この橋渡る者無きこと長し   作:塵紙驀地

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鬼の友探し

 

「萃香が見つからない……?」

 

おうむ返しの後には沈黙が続いた。目の前の筋骨隆々の鬼でさえ途方にくれていることが見て取れる。パルスィには青天の霹靂であった。当然、次を捻り出すには時を要した。

 

「……詳しく教えてくださるかしら。」

 

萃香が死ぬとは思えないわ。北で落石に押し潰された?……まさかね。有り得ない。拐われるような奴でも無いわよね。

 

「勇儀殿に直に聞く方が早いが……何日か見ていないそうだ。勇儀殿の様子からして然程困ったことではないかもしらん。いで、水橋殿はいづくへとお出でになる。」

 

「……勇儀の所よ。丁度聞きにいこうとしていたのよ。」

 

……勇儀がちょっと気にしているくらいなのかしら。なら大丈夫かしらね。萃香だもの。

 

「そうか、都合がいい。さらば、勇儀殿のもとに一度来てはくれぬか?勇儀殿が水橋殿も探しておられたのでな。」

 

言葉が少し古いとでも言うか……。このくらいなら分かるけど。

 

向こうから呼んでいるのならば渡りに船。そう思い、付いていくことにしたパルスィ。

眼前の鬼、さながら熊だ。束帯の上からでも盛り上がりが見てとれ、背丈の差は二尺はかたい。鬼と喧嘩など心の底からお断りだ、と思わせるには十分だった。

 

「貴方は大きいわね。それに、いい服。」

 

頭とやらは皆つくづく羨ましい限りね。それに鬼。力。妬ましい限りよ。

 

「……悪い、歩くのが速かったか?」

 

「いいえ、そんな訳では無いわ。」

 

僅かな間だが気配りも出来ない訳では無いのだろうか。この頭のもとで何故内乱が起こったかパルスィには理解出来なかった。

 

この頭が嫌いで反乱を起こすのも……もしかしたら残酷な一面を持ち合わせているのかも知れないわ。 勇儀がそれを許すとは思えないけれども。……分からないわね。

 

からんころんと鬼の下駄の音が繁華街に響く。騒々しい繁華街も二体もの町の頭がいれば静かにもなる。パルスィは心なしか鬼の歩幅が大きくなったような気がした。

 

「……無駄に偉くなると場を壊してしまって仕方がない。」

 

鬼が苦笑いを見せる。意外と小心者に近いのかもしれない。そんな鬼がパルスィには珍しく見える。

 

「貴方の強さに息を飲んでいるだけではないかしら。」

 

「さはいえどもな……。」

 

早足ね。優……優しい内に入るのかしら。……それで歩くの速すぎないかしら?

 

己が居ることで静かになる街に居心地が悪いのか、ずんずんと街の中を進んでいく鬼。先程の気配りも出来ていたなどの様子から見るに無意識だろう。パルスィは半ば駆け足で付いていく。大通りを突き抜け、ようやく鬼の住む町へと抜けた。己の鼓動が聞こえる。足音と呼吸が彼女の脳を占め――

 

「――っ!……本当にすまない。その、大丈夫か?」

 

耳が他の音を久々に拾った。

息があがったパルスィには、ここで気付いてもらえたことは横様の幸いだった。しかし、これでは苦言の一つも呈したくなる。

 

「ほ、本当に速いわね。こんなの誰もついてこれない、と思うわ。もう少し、周りに気を回してはどう……かしら。」

 

息が……。飛んだ方がましだったまであるわ。……この鬼、別に気配りが出来る訳ではなかったわね。

 

「……歓楽街に目を向けすぎた。折角街で楽しんでいるのに素面の頭が居たら襟を正さんとする妖怪も多いからな……どうにかせんといかんかと思いて……。いや、何の由にもならないことは心得ている。まことにすまない。」

 

どうにもこの鬼は一つの方向にしか目がついていないのかもしれないわね。当たり前だけれど。……しおれて見えるわ。大きいけれども。ここまで歩いて疲れたようすも無いし、鬼はおかしいわよ。

 

「……ここからはゆっくりと歩いていこうと思う。」

 

「……そうしてほしいわ。」

 

息を整え、辺りを見回す。軽く見ただけでも大層立派な建物が並ぶ町だ。橋町の建物でさえ比べるに能わず、ましてや北町もだ。パルスィの家と同等もしくはそれ以上の大きさを持ち、何よりも横に広い。土地を持つということは、狭い地底では裕福であることと直結する。そして何よりも卯建が高い。

 

「……珍しいのか?」

 

「妬ましいわね。私でさえここまで大きな家は持っていないわ。」

 

「橋町はそこまで大きな建物は無いのか……。もし良ければだが、建て替えんか?町の頭の家は大きい方が良かろう。古き友にいい大工がおる。普請してみてもよかろう。」

 

ああ、家を大きくしても一緒に暮らす妖怪がいないのよ。なんといっても、勇儀からの贈り物であるわけだし。はぁ……。

 

「……悪いわね。勇儀に建ててもらった家なのよ。建て替えるつもりは無いのよね。……それに独り身なのよ。」

 

ため息でもつきたくなる現実と、いい思い出の数々。パルスィには断る以外の選択肢はなかった。

 

「……失礼した。家の大きさを物差しにしてはいけなかったな。勇儀殿が建てた家に住んでおられるか。なんとも羨ましいことよ。いやはや我が友も、流石にそれには勝てんなぁ。」

 

くつくつと笑う鬼。この鬼が笑顔を初めて見せた。

 

笑われるほどの事でも無いわよね。どこがおかしいのかしら。……独り身の何が悪いのよ。

 

「……何よ。」

 

「それでこの家が羨ましいとは、なんとも贅沢な。」

 

少しばかりの羨望の意が入り雑じった発言。パルスィはお株をとられた気持ちだ。

 

「私は嫉妬の妖怪といった所だから仕方がないじゃない。鬼なんて本当に羨ましいことばかりよ。」

 

「そうか?鬼という妖怪が羨まれるほどいいものだとは思えぬが。」

 

「何か一つでも優れている所があれば羨ましくなるのよ。」

 

「さようで。申し訳ないが余り分からない。おや、あと僅かではないか。」

 

……もう着くわね。なんだか、珍しい鬼だったわ。

 

パルスィには鬼にしては物珍しい印象しか無かったが、鬼からしても嫉妬の妖怪は珍しかったのか、まだいくつか聞きたそうな顔をしていた。だが、既に勇儀の家は目の前にある。彼は用は終わったと判断したのか、ここで去っていった。

 

 

 

パルスィが戸を叩いた。

 

「誰だい?」

 

「私よ。」

 

中から知った声がし、目に隈の出来た勇儀が出てきた。思わずぎょっとするほどの。

 

「ちょっと、大丈――」

 

「……パルスィ?萃香が、居ないんだ。萃香。なあパルスィ、どこにいるか知っているか?あいつが……死ぬなんてあり得ないんだ。」

 

「勇儀!」

 

聞いていた話と違う。もっとまずい状況かもしれない。洒落にならないわよ。勇儀ってこう……。こんな一面もあったの?

 

普段の勇儀とは似ても似つかない鬼。亡霊とでも形容するが良いか、心ここにあらずといった様相だ。

 

「なあ。」

 

「わ!ねえ……!」

 

「ちょっと話を聞いておくれよ。」

 

勇儀は驚きで茫然自失としていたパルスィの肩を突然掴み、ぐいと顔を近付ける。角が刺さりそうになるが顔を反らして避けた。

 

危ない……!それに、お酒臭いわ。酔っているのかしら?でもこんな悪酔い見たことがないわ。肩が……!

 

肩が歪む音がした。パルスィは勇儀の目を見つめ返したが、目に光がない。据わった目に目を背けそうになる。何よりも、ここまで憔悴した勇儀を見たことがなかった。パルスィは勇儀に恐怖を覚え、初めて逃げようとした。

 

「……私が――」

 

「話を……聞くから離して!痛い!」

 

勇儀の肩が跳ね上がる。驚いたのか手を離し、ようやくパルスィの肩への力が消える。少しの間沈黙が場を支配した。

 

「すまん……聞いてくれるか?お茶も出すから。頼むよ。あいつを全然見ていないんだ。」

 

「ええ……。」

 

パルスィの返事を聞いた勇儀はふらふらと家の中に入っていく。勇儀の家は静かだった。家の持ち主が、来客の応対に出て、他には誰も居ないので当たり前ではある。

しんとしている見知った家の中を勇儀に付いていく。あの荒れようでは、徳利でも林立しているかと予想していたが、実際はそうでもなかった。寧ろ勇儀の部屋の前は綺麗にまとめられていた。物が散らばっていたのはむしろ萃香の部屋の方だった。

 

思っていたよりも悪い事態かもしれないわ。部屋に物があるのにどこかへ消えた。というのは怖いわね。家出だと思っていたけれど違うのかしら。鬼の四天王……あとの二人は知らないのだけれど、そんな妖怪を殺せる奴なんてここにいない筈よ。鰯が苦手なんて噂もあるけれど、鰯なんてここでは手に入らないし、大豆が苦手なんて絶対に嘘よ。よくつまみに食べていたわね。もしかして、煎り大豆が苦手なのかしら。……本当に苦手だとしても殺されるまで苦手な筈がない。鬼の弱点なんて所詮人の願望でしかないしね。……考え付くことが悪い方ばかり。

 

「座ってくれ。」

 

勇儀は胡座をかいて座った。応接間は左側の縁側から光が差し込んでいるのはいいものの、少し寒い。

パルスィが座布団に座ったことを見て勇儀は先程座ったにも関わらずまた立ち上がり、お茶を用意しに行ったのか、右端から視界から消えた。パルスィが部屋をぐるっと見回すと、これまでに勝った力自慢での景品などが奥の大きな戸棚に見える。硝子も使い、明らかに高価な棚だ。よく見ると、パルスィの家の戸棚とほとんど同じ戸棚だとわかった。右手には小さな棚があり、なんとも高そうな酒がずらりと並べられている。目の前の机も六人は集うことが出来そうな机だ。なんといっても部屋が広い。勇儀は鬼の総大将である、と見るもの全てから理解させられた。しかし、彼女の心を占めるのは友の様子だった。

 

さっきの勇儀、何かおかしかったわ。鬼が仲間思いなのはよくよく知っている。私にだってこんなにもよくしてくれているのだから。……それでもよ。萃香は……何時頃から見ていなかったかしら。最近見たような……?

 

「手短に話そう。腹が減るから。ほいお茶だよ。」

 

勇儀の持ってきたお茶は一つだけだった。改めて床に胡座をかいた勇儀は、自身の瓢箪に口をつけた。

 

「……ありがとう、それで萃香はいつからいないのよ。」

 

「萃香は……二日だ。二日前なんだ。あいつが、何も言わずに二日も消え去る筈がない。」

 

予想よりも消えた日数が短いことに驚くパルスィ。いささか安堵し、二日ごときでは過剰反応でしかないとも思えた。しかし勇儀はそうではないらしい。今にでも立ち上がって探しに行こうとする意思が見える。

 

「二日……?二日だけなら、どこかに泊まっているだけ――」

 

二日くらい友人の家に泊まるなんてことは多々あるように思えるのだけれど。……私は無いわね。

 

「萃香はいつも私に行き先を教えてくれたんだ。でもその日は消えたんだ。しかも荷物を持たずしてだよ。用事なら荷物を持っていくさ。……私は心配で心配でたまらない。少しでも考えてもみてくれよ、一緒に過ごした友が消え去ることを。……あれだ、こいしとは違うんだ。」

 

そう言われてみれば……一緒に住む妖怪が消えるなんて心配で仕方ないかもしれないわ。それに勇儀と萃香の仲だもの。……妬ましいわ。

 

勇儀ら鬼が何故地底にいるかを知らないパルスィではない。正しいかはともあれ、パルスィは鬼の結束の深さを少し見誤っていたと解した。

 

「私は萃香がやられたならそれはそれでいいと思っている。正統な手段なら。」

 

……やはり鬼の価値観はよく分からないわ。心配で無事を願っているのに死んでいても構わない?騙し討ちが大嫌いなのはよくよく分かっているけれど……。

 

「でもな、萃香を正面から倒すっていうのは物音なしでは有り得ないんだ。そんな決闘はすぐに気付く。あいつだけが私を差し置いていい思いをした訳じゃあない。だから……だから私はこんなにも気にしているんじゃないか。」

 

再び勇儀は黙りこくってしまう。重い空気が流れ、困った立場に置かれたのはパルスィだ。鬼を慰める言葉が見つからないのだ。パルスィと鬼とは信念に大きく懸け隔たりがある。そのためどう対応したらよいかさっぱりだった。当たり障りのない無事を願うことも正しいかさえ分からなかった。

ただパルスィは一つ聞いたことがある。

あの時鬼は騙された。そして仲間を失った。その事が鬼にどれ程の意識の変革を起こしたか。既に仲間の消息が分からないこととは無上の喜びになり得ないのだ。

昔はそうではなかったのだろう。鬼が死ぬ時は人に成敗された時と愚かに自滅した時くらいであった。それ故鬼は死を尊び猛者を語り継いできた。だが変わった。鬼は他の手でも死ぬようになった。仲間の消息が分からないと知り、あいつは騙されたかもしれない、と考えてしまうこの時世、仲間の消息が分からないと聞きどうして心中穏やかでいられるのか?

……畢竟鬼は命が惜しくなった。仲間が惜しくなった。だから仲間想いなのだ、と。歯に衣着せぬ、ただの噂話である。しかし、聞けばそうかもしれない、程には的外れではないように聞こえた。

 

「……萃香は騙される類いの鬼ではないわ。貴方こそよく知っているでしょう?」

 

「そう……だな。私はあいつを信じているんだ。」

 

瓢箪を眺めて余計なことを考えないようにし、自分に言い聞かせるような内向きの呟き。今日の勇儀は全て初めて見る勇儀だった。

 

……今、嬉しいと思ってしまった。勇儀はこうも落ち込んでいるというのに。なぜかは容易く見当をつけられる。嫉妬の裏返し。私もどうしようもないわね……勇儀。私は貴方の味方であり続けたいものね。貴方にどれだけ助けられたか。

 

パルスィは己が所詮は下賎な妖怪であることをよくよく知っていた。そんな彼女を文字通り拾い上げたのは勇儀なのだ。ここが精一杯の恩返しをする良い機会だと定め、昔聞いたあらんかぎりの惻隠の心を表現しようとした。

 

「貴方だって急に大変な用が舞い込んでくることもあるでしょう?大丈夫よ。困ったら私も手伝うから。貴方がここでの初めての友だもの。」

 

「パルスィ……。萃香が二日も消えたことなんてなかったけど……、そうだな、最近沢山事件があったからあいつも忙しい。そうだよ。」

 

ええと、勇儀は励ます方がいいのかしら。どうにも自分の中で答えが出ているようだし。何なら背中を押して欲しかっただけね。萃香を信じている……鬼も心細いなんて気持ちがあるのね。

 

「元気を出してもらわないと鬼の士気にも関わるから。ねえ勇儀?」

 

「それは……違うさ。」

 

「あら?」

勇儀が悲しそうだと鬼も士気が上がらないに決まっているわよ。大黒柱そのものじゃない。

 

「ここまで見るに忍びない姿……見せるのはあんたや萃香くらいだよ。……他の奴に見せるなんてするわけがない。……取り敢えず私は腹が減った、何か食べに行こうよ、いいだろ?今独りは嫌なんだ。」

 

仁義礼智全て兼ね備えたと表しても過言ではない鬼が見せた「隙」で、下賎な妖怪のちっぽけな惻隠の心とやらは吹き飛んだ。

 

自分で言っていて恥ずかしくないのかしらこの鬼は……!

 

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