この橋渡る者無きこと長し   作:塵紙驀地

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獅子身中の虫

「地上は酷い所ね。皆私を嫌うようで。」

 

「紫様、またそのお話ですか。」

 

「悲しいわ……。まだ反対する者がいる。未来が見えていないのね。」

 

「……申し訳ございません。反乱を一度も一網打尽に出来ておりませんので……。」

 

「藍?私たちはしらみつぶしに敵を見つけるしかないのよ。」

「地底に先を越されたくはないわ。……読みが外れたわ。酔象を引っ張り出せなさそうね。」

 

地底の会議の成り行きは彼女にとってあまり嬉しくない方向に進んでいた。

 

「あの子、せっかちと読んだのに……。さとりの妹もさとり妖怪だったようね。表に出ようともしなかった。」

 

「では誰が?」

 

「飛車。萃香はまだ酔象を動かさないのね。あるいは動かないのか。萃香が出てこなくて良かったわ。」

 

「飛車……。飛車は守りに向きません。駒が少ないなら別ですが。」

 

「飛車は銀将と相性がいいわ。銀将と王将もね。」

 

「銀将……?」

 

「ああ、銀将はあなたにとって重要じゃないわ。」

 

「そうですか。……如何致しますか?」

 

「あなたが何かをする必要はない。私は香車を動かしたのよ。どうなるかしらね……。」

 

「香車が飛車に勝てるとは思いませんが……。」

 

「……まあ!香車が潰されたわ。」

 

「道理でしょうに。」

 

「そういうことはあるわ。焦りは禁物よ。」

 

紫はあくまで悠然とした余裕のある態度を、藍はやや楽しみ始めた紫に呆れるばかりだが、そのことはおくびにも出さなかった。常人は紫に付き合ってはいられない。その点で、藍もまた変わった妖怪だった。

 

「ええと、この感じはねえ……。」

 

「……どうなさいましたか?」

 

「……感づかれたわね。回収された。確実な証拠とはならないけれど……。」

 

気がつかれたことに気がつくことは難しい。千里眼は透視に夢中で周りが見えないことが多いのだが、そこは年季の差だろうか。

 

「すでに知られているものとばかり存じていましたが……。」

 

「確信に変わった。というものね。この捨て駒に釣られた妖怪を地底がみな消してくれているといいのだけれども……。さとりが倒れた時に蜂起でもしてくれたら有難いわ。さとりにどのくらいの怪我を負わせたのかしら。」

 

「もうこちらの用が済むまでは立ち直れないでしょう。……お言葉ながらこれ以上均衡を崩すのは、将来を鑑みると得策とは言えないかと。」

 

「婉曲的に言えば解決する話でもないわよ。……そこはあなたの言う通り。でもねえ……藍。あの姉妹を過小評価しすぎなのよ。」

 

「確かに人並みならざる知恵と力。しかし」

「私があまたの妖怪の中から選んだ。」

 

「……。」

 

「あと一押しよ。酔象が成ろうが勝てるようになるまではね。」

 

紫は静かに、しかし確信を持ったきっぱりとした口調で答えた。それだけで、藍はその発言の大きさを理解せざるを得ない。藍だって選ばれて紫の下についたのだった。

 

地上は未だ動乱の中、落ち着いていない。地底もまた同様だ。

ごうごうと北風が吹き、外は大吹雪だった。

 

「明後日からが本番よ。結界は完成し、人と妖怪共に利益のある楽園が出来る。その暁には、不適合者を叩きだし、波の花に飲まれて消える『いい』妖怪を、全て残らず方舟に拾い上げてみせましょう。」

 

「楽園の中で、私は全てを受け入れましょう。私を嫌おうが、妖怪を殺そうが受け入れて上げます。……この箱庭を壊そうとしない限りは。幻想郷は全てを受け入れる楽園。例え、それがあなたにとって地獄だとしても。」

 

「……明日は大晦日よ。最後の大掃除をしなくてはいけないわ。」

 

「……承知致しました。」

 

大掃除のあとも塵は残る。掃除はまだ終わらないようだった。

 

 

 

 

 

 

一帯に大きな音が響き渡った。萃香の方に注目が集まった。その時には全てが終わっていた。

 

「あー、ごめんごめん。珍しい道具を見たものでさぁ。間違って使っちゃった。」

 

「……驚いたぞ。それはどうなっておるのだ。」

 

「ん?見るかい?ここを触るなよ?当たったら痛いらしいからね。」

 

「おいおいあんたたち。後にしてくれ。」

 

「鉄の質はよくないな。人間の物か?」

 

「だろうね。飛び道具らしい。」

 

勇儀の呼び掛けは無視された。ぞろぞろと興味を持った妖怪が集まり妖怪の輪ができていった。萃香の持つそれは少しの間注目を集めた。その時間だけで十分だった。

喧騒の中で、まるで動力を失ったかのように一体の妖怪が崩れ落ちたのをパルスィだけが見た。他はまだ誰も気がついていない。

 

「恐ろしい力ね。」

 

パルスィの呟きはざわめきの中に消えた。こいしに気を付けていなければ、見つけられる可能性すらない。ましてや注意が疎かになっているならなおさらだ。現にパルスィだって、その妖怪が崩れ落ちたことでこいしの大体の居場所を推し量っていただけにすぎないのだから。

 

誰かが叫んだ時には、すでに犯人は特定のしようもない状態だった。

 

こいしが犯人だと気づくことが出来る妖怪も居ないことはない。ここにこいしが居たと知っていた妖怪で、わりと頭が回る方の妖怪のみである。その中に共犯者以外は居なかった。

 

「黙っておいた方がいいのかねぇ……。」

 

「これも地底のため、らしいわよ。」

 

「おやおや、それは恐ろしい。……鬼と地霊殿を敵に回せるほど度胸はないさ。」

 

倒れたということは、あの妖怪も辻斬りと同じだったのだろうか、と思案していたら、答えはすぐに返ってきた。

 

「当たりだったわ。」

 

「そう……当たりね。」

 

倒れた妖怪に注意が集まり、手が空いた萃香も近付いてきた。

 

「こいしちゃん。あいつが倒れたってことは……。」

 

「うん。これ要る?」

 

差し出されたのは人の形をした紙。あの辻斬りの背中にあったものとほぼ同一だった。

 

「当たりだ。破くにはもったいないな。」

 

「それが取れると動きが止まるみたいだよ。」

 

「そういう仕組みらしいね。あとこれは返しておくよ。あそこの輪に入ってくる。」

 

これから話は進みそうだったが、現状誰か倒れていて、更に他にも決めることがあった。参加しないと怪しまれるだろう。

がやがやとした人だかりに交わる気にはなれなかったパルスィだが、聞き耳を立てていると、どうにもその妖怪?は脈がないそうだ。

 

「心の臓が急に止まったのではないか。」

「外傷はないな。」

「あの飛び道具が当たった訳では無さそうだな。」

「当然さ。万が一に備えて外向いて使ったからね。」

 

なんともうるさいがやだ。その中でこいしは一切疑われていなかった。この妖怪が操り人形であることも、地上と地底の水面下のせめぎ合いも知らないのだから。

一安心し、聞き耳を立てるにも煩わしく思ってきたパルスィと、ばれる筈がないと確信しているように見えるこいし。

 

「……勇儀に決まるね。」

 

「そうね。勇儀以外にこの局面をなんとか出来る妖怪は居ないわよ。」

 

「勇儀も無理じゃないの?」

 

「無理だとしても、誰もしないよりましよ。」

 

「……勇儀には悪いけど、やることがあるの。一月ばかり、安全な所に籠っていたほうがいいよ?」

 

ほどなくして、勇儀が代理と決まった。彼女の最後の一言は不穏だった。

 

 

 

 

 

 

 

七日程経った。中心部は一挙に建て直しが進んでいた。地霊殿と鬼のお膝元である中心街は双方の尽力により、速やかに家の建て直しと、娯楽施設の復活が行われていく。その事業の中に、勇儀の姿は無かった。

 

 

「……他の町をどうするか決めて無かったよ。」

 

その頃、家には鬼の姿が二つあった。

 

「今さらかい?協力はするさ。でも私は厳しいと思うよ。」

 

「そういうなよ萃香……。さとりの存在は予想よりも、何倍も大きかった。」

 

北と南は大反乱の兆しが見られ始めていた。

 

「……仕方がないね。北と南の焼けた所を何とかしないと、地底の崩壊までいくよ。あそこの町に貼られているはり紙のせいだろう。犯人は……。」

 

南町と北町では、明らかに組織的な反乱が行われていた。はり紙には、鬼は乞食を殺すなど、有りもしないが、無くはない内容が書かれていた。

 

「誰なんだい?」

 

「……難しいな。」

 

勇儀は驚いた表情をした。

 

「そうかい……。潰していくしか無いのかい。」

 

「妖怪を潰すより、町の不安を潰すのが先さ。……早く建物を直しに行ってやりな。あと何か炊き出しを行うといい。さとりがやっていた通りのな。」

 

成功した策は、大概さとりの策を焼き直しした策だった。

 

「わかった。今すぐに行ってくるよ。」

 

勇儀は家から出ていった。残ったのはただ一人。

 

「勇儀は真面目だねぇ……。そう思うだろう?そこの。」

 

萃香は誰もいない入り口に向かって呼び掛ける。

 

「……あれ?分かったの?」

 

「手に持っているものが大きすぎたね。今入ってきたんでしょ?」

 

「あー……。でも大丈夫。誰にも見られてないよ。」

 

「ならいいさ。進捗は?」

 

「こいつを殺してこれを撒けば終わり。」

 

こいしの手からは、はり紙。

もう片方の手には、ぼろぼろの妖怪。既に息も絶え絶えで、喋られないように喉も潰されている。

 

「こいつは?」

 

「盗人。でもずいぶん泣ける話をしたよ。親にご飯を食べさせる為に年中働いた、町のちょっと人気な妖怪なんだって。」

 

「……完璧だよ。反乱は叩き潰すに限る。そう思うだろう?」

 

「……お姉ちゃんの為だよ。お姉ちゃんを傷つけた紫に、一度でいいからざまあみろって……。」

 

「それで、それだけでいいさ。……この勝負、私達が地底で結界反対派を潰し、上手く治めても、荒れて崩壊しても、結局は紫の思惑通りにことが進むようになっている。さとりがやられた時点で負けなんだ。」

 

「……そうだね。」

耳に響く大きな音が鳴り、また誰かが死んだ。

 

「紫の策、利用させて貰おうじゃないか。勇儀の裏で何もしないなんて大間違いさ。」

 

 

 

 

 

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