この橋渡る者無きこと長し   作:塵紙驀地

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恐ろしく、またろくでもない妖怪

今日一日こそはと座布団を敷いて休んでいたパルスィだったが、気がつくと目の前には何者かがいた。誰もが溜息をつくような別嬪さんだ。何よりも目につくのはその紫一色の服だろう。

 

*水橋パルスィ視点

 

…は?誰よ。その真紫一色の絹っぽい服はお金持ってそうね。妬ましいわ。

…違う。まず私が最初に言うべきなのは…。

 

 

「人の家に勝手に入らないでくれる?」

 

…でも、どこから?戸を叩かれたり開けられた覚えは無いのだけれど。

 

「それは出来ないわ。」

 

「出ていきなさいよ。」

 

「失礼ねぇ。ただ遊びに来たわけじゃないの、用事があって来たのよ。」

 

「用事?」

旧都にこんな派手な奴いたかしら…。記憶に無いわ。

 

私の家だ、出てけ、というと失礼ね、と返ってきた。例のごとく話が噛み合わない。初めて会う者とは大概ろくな会い方をしていないことを思いだし、うんざりするばかりだ。

しかも、他の妖怪とは品格が異なるようにも思われる。圧こそは感じないが、もしかしたら底知れない奴かもしれない。そしてあまりにも胡散臭い。結論としては、早く帰ってほしかった。

 

「あなたは博麗大結界の話は御存知?」

 

当然帰ってはくれないようで、質問が投げかけられた。旧都の端だからか、それともパルスィが出不精なのか。パルスィに聞き覚えは無かった。

 

「…?知らないわ。」

 

「でしょうねぇ。」

…要領を得ないわね。こいしの方がましまであるわよ。この妖怪。

 

目の前の妖怪?は少し顔を綻ばせたかのように見えたが、扇子で隠れて良く見えなかった。そしてその妖怪?は勝手に座布団をもう一枚出してそこに座った。

 

「旧都は物騒みたいよ。あなた、御存知?」

 

二回も問いを投げかけられた。相手はこちらを知っているようにも思える。パルスィはこんな奴なんか一切記憶に無かった。

 

旧都が物騒…?この妖怪?も北側に住む妖怪なのかしら。

 

「…そうみたいね。貴方、私に相談事かしら?だいたい貴方は誰よ。」

 

「あら、申し遅れました。わたくし、八重垣菖蒲と申しますの。まあ妖怪ですわ。相談事?…ふふ、相談事と言えば相談事ね。」

姓を持った妖怪…いい育ちじゃないの。振る舞いも美しいわね。

 

自分も姓を持っているのにその事を妬めるパルスィも理不尽だろう。しかし、妬みを面に出せる状況では無かった。

相変わらず曖昧な態度をとるまあ妖怪とやら。相談事を持ちかけてきた。

 

 

 

「…博麗大結界で妖怪は人を食べられなくなるらしいわね。…どう思いますの?」

 

「…貴方が何の妖怪かは知らないけど、私は問題ないわね。」

 

「へえ?あなたは人を食べなくてもいいの?」

 

何よ、人なんか食べるもんじゃないわよ。そもそも私は人の妬みから産まれたのかもしれないしね。

「人を食べるのは好きじゃないわ。」

 

「ふーん…何人?」

 

何人…??…味も思い出したくない。親は居たかどうかすら覚えていないけども、何か親殺しをしたみたいでとても食えたものじゃなかったわ。

 

「一人食べてみてやめたわ。…味も思い出したくないの。止めてくれないかしら?」

 

「それは失礼…。人殺しは嫌いなのね…。博麗大結界後でも生きていけそうで羨ましいわね。もう二つほどいいかしら?」

 

駄目って言っても聞く気がするわ。この妖怪。人の家に勝手に入ってくるほどの非常識だもの。

 

パルスィは観念してこの妖怪の話を聞くことにした。それ以外に術が無いと判断したからだ。実際断ってもこの妖怪は話してきただろう。そう考えるとパルスィの判断は誤りでは無かった。

「…いいわよ。手短にね。」

 

「お疲れですものね。」

 

今や五割がた貴方のせいよ…。

 

「妖怪の賢者は御存知?私はあの妖怪が好きじゃないのよね。みんなで逆らおうと思うのよ。博麗大結界が出来ると暮らしていけない仲間も多いのよね。」

 

「貴方もいかがかしら?私達の活動に加わらない?」

 

 

 

 

うーん。そうね。それは……は?何て言ったのよ?逆らう?

 

「ちょっと、馬鹿言うんじゃないわよ。」

 

目の前の妖怪は軽々しく重い話を持ち出してきた。この話は軽々しく話していい内容では絶対に無い。パルスィでも分かることをこの妖怪は理解していないのか。パルスィは肌寒さまで感じる。

 

「あら、どうして?このまま八雲に従っていても地上へは出られないのよ?未来のために戦ってみたいとは思わないの?」

 

未来…未来ね。

「その過程で死んだら元も子も無いわ。それに、地上も別にたいした興味は無いの。別に私はここにいたいからここに居るだけ。私は封印された訳でも、いやいやここに落とされた訳でもないのよ?」

 

「それは珍しい…。」

 

「しかも、相手は妖怪の賢者よ?貴方がいくら強くても…。」

 

「その点では可能性はありますのよ?貴方だってお強いでしょう。」

「そう、私だって…。」

 

 

 

…!?…何よ!?…こいつ!?

 

 

 

空気が変わった。一言で冗談を言える空気では無くなった。何かの境界を越えたかのようにも感じる。

明らかな強者。パルスィの手には届かない強者だ。パルスィにはただ質問を投げかけるしか出来ない。

 

「貴方…。一体何なのよ…。」

 

「そんなことはどうでもいいのよ。加わるの?聞きたいことはそれだけ。」

 

…どうするのよこれ。こいつは強い。その気になったら私ごとき一瞬で殺せる。でも、それでも…!

 

質問すら無視された。二択を迫られる。この妖怪は一時すら待たないだろう。

身の安全を得るなら加わった方がいい。それは分かる。

しかし、パルスィは咄嗟に口に出してしまう。

 

「…出来ない。」

 

「へえ?」

 

「貴方に味方することは旧都を捨てること。さとりや勇儀らを捨てろ?絶対に出来ないわ。」

 

自らの安全を捨ててでも、この思いだけは捨てられなかった。

 

…言っちゃったわね。この妖怪に勝つ算段は見つからない。…私はとんだ馬鹿だったわね。悪い気はしないのだけど。

 

「まあまあ、ここで殺されてもいいわけ?」

 

「いいわけ無いでしょう?」

 

「じゃあどうしてよ。私はあなただって殺せるのよ?」

 

「妖怪の賢者と戦わないといけない上に、さとり達を裏切るのよ?貴方につくはずがない。」

 

「かっこいいわねぇ。英雄気どりかしら?あなたには悪いんだけど…。」

 

ひたひたと近寄ってくる。逃げることも叶わないだろう。パルスィは死を覚悟する。一応立て膝で動ける体勢は確保したが、役に立つとは思えない。あと一歩で手が届くかという時に、事態は急変する。

 

 

 

「おめでとう。あなたも幻想郷の一員になれ…なっ!」

 

瞬く間に目の前からその妖怪が消え、その刹那、その妖怪が先ほどまでいた所に銀色の線が走った。パルスィが驚いて顔をあげるとともに声が聞こえた。聞きなれた声だった。

 

「…それお姉ちゃんのお気に入りの妖怪なのよ。勝手に殺されたら困るんだよね。ね?妖怪の賢者さん?」

 

…こいし?…妖怪の賢者?どういうことよ。

 

八重垣と名乗った妖怪が先ほど立っていた場所には包丁を持ったこいしがいた。いつの間にか八重垣とやらはこいしの右斜め後ろに立っている。突然のことでパルスィは頭が回らない。

 

「いえいえ、ただの戯れのつもりでしたわ。ああ、ご安心を、私があなたを殺すことはありませんわ。」

 

「その笑いかた気持ち悪いんだよね。約定を反故にして何しに来たの?」

 

「ひどいわねぇ。紫悲しいわ。」

 

「そういうのいいから。」

いささか不機嫌に見える二人と状況が理解出来ていない一人。

 

「…んん?」

 

「あら、失礼。実は私が八雲紫。妖怪の賢者とも呼ばれておりますわ。私が言い出したことではありませんがねぇ…。地底の皆様方が最近問題を抱えていると聞いて、いてもたってもいられずに旧都まで様子を見に来た訳なのだわ。」

その声を聞いた、実は八雲紫と名乗る妖怪が明るいな口調で説明してくれた。

 

ううん?妖怪の賢者を倒す妖怪八重垣が私を殺そうとしたけど八雲紫で妖怪の賢者?

「…?」

 

「八重垣菖蒲は適当に作った名前ですから。」

 

「そうだよパルスィ。こいつは嘘ばっかり。信じたら駄目。旧都に問題をばらまきに来たに違いないわ。」

 

「それは事実では無いわ。それに私は嘘はついたことはほとんどないのよ?」

 

「ね、嘘つきでしょ?」

 

「私は妖怪の賢者についてほとんど知らないから、どうしようもないのだけれど。」

 

「ならどうするおつもり?」

 

「自分で見極めるしかないわよ。」

 

「素晴らしい!あなたを改めて幻想郷へ歓迎致しますわ。耄碌して頭がかちかちの古明地とは違うのね。」

先ほどまで不愉快そうだった紫とやらは一瞬で雰囲気ががらりと変わった。パルスィを殺そうとしてきた妖怪とは思えない。

 

 

「約定を忘れる化け狸より歳をとったつもりはないよ?」

 

「徘徊するご老人よかましですわ。」

 

「むう…。あの時上手くいけば今こんなうるさい妖怪は居なかったはずだったのに…。」

 

「しかも妖怪殺しときた。」

 

「妖怪殺しは貴方。パルスィを殺そうとしたでしょ。私はパルスィ、しいては旧都を守ろうとしたの。」

 

「この妖怪と旧都は結び付かないはずよ?」

 

「惚けちゃって、貴方なら分かるでしょ。」

 

「…まあそうねぇ。」

パルスィのわからないことが二人の間で流れていく。

パルスィにとってはこの妖怪の賢者はもしかしたら踏み絵をしてきたのではないか、という仮説が浮かんだ。

 

…これ、あの妖怪の賢者を倒す仲間に入ってたら本当に殺されたわよね。

 

空恐ろしい気持ちになったパルスィ。改めて考えるとろくでもないやつに目をつけられたわと思ったが最早遅し。

八雲紫がこちらへ近づこうとするが紫の目の前にこいしがたっていて近づけないようだ。そこから質問がまた投げかけられる。

 

「で、私はあなたがどうやってさとりをたぶらかしたか気になるのよ。橋姫さん?」

 

「あ、それは私も気になるかな。」

 

「でしょう?」

 

敵対していた筈の二人は息をあわせてこちらを見る。

 

…この妖怪本当に良くわからないわ。こいしに殺されかけたのよ?どうして普通に話をしているのよ。

 

この妖怪の振る舞いはパルスィに強者の考えと肝っ玉は全く理解出来ないと結論付けさせるには十分だった。

「たぶらかした覚えは無いわよ。さとりとは普通に仲良くしただけよ。」

 

「お姉ちゃんと仲良く?」

「あり得ないわ。あなた、あのさとりよ?」

 

「さとりの何が問題なのよ。」

 

「さとり妖怪が問題ないなんてどういった心をしているのやら…。」

 

「…お姉ちゃんは心を閉ざさないで友を手にいれたとでもいうの?」

 

「ねえ、あなた。心を閉ざしたのは無駄に終わったわね。この妖怪はさとり妖怪でも受け入れてくれるそうよ。」

 

「でも心を開いていたら貴方の心を覗かなきゃいけないよ?心が腐っちゃう。」

 

「…さとりだろうが私の心は覗けない筈よ?」

 

「貴方がそう思っているだけで、お姉ちゃんは覗けていたかもよ?約定破りのことも合わせてお姉ちゃんの前に連れて行こうか。」

 

パルスィが口を開かない間に話はころころと変わっていく。しかも知らない話へとだ。そのせいでなかなか話に割り込めない。パルスィは会話の主導権を握れそうに無い。

 

「約定破りはあなたもでしょう?地上へ勝手に出ているって聞いたわよ。」

 

「知らないの?あなたが私たちを地霊殿に連れてくるときに地上で何してもいいって言ったよね?」

 

「あら、地上へ出ることが問題なのですわ。」

 

「証拠はあるの?」

 

「…私の式から聞いたわ。」

 

「じゃあその式が嘘つきだよね。」

 

「藍が嘘つきならあなたは閻魔に舌を千枚抜かれるわよ?」

 

「貴方でさえ私に気づけなかったのに、式が私を分かるわけない。今考えたでしょ?」

 

「証拠はあるのかしら?」

 

「ないよ。勘。」

 

「妄想を押し付けないでくださいます?」

 

「なら貴方の賢い式も妄想上の存在ね。貴方は勘違いが激しいもの。それに、貴方は約定をよく読み込んでいないでしょ。別に私は地上へ出ても問題ない。」

 

「法は私以外の全ての上にあるべきです。その私とさとりが決めた約定よ?ぬけなどあるわけがないの。」

 

「地上から侵入を禁ず。地底は怨霊が出ることを防ぐ。お互い不干渉。この約定に印をしたのがお姉ちゃんと貴方。地底の妖怪が地上へ出てはいけないとは書いていないし、私は貴方達地上の妖怪に干渉した覚えは無いよ?それにすぐには罰しないって。不干渉の件も怨霊の件も守ってるのに、貴方が勝手に旧都へ入ってきたの。だから私は約定は破っていない。約定を破ったのは貴方。」

 

「地上へ入ることも干渉です。」

 

「解釈の違いが生じたね。よってこの約定は分かりにくくてぬけがあるよ。作り直したら?」

紫が初めて分かりやすく渋い顔になった。

 

「…その約定にぬけがあったのは認めましょう。…まあ!ここに緊急時のことが書いてあるわ。緊急に話し合う、若しくは伝えるべきことが出来た場合は不問とする。これはこれは大変です。約定にこんな大きなぬけがあったとは。今すぐさとりと話し合わなくてはいけないわね…。より良い約定へのご協力、感謝致しますわ。」

 

パルスィを置き去りにしてやいのやいの騒いでいた二人だったが、さとりの話はどこへやら。どうにも会話の内容が屁理屈試合となりつつあるようだ。

 

…見てらんないわ。多分頭がよくて強い妖怪なのでしょうね。妖怪の賢者と言われるくらいだしね。その頭をこんなことに使うこの賢者。深く関わりたくはないわね。

 

「…みっともないわよ。」

 

「だ、そうだよ?」

 

「あなたが言われたのよ?」

 

「…貴方達のそういうところよ。」

 

「何の話をしてたっけ?」

 

「そうねえ。………。この妖怪がさとりをたぶらかした話でしたわ。」

 

「たぶらかしてはないわよ。」

 

本当に忘れていそうな間を空けて、紫は何を話していたかを思いだして話題は戻ってきたように思えた。

 

「たぶらかし魔のあなたとのお近づきの印としてこのお菓子、ケーキをあげますわ。」

 

まったく話は戻っていなかった。

 

「「けえき?」」

 

突然紫は空間に手を突っ込み空間から何かを取り出した。

 

…軽く無視してたけどどうやって家に入ったのかしら。こいしは分かるけど賢者は気配を消せるわけでも無いわよね。

 

「…それはどこから取り出したのよ。」

 

「スキマ。便利ですわよ?」

 

ケーキたる物に何か微妙に嫌悪感を感じるパルスィはそれもそうそうにこいしにあげ、気になるスキマについて紫に問う。

 

「まさか貴方は家に入るとき扉から入らなかったのかしら?」

 

「ご明察。スキマは便利よ?」

 

「こいしに刺されそうになったとき、もしかしてスキマを使ったのかしら?」

 

「よく分かったわね。」

 

「それは羨ましいわ。妖怪の賢者と言われている上に能力も凄いのね。」

 

やっぱり、スキマは何でもありじゃない。これは妬ましくなるわ。

 

紫はおだてられて調子に乗ったか、どんどん物を取り出してくる。

「ほら、こんな風に…。」

 

パルスィは見たことの無いものを見つけた。こいしも目敏く反応する。

 

「ねえ紫。それは何?」

 

「あら、これに興味があるの?」

 

「うん。」

 

「拳銃よ。」

 

「拳銃?」

 

「フランスのレ・マットとやらが作ったらしいわ。使い方はほら。」

 

紫は片手を水平まであげて壁に向かって指を引く。

 

ズバァン

 

耳をつんざくような音と共に壁にかけてあった箒が倒れた。

 

「ちょっと!」

 

「あらごめんなさい。これは替わりの箒」

紫はもう片方の手でスキマから箒を取り出して家の壁にたてた。

 

替わりの箒の方がいい箒ね。妬ましいし何も言えないじゃない。

 

もちろんパルスィには人の家でこんなことをしだす紫に文句を言える立場だが、先ほどの轟音で頭がまだ立ち直っていなかった。

「その拳銃?欲しいなぁ…。」

 

「ひとつならあげますわ。」

 

「本当に!」

 

「ええ。」

 

こいしは紫から拳銃を受けとるや否や紫に向けた。

 

「こいし?」

 

ズバァン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…惜しい。」

 

カラン…という音と伴に銃弾がスキマからこぼれ落ちる。

 

「…使い方を説明する必要も無さそうね。危ないから気をつけなさい。」

 

いや、そこが問題じゃないわよ。

 

パルスィにはこの妖怪達の考えが理解できない。

 

 

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