お空をなんとか地下まで引っ張り、お空の部屋を探す。お空の部屋は予想に反してすぐに見つかった。パルスィはお空を寝かせて、お空の部屋にあった館内図をもとにさとりの部屋まで急ぐ。
*水橋パルスィ視点
二階までの途中の階段で小柄な鬼を見つけた。綺麗な長い髪と独特な髪飾りや鎖のようなもの。パルスィは彼女に見覚えがある。
「萃香!」
「お?パルスィじゃない。」
「さとりは!」
「…やられたね。」
萃香の発言は客観的にみても略しすぎであり、パルスィを不安にさせた。誰でも人の安否を問うて、やられた、などと返ってくれば、その人の死を連想するだろう。
「やられた?まさかさとりが死んだ…なんて…。」
「ん?違う違う。今から確認しにいくんだ。」
パルスィには萃香の返事はあまりにも緩慢に感じる。
「なら、なんでそんなに落ち着いていられるのよ!」
「死んでたら私が急いだところで死んでいる。生きていれば私が急がなくても生きているのさ。」
「私は先に行くわよ!」
飲んだくれなんて相手にしてられないわよ!早く、もしかしたら一刻を争うかもしれない。
パルスィは狭い階段を一気に飛び抜ける。例えその行いが無駄だったとしても、きっとパルスィはそうしただろう。
うしろで萃香がなにやら呟いた気もしたがパルスィにとってそれは些細な事だった。
二階まで一気に上がり、さとりの部屋まで飛んだパルスィ、さとりの部屋の扉は開いていた。
「さとりは!」
「あ、来た?死んでないけど不味いよ。」
「やだよ!さとり様が死ぬわけない、そうだよね?」
「落ち着いてお燐、その話は手当てをおわってからだよ。」
死んでない。
いや、死んでないだけ。
「……何か、出来ることはないの?」
なんとか捻り出すような一言。
「私とお姉ちゃんはいつも隣にいたよ。でも私もお姉ちゃんもいつも独りだったから。ほとんど何だって出来る。」
「……。」
「これでわからないならお姉ちゃんを救えるとは思えないかな。」
返ってきた答えはいつも通り曖昧なもので、またいつもより冷たい発言だった。
……さとりは何をしたら喜ぶのよ。私は心を読めない。いや、分かったことはある。今私がさとりのために出来ることは、全てこいしでも出来ること。治療に関して私の出る幕はないわ。
「よし!血は止めたかな?」
「……あたいはずっとさとり様の近くにいるよ。」
「……やめといた方がいいよ。」
「あたいがさとり様の近くで守っていれば避けられたことだよ。」
「私だって私がそばにいれば…とか考えた。でも、その考えは今さらずるいから。」
「なんでさ!私だって―」
パルスィは二人の横を通ってさとりに近づく。さとりはただでさえ白い顔はさらに白くなって、本当に消えてしまうかのような儚さだった。
「……死なないでよね。私は貴方ともっと話したいから。」
パルスィは一度だけ手を握ってそこから一歩下がる。
「それだけでいいの?」
「また会いに来るわよ。」
「うん。それでいいよ。」
こいしは今出来ることの限界を尽くした。ならばパルスィに出る幕はない。
こいしに出来ないことは、心を読まれてまでさとりに会いに来てくれるさとりの友達になること。そして今はそこまで出来ることはない。
「せめて私のところの町はどうにかするわ。」
「…頑張ってね。」
パルスィは今日は何も妬めなかった。ただ、自分の無力さを恨んだ。
旧都はひどい有り様だった。火事の発生源の西町はほとんどが燃え尽きた。中心街は萃香や勇儀のお陰で二分の一ほどが灰燼に帰しただけで済んだ。南にも北にも火は広がり、最終的に旧都の三分の一を焼きつくした。南町も北町も妖怪が溢れ、無職となった貧しい妖怪たちがその日のために盗みを働いた。
西町だけは家なし妖怪が見受けられなかった。みな死んでしまったのだ。
大火から二日目、冬にも関わらず雨が降った。火事で空気が暖められ、天蓋で冷やされたのだろう。西町では霧がかかっていた。やがて旧都全てに大雨が降った。…怨霊のせいと思った方が気が休まるほどの黒い雨だった。
その日ぐらしの妖怪はもはやどうやって生きるかという術すらも見つけられない様だった。
普段ならさとりが的確な対応をし、問題の種類によれば二日ほどで問題はたち消える。しかし、さとりがいない現状で地霊殿からは何の対策も打ち出すことが出来なかった。
地霊殿の誰もが心のなかでこう思っている。…こいしだってそうかもしれない。
―さとり一人と旧都の何万もの民、どちらが大切かなんて考える必要すらない。
…旧都最大の大火から七日ほど過ぎた。火事はどこにでも現れた辻斬りのせいといううわさから、辻斬りの目撃情報に近い妖怪は皆殺された。一人のはずの、本物の辻斬りを殺したと何人もが名乗り出た。やがてそれらしき妖怪は何も居なくなった。
橋町はまだ火事の被害はなかったことと、まだ土地が余っていたことから、パルスィ新しく家を建てるという仕事を作れたため、一文無しの支援ができていた。そのお陰で、橋町は未だに安定していた。
手当てのお陰だろうか。…さとりは死ななかった。しかし、起きもしなかった。
ならば旧都で代わりに舵をとる妖怪を決めなくてはならない。
「この現状、誰が舵をとるというのだ!」
「さとりは不在か。死んだのか?死んでいないのか?」
旧都の宴会場。普段なら馬鹿と酒飲みと鬼の独壇場。しかし、今日は違うようだった。地霊殿からやや北よりの中心街と、離れた所にあった宴会場は火災の難を逃れた。そのためか封鎖され、簡易的な会議場に作りかえられていたのだった。
ここに居るのは各地の町の地霊殿から派遣された役人の頭。そして各地の有力な鬼などの集団の頭。あとは生きていた著名な妖怪だ。しかし、用意された席に対して明らかに来ている妖怪の数が足りない。
知った顔は…宴会で見たことあるような…?
「すまん!遅れた!」
「おーい…パルスィ?」
今来たのは…南町の鬼かしら。鍛冶屋だったわね。
「やあやあ鬼方おはよう。縦穴から遠いったありゃしない。そう思うよねぇ?パルスィ?」
土蜘蛛の頭及び縦穴町の頭、ヤマメもやって来たようだ。
「ええ、そうね。」
「……パルスィ?」
「あんたたち!来てるか確認するよ!早く座りな!」
「なあなあ、」
「うるさいわよ勇儀、どうして隣にいるのよ。あそこで頑張っている萃香の隣に居ておきなさいよ。あと手伝ってきなさい。」
先ほどから隣でちょっかいをかけてきているのは勇儀だった。パルスィにはなぜちょっかいをかけられるのか全く身に覚えがない。
「いや、辻斬りに狙われたって聞いたんだ。生きていてくれて本当に良かった。」
「……抱きつくほどのことではないと思うわ。」
この中心街及び鬼の総大将。今日に限って全く威厳がない。
「安心してくれ。私が辻斬りは無力化しておいたよ。もう安心して眠れる。…ただ、どこかに逃げてしまったんだ。」
どこか自慢気の勇儀だが、パルスィはそこ以外で気になる点があった。
「……おかしいわね。辻斬りはこいしが二回殺していたわ。」
「二回!?どういうことだい?」
「襲ってきたその辻斬りを目の前で拳銃とやらで殺していたわよ。勇儀の前にも出たのかしら?」
「それがなにかは知らんが……。でも、私の方に向かってきたあいつも辻斬りだったはずだ。容姿が全く一緒だった。」
「…同じ容姿をした妖怪の集団が辻斬りをしているのかし―」
「西町の薬屋と西町の役人の頭はどこだい!あとあんた勇儀手伝え!パルスィとずっと話してさぼるつもりか!何だ?パルスィを口説いているのか!」
この話は萃香の叫びによって中断を余儀なくされた。
「うるさいな萃香。パルスィ、引き留めてくれよ。」
「……手伝えって言われたわよ。もとの場所に戻って手伝ってきなさいよ。」
「……仕方ないな。」
勇儀は渋々を体全てを使って表現しながらパルスィから離れていった。
「あら、私の座るところはここだったみたいねぇ。全くもって見当違いのところを探してたよ。」
「当然よ。橋と縦穴は隣町よ?」
「それもそうか。じゃ、隣失礼するよ。」
宴会は宴会の騒がしさを持つが、ここはここで騒がしい。パルスィにとってはそこまで嬉しい環境ではなかった。
「もう片方の隣の北町の猫又がいないわね。」
「寝ているんだろうねぇ。」
まだ所々空いた座布団がある。
「……西のあいつが休むとは思えないわ。」
「言いたかないけど、死んだんだろうよ。火を消そうと頑張ったんだろうね。」
さとりが一番飼っていた動物のなかで信頼していたわね。
「こいしは?」
「こいし…?ああ、さとり妖怪の妹の方か。知らないよ。」
「私、こいし。今貴方の後ろにいるの。」
「ふざけてないで、貴方の座布団はあそこよ。」
「……驚いてくれてもいいのにー。私はここにいるよ。あそこの周り知ってる妖怪いないもの。」
そうこうしている内に話し合いが始まるようだ。
こいしにもたれかけられながら勇儀の話を聞く。
「さ、話すことは二つだよ。さとりが斬られたから誰が旧都を率いるか。と、火事の後始末だ。」
にわかに騒がしくなる。
「この時期の旧都のまとめ役なんて丸投げ一択だよね。」
「役人組はこいしを推す気よ?」
「私が御免蒙りたいな。そもそも話せる役人ほとんど居ないし。話せるの貴方達二人くらいだよ。もし他のペットが話せても、鬼に噛みついたところで論破されるもの。」
「権力が鬼側にわたると不味いって。」
「そこも含めてだよ。鬼が治めてもどうせ失敗する。鬼にやらせた方が最終的にお姉ちゃんの評価があがるよ。」
「そういうものなのかしらね。」
「鬼がしおれた頃に私が出るかな。」
「我こそはというものは立ちな!」
勇儀の発言で数人が立ち、また騒がしくなる。萃香は立たないようだ。そしてこそこそとこっちに萃香も来た。
「こいしちゃん立たないの?」
「貴方こそ。」
「今上手くやればよい管理者として名が刻まれるよ。」
「旧都の主の仕事をよく分かっている妖怪が旧都にいれば名が残るだろうけど。」
「居ないね。」
「居ないわ。」
「なら勇儀にやらせよう。」
「貴方鬼の仲間でしょ?いいの?」
「私は私が大切なのさ。」
旧都のせこい妖怪の談合が終わり、それを無視してパルスィは目の前で騒がしい候補者を眺める。
唆された勇儀と、烏みたいな鬼みたいなよくわからない妖怪だ。他は勇儀が立った時点で降りた。
こいしがにわかにひそひそと声をかけてきた。
「あの烏みたいなの、お姉ちゃんの敵。」
「敵?どういうことよ。」
「お姉ちゃんの悪口を旧都で言ってた。」
「で?」
「殺す。」
「待ちなさい。」
いくらさとりの悪口を言っていても殺していい訳ないわよ。
「おまけに紫の敵。紫が殺す前に殺しておきたいわ。」
「敵の敵は味方ではなかったのかしら。」
「残念なことに地上と地底は表面上味方なの。それに、あいつは本当に旧都の妖怪なの?」
倫理観が欠如したこいしをどうやって止めるかを考えていたところに、萃香が割り込んできた。
「なあ、これを見てみろ。」
「何よこれ。」
萃香が差し出したのは人の形をした紙だった。
「辻斬りの背中についていたんだ。それでこれは式の書き方だろう。辻斬りもあいつも急に出てきたんだ。それで、もしあいつのせいならば…。」
「あいつ?」
「紫だよ。あいつのせいかもしれない。旧都を不安定化させたいのかもね。」
何よ、第一、紫は胡散臭いけど旧都が安定していた方がいいはずなのよ。
「そんなでたらめな……。」
「貴方は紫を知らない。」
「あんたは紫を知らない。」
パルスィは二人に同時に否定された。確かにこの二人の方が長い付き合いであり、パルスィにはそれを否定出来るだけの根拠はない。そして黙ったパルスィを無視して話は勝手に進む。
「いい?こいしちゃん。私があんたの拳銃を明後日の方向に撃って、その後言い訳をする。」
「その隙にあいつの背中を確認しな。」
「わかったよ。はい。」
「やるよ。」
「ちょっ―」
拳銃の音が響いた。