この橋渡る者無きこと長し   作:塵紙驀地

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古明地家のさる非日常

 

橋町の南の方までパルスィはゆるゆると飛んできた。橋町の南の方はいくつかの建物で瓦の崩れがあるのが見受けられた。また、建物の崩落とまではいかないものの、このままでは住めない家も存在していた。ただ、天蓋の崩落箇所と思われる所からはまだ距離があり、幸いにもそこまで大きな被害が出ているようには思えなかった。

 

……崩落に遭ったことは初めてに等しいけれど、思ったよりも大したことは無いのかも知れないわね。皆死んだかと思ったわ。

 

北町と橋町の境目は多少分かりにくい。立派な建物が軒を連ねている方が橋町、という大まかな判断法こそあれど、建物の違いを見破るのは容易ではない。しかし、建物の内部については大きな違いがある。それは万が一の時に強いということを示していた。

 

橋町を見て幾分か楽観視していたパルスィだったが、北町ではそれが一変する。凍えた風に吹き付けられるが、彼女にはそこまで気にならなかった。予想に反する惨状が眼前に広がっていたからだ。

北町の半ば、並木道だった街道はほとんどが消し飛んでいた。落石が起こった付近は言わずもがな、落盤の起こったと思われる地点から少し離れていた所でさえ建物は崩れ、地震が起こったかのような様相を示していた。

 

……勇儀に感謝しかないわね。

 

北町の端や、中心街側の建物は原型を留めていたが、瓦や壁が剥がれている建物も多々見受けられた。建物のいろはすら理解していないような家では、これまでは起こり得なかった強い突風に耐えるだけの強靭さを得られる筈もなかったのだ。

 

思ったよりも生き残っていそうなことが幸い……?それとも問題かしら。……残された者の苦労を知りなさいな。生きていた所で、もとよりここは地獄なのだから……。

 

「あれ?パルスィじゃない。」

 

町の惨状に立ち止まっていたパルスィの前に、気付けば顔があった。逆さまだが。そして何よりも近い。

 

……驚いたわ。叫ばずに済むこともあるのね。……吃驚し過ぎると反応出来ない、というのは本当みたいね。

 

「……綺麗な髪ね。」

 

「……他に言うこと無いの?」

 

いたずらが失敗したためか、少し不愉快そうな顔に変化したこいし。

 

「そんな、まさか、……驚いたわよ。反応なんて出来なかっただけ。」

 

「……ううん?そう言われるとそんな顔してるかも。」

 

こいしの髪は、小さな動きを大きく誇張して、パルスィの目を引く。その一方で、普段のこいしとは違う所があるように思えた。

 

何か違和感があるわ……。いつもなら、確か……。そうよ。

 

「……帽子は?」

 

「貴方の頭の上だよ?」

 

漸くしてパルスィは帽子の存在に気付いた。手にとってまじまじと見ると、土埃と新しく出来たらしい小さなかすり傷があった。

 

「……気付かなかったわ。これ、自分で持っておきなさいよ。」

 

「折角被せてあげたのに。」

 

「……要らないわ。」

 

「そうよね。……どこに行くの?」

 

パルスィは帽子をこいしに返した。体の向きを元に戻したこいしは帽子を受け取って自身の頭に被せる。地霊殿の方向に再び飛び始めたパルスィの後をゆるゆるとついてくる。

 

「地霊殿と勇儀の……」

 

落盤のことをこいしがここに居るのだから、こいしに伝えたらいいのかし……待ちなさい。こいしも巻き込まれた?

 

「ここら辺に居たようだけど、落盤は大丈夫だったのかしら?巻き込まれてない?」

 

地霊殿と勇儀に落盤のことを伝えること、協力を約束してもらうことが目的だったため、ここで伝えたらよいことを思い付いたパルスィ。しかし、こいしと北町で会ったということはこいしも巻き込まれてしまったということに他ならなかった。

 

「え……?うん、私は巻き込まれてないよ。心配させちゃった?そんなことより、お姉ちゃんが起きたときの顔が見たいね。」

 

「外道ね……。」

 

こいしは無事だったようね。良かった。それよりも……こいしって……こんな感じだったかしら。

 

少し時間をかけてパルスィは安心したことはしたのだが、一抹の違和感がそこには残っていた。

 

「……お姉ちゃん、きっと大変だろうね。」

 

「……それはそうね。」

 

次に何を言うかは分からない。分からないけど……。

 

相も変わらず、こいしが次に話すことを読むことは能わなかった。

 

「お姉ちゃんはきっとまだ起きないよ。勇儀には無理。……私がどうにかするしかないのかなぁ。」

 

……こいしはこんなこと言わなかった。

 

疑惑は確信に変わった。それを言い出す勇気はパルスィには無かった。

 

「勇儀に無理とは思えないけれど、……私も貴方のことを手伝ってあげるわよ。」

 

「んー……。今私のこと疑ったでしょ。わかるんだから。」

 

パルスィの呟きをよそに、こいしはじと目でパルスィの両肩に両手を乗せ、顔を近づけてきた。少々不満顔だ。

 

折角手を貸そうとしたのに。一人でも出来るのね。羨ましい。

 

「別に貴方の力は疑ってないわ。妬ましいくらい。」

 

「そこじゃなくて……あ、疑うはおかしかったかな……私がいつもより変に見えたのでしょ?」

 

心を読めるかのような……。おかしいのは確かね。

 

「まあ……そうね。」

 

「そうだよね……。」

 

余計しょぼくれたわ。不味かったかしら。……確かに失礼だったかも知れないわね。

 

「……悪かったわ。ごめんなさい。変なんて言ってしまって。」

 

「そうじゃないの……。」

 

へんと言ったことを怒っているわけじゃない?……そうじゃないって何かしら。どうして?

 

パルスィにはそうじゃない、が何を示しているか見当もつかなかった。こいしからは心の中を千里眼で覗かれているかのようで、パルスィからこいしの心の中を推察しようとしても、表情以外には掴む手立てすらないように思えた。こいしの気分が沈んだ訳を、パルスィは理解することが出来なかった。

冬の為、あまりに速く飛ぶと寒くてどうしようもない。時間をかけたが、霞がかった先に地霊殿が見えてきた。

 

「勇儀を探すより先に、地霊殿で休んだらどう?勇儀が中心街にいる確約はないよ?」

 

「悪く無いわね……。耳が冷たくて仕方ないわ。」

でも、長居は出来ないわね。勇儀にも伝えないと。

 

「貴方のお耳、ちょっと長いもんねー……。」

 

こいしの手がパルスィの耳の先に触れる。冬ならば当然冷たい筈の手先でさえ温かく感じた。

 

「……童の体温は高いって本当ね。」

 

薄着の筈なのに。羨ましいことばかり。

 

「それは見た目だけ。貴方よりも歳上かも知れないよ?」

 

「……どうだか。」

 

「あー信じてないでしょ。こう見えて長生きなんだから。」

 

長生きねぇ。ここの妖怪はみな長生きな気がするのだけれど。鬼もそうだし、土蜘蛛もそうね。あの猫は見当がつかないわ。……さとりはどうなのかしら。

 

「いくつ年号が変わったの?」

 

「覚えている訳ないよ。」

 

それはまあ当然ね……。

 

結局こいしの年齢は分からなかった。雑談をしているうちに地霊殿は目の前に近付いていた。二人は地霊殿の門の前で降り立った。何時見ても美しい建物だが、庭が少し荒れているような気がした。

 

……冬だからかしら。がらんどうとしている感じね。

 

「お燐が居るはず。」

 

「お燐ね。忙しそうにしている所しか見たことないけれど。」

 

「どうせお姉ちゃんの上でぬくぬくしているだけだよ。」

 

「言い方……。」

 

二人は建物の中を歩いていく、普段と違いなぜだか動物一匹いなかった。

 

ここ、動物がそこかしこに居たような。

 

「犬猫が居ないのは珍しいわね。」

 

「おかしいなぁ……。」

 

やっぱり、珍しいみたい。

 

二人は台所の前まで来た。飯時ではないにも関わらず、誰かの気配がする。

 

「誰かなー……この明るさはお燐か。」

 

「見てないのによく分か―」

 

「こいし様なの!?」

 

瞬きする間に、泡がついて濡れた茶碗を持ったお燐が台所の入り口から半身を出してきた。只事では無いことを知っているように見える。

 

おお……吃驚した。

 

「こいし様!その、そのですね……さとり様が起きました!」

 

お燐はパルスィでさえ嫌な顔一つせずに、むしろ喜色を浮かべて叫んだ。単なる驚きを与える言葉どころでは無かったのだ。

 

本当!?

 

「本当!?どこ!?」

 

「部屋!」

 

それ聞いたこいしが飛んだかと思うと角を曲がり、既に見えなくなっていた。

 

部屋……?どれ?さとりの?急がないと!

 

屋内で出すには速すぎる速さで消えたこいしを追い、長く感じた廊下を抜けたパルスィは、部屋の前まで息を弾ませながら走り、そこでようやく望んでいた光景を見た。

 

「お姉ちゃん、体はどう?」

 

「もう大丈夫……。」

 

布団に入ったまま半身を起こしたさとり。こいしに片手を握られ、もう片方の片手で胸の辺りを押さえていた。

 

「お姉ちゃんの嘘つき……。痛いんでしょ?休んでいたらいいんだよ?皆居るんだから。」

 

……こいしが泣いているところ、初めて見たかも知れない。ねぇ……さとり。貴方のせいよ。

 

パルスィの心はいろいろな思いでぐちゃぐちゃだった。喜びも、守れなかった悲しみも。曰く言い難い感情で溢れていた。

 

「……あ。……お久しぶりで……体?大丈夫。今は……いえ、パルスィさんは悪くないです。あれは油断した私が……え、私も会いたかったですよ?えっと、なんでもしてくれる?……そうですね……どうし……あ、ふふ、初めて見た。そんな顔。」

 

さとりでさえ追いつけないような速さで心を思い飛び交う。パルスィは胸がつかえて、どの思いを言葉にしたら良いかすら思い浮かばなかった。

 

今の私の顔、笑われるでしょうね。

 

「……さとり。」

 

柄にもなく言葉をつげなくなってしまったパルスィを見てかさとりが微笑んでいた。

 

「……ただいま。」

 

……やっぱり、さとりはずるいわ。笑顔が綺麗すぎるもの。

 

 

 

 

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