
「あんた、騙されないようにしなさいよ。自分でよく考えてその妖怪についていくか決めなさいね。」
「…わかってます。俺だって子供じゃありません。自分でよく考えてあの方についていくって決めたんです。姉さんもどうですか?」
「そうかい…。私は機会があれば聞いてみることにするよ。」
「そうですか。ああ、早く帰らないと。さようなら!」
「ああ、気をつけて帰るんだよ。」
…その手の輩は大概ついていってはいけない奴だよ。あんた。私は昔、山ほど見たんだ。
宴会。鍛冶。火事に喧嘩。何も変わらなかった旧都の中心は、再び雪の降る季節へとなりつつある。
何世紀と変わらず存在した妖怪のるつぼに、何かが投げ入れられた。
*星熊勇儀視点
『地霊殿は必要ない。鬼と古きよき妖怪が旧都を治めるべき。』
…また家に投函されてきたよ。これ。
「なあ萃香、またこれだ。」
「ふーん…舐めてるね。ここが私達の家だと知らない旧都の妖怪は居ないと思っていたんだけど?」
「わかってて入れたのかね。旧都の端の能無し共かい?こんなことする奴は。」
さとりを追い出すなんてふざけてるよ。誰がここの妖怪を治められるっていうんだい?私はもうまっぴらごめんだよ。
「旧都の端のぼんくら共にそんな知恵は無いよ。勇儀。」
「そんなもんか…。なら、誰がやったんだい?萃香なら分かるだろう?」
「いや…。本当にわからないよ。民草とまつりごとを理解した妖怪なんて、さとり以外に旧都にいないはずなんだがな…。」
萃香がわからない?そんなこと私にわかるわけがないか…。まつりごと?私もよくわからないね。
「萃香は分かるんだろう?」
「ふん、民草は私ごときの妖怪じゃ操れない化け物さ。それこそ…、まてよ、それこそ……………。」
「…?なあ、萃香、どうしたんだい?」
「…勇儀、この面倒事、もしかしたら手に負えなくなるよ。覚悟しておきな。」
まただ、萃香はまた何かを掴んだ。どうしたら殴ることしか出来ない私は追いつけるんだろう。
「…わかった。なあ、どうしてそんなに頭が回るんだい?」
「腐れ縁の影響さ。心まで腐った奴のな。しかも性根が悪い。尻尾をわざと見せてきやがる。…今度こそあいつの尻尾を掴んでやるよ。」
あいつ…紫かな?紫がどうして地底に関係するんだろう。
「別にこれとそれは関係ないだろう?」
「…何も変わらないね。勇儀。あんたはパルスィを守ってやればそれでいいのさ。もっと会いに行ってやりな。私は急用が出来たから地霊殿に行ってくるよ。」
守る?パルスィを?…萃香の言うことは守った方がいい気がする。…そうするよ。
彼女ほどの大妖怪でも、一世一代の大博打を打つときには慎重にならざるを得ない。彼女は己と幻想郷のためなら犠牲はためらわない。―それが、自分の仲間だったとしてもだ。
「状況を伝えなさい。」
「早くも包囲網が組まれました。妖怪の山は傍観の態度でしょうか。造反者は山から降りて包囲網に加わったとの噂もあります。また、各地で急速に破壊活動が活発になりつつあります。」
「…ふん、あの山が動くことなんて出来ないのよ。そんなことはどうでもいい。…私は地底が恐ろしい。」
「地底?地底ですか?…地底といえども不可侵もございます。もし破られても私が戦えば勝てなくとも抑えられます。それに、あそこの主はさとりです。心配しないでも逆らうような真似はしないと思われますが。」
「…旧都の妖怪の本当の恐ろしさを知らないのね…。よく考えてみなさい。さとりは心を読める。私も読まれていたかもしれないのよ…。しかも彼らは共通の目的を持てる。足りない土地、食糧を奪い合う地上の妖怪とは違う。…ゆえに地上の不安定を知られてはいけない。今回は必ず不確実要素は消しておく必要があるのよ。」
「それでも…!」
「風見が態度を明らかにしていない以上、あなたを地底の見張りにはつけられない。あなたは自慢の私の式なのよ?」
「…さとりはいい妖怪だったわ。己の力に自惚れることもしなかった。旧都も発展を遂げた…。」
「さとり、今の幻想郷にはあなたは重すぎる。今や、あなたは邪魔でしかない。」
「『少しの間』、眠っておいてもらいましょうか。藍、手配しておきなさい。旧都も共に不安定でなければならない。…少し地底に行ってくるわ。」
「…かしこまりました。…不可侵の約定はよろしいのですか?」
「あそこの館の妹はおそらく地上へ出たこともありましょう。何ら問題はない。」
「幻想郷のためにも…一度地獄に落ちてもらいましょうか。…ねぇ?」
栄えある旧都の橋の守り人は、ここ百年で知名度と人気が一気に上がったと言えよう。何と言っても妬んでくるだけで実害がないのだ。相談しにいけばそれなりに助言もしてくれる。役場の猫又のさぼりぐせも相まって、話をしに来る妖怪は増えていた。何よりも、さとりより話しやすいし、パルスィに伝えればさとりに会う必要が無い。悲しい理由だが、旧都の現実であった。
そのような訳で、パルスィは一定数の支持を受けていた。役に立たないことが多い、派遣された地霊殿の猫又よりも的確な助言、報告。ここの地区は比較的安定している地区と言える。妖怪の質も、中心部から離れているにも関わらず悪くは無かった。理由としては、旧都の喧騒から逃げてきた者が少なからず居たからだろう。彼らは何も考えずに数を増やしてきた妖怪とは違うのだ。
かつての旧都のがらんどうとした並木道も、もはや旧都北の街並みの一つだ。旧都の拡大はあの時から一度たりとも止まっていなかった。
また、家主にとってはたいそう迷惑な話だが、立派な家と橋は一種の観光地になっていた。…家主は絶対に認めないことだが。
旧都の隅の小さな領主の心配事はただ一つ。この安寧はいつまで得られるか、それのみだ。
*水橋パルスィ視点
眠い…。無駄な仕事が多すぎるわ…。自分でさとりに話しに行きなさいよ。
…そろそろさとりに有ったことを伝えに行かないといけないわね。
―旧都の中心が物騒。
受けた相談によく挙げられていた。パルスィは地霊殿からいろいろ必需品を受け取っていたので、旧都の中心まで買い物をする必要はなかったし、旧都の中心の宴会にも最近行っていなかった。ましてや賭博もしない。
とどのつまりパルスィは旧都に詳しくない。
そんなに旧都の真ん中って物騒なものなのね。…言われたら確かに物騒だった気はするわ。でも、私が見回りしたここら辺はそんなことはなかったのだけど。
酒に酔った者共の喧嘩は物騒には含まれない。ここはそういう所だ。
「はあ…。」
「まあまあまあ、お疲れのようねえ…。」
…は?…誰?
今までみた妖怪でも、一番を競える不審者がそこにいた。