この橋渡る者無きこと長し   作:塵紙驀地

38 / 67
本能は理性より強い

 

「困ったわね……。」

 

勇儀が寝やがったわ。こうなってしまうと、こいしと同じ穴の狢よ。あの子、きっと今もさとりを膝枕しているのよね。足は痺れてないかしら。……どちらかと言えばさとりを膝から強く床に落としていないか心配だわ。こいしはこいしで変わっているもの。飽きた、とか言ってあの容態のさとりを一人にしている……ありそうで怖いわ。まあお燐がいるから大丈夫でしょう。確か一度地霊殿に戻る約束をした筈だから……したかしら。戻って損は無い……外は寒いわね。……それでも一度戻りましょうか。

 

「いつまで寝るのかしら。私は背もたれなんかじゃないのよ。」

 

幾ばくか時が過ぎたように思える。何も出来ないし触るものが……髪。立派なつの。手入れなんてしていないでしょうに相も変わらず綺麗ね。……鬼の好みはよくわからないけれど、好かれて当たり前な筈なのよね。どうして独り身なんだか。強くなると、伴侶を見つける必要もなくなるのかしら?

 

「重い……。」

 

正直、重い。それでも思ったよりはましね。どこからあの力を出しているのやら。妬みだけではないこの不思議な感じよ。……妬んでもどうしようもないような?もちろん妬ましいことには妬ましいのだけれど。

 

……暑い。部屋を暖めすぎよ……。部屋の襖を開けようにも動けないし。勇儀を寝かせてもいいかしら。暑さで倒れそう……勇儀も、もしかして脱がした方がいいの?……何が悲しくて勇儀の服を脱がさないといけないのよ。余計に妬ましくなるだけだわ。でも脱がせた方がいいなら勇儀のためか――

 

店の中で誰かの怒鳴り声、そして悲鳴。どたどたとなる足音。考え事をしていたパルスィは驚き、体が自ずと跳ねた。

 

「……!?勇儀!勇儀!起きて!」

 

「……?ああ……?」

 

にわかに騒然とする店内。パルスィは少し怯えながらも勇儀を起こした。寝る前のことを全て忘れたかのようにさえ見える勇儀は一つあくびをして振り返った。

 

「何だい……?」

 

「お店で何かあったわ。」

 

「ああ……。」

 

勇儀は少し首を振り目を覚まそうとした。酒か暑さか、その頬は紅潮している。

 

「あつぅ……。」

 

「当たり前でしょう。さっさと……いいえ、ゆっくりでいいわ。……それで、勝手にどこかへ行かなかった私を褒めてほしいわ。」

 

突き放そうとしたが、さっきまでとても飯すら食べられない様子だったことを思いだし、パルスィにはそれすら憚られた。当然どこかへ行けた状態ではなかったが。

再び大きな物音。勇儀はようやく意識をはっきりとさせてきた。おもむろに立ち上がり、自ずとパルスィの腕の中から離れた。

 

「はあ……何があったんだい。」

 

「……分からないわ。貴方がずっと寝ていた時に支えていたから。」

 

「……悪いことをしたね。」

 

まだ眠いのか、一言一言に間が入る。心地よい音をたてて襖が滑り、ひやりとした風が二人の火照った体を撫でた。パルスィの熱でぼんやりとしていた頭もはっきりとしてきた。

 

「着物が乱れているわよ。」

 

「あとで綺麗にする。見えたら不味い所は見えていないだろう?」

 

「そうだけれど……はしたないわよ。」

 

「鬼がはしたないのは今に始まったことじゃあない。妖怪なんぞそんなものだろうさ。」

 

「勇儀は別に……はしたなくはないわよ……。」

 

勇儀は不機嫌のように思えた。さとりでもないので、なぜかはパルスィには全然わからなかった。

店では未だに騒然としていた。ここの御座は他の席と少し離れている。それだけ大きな建物だった。廊下を渡り、先ほどの所へ戻らない限り、中は見えない。勇儀は渋々戻ってやる、といった様子だ。

 

「折角いい気持ちで寝ていたのにな。」

 

「……ごめんなさい。」

 

「いや、パルスィは悪くないんだ。……その、むしろさ、ありがとう。勝手に寝てしまっても、どこかへ行かないでくれて。」

 

「消えないって言ったのよ。誰が消えますか。」

 

「つくづく良い友を持ったよ。」

 

大見得をきってかっこつけた手前、あの勇儀を置いてどこかへ行ってしまえるパルスィではなかった。ましてや相手は友でもある鬼の現頭領だ。嘘をつける筈もない。

御座を離れ、店へと戻ってきた。

 

「なぁにがあったてめえら!」

 

「っあ!勇儀!?」

 

突然勇儀が立ち止まり、怒鳴った。勇儀からは中が見えるのだろうが、少し後をついてきたパルスィはなりが大きい勇儀に視界が阻まれ、何も見えない。

 

「勇儀?どうしたの――」

 

「勇儀様どうかお恵みを……!」

「ここでやることじゃないだろう!」

「北の様子なんか知らないからそんなこと言えるんです……!」「帰れ!」「鬼は用意している最中なんだ少しぐらい待てんのか」「誰も北のために何をするか教えてはくれない――」「こちらが決――」

 

勇儀の一声で一度静まった店。再び怒声で埋まり、何も聞き取れなくなるまでにおおよその話は理解できた。

 

「勇儀……。」

 

「興醒めだ。店の前で誰かが野垂れ死んでいる。乞食でもやって鬼に殺されたんだろう。鬼も北町も落ちぶれたものだ。気分が悪い。」

 

勇儀はここの亭主のもとへ行き、何やら話をしている。パルスィは見たらいい気持ちはしないとわかっていながらも、店の中を覗いてしまった。

 

店先には妖怪――だったのだろうか。血溜まりに細い手、腹に殴られたようなあざ――あとは述べることさえしたくもない。

そして店で土下座をする北町から来たとおぼしき妖怪達。それに食べ終わったお椀などを投げつける鬼。乞食も場違いであるとは言える。が、ここまでする必要は無いように思えた。

 

「酷い。」

 

出てきたのはただ一言。この光景のたった一つにさえ何も美しさを見出だせなかった。

勇儀が丁度戻ってきた。

 

「……見たか……そうかい。あれが鬼だよ。鬼は闊達だ、なんてまやかしだ。気分が良いときしか鬼は優しくないんだ。昔は良かった……。あんたと会った時の。あの頃は良かった……。」

 

「勇儀……。」

勇儀は不快感を全面に押し出しつつ語る。

 

「言った通り、今日は私の奢りだ。……あんたにあれだけ甘えたんだ。どうか素直に奢られてくれ。……裏口から出られるように頼んできた。」

 

「嫌よ、水くさい。私も何か――」

 

「こんなもの、見せたくないんだ。私は大切なあんたに何をしてでも見せないと決めた。……例え嫌われてもな。」

 

「駄目!無理しているでしょう!」

萃香がいなくなった今、私に嫌われることは出来ないだろう、とまでは言えなかった。

 

「無理はしていない……頼む。ここでのいさかいはこちらに一任してくれないか。橋町には御隠居がいる。きっとあんたの家の前にも北の困り果てた奴はいるだろう。……手助けをしてやってくれ。」

 

もはやパルスィは何も言えなかった。勇儀がやけになっているのは分かった。その決意もひしひしと伝わった。先の光景を見て、気分が萎れたパルスィには勇儀の決意を跳ね返せるだけの気概は無かった。

 

言われたがままに裏口から抜けた。分かった、と告げた時に抱きついてきたあの感触だけが心に残る。雪は吹雪となりつつあった。パルスィはこいしとさとりの様子を知るために地霊殿へと踵をかえした。

裏口から、白くぼんやりとした中に地霊殿が見える。道はよく知らないが、適当に進んでもどうにかなりそうだった。

 

 

 

「お嬢ちゃん、俺らに金を寄越しな。」

 

が、ことはそう上手くは運ばない。目の前に立ち塞がる者によって足が止められる。地霊殿にたどり着くよりも、見たこともない四体の妖怪に絡まれる方が早かった。細い路地、確かに襲いかかるには十分である。少々不用心であったか、と思いつつ警戒する。

 

「……貴方達は誰よ。」

 

「答える奴がいるかぁ?」

 

「北から来たのかしら。」

 

「……。」

 

パルスィは少しの驚きをもって四体を見つめる。自惚れている自覚はあったが、自分の顔くらい覚えている妖怪が多いだろうと思っていたのだ。喧嘩を売られるのは久しぶりであった。

 

「もうすぐ鬼がなんとかしてくれるそうよ?罪を犯す必要もないでしょうに。」

 

「うるせえ!金がねえんだ!」

 

パルスィも少しの義侠心はあった。金がないと叫んだ中に悲痛な気持ちが混じっていることくらいは見抜けた。その一方で、勝てると思われるのも癪だし、そのごろつきに脅され、言われるがままに金を落とすのは気にくわなかった。増長する恐れもあった。それで他のことを要求してきたらさすがに庇えない。パルスィは円満に二度と顔を合わせないようになる策を探り始める。

 

「あと少し待てば飯にありつけるというのに。」

 

「飯だけじゃねえ。何も無い。寒さをしのぐ軒下すら無い。飯だけ配って安穏と過ごせる奴とは全く違う苦境に立たされているんだ。」

 

「役場はどうなの?困った妖怪は迎え入れてくれそうよ。」

 

「そんなものもうねえよ!……そうだ、お嬢ちゃん、家も寄越せよ。別に追い出しはしねえからさ。」

 

言い争いは平行線を辿る。問答無用で襲いかかる法外な馬鹿で無かったことに希望を見いだしつつ、細心の注意を払う。女だからと舐めてかかり、痛い目をみる典型的な愚か者とは少しだけ違うようだった。しかし、要求はだんだんと大きくなっていた。先にパルスィが諦めた。こんな奴等にかまけている余裕は無かった。

 

「勝てるとは限らないわ。私も一応戦えるわよ?」

 

「言うじゃねえか。四人がかりでもか?」

 

「殺すまでもなく、峰打ちでね。手加減してあげるわ。貴方達の話はぶちのめしたあとで聞くわよ。」

 

ここまで尊大な口上を述べた自分に驚きつつ、静かに妖力を練る。

 

「言ったな!やってや――」

 

小手調べで適当に妖力を練った弾を弾き飛ばす。右の二体が早速避けられずに足をもつれさせる。

左から石が飛んできたが当たるような狙いでもない。返しの一発が彼の右腹に当たり地に倒れる。

一体が飛びかかって殴りかかってくる。右の拳がパルスィの頬の三寸右を通り過ぎようとした丁度、股にパルスィの蹴りが入り、その妖怪は地面に突っ伏した。

 

「がっ……あ、がはっ……ちくしょう……。」

 

「……言ったでしょうに。誰も死んでいないわよね。」

直接蹴ったのはいつぶりだろうかと思いつつ、辺りを再度見回す。剛力の鬼や疫病を運ぶ土蜘蛛、火を扱う火車と喧嘩をする時に、殴りあうなどといった選択をしていては、命がいくつあっても足りない。周りには考えるだけでも妬ましく思える妖怪ばかりであった。

立ち上がる者はおらず、足をうごめかすしか出来ない様の妖怪しかいない。パルスィは殴りかかってきた妖怪の前で屈んで声をかけた。

 

「貴方も馬鹿ね……。そんなので腕っぷしに自信でもあったのかしら。」

 

「これでも強かったんだ……!」

 

「思い上がりが激しいわ。それで、貴方達……勇儀の前で懇切丁寧に事の次第を話せば悪いことにはならないわよ。」

 

「鬼の四天王を呼び捨てする奴と戦ったのか俺は……!」

 

「そんなでもないし、私と勇儀とは比べ物にならないくらい勇儀が強いわよ。ただ……友達なだけ。」

 

「頼む……悪かった。謝る。……助けてくれ。殺さないでくれ、あいや、殺さないでください。お願いします……。」

 

「……二度としないことね。水橋の名前を出せば勇儀もそう、そこまで貴方達をぞんざいには扱わないはずよ?へましなければだけれども。」

 

「橋町の……!嘘だろう?俺は……俺は……。」

 

「ま、あと少ししたら体の痺れもとれるわよ。良かったわね。下手に強くなくて。峰打ちする余裕が無かったら、お互い洒落にならない結果に終わっていたわよ。」

 

「そうだねえ!良かったよ!」

 

パルスィが驚き振り返る前に、ぬっと出刃包丁が目線を横切り、誰かに抱きつかれた。きらりと光る刃が目先を流れたことと、突然抱きつかれたためか心臓が跳ねる。反射的に振り払おうとし、振り返ると見知った顔だった。

 

「え……こいし?」

 

「お迎えに来たけど本当に良かった!包丁の切れ味を試すことにならなくて!貴方達本当に良かったねえパルスィに出会って。私なら全部殺していたよ?……そもそも出会わないか。覚えることも出来ない。」

 

「……こいし?どうしてここに。」

 

「……?何でだろう。何でか知ってる?」

 

相変わらずのとぼけた様子に力が抜けたパルスィは、勇儀が寝ていた昼に懸念していたことを思い出す。

 

「知らないわ。それで、ねえ……さとりは?」

 

「あーっ!お姉ちゃんを床に置いてきたのだわ!」

 

パルスィは不味い事態だと気がついた。この妹、死の淵からやっと戻ってきた姉を放ってきたのだ。今すぐにでも地霊殿に戻りたいと思うには十分な事実が突然目の前に現れたのだ。パルスィは頭が真っ白になる。

 

「ちょっと!今すぐ戻って……あ、貴方達も慎ましやかに生きるのよ!」

 

半ば忘れかけていた四体の妖怪に適当に声をかけ、パルスィはその場をあとにした。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。