*水橋パルスィ視点
こいしの籠っておいた方がいいという発言。……その事の意味を掴めない。私の知らないところで物事は進んでいくようで……こいし達は楽しそうで何よりね。
「……水橋殿?瓦版よ?号外。」
「あ、悪いわね。いつもと違う妖怪ね。……鬼!?」
こんなところに鬼!?どういうことよ。それにしては見たことがあるような……。
「ええ、ええ。その通りで。……朝からお疲れですかいな?」
「私はとても疲れているわ。……貴方は元気そうで良さそうね。妬ましい。」
「ははは、ああ、皆が言ういつもの妬みね?」
嫉妬を軽く流されることが増えたわね。その図太さも妬ましいわ。……話を変えましょうか。こいつは怪しい。……鬼だから大丈夫とは思うのだけれど。
「そもそもどうして鬼が瓦版を配っているのよ。」
「隠居なのよ。旧都も飽きたし。燃えたし。」
「気楽そうで羨ましいわ。」
「あたしに勝ったお嬢の力が妬ましいわ。鬼退治の妖怪よ。んん、嫉妬だったかいな?」
あ!思い出したわ。初めての宴会の時に、喧嘩を吹っ掛けてきた鬼。あの時も歳はとっていたけれど、もうこんなにも老いていたのね。
「ご自分の力を今一度見つめなおしてみなさいよ。剛力の鬼が、私に力が強いと言うとか、私に対するあてつけかしら?」
「……鬼がそんな難しいこと言うわけないだろうよ。力が強いことが強さでは無いと気付かせてくれたのはあんた。あたしは歳なんてなんぼのもんじゃ、と思っていたんだがねぇ……。あんたはまだまだ若々しいようで羨ましい限りだわ。」
妬むのはすごくいい。妬まれるのも悪くないわ。
「舐められることがあるから嬉しくないわね。貴方も強そうで妬ましいわ。背も高い。」
「は!まだまだ未熟の身よ。あんたみたいな若造に負けるような鬼ごときじゃな。」
うわ……何よあの力こぶ。体だって、猫背にもなっていないし、年老いたとわかるとはいえ、老婆なりの端正な見た目。気品が良くて妬ましいわ。
「それでも強そうね。」
「当然さね。鬼だから。……力こそが強さの時代の喧嘩なら本当にあたしは強かったはずだよ。そんな時代は過ぎたがね。老いて恥はさらさじ。……つまるところ隠居さ。橋町はいいところだね。北の端なんて正直見くびっていたがね、そこはすまないね……。」
「いえいえ、それはどうも。それに私がやった訳じゃないわ。」
「あー、そうなの。」
……鬼が橋町に住んでいたのは把握して居なかったわ。意外にも知らないことは多いのね。
「……それでも貴方。隠居ってそんなにきびきび働くものなのかしら。……食いぶちに困っている訳では無さそうだけれど。」
「何、宵越しの銭は持たないなんて時代も終わったのさ。あたしはこつこつ生きていくことにしたよ。……最近物騒だしね。で、後は結界だったかな?」
物騒。籠っていた方がいいほどの。こいしの発言なのに、頭からなかなか離れないわ。
「結界は出任せな噂が蔓延っているから気を付けた方がいいわ。あと盗人にもね。」
「そうしようか。油を売りすぎたわ。お代を頂戴。」
「号外分よ。油は要らないわ。」
「はいはい丁度。……号外くらい配ればいいのにね。けちな瓦版屋だよ。」
「雇い主にそれは不味いわ。」
「知らない知らないきこえやしない。今後ともご贔屓に。」
話したこと無いとはいえ、かつて会ったことがある妖怪と話すのは楽しいわね。まさかこんなところにいるなんて……。
ここの瓦版は他と比べるとましなのよね。天狗から伝えられた瓦版の書き方を真似ているらしいこの瓦版屋、元祖天狗仕込みの瓦版屋とか名乗ってはいるけれど、確か西町に本家天狗の瓦版屋が有ったわね。……あほらしい。
『盗人と鬼、大反乱の原因か。』
……酷い見出しね。誤解しそうだわ。で、何が書いてあるのかしら。……この記事を見る限り、鬼の自業自得の様に思えるわ。食うにも困り、親のために盗みを働いた妖怪を鬼が拷問して終いに頭を潰したって……。酷すぎるわよ。反乱が起こるに決まっていると思うわ。……こいしの言った通りになったわね。
「そんな鬼はいたかいな?」
「……はやく他所にも配りにいきなさいよ。」
「力一杯働くだけの銭はもらっとらんでな。仕事なんてこんなものよ。」
本当に気楽で羨ましい。私だってさとりに押し付けられなければこんなことにはならなかったわ。……この考えは卑怯ね。
「楽しそうね。」
「まあまあだわ。」
『北町の妖怪は騒動の原因を忘れ、ただ食べ物を奪いながら……』
……おかしいわ。最近の不満の原因は結界についてではなかったのかしら。……確か、人を殺せなくなるとかの。……どうして矛先が変わっているの?
食べ物の騒動なら、規律のある配給ね。私の所に来なければいいけれど……、そうも行かないわよね。……炊き出しを行えるだけの食べ物は有ったかしら。その日すら過ごせないような妖怪は居るにはいるのだけれど、そこまで見ないし……。
……私は本当に貧しい妖怪を知らないのかもしれないわね。この号外と書かれた紙切れ一枚だって買えない妖怪もいるのだから。その日その日で生きて、知らないだらけの毎日。知らなくていいことを知らずにすむ。……その暮らしなんてしたくはない。したくはないけれど、羨ましくもあるわ。
「炊き出しをまたしないといけないのかしらね。」
「あたしは食べないよ。」
「貴方には聞いていないわ。」
「お米なんていくらでもあるから。何がそんなに無いって言うんだい。金か。確かに金ならいくらあっても足らんわ。」
「貴方、もしかして商人かしら?」
「おお、あんたやるねえ。でも足は洗ったよ。」
「商人に足を洗うなんて使わないわ。」
「商人にもいろんな職があるものさ。私は前の仕事も好きだったよ。」
「……好きな職につけるなんていいわね。」
「もちろん!私の就いた職はみな最もいい職さ。」
鬼に妬んでも全肯定してきてつまらないわ。妬み甲斐があるような……ないような……。大きい暖簾を腕押ししているようね。鬼はこうだから妬みにくい。
『悟り妖怪の治世が終わって良かったと思っていたが、これでは元の木阿弥どころではないと話すこの若い土蜘蛛。北町の反乱に参加する決意とは』
さとりの治世のどこに不満があったか述べてみなさいよ。深い訳なんて無いでしょうに。あんな奴の為にさとりはあれほど頑張っていたのね。……私なら絶対に出来ない。鬼を押さえて旧都を取り仕切ってきたのよ?その統治の力、慧眼。……さとりには妬むことばかりね。それは悪くはないわ。
……なぜ襲われなければならなかったの?
「ああ、嫌われ者の悟り妖怪の治世ね、あきんどからしたらまあ良いものだったよ……。」
「さとりは……いい妖怪よ。」
「いい妖怪かは知らない。」
「いい妖怪なのよ。」
「そうかっかしないの。落ちついてさ、ゆっくり……そうそう。」
……すぐそう反応してしまうのは悪い癖ね。
「あんたよりさとりに詳しいやつはたくさんいるさ。」
「……そうね。」
その一言を聞いて、どうしてか、今日一番妬ましかった。
後になって思い返してみても、この単純な嫉妬狂いの妖怪の心すらも、よく理解できてはいなかったようだった。
「あの怪我が良くなったら悟り妖怪にでも直接聞いてみな。自分はいい妖怪か、って。」
「そんなもの。さとりが自分をいい妖怪だなんて言うはずが」
「確かに、それは無いだろうがね。あれだけ他人の心を覗きみて、自分の心と比べて、ああ、私はいい妖怪だ、って、思っているかもしれないだろう。こそこそとした卑怯な得意にひたっているかもしれないだろう。」
……でたらめだって言い切ることは簡単だわ。この妖怪の話すことは推測に過ぎないのだもの。……でも、その否定も力を持たないもの。
「……悟り妖怪が何を考えているか、誰が正しく理解できるっていうんだい。」
「でも、貴方よりはさとりを知っているわよ。」
ちっぽけな有るかもわからない優位にしがみつくしかない。老婆の見透かすような目はとても楽しそうで、ひどく狼狽えてしまう。絶対に面にまで出たわね。
これは新聞に逃げるしかないわ……。
『南町では鬼とその他の妖怪との軋轢が深まり、殺し合いにまで……』
「おお、鬼が勝つね。」
「でしょうね。」
「しっかし、鍛冶屋の鬼に喧嘩を売れるような妖怪があそこにいたかね。軟弱者しかおらんかったような。唆されでもしたか。それともこの事件が許されない一線だったか。」
「そこは……どうかしら。」
その妖怪にしかわからないこともあるのかも知れない。そう言いたいわ。でも、それだと、さとりの話で私が言ったことと真逆のことを認めることになってしまう。……わかっているわよ。この態度こそが矛盾の最たるものだってことくらい。
「あ!ちょっとあんた!後ろだよ後ろ!」
何よ……?
「北町!」
振り返るほどのことなんて滅多に起きな……空から岩が……地面が割れているわね。暴風も起こって……。
「家に入りな!」
「貴方も!」
……何も起こらないわね。
「家に入るほどじゃ」
ヒュゴオオオォォォ……
「あったわね。……でも、この感じは音ほどの被害は無さそうだわ。」
「橋町はまあ大丈夫だろうがね。家も良いもの多いから。北町で何があったのかい。」
「岩雪崩みたいなことが起こっていたわね。天蓋の落盤とかかしら?」
「だとしたらひどいことになるのかねぇ。あれだけの大きさの岩があの速さで降ってきたのなら……。」
……下に居たのはみな死んだわね。