この橋渡る者無きこと長し   作:塵紙驀地

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鬼が失くすもの

 

結局、腹から直々に来る催促には勝てるはずもなかった。勇儀と二人で、来た道を戻りつつ麺類談議に花を咲かす。ここ地底でもうどんは人気だった。生憎、地底では冬小麦は作れなかったが、春小麦には適した土地があった。パルスィはよくもこれで地獄を名乗っていたものだと感心したが、これは語るには無駄ことだった。かつての地底では「地獄」は南町や、さらに南に存在していた。南町を除く旧地獄など所詮は岩と土、草原や荒れ地のみであった。地獄とは名ばかり、そこに小麦が収穫出来る土地があっても何らおかしなことではないだろう。

……冷たい湧き水とやや痩せた土地。冷涼な気候と、絶好の条件で作られた蕎麦も捨てがたかった。蕎麦を極めた鬼の打つ蕎麦など想像しただけで涎が出る。……そろそろ鬼の立派な住処が並ぶ町を抜ける。気分の沈んだ友と飯を食らいに行くのだ。最高の選択をしなければなるまい。パルスィは金に糸目はつけないと決めた。繁華街の絶品の数々、吟味してもし足りなかった。がやがやと賑わう繁華街は来る者を受け入れ、皆を飲み込んでいた。

 

「お腹が空いているなら、何を食べたいか決めてあるのかしら?」

 

……鬼はこれが楽ね。嘘もつかないし。言われた通りの店に行けば外れも無いのよね。……私がいい店に連れていってあげることが出来たらなお良かったのだけれど。ここの街のお店、有名どころしか全然知らないのよね。ここに住む妖怪が妬ましいわ。

 

「いいや、そうだなぁ……。」

 

悩む仕草を見せつつゆったりと歩く勇儀。吐息がパルスィの視界を白く染める。パルスィは勇儀の次の句を待ったが、なかなか出てこない。

はらはらと雪が降り始めた。頼まれた橋町の様子、外に服を干していなかったかと次々脳裏に浮かんだが、今さらどうしようもないことだった。

 

「おさけ――」

「酒場は無しよ。下品な輩ばかりで気が滅入るもの。」

 

昼間から酒場に居座る野郎なんて、女の躰にしか興味のない奴ばかりだわ。ヤマメも困っていたらしいし。……夜の方がましね。

 

異性への視線は性別に関わらず気付かれるもの。劣情を抱いたものならなおさらだ。当然だが、見られる側はたまったものではない。しかし残念なことに、地底にはそこまで頭の回る助平はいないようだった。挙句の果てには品定めを当人に聞こえる大きさの声で行う。パルスィやヤマメは鬼の上下関係に入らない美女であるためか、そこそこ悩まされてきた。

 

「あー……確かにそうなんだけど……違う違う。昼からでもお酒が飲める美味しいうどん屋があるんだ。変な奴もいない。……萃香とよく行ったものだね。」

 

「へえ?」

 

「まあお酒はどこでも飲めるよ。まず旧都の真ん中で酒を飲めないわけがない。」

 

「……そうね。そうだったわ。」

 

素面しか居ない店は無いのね……鬼だから仕方ないのかしら。それでも、勇儀が変な奴はいないと言うのなら本当なのでしょうね。

 

雪はしんしんと降り続ける。寒さが二人を無口にする。沈黙が気まずいのではない。むしろ心地よいのだ。二人は横たわる沈黙を楽しめるだけの年月を共に過ごしてきた。

やがて店が増え、酒場が増え、歓楽街と言える街並みへと景色が変わった。どこからどうみても普段通りだった。どうやら、酩酊した鬼や妖怪は北町での轟音など歯牙にもかけないらしい。

 

「落盤があったのに……、ここはどうしてこうも何も変わらないのね。」

 

「……あれでも私の仲間だ……もう少し周りに気を配ってくれたらいいんだけどな。……萃香のことにかまけていた私も人のこと言えないな。忘れてくれ。」

 

勇儀は辟易とした顔を見せる。が、先の己の様子も思い出されたか、苦い顔となった。

 

「……仕方ないわよ。友達が消えていなくなるなんてそう滅多に無いわ。」

 

「そうでもあるんだけどさ……。」

 

……地霊殿ではあまり町での協力をお願いできる雰囲気ではなかったのよね。勇儀もそうだったけれど。……どうにかして気分を戻してくれないと困るわ。家を出るときはやや戻ったかと思ったのだけれど、万全では無かったのよね。

 

雪は降り続ける。されど、積もるとまでは言えない程度の雪だった。やにまに勇儀は立ち止まる。白煙をもこもこと出しているこの店らしい。外から見ても広いとよく分かる大きさの店だ。

 

「湯気が立ち上がっているこの店?」

 

「そうよ。おすすめは――」

 

店は繁盛しているようだ、がやがやとうるさい。亭主はこちらを見ると丁稚らしき妖怪になにやら怒鳴ったようだ。その丁稚はこちらに駆けつけてきた。

 

「勇儀様とそちらは橋町のお頭であられますか?」

 

「そうだよ。パルスィって言うんだ。覚えときな。」

 

勇儀、なんだか上機嫌ね。ここのうどんがそんなに楽しみなのかしら。

 

「お二人様は御座へご案内致しますので……。」

 

丁稚、勇儀のあとに付いていきつつ、店を見渡すと客は鬼ばかりであると湯気の中分かった。高い店なのだろうかと目星をつけ、亭主の前を通り抜ける。お年を召した鬼とだけ分かったが、パルスィには見覚えが無かった。

店の奥まで来たように思える。丁稚は襖をあけた。中は十畳程の畳が敷かれた部屋だった。それに暖かい。この寒さの中歩いてきたパルスィには暖かさがしみる。

 

「お品書きは……壁にあるわね。」

 

「まあ、頼んでも亭主はほとんど違うものを持ってくる。あてにならないよ。」

 

ええ……変な店。どうしてこの店がいいのかしら。

「……何のためのお品書きよ。」

 

「黙って亭主が決めたうどんを食べるのがいいよ。美味しいからね。」

 

「ふうん?よくわからないわ。」

 

「あ……嫌だったかい?」

 

「そんなわけないわよ。驚いただけ。たまにはこういうのもいいわね……って。」

……気を使わせるのは悪いわね。別に嫌じゃないのだけれど。

 

「や、良かった。パルスィ、今日は私の奢りだよ。」

 

慌てたパルスィがぱっと口から出した言葉だったが、この店が嫌では無いことは確かだったので、勇儀に嘘をつく最悪の事態は免れたようだった。奢りは撤回させようとしたが、ほどなくしてパルスィが折れた。

店主が決めたおすすめのうどんで、と注文を終えた二人は窓の外を眺める。雪は強くも弱くもなっていないようだった。拵えてある庭園が窓の向こうに見えた。松が生え、瓢箪の形をした池があり、そこには橋が架かっている。

 

「旅館みたいね……。」

 

「そうだろう?あんたとも行ってみたかったんだよ。」

 

「ふと思ったのだけれど、うどん屋なのにこの風景を眺める時間があるのかしら。うどんの出来上がりは早いわよね。」

 

「ここはうどんの他にもいろいろ出してくれるんだよ。料亭でもあるから。今回はうどんだけにしただけで……。今はあまり多くは食べられないんだ。」

 

友を思うと食事も喉を通らない、か。萃香はそこまで勇儀に大事におもわれているのね。……ここもまた来てみたいわね。次はうどんのほかの物にしてみましょうか。

 

「萃香が見つかればまた皆で来ましょうよ。次はうどんの他も頼んで……ね。」

 

「……そうしたいな。……うどんにしては遅いな。そういえば、どうしてパルスィは家に来たんだい?」

 

パルスィがどうしたものか悩んでいた所を、運良く勇儀の方から切り出してくれた。

 

「そう、その事なのよね。北町が酷いことになったじゃない。」

 

「そうだね。」

 

「橋町だけでは支えきれないから、なんとか中心街の援助を受けられないかしら?」

 

これで私の目的は半分達したわね。地霊殿は……まあいいかしら。さとりに仕事をさせるわけにはいかないもの。こいしが何かするとは思えないような……。

 

「ううむ、冬だから米も大切にしたいけれど。中心街の西の蔵が燃えたから余り出せそうに無いな。……今一番米に余裕があるのはあんたのところなんだよ。本当にすまないな。雑穀は出せるよ。東町に頼むといい。言伝てをしておくよ。」

 

鬼の言うことだから本当にそうなのでしょうね。なら仕方がないわ。……どうやって橋町の皆に説明しようかしら。

「……そうなのね。ありがとう勇儀。考えてくれるだけでも嬉しいわ。」

 

「あ、でも地霊殿の蔵の中身は私も知らないんだ。もしかしたら余っているかもね。」

 

「地霊殿は今忙しいから何か出来そうに無いわね。」

 

「あ……そうか。そうだっ――

 

バタン!

 

「ひゃっ!」

 

襖が勢いよく開けられ、丁稚が見えた。

本膳に料理が載っている。が、どう見てもうどんでは無かった。

 

「え、ちょっ――」

 

聞く前に丁稚は出ていった。

 

「……パルスィ、大丈夫かい?」

 

ああ、胸がばくばく言っているわ。開ける前に声くらいかけるものじゃないの……?え、何よこれ。うどんじゃないわ。

「……どうなっているのよ。吃驚したわ。それに……これ、うどん?」

 

「……あのくそ亭主、ついにうどんと本膳の見分けもつかなくなったか。」

 

……勇儀のおすすめの店がよくわからなくなったわ。丁稚も丁稚だし。

 

「……わざとなのかしら。」

 

「ああ、亭主はわざとだよ。……新しい丁稚は言葉遣いを最近学んだだけの阿呆みたいだ。前の奴はもっとよかったんだがな……。そうか、あいつは西に住んでいたんだ……。ごめんよパルスィ。」

 

……すすめた本人も不本意なことならわからないこともないわ。……それにしても、本膳一式を作ったにしてはとても短かったわ。料理は美味しいのかもしれないわね。早いことが美味しいことと直で結び付いているとは言えないけれど、腕はあるのかしら。

 

「亭主はあんなんだが、料理は絶品だから安心してくれ。さ、食べ……。」

 

渋々再び座り、手を合わせてから頂く。高い店ではどう振る舞えばよいか知らなかったので、取り敢えず出された魚に口をつけた。確かに美味しい。どこの川か分からないが、岩魚だろうか。煮魚も美味しく、何の魚か分からないが刺身も旨い。

 

……生魚なんていつぶりかしら。私の周りで生魚なんて食べたらお腹を下すわ。うどんは食べられなかったけれど、これはこれでいいものね。

 

「ねえ、勇儀……勇儀?」

 

「……!あ、いや。……う、何も無いんだ。何も無い……。今食べるよ。」

勇儀に礼を言おうと顔をあげてみた時、勇儀は固まっていた。不審にパルスィが声を再びかけて漸く気付いたようだった。目を反らしてか細い声で何も無いと話す勇儀。かえって何かあると勘づくには十分すぎるものだった。

 

何も無い……ほとんどうわべだけね。勇儀らしくない。……あまり喉を通らないというのは正しいのでしょう。それでも勇儀が一口も食べられないのはおかしいわ。だって勇儀、うどんは頼んだのだもの。なら別のことね。何か思い入れがあるのかしら。勇儀は何を聞いてもらいたいのかしら。

 

「……遠慮しなくていいのよ?」

鬼のくせに私に隠し事なんて……。そうね……。

 

「いや、今食べるから遠慮は――」

 

「さっき私に嘘をついたのでしょう?酷いわ……何か言いたいことがあるのよね?聞いてあげるわよ。教えてほしいわ。……ね?私達、親友だもの。」

……我ながら酷いわ。

 

勇儀にかけた言葉は、勇儀に話す以外の選択肢を奪うものだとパルスィはよく分かっていた。親友が善意の塊で力になろうとしてくれる。おまけに親友のパルスィに真実を明かすことから「逃げた」ことがばれ、それを悲しまれた。こうなったら、勇儀は真実について語ることを拒める鬼ではない。話せない、と口に出すことも憚られる立ち位置に勇儀は追いやられることになると、パルスィは余すところなく理解していた。

 

「……あの亭主、萃香と初めて来た時の料理と全く同じものを出しやがった。」

 

昔はうどん屋ではなかったのかしら。それに、また萃香……妬ましいわ。

 

「その日は私達がここに引っ越した初日だった。この店は昔からあったんだ。私達はこのお膳を頼んで……それはそれはとても美味しかったんだ。」

 

「……それで、どうなったの?」

 

「私が地上を本当に捨てたのはあの時だよ。地上への一抹の未練すら断ち切ったんだ。人間そのものを捨てたんじゃ無いけれどね。」

「萃香と仲間が居て、これだけ美味しい飯が食えるならもういいんだ、ってね。魔性の飯だよこれは。」

 

勇儀は膳の上の徳利を取り、猪口にも注がず一気飲みした。パルスィには話の続きを予想する時間が生まれた。

 

魔性の飯……次の言葉が何か分からない。勇儀は何を言いたいの?

 

「ねえ――」

 

「萃香が居なくなって私は親友や仲間の大切さに、今度こそ本当に気づかされたんだパルスィ。私は萃香やあんたが愛おしくてたまらない。」

 

勇儀……嬉しい。それで、私は、……ごめんなさい勇儀。

 

嬉しさと軽い気持ちで話させたことへの罪悪感が入り交じる。目の前の高潔な鬼はここまで下劣な行いをしたパルスィを親友に据えていた。鬼に騙し討ちのように語らせたパルスィを!

 

「でも……また消えたんだ。二回目だ。もしかしたら三回目かもしれない。でも、萃香が消えたことはこの中で一番辛い。」

 

二回目……三回目……?

 

「……頼むよパルスィ。あんたは消えないでくれ。失くしたかもしれない、と思うだけで辛いんだ。例えそれが家出だったとしても!」

 

そうか……あの鬼退治!合点がいった。手にしたものをどれだけ勇儀が恐れているのかも。……独りは嫌、ね。今日は私を手放すのが嫌だったのよね。私が去ってどこかに行ってしまうことを。……思い上がりかも知れないけれど。

 

「勇儀。私は消えないわ。ここ地底で死ぬまで一緒なのよ。住むところは違うけれども。……貴方を見捨てる奴が居るわけないのよ。」

 

勇儀は本膳にぽたぽたと涙を落としている。当然食事どころではなくなってしまった。

そっと抱きしめても、勇儀は抱き返してくることすらなかった。

 

 

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