突然他人を殺そうとする妖怪が家に二人もいれば当然気が気でならない。気の休まる所は無いのだろうか。
*水橋パルスィ視点
「拳銃はこんなにも優しい私に向けるものじゃないわ。」
本当に出ていってほしい。
「優しい?優しさは押し付けるものじゃない。だからお姉ちゃんも私も旧都はみんな貴方が嫌い。」
ここでする会話ではないわよね?
「まあ、私嫌われているんですって。あなたはどう思う?」
普段なら、感情がわかりづらいこいしが、嫌っていると判る態度をとっていることはとても珍しく感じる。一方の紫は飄々とした表情だ。
そしてパルスィに突然話を振ってきたが、無茶振りにも程がある話の振り方だ。
「…その力を妬む妖怪はいるでしょうね。」
「多分それはあなただけだわ。」
当たり障りのない返答をしたが、紫は聞いてきたくせしてそれを否定した。パルスィでさえも腹立たしいことだ。紫が嫌われている理由が薄々と理解できる。
実際のところはそれ以外にも多数理由があるが、それはパルスィが預かり知らぬところだ。
「いいよ、パルスィ。こんなやつさっさと追い出してお姉ちゃんのところに行こう?お姉ちゃんは貴方に会いたがってるよ?」
「あら行ってらっしゃい。」
「貴方もここから出ていくの!」
「そうよ、何居座ろうとしているのよ。」
「でも私はスキマがありますし…。旧都が物騒で私恐ろしいですわ。」
見え透いた嘘だとわかる。口元がにやけているからだ。胡散臭さでは彼女の右に出るものは居ないだろう。
「なら地上へ帰ってよ。安全な地上へとさ。」
「…そうねえ。地上は平和ねえ。でも私はそれではつまらない。お二人は地霊殿までおでかけになるのでしょう?確かに家に居るのは迷惑ね。やっぱり、こそこそとついていっていい?」
「どうしようパルスィ。この妖怪面倒くさい。しかも言ってることが違うよ。」
「全くね。」
パルスィは妖怪の賢者というものを誤解していたとはっきり理解した。賢者というものは本当に賢く民を導き、実直。地底と地上、二つの国に分けそれぞれをさとりと賢者で争い事の無いよう治めるものだ。そう思っていたが、実際は不可侵を結んでおきながらわざわざ地底へと出向き、偽名を使い、善良なる旧都の民
―パルスィは自分をまともでさとりの迷惑にならない妖怪と判断していた。
を脅迫するような輩だったのだ。その上、他人の家で口論を始め、箒をぶち壊し、それを恥じるところがない。おまけにさとりと賢者は仲良いものかと思っていたが、それもどうにもこいしの反応から怪しくなってきた。
こいしとのひそひそ話を無視して賢者は続ける。
「拒否したら家を漁るわ。」
「…はぁ。ついてきていいわよ。」
「そう来なくてはね。」
「やっぱり賢者って最悪。ね、早く行こ。」
渋々紫を連れて外に出る二人。家の周りにはまだ家は立っていなかった。冬特有の柔らかな光が差し込む。雪も降らず落ち着いた天気だ。
飛んで行っても良さそうね。…宴会している鬼に見つかる以外は。
「ねえこいし、飛んでいく?」
紫が口を挟んだ。
「スキマ使えば飛ぶ必要すらないわよ。」
「駄目だよ?スキマなんか使ったら。」
「どこに連れていかれるか分かったものじゃないもの。」
「あらやだ、あの時は素直に来てくれたのに。」
あのとき…?いつかしら。
旧都へさとりと共に移り住まされた時だが、もちろんパルスィは知らないことだ。
「騙されたんだよ。何が地底も素晴らしい所なの?嘘つき。お姉ちゃんが苦しんだだけだった。」
結局どうやって地霊殿まで行くか決める機会を失い、だらだらと歩いていく三人。この二人に挟まれて歩くパルスィは居心地が悪い。
「あら、地底に降りなければあなたたちはパルスィには会えなかったわ。悪いことばかりではないのよ。」
「私と会えることがそこまでいいことだとは思えないわ。」
「パルスィとか萃香とかの鬼はいいけど、他の塵芥が屑すぎるの。心を読むのを止めた私でも分かるほどの屑ばかり。それこそ人間の何倍も。お姉ちゃんにとっては地獄。…ここも昔はみんなの地獄だったらしいけどね。」
確かにパルスィにも思い当たる節がある。しかし、自分の名前がいい妖怪の方に入っていることに疑問を持つ。自分について、妬んでばかりで人付き合いはあまり得意ではないし、誰かから妬まれると相手にいい印象を与えないことくらいは知っている。
「鬼は分かるわ。私は妬んでばかりよ?どうしていいのよ。」
「そう?お姉ちゃん甘いから貴方みたいなのにコロッと懐いちゃうよ?」
「懐かれる理由もないと思うわ。」
「…分かってないなあ。紫が居るから詳しく言わないけど、お姉ちゃん嫌われないならすぐ懐くよ。」
「まあ!次からは優しくしましょう。」
「あなたは無理。お姉ちゃんが嫌っているから。」
「…それは残念なことですわ。」
紫の発言は得てして見当違いだ。さとりは初対面の人物の印象をよく覚える。その能力上、これから会うべきでない妖怪をよく理解するためだ。さとりからすれば紫は心こそ読めないが、会ったら面倒事を押し付けてくる妖怪だ。さとりは理不尽を押し付けるのはいいが、押し付けられるのは大嫌いなので、必然的に紫は好きではない。
なので、優しくしたところでさとりに好かれる訳がない。
もうすぐ旧都の街道に入る。あの並木道だ。
少ししぼんだように見える紫はやや後ろをすごすごとついてきていたが、何かに気がついた様だ。
「…お二人方、気を付けておきなさい。」
「何?」
がさがさっ!
「うわっ!」
聞き返したその時、少し離れた茂みから背丈が同じくらいの、左手が鎌の妖怪が飛び出してこちらへ斬りかかってきた。旧都の妖怪にしては明らかに速い。そして、話が通じそうな相手ではない。
何よこいつ!
慌てて妖力を溜めて弾を打ち出そうとするも間に合わない。
鎌が目前まで迫る。
これ不味―
ズバァン
右耳を銃弾が掠り、目の前でその妖怪の頭に風穴が空いた。血とよくわからない物が服に飛び散る。
うわ。
「気色悪…。」
肩で息をする辛い呼吸の音と心臓の音が頭まで鳴り響く。
こいしが撃ったのか、そう思いぎこちない動きで後ろを振りかえると、こいしの顔が目に写った。目が爛々と光り、いつもと全く雰囲気が違う。怒っていると思われるこいしとも違う雰囲気で、パルスィはこの顔を二度と見ることはなかった。
「ふー…。危なかったね。」
こいしは怖い顔をどこかへしまい、にこにこと話しかけてくる。
「…よく当てられたわね。助かったわ。」
「すごいわねぇ。あなた。初めて拳銃なんて触ったのでしょう?それがなければパルスィは斬りつけられていたわね。」
「紫もたまには役にたつね。」
「たまに、というのは余計よ。」
「こいし、ありがとう。」
「もしかしたら貴方の耳に当たってたかもしれないからお礼はいらないよ。」
おかしな基準ね。
「残念だけど、耳にはかすったわ。」
「命あっての物種だよね。」
「それがどう繋がるのよ。」
こいしの頭の中で勝手に話が進んでいるのか、パルスィと話はあまり噛み合っていなかった。それよりもこの死体と服をどうするかを考えなくてはならない。
「どうするのよこれ。」
「いい方法があるわ。スキマで捨てておく。」
触らずに捨てられる紫の提案は理にかなっている。パルスィは是が非でもそうしてほしかった。
「それでいいならそうしてほしいわ。」
「うーん…。まあ、それでいいよ。」
こいしは渋ったように見えたがそれに合意した。
「それではご覧あれ。」
地面がばっくり割れ、死体はその中へ。パルスィとこいしがスキマを覗いても、死体の面影すらつかめなかった。
「それで、後はあなたの服。どうするおつもりかしら?」
この時代の拳銃の威力とはいえ、目の前で妖怪に当てたものだ。何とは言わないがそれなりに飛び散っている。鬼ならともかくパルスィには到底耐え難いものだ。
「そうね、一旦帰りたいわ。」
「地霊殿には代わりの服がたくさんあるからさ、このまま行かない?お姉ちゃん待ってるよ?」
「うーん…。」
「スキマよ。スキマがあるわよ。物をしまうだけじゃないのよ?移動だって出来る。」
「スキマなんてあんまり信用したら駄目だよ。」
唐突にスキマ妖怪がまた口を挟む。これをこいしはあまりよしとはしなかった。すぐに反駁する。
「スキマの信用にかけてあなたを行きたい所まで送り届けますわ。私は必要な時しか嘘はつきませんから。」
相反する二つの発言に再び板挟みになるパルスィ。今回は服への不快感が勝った。
「頼んでもいいかしら?」
「ぶぅー。」
「どちらへ?」
「家に。」
「せめて地霊殿にして。」
「え、悪いわよ。この服よ?まさか服を洗わせる訳にもいかないわ。」
「私がやるから。」
こいしはやや強引に迫ってくる。珍しくはないが、こいしは普段ならもっと余裕を持っているが、今日はそうではないようだ。
「まあ地霊殿に行くのでしたらさとりに会うついでなので楽なのですが。」
「ね?」
「そうね…。」
結局こいしの圧に押しきられ、地霊殿へスキマで移動することになった。紫はゆるゆると腕を回し、首をポキポキ鳴らす。その後こちらを見やり独り言を呟いた。
「さあて、久々のお客様だわ。」
「あなたは初めてね。あなたは違うわね。」
スキマ、どのようなものなのかしら。中に入るととても速いのかしら。それともほんとうに一瞬?
「いつもなら勝手にスキマに詰め込みますが、初めての方が居ますわね。目の前にスキマを開けるわ。あなたのお好きな時にどうぞ。」
目の前に見える旧都の町並みが褶曲し、褶曲した部分はやがて一本の線となり見えなくなった。旧都の町並みは削り、切り取られ、形容しがたいものがふわふわと浮くスキマへと侵食された。
…自分で決めたこと。入るしかない。
手を伸ばし、スキマに触れる。
触れたとたんに重力の向き変わった。スキマへと引きずり込まれ、落ちるように飲み込まれていく。頭からスキマへと転がり落ちていく。
落ち―
体の臓が危機を訴え、反射的に腕を頭の前へと伸ばす。足が何かに触れた。また重力の向きが変わる。足にはしっかりと重力の鎖の感触を感じた。
いつの間にか、パルスィは地霊殿の玄関にいた。
「っぷぁ。」
こいしが背中にぶつかる。後ろで尻もちをついたようだ。
「痛っ…。こいし、大丈夫?」
「あー…。やっぱりスキマは最悪。」
パルスィはこいしに手をさしだし、こいしはパルスィの手をつかんで、立ち上がりながらスキマへケチをつける。
「紫が言った通り一瞬ね。」
「一瞬だけど、本当に最悪。」
「最悪とは酷いわ。」
素人でも嘘泣きと分かる泣き真似をして紫もスキマから出てきた。
「この通り、地霊殿前。お代なら要りませんわ。」
「要るなんて言ったら詐欺だよ。」
「そのくらいは存じ上げておりますので。」
相も変わらない胡散くささが残る笑いかたをする紫。それを無視してこいしは地霊殿の戸を開ける。
「おねーちゃーん…?」
ギギギギとかすれた音を出しながら戸が開かれる。いつもと違い、猫は居なかったし、鳥も羽ばたきまわっていなかった。玄関はしんと静まりかえっている。
おかしいわね。前はこんなに静かではなかった思い出があるのだけれど…。
「おかしいな。」
「ねえこいし。もしかしてだけど。」
「うん。留守…かな?」
時は半刻前へと遡る。
地霊殿から出てくる妖怪が一人。地霊殿の主ことさとりだった。
*古明地さとり視点
最近起こっている辻斬りは本当に不気味な事件ですね。理由が見当たらない。
地霊殿の全ての地区で起こっている辻斬り事件は解決の兆しがなかった。派遣している猫又や、鳩は確かに役にたっている。が、今回はそれだけでは解決に向かわないようだ。
私が見に行くしかないですよね。辻斬りは確かに怖いですが、その怖さに打ち勝って皆仕事をしていますもの。あの子達にしっかり報いてあげなくてはいけない。
まずさとりは一番辻斬りが起こり、そしてお気に入りの妖怪が役人をしている西町に向かうことにした。
お燐も確かそちらで…。少し辛い仕事をしていますね。本当にお燐に頼ってばかり。
お燐は若干さとりを盲信している。お燐にはその仕事は苦では無い。その事は知っているが、やはり自分の価値観に当てはめて考えてしまいがちだ。
西町までは鬼がたくさん居る。さとりはこそこそと西町へ向かい、やはり若干傷ついたが、所詮は鬼。すこし悲しくなっただけですんだ。さとりは当初の予定通り西区までたどり着いた。
西町ともなると様相が異なってくる。鬼の建築もあるにはあるが、少しぼろだ。鬼以外の妖怪も混じり、混沌としている。
つきました。あとは…あ、お燐ですね。
お燐に気をとられたその時、横から妖怪が飛び出してきた。
…!?あの辻斬り!?
さとりは急に飛び出てきた妖怪の心を読めた。読めたら斬りつけを避けられる。
…どうして、貴方は心が無いんですか?
辻斬りの心には何もなかった。本当に。一滴の思考すらなかった。
そのことに気をとられ、さとりはそのまま斬りつけられた。
さとりは体に熱さを感じ、最後に見えたのはお燐の顔だった。