この橋渡る者無きこと長し   作:塵紙驀地

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持つべきものは信頼できる友

空に浮かぶ二体の妖怪。眼下に広がるのはもうもうと立ち込める土煙のみ。頭上にはいびつに削られた天蓋が見えていた。

 

「南町は上手くいったよ。あそこら辺は地上を諦めていない鬼が多いみたい。でも、鬼を許せない有象無象に手を焼いていて、すごく大変そうだったよ。それで……。」

 

「北町もやることをやった。」

やることとは、言わずもがな落石を起こすこと。ここまでの旧都での不幸な自然現象は誰かによって作られたものだった。さらに言うなら、今年の「旧都の不幸」とは、すべて誰かの仕業であるといっても過言ではなかった。

「よし!これだけやれば、鬼の治世は終わりよ。」

 

その下手人の一組は、未だ現場から立ち去っていなかった。

 

「……本当にこれでよかったの?北側だから、お姉ちゃんの友達も巻き込んだかもよ?」

 

萃香は一仕事終えて満足げだったが、こいしは何か思うところがあるような顔であった。

 

「そんなわけはない。あいつは引きこもりだ。今もこの落石で死んだ死人を妬んでいるだろうさ。死人はこの天変地異を見なくてすんだ……ってね。」

 

「……パルスィだっておかしいんだよね。」

 

「そうだよ。それに、パルスィを巻き込んだって別にいいさ。さとりが悲しむだけだからね。……パルスィ死んでもお釣りがくるんだよ。」

 

「その言い方はないかな……。」

 

「まあまあ、さとりがいなくなってせいせいしていた奴らは、私達がでっちあげた鬼の横暴を見て、誰についていけばいいか分からなくなったのさ。そこに大きな天変地異。南町の鬼の権勢は揺らぐ。貧しい妖怪と鬼たちで殺しあってもらおう。まあまあ、八割方鬼が勝つ。反乱は潰れ、鬼もぼろぼろだよ。」

 

萃香達の狙いは反乱の目標をずらすことだった。あわよくば、敵対している者同士で争う方向へ持っていこうとした。紫の介入の手が緩んだこともあり、反乱は萃香の思う方向へと進んでいった。

 

「後はこいしちゃんが、意識はあるが自分では動けないさとりの策を代理として実行すればいいさ。地霊殿に権威は舞い戻る。……舞い戻らせる。この土地は官僚を持たない鬼には向かない土地だ。

その一方で、地霊殿は汚職の無い官僚制度だよ。きっと上手くいくさ。無能はいるけどね……。

ああ、他にもいいことがある。権力を気にしない、いや、出来ないような暴れる奴らを消し飛して、北町の反乱を潰せる。おまけに旧都のお荷物の北町も潰せる。一石二鳥だよ。」

 

酷い物言いだが、北町は萃香にとって「不要」そのものだった。実際、妖怪の数の割には生み出したものは少なかった。その上、鬼や地底の為になることもしない。それでも、そこに妖怪が居て、生きている以上、何かは生み出されてはいた。

……惜しむべくは、そこにどれほどの妖怪が居たか、中心街にどれほど丁稚などで働きに出ていたかを萃香が知らなかったことだった。この大騒動後、中心街は一時的に人手不足に陥ることとなり、日用品が不足するようになる。しかし、裏を返せば影響はそれだけである、とも言えた。

 

「……そこにはどのくらいの妖怪がいたんだろうね。」

 

「珍しいねこいしちゃん。そんなこと言うなんて。紫に一発かましたいんじゃないのかい。紫に仕返しをしに行こうよ。」

 

「どうやって?」

 

「地上に行って嫌がらせをするんだ。その後に帰ってきて旧都をどうにかする。……晴れない顔だね。」

 

「うーん……。急に自信が無くなってきちゃって……。」

 

萃香はこいしの言葉に驚いていた。一切の動きを止めてこいしを見つめた。普段の萃香からしたら反応が大きかった。だがそれも当然のことで、こいしが普段なら気にしていないようなことを、いつもと違って気にしていたように見えたからだった。もう一つ、萃香だから分かったこともあった。

 

「……嘘だ。こいしちゃんのことだから、確証はないけど、……自信がない?そんなわけがない!……なあ、何を考えているんだ?」

 

こいしが嘘をついたこと。彼女は心を閉ざしたさとり妖怪だ。本来なら真偽どころか心の機微を読むことすら難しい。萃香に確証は無かったが、培ってきた力、違和感、彼女の中の『鬼』が嘘だと囁く。しかし、萃香にはこいしが全く嘘をついた理由が全くわからなかった。

 

「私が嘘をついたと分かったって?心を閉ざした私を見て?……それは嬉しい話だわ。正気?」

 

「生憎と正気だよ。どうなの?」

 

萃香には獣が狩りをする時の笑みをこいしが見せた気がしたが、萃香が答えた時にはいつもの顔に戻っていた。こいしは少し考える仕草をしたが、やがて萃香の目を覗き込むような格好で答えてきた。

 

「んー……その通り。自信はあるよ。」

 

「やっぱりか。なあ、どうして私に嘘をついた。私が嘘を嫌いなことなんて知っているだろう。」

 

萃香はやや苛立っている。嘘をつかれたのだから当然だ。その一方、こいしは首を傾けたまま微塵も動かない。

土煙はだんだんと収まってきてはいたが、未だに何も見えないままだった。二人の視界には、なんの見所もない削れた岩と、お互いしか存在しなかった。

 

「……貴方がそれを聞くの?」

 

「……誤魔化すな。」

 

「……本当にここまでやる必要はあったの?」

 

こいしの返事は彼女がついた嘘の理由を言うものでは無かった。萃香はそれを深読みし、見当違いの答えを出した。

 

「……何か勘違いしていないかい?いつもこんな汚いことをする必要は無いんだ。今回のような時だけなんだ。……普段はさとりのやり方が一番いい。……さとりは嫌われてはいたが信頼されていたよ。勇儀も信頼されていた。……さとりももう少し厚かましく統治しようとしてもいいんだけどな。……あいつ、怖れられることを恐れる、変な妖怪だよ。」

 

萃香にとって、さとりの生き方は妖怪として矛盾しているものでしかなかった。心を読まれることを怖れさせ、妖力を得ることもある。が、その代わりに傷つく。生きるために心を読むらしいのだが、本末転倒のようだ。萃香からすればさとり妖怪なんて妖怪として成立しているとすら思えなかった。食料が安定して手に入るようになる前は、どう腹を満たしてきたのか、萃香は気になっていた。

 

「その一方で私達がやろうとしているのは破壊だ。これまで積み上げたものを崩しつつ、崩した破片を相手に投げつけて黙らせる。最初は成功するけどね、すぐに困難に直面する。つまるところ、もっと壊して、失敗する前に退場すればいいのさ。……さとりが起きたら頭痛に見舞われることは間違いなしだね。」

 

適当なことを言い、へらへらとしていた萃香は、こいしの「目」を見てから表情を引っ込めた。

 

……私は疑られている。

 

直感で理解出来た。続けて、視界にいるこいしの様子が、直感が正しいものであったと彼女に訴えてきた。

やや傾けられた顔からは何も読み取ることが出来ないこと。

開かれた二つの目がこちらを刺すように見つめてきたこと。

終いには、閉じた瞼の下の「目」に、全てを見透かされている幻覚に陥った。

当然、心を閉ざした彼女に心を覗かれるなどそんなことが起こるはずはない。起こるはずはないのだが、起こらない筈がないかのように見紛ってしまった。萃香は狼狽え、目の前のさとり妖怪の不気味さと怖れから逃れようと話を変える。

 

「……こいしちゃんにいいことを教えてあげようか。短い間なら仲間はぼろ雑巾になるまで使え、だよ。その後に褒美を与えると一度は許してくれるんだ。……さとりや勇儀の真似をするなら絶対にしてはいけないけどね。」

 

こいしがまた考える仕草をしたことで、冷たく刺すような空気は霧散したとまでは言えないが、やや緩くなった。やっと、先程の「さとり妖怪」は、こいしであったと萃香の本能が思い出した。こいしが心を覗くことはない。

 

「お姉ちゃんのやり方は私には無理。お姉ちゃん、凄いもの。私が使えるものは使ったはず。」

 

「……そこもさとりの妹だね。まだだよ。まだ、残ってる。」

 

「……旧都を鬼に任せて、盗人をだしに使って、その鬼に擦り付けて、これまでの不満を使って、天蓋を落としてすべて潰した。パルスィを危険にさらして、今にも死にそうなお姉ちゃんさえも使った。……何が残ってるの?」

 

「いいこと、こいしちゃん。私だよ。私。協力者だってこきつかうんだよ。それに、南には旧地獄の数々がある。」

 

協力者をこきつかう、を額面上の意味だけでとるのはあまりにも愚かと言える。仲間をむげにし、それが原因で反乱が起こってきた歴史をこいしは十二分に知っていた。ややもすれば旧都の崩壊を招く萃香の提言の数々。あまりにも多くのものを壊しすぎなのではないかと訝しがられるも当然なのかもしれない。

 

「思ったことがあるんだけどさ……。」

 

 

 

「貴方。」

 

「目」が萃香を釘付けにする。萃香は、喧嘩の時の高揚と共にくる恐れではなく、生命が持つ得体の知れない、本質的な畏れを感じた。

 

「地底に居る気がないでしょ。」

 

図星であった。萃香は気付かれるとは思っていなかった。あの紫に隠し通せてきた心中を当てられたのだ。萃香は今更、こいしを長らく誤解していたことに気付いてしまった。動転した萃香は、こいしをさとりと空目した。

 

「……何故なんだい?」

 

「旧都を立て直すとしても、旧地獄を壊す意味がない。適当に思い付いたことを並べただけだよね。」

 

「……新しい旧都を作るには必要なことだ。地霊殿の為でもある。」

 

「言い訳はどうでもいいの。否定しないの?私は地底から出ないって言うだけ。言えないよね。……知ってるよ。地上に出たいんでしょ?」

 

なんとか捻り出した言葉はこいしにとって満足するものでは無かった。嘘がつけないと語る鬼が否定しない。ここを見逃す妖怪では無かった。

 

「……進んで地上に出たい訳ではないさ。」

 

「ふーん……?人が居ないから、妖怪の力が失われていくかもしれない旧都よりまし?」

 

「……どちらも酷い所だね。」

 

なぜ嘘をついたのか。萃香は、そう問い詰める過程で話をそらされてしまった。墓穴を掘ったと理解した時には、巻き返しも何も無かった。不自然な答え方では見抜かれてしまうことなんて、萃香はとうに分かっていた。

 

「あはは……だよね。どう考えてもそうなの。考える必要も無かったわ。……貴方は紫が好きだけど嫌い。でもさとり妖怪は仲良くできなさそう!地上は騙されたから嫌い。でもつまらない地底はもっと嫌い!ね、合ってるでしょ?」

 

「……こいしちゃん?……どうしちゃったんだい?」

こいしの豹変ぶりと発言の内容に驚く萃香。萃香とてそこまで滅多なことはあまり考えたことが無かった。考えたこともあった上に、萃香の考えに反するものも入っていなかったが。

 

「ちょっとだけ気分が悪いだけよ萃香。安心して。……これあげるから、紫に嫌がらせしてきてよ。一発だけ残っているの。……地底に帰ってこなくても良いから。その方がお互いにとっていいと思うの。」

 

普段のゆったりとした口調も消え失せ、婉曲的な物言いを好むはずの彼女は見る影も無い。どうするか決められぬまま、拳銃を受け取ってしまった。

 

「ああ……。本当にどうしちゃったの?」

 

「所詮私もさとり妖怪なんだね。心が読めなくても。目を閉じてようが、開いてようがさ。」

 

固唾を飲んで次の言葉を待った。このときばかりは頭の中にお酒という言葉は無かった。

 

「あーあ……いいように使われてたんだ。やっぱりさとり妖怪は信用するに足りないのね。……いいよ。お姉ちゃんに代わって地上に行くのを許してあげる。」

 

萃香の予想していた言葉では無かった。どんなことを嘆くかと思えば、まさに願ったり叶ったりのことだった。ただ、萃香は地上に出たいと言った覚えは無かった。こいしの前では今更であるが。

萃香が黙っていれば、何処から取り出したのか、一枚の許可証がこいしの手にあった。地上に行くためのものではない。そもそも存在しない。何の許可証かというと、さとりがそれぞれの町に送るものだった。簡潔に許可した者と内容が空欄になっているだけの紙だった。

 

「こんなの、許した事実が大切なんだからさ。」

 

こいしは簡単に二人の名前を書き出した。やがて書き終え、つまらなさそうに

「これあげる。」

という、ただ一言と共に手渡した。

 

「……ありがとね。」

どちらが先に言ったのか。惜別の念も無い、後悔を含む感謝の言葉が流れた気がした。土煙は萃香がそこから離れて行く時には霧くらいの薄さになっていた。萃香は一度振り返って旧都を眺めたが、霧がかった旧都の一部をついぞ思い出すことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女らの大掃除は進んでいたが、ついぞ年明けには間に合わなかった。彼女達の掃除は終わっていない、それでも結界を張らないわけにはいかない。

 

「くそ、式ごときじゃ手が回らないか!」

 

藍も式を大量にばらまいて討伐を進めていたが、作った式は返り討ちにあうこともしばしばあり、反乱の大きさを物語っていた。それならば自分で戦う、となると幻想郷はあまりにも広かった。人里を守りながら出向いて戦うには体一つでは足りない。藍には焦りの色が見える。

 

「……藍。」

 

主の一言は彼女を飛び上がらせた。つまみ食いがばれた時のように、ぎこちなくゆっくりと体を彼女の主の方に向けた。つまみ食いをする方はどちらかと言うと主の方だが。

「紫様申し訳―」

「いいのよ。」

怒号は飛んでこなかった。その代わりに、すべてを受け入れる聖女のような呟きが彼女の耳に飛び込んできた。

 

「あの。」

 

「いいのよ。いいから、座り直しなさい。」

 

藍はうなだれながら座布団に座った。どこか達観したような雰囲気を出す紫。藍はそのような時は大概、諭されることを知っていた。諭されるといっても、ただ変な理屈で怒鳴られるのではなく、たんたんと理詰めで追い詰められるのだ。それは藍にとって、主人が見せる最も恐ろしい一面であった。

 

「粘ってはみたけれど、何も変わらなかったわね。……結界を張るわ。妖怪の綻びが見え、人間が技術を手にする前に……。」

彼女には一つの仮説があった。技術をある程度得ると、指数関数的に技術は進歩していく、といったものだ。ならば早々に外界と結界を作ろうとすれば良かったか、というとそうではなかった。彼女の楽園にはいくつものの弱点があった。例えば、さまざまな流れが途絶える所。人の数の面でも、人が少なすぎたら、妖怪も死ぬ。人が多ければ、やがては人が楽園を埋め尽くす。水が段々と腐っていくように天秤が傾いていく可能性が高かった。

しかし、もはやこの恐れよりも喫緊の問題と化した「技術」。紫は何よりもこれが恐ろしくてたまらなかった。

 

「……本当に、申し訳あり」

「謝る必要はないわ。その時間がもったいない。」

 

「……。」

 

「……勘違いしているわね。別段怒ってもいないし、この件は私にも原因がある。……むしろあなたはよく頑張っていたわ。」

 

「……お褒めに預かり恐悦至極にございます。」

藍が縮こまっているそんな中、大きな爆弾が投下される。

 

「いい?今から地底への入り口に急いで出向く必要がある。」

 

「地底……まさか。」

 

「地底の妖怪が外に出ようとしている。縦穴の真ん中に大きな妖力の反応があったわ。……誰も通らない筈の縦穴にね。」

 

藍の目が自然と大きく開く。驚きを隠しきれていない様子で、それは紫も同じであった。二人の目的は地底に譲歩せざるを得ない状況に陥ることを防ぐ為のものだったが、譲歩を防ぐどころか、地上への侵入という挑発を許すまでにもなっていたのだった。その上、紫は地上への侵入はあり得ないと踏んでいた。こいしはともかく、鬼が居た。勇儀らがいれば、地底からの侵入はないと考えたのだ。

 

「そんな、地底は落ち着いたとでも?」

 

「……少し覗いた限りはそうではなかった。地底の反乱は中心街に刺さった筈で、今も北と南で反乱は続いているはずよ。……わからないわ。……藍、先に入り口に居て、縦穴を見ておきなさい。」

 

藍は転がるように紫の開いたスキマに消えていった。

 

「……萃香。反乱を踏み台に何を……?」

 

立ち眩みを起こし、少々目眩を感じた紫だったが、暫くしてスキマの中に消えた。

 

 

 

 

 

 

旧都の縦穴最上部、紫が現れたとき、紫を除いて二体の妖怪がいた。それは当然藍と萃香だった。すでに二人からは険悪な雰囲気が漏れ出ている。

 

「だからこれは約定違反だ、どうして来た!」

 

「とても大切な用事さ。紫もそうだっただろう?」

 

「その内容を言えと言っているだろう。……早く答えろ。」

藍の萃香に対する当たりは強い。萃香の強さを大噴火の時にまざまざと見せつけられたからでもあるし、横紙破りをする輩は当然好きではなかったからだ。

 

「大変そうな地上にお土産を持ってきたんだ。」

 

「厄介事しか貰った覚えは無いが……?」

 

「……頭の固くて失礼な奴だ。あんたじゃ話にならん、頭を呼び……ああ、向こうから来なすった。お久しぶり。」

 

「高々何百年よ、お久しぶるほどでもないわね。」

紫にとっては、旧友と会話を弾ませたいが、いつも通りの長々とした世間話を出来る余裕は紫には無かった。時間が無かったのだ。それは萃香も同じようだった。

紫は敵を増やして遊ぶ癖があったが、紫は決して、わざと萃香を戦の敵に回して遊ぶことはしなかった。萃香を恐れていたのだ。

 

「こいしは優れた妖怪だったよ。敵なしってところだね。地上は?」

 

さとりは不在。地霊殿の支配が通るのは一部のみ。西町は大火事で消失。北町は落石と火災で壊滅。南町は内乱。安定はしていなかった。

しかし、地霊殿の敵対組織はもはや存在していなかった。既に、紫の蒔いた反乱は紫の手を離れていた。

普段なら紫は地底の不安定を知ることができた。だが、藍の最近放った式はすべて辻斬りの犯人だとして消されてしまい、やや丹念を出して作った式も、こいしに潰されていた。そして、紫が己で俯瞰するには少し旧都は広すぎた。それでもはったりをかまして反応をうかがう。

 

「……地上も上々ね。もう結界を張るところなのよ。そういえば、地底も大変だったらしいわね。私は地底の方が心配よ?」

 

「あれ、もう結界を張るのかい。こんなにあんたの敵が残っているのに?……嘘をつくには私と長く一緒に居すぎたね。それに、私は鬼だよ。あんたの嘘なんて……さ。」

 

萃香の反応からは何も得られなかった。逆に、旧友たる萃香に見透かされてしまったようだった。紫が口先八丁で生きてきたように、萃香も同じことをして生きてきた。

 

「それに、地底はあいつが一人でなんとかするみたいだ。私抜きでもどうにかなるらしいね。勿論嘘じゃないさ。」

 

そして、建前上嘘をつかない。萃香が本物の鬼であることを紫はよく知っていた。

 

「ええ、あなたが嘘をつかないことは知ってるわ。……あなたは少々早とちりすることがあるわね。本当にしっかり見てきたのか不安が残るわ。」

 

「そんなことを言うあんたが大好きだよ。でも、私の言ったことは真実だ。少なくとも私が自由に動いた、という事実は残る。」

 

「勇儀に何も言わずに抜け出して来たのでしょう?さとりも居ない中、貴方が暇な訳がない。」

 

「旧都では暇。こいしはさとりと同じさとり妖怪だった。まあ……暇ではないかな。あんたとのお遊びで手一杯だ。」

 

「……今回は参ったわ。何がしたいの?」

 

紫が珍しく引き下がった。譲歩はやむを得ない状況で、否定に精を出しても無駄と踏んだのだ。何よりも、紫とて一人の妖怪、いくら厳しく当たろうとしても、関係から甘さは出てしまっていた。

萃香の単刀直入は段階を踏んでいるため、欲望を前面に出す本当の単刀直入では無かったが、それは最大限の譲歩を引き出すためだった。萃香の目標は達成された。

 

「あんたを手伝ってあげるよ。」

 

「そこまで困ってはいないのだけれど……見返りは何がいいのかしらね?」

 

「……追い出されたんだ。」

 

こいしの書いた許可証を見て、ようやく紫は合点のいった顔をした。それでもすぐによしとは言わないのが彼女だ。

 

「あら、妖怪が移り住むのを防ぐための約定でもあるのよ?」

 

「この話はあんたにだっていいことがあるはずさ。私の分身はあんたの式が適当に作る式よりは賢くて強い。ずっと早く終わるよ。焦っているんだろ?」

 

藍はいささかむっとした顔になったが、何も言わなかった。式の習熟が足りていないことは彼女が一番よく知っていた。

紫は扇子を広げ、萃香はいつも通り瓢箪の酒を飲んでいる。この会話にはそぐわない悠長さだ。

 

「利点だけを話すのは卑怯ですわ。」

 

「同じことをさとりの前で言ってみるといい。」

 

「あなたも同じことを勇儀の前で言ってみたらどう?」

 

「……そこまでだ。話をそらされても困る。」

 

「話をそらすな、ねぇ……。どの口が言うのだか……。」

 

沈黙が再び場を支配する。藍は紫のそばに控えるのみだった。蚊帳の外だが、今ここで主の会話に口を挟める妖怪もほとんど居ないだろう。

 

「確かに利点はある。それは認めましょう。しかし、どうにもあなたは駒にはなってくれそうにはないわね。あなたを警戒する労力の方が大きそうよ。」

 

「確かにあんたの駒なんて最悪だ。確かに地上に出たい、だけだと意味が広すぎたね。……私も譲歩してもいい。もし地上へ出て良いのであれば、私はあんたの敵側につかないし、手助けもしない。遠くには行かないさ。」

 

「含みのある言い方ねぇ。それに、何の解決もしていないわ。譲歩をするのはこちら側よ。要求する側のあなたは何も譲歩をしていないわ。」

 

「あんたの大好きな解釈の違いってやつさ。手助けというのは、地上で紫の悪口をばらまかない、も含んでもいいよ。」

 

「あなたの返事は私の心配事に何一つ答えてくれていないのよ。そんなやつを地上へ迎え入れるわけにはいかないわ。」

 

「はぁ……。一回だけならあんたの為にたただで働いてあげてもいいよ。」

 

「悪くはないように聞こえるわねぇ。……本当にそれだけ?」

 

「酒をくれたらね。」

 

「あげても一日二升までよ。」

 

「……渋いねぇ。ま、それでいい。」

 

紫にとっても悪い話では無かった。ほとんど動かないとは言え、切り札となる。仲の良い友人が地上に増えるのはとても喜ばしいことだった。とはいえ、萃香を完全に信用するには我儘が強すぎるため、本当の意図を探り当てることに焦点がずれていく。二人の意図通り、話はそれていた。

 

「地上にそこまでめぼしい物は無かった筈よ?地上を捨てて地底に降りた鬼が今更何の用なのかしらね。」

 

「おお、堂々と疑ってくるとはね。私の言った通りさ。そう疑わないでよ。」

 

「あなたは鬼だもの。こっちの方が手っ取り早くていいわ。」

 

「そうかい?いや、……そいつはまあそうだね。」

 

「それで、どうして地上に出るのよ?」

 

「楽しそうだからさ。」

 

二人はここで一旦笑った。しかし、どちらも目が笑っていなかった。強いていうなら、この発言が面白いとも思っていなかった。

「……冗談が下手ね。」

 

「冗談でもないけどね。」

 

「……いいでしょう。私の家にいるなら、その条件で構わない。」

 

「いつも居ろって?それはのめない。」

 

「寝床をここにしろという意味よ。昼間も変なことはしないで欲しいけれど。」

 

「……それならよさそうだ。よろしくね。」

 

二人の望み通り、萃香の望んだ結果となった。不満たらたらの藍だったが、忠誠心というのは恐ろしいもので、主の決めたことに顔色一つ変えなかった。

 

「……そうだ、こいしちゃんからお土産があった。」

 

「なにかしら?」

 

「これだとよ。」

 

「あら」

「紫さ―」

 

三人の耳には発砲音しか無かった。

 

大きな発砲音と共に放たれた弾丸は紫ですら捉えられない速さで紫に向けて飛び、

 

 

……甲高い音を立てて扇子の要に当たった。要を失った扇子ははらはらと落ちていく。

 

「―ま!……お怪我は。」

 

「……お気に入りだったのに。ま、許すわ。」

 

「……何故です!紫様に向けてあのようなこと!許すべきではな―」

 

藍の頭髪は今にも天を突きそうな勢いであった。撃たれた本人である紫の方が他人事のようで、平常通りにしか見えなかった。

 

「いつもなら避けられたわ。……藍は知らないかもしれないけれど、お互い様なのよ。藍、この件で萃香に喧嘩を売らないように。」

 

「いくらなんでも……。」

 

「萃香、やるわね。」

 

「私もあんたもあいつに詫びないといけない。妥協点だよ。」

 

藍には理解できない会話が飛び交った。藍が更なる直訴をする前に萃香をスキマで飛ばしてしまい、直訴をしても紫は一切このことを気にかけていなかった。藍にとっては全てが不本意だが、燻りを残したまま、有耶無耶になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真っ暗。

 

確か今は眠っている気がします。

 

周りはだんだん明るくなっていくようで……。

 

「―起きなさい。ようやく見つけたのですから。」

 

「……誰ですか!?」

 

「ええ手間をかけさせてくれましたね。それも本当に。……私はドレミー・スイートですよ。夢の世界の頭の獏です。よくもそんなぬけぬけと惰眠を貪りやがりましたね。我々は貴方が寝ていては困るのです。」

 

獏とやらが目の前に現れた。

 

 

 

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