この橋渡る者無きこと長し   作:塵紙驀地

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地霊殿代行、そして養生

二人の服には雪がかかっていた。手がかじかみ、体の芯まで冷え込んでいた。この豪雪のなか地霊殿まで飛んできたからだ。流れのまま広々とした玄関、長い階段を飛んで抜ける。屋内で飛ぶことに関しては年季の差か、こいしの方が遥かに上手い。目まぐるしく回廊を飛び回り、こいしを見失う寸前で部屋までたどり着いた。パルスィは別にさとりの部屋が分からないのではないが、一人で辿り着くにはわずかにあと少し手間を要する。一番早くさとりの部屋に着く道筋は知らなかった。なんとか二人で部屋に駆け込めた。

 

「お姉ちゃん!?」

 

声に驚き、びくりと動いたお燐とお空、そして驚きも見せず真顔のさとり。パルスィは安堵の気持ちでいっぱいになった。

 

「……。パルスィさんが心配してくれたことは嬉しいですよ。戻ってきてくれたことも。」

 

さとりは布団で半身を起こしたままじっと見つめてくる。幸いにも何も無かった、とは言い難いのはさとりの表情で分かった。

 

「皆が私を心配してくれて……。心地好くてまた寝てしまいましたが……。起きたらお燐しかいませんでした。」

 

やはりといった結果となってしまったようだ。さとりは何かそれに不満らしい。パルスィには、さとりも最近感情が表に出るようになったと感じる。

 

「パルスィさんが出ていったのはわかりますよ?えっと、落盤?でしたっけ?……ああ、パルスィさん落盤を見ていたのですね……酷い。思ったよりも大きい……。それでパルスィさんは地霊殿と鬼に協力を仰ぎにきたのでしょう。これは――」

 

「……働かせないわよ。」

「さとり様、働かせないよ?」

 

感づいた二人は己の勘を信じて遮る。

 

「……しませんから。」

 

当たりか外れかは反応から読み取れなかったが、先に釘を刺すことに長けてしまったようだ。

 

「さとりには休んでいてもらうわ。……なんだか騒がしいわね。」

 

「後ろの窓……開いてますね。」

 

「今すぐ閉めるよ。……きっと食べ物がない妖怪がいるんだろうね。落盤とか。」

 

この屋内でも外の騒がしさがわかる。お燐のため息と同時に鳥が入ってきた。かつて見た来客を知らせる鳥だ。もちろんあの時から年は過ぎているので、そのひ孫か玄孫か。それよりもっと後かもしれない。一声鳴いて腕を伸ばしたさとりの手の甲にとまった。

 

「いいな、お姉ちゃん。」

「育ててみたけど、やっぱりかわいいな。」

 

「……かわいいでしょ。さすがはお空ね。撫でると、うとうとする怠け者だけれどね。えっと、お――」

「あたいが見にいくよ。」

 

「――りん、……いつも助かるわ。」

 

客人でもあるパルスィに来客を確認させるのは失礼にあたるとさとりは考えていた。その一方でこいしは全く読めないので何をしでかすか分からない。また、お空は少々幼すぎる。必然的にお燐が応対することになっていた。

 

「……ちょっとばかし喧嘩っ早いから心配なんですけれどね。いつも頼ってばかり。……お空?心配しなくても貴方にも助けられているのよ?こっちへいらっしゃい。」

 

僅かな間に鳥は寝てしまったようだ。さとりは布団の隣に鳥をそっとおろした。お空は小さい歩幅でさとりのもとへ歩く。ありがとうと優しい声でささやかれ、撫でられているお空は幸せに見えた。パルスィにはうらやましくあったが、流石に直接僻むほど子供でもなかった。パルスィは別にさとりに撫でられることに憧れているわけではなかった。

 

「それで……こいし。私をおいてどこへ行っていたの?あ、そんな。寒い中で大変だったでしょう。……いえいえパルスィさんは分かりますよ?町のことも心配ですよね。ああ、鬼達も大変なのですね。北町の者を助けなければいけないと。そうですね……地霊殿の地下には……これなら大丈夫でしょう。飼っている動物達のために雑穀は出せませんがお米なら……。」

 

「流れるように仕事をしないで。」

 

「まさか、……私は他ならぬ貴方が困っていたから、貴方のためにお手伝いしただけ。それに、何をするかを決めるだけなら寝ていても出来ますし、仕事のうちには入りませんよ。貴方にはいつも助けられていますし。それでね、こいし……。」

 

他ならぬ、とつけられるとおべっかでも嬉しい。ただ、パルスィにとっては寝ながらであろうが、それは仕事であるとしか思えなかった。やがてさとりを心配に思う気持ちと、嬉しさが入り交じり形容し難い思いへと相俟った。一つ言うとすれば、パルスィにとって助けられているのは己であり、そう思われていたのは驚きでしか無かった。

 

「いつも助かっていますよ。」

心を読んでか知らずか、パルスィにむけて微笑みを見せ、再びじっとこいしを見つめる。

 

「……あーやっぱりだめかぁ。」

 

ひそかに話が流れてしまうのを期待していたのか、大袈裟な身ぶり手振りで悔しさを表現していた。見るからにわざとらしい。本当にそう思っているかすら分からないまであった。

 

「…………駄目よ。どこかに行っては。私から言うのも……だけれども、こいしにとって唯一の姉じゃないの。あんな……。」

 

「そうだよ……こいし様もさとり様に撫でられるように、さとり様をちゃんと助けてあげてよ?さとり様……私眠い。」

 

「寝てもいいわよ。」

 

パルスィが来た訳、一度去った訳は把握した様だったが、こいしがさとりを放ってどこかへ消えた訳は本人しか知らない、あるいは本人も知らないのかもしれない。当然、さとりには読み取ることが出来る筈もない。

 

「一応、お燐が戻ってきてからここから出ていったよ?お姉ちゃんは大丈夫かなーって。お燐は私が居なくなった時を見抜けなかったわ。……お燐もまだまだだよねー。」

 

パルスィはあの時本気でさとりを心配したが、どうやらこいしも最低限の分別はわきまえていた様だ。そうは言えども、病み上がりのさとりを放り出して良い訳にはならない。

 

「そうじゃなくて……。」

 

さとりは、誇って語るこいしにもどかしさを見せる。それを見てパルスィには、よこしまな考えだがある思いが浮かんでしまった。

 

「……分かった。お姉ちゃんも寂しいんだね。」

 

「そうでもあるけど違うの……直で言わないで。……パルスィさんも。」

 

そのよこしまな考えは当たってしまったようだ。恥じらいを隠せていない赤さだ。この顔を見ただけで今日で二度地霊殿まで寒い思いをした分に対しておつりがくるだろう。女から見ても可愛い顔をしている、それを読まれてさとりはさらに赤くなる。

 

「さとり、一人が嫌なら言えばいいのよ。」

「お姉ちゃん……ひとりぼっちは嫌よね。」

「さとり様、私は一人でもいいわ。」

 

「違うの、違うのよ。ただ……起きたときに、皆とすぐに話せないのは悲しいから……。ああ……パルスィさんは独り暮らしでしたね。家族は良いものですよ。」

 

パルスィは出来事をすぐに誰かと共有出来る環境にいた試しがなかった。嫉妬の妖怪の前で語り、あまつさえ良いものを自慢するのはなかなかの所業である。

 

「お互いにさとり妖怪だから何も気にしなくていいしね。残りは全部動物。それで、さとり妖怪はお姉ちゃんの他には見たことないかな。」

 

さとりは嬉しそうだ。何も考えていなさそうなお空を撫でながら、もう片方の手で『目』の上に掌を乗せる。

 

「……読めないけれど、ね。」

 

「……読ませないよ?当てさせもしないから。」

 

「……茶番はやめなさいよ。見ているこっちが妬ましいわ。」

 

遂にパルスィは耐えきれなくなった。まばゆいばかりの室内は、影を渡り歩いてきたパルスィには眩しすぎた。

 

「いつものことではありませんか。……でね、こいし。まだ言いたいことが……そうですね、やめておきます。さっきの一言で私は満足ですから。」

 

「そうやって勝手に……。お姉ちゃんはずるい。」

 

パルスィは一言がどれか見当もつかなかった。身内の話をされてはかなわない。

 

「姉ですもの。妹よりいい思いをして当然。」

 

「へー……言ったねえ。それでも結局さ、……そうなのかな。……あのさお姉ちゃん。私もお仕事出来るかな。さっきも言ったけど……お姉ちゃんの代わりにお仕事してみたくなったの。」

 

「唐突にどうしたの……?もしかして、本当に手伝ってくれるの?」

 

こいしは急に改まり、そして思いもよらぬことを話し出した。パルスィの気持ちはさとりが全て代弁してくれた。髪をいじりながらではあるが、勇儀に会いに行く前にした、冗談半分の話ではない、今回は真面目な話をしたいという意気を感じる。だからこそ珍しかった。

 

「まさか、お姉ちゃん信じていなかったの?」

 

「……ごめんね。その気持ちだけでも嬉しいと思っていたの。本当?信じていい?」

 

「そんないつもは信じてないみたいな言い方……。」

 

パルスィが何が目当てか、と考えていた所でふとこいしの方を向いた。昔から知った愛嬌のある顔だ。どこが特に美しいか、綺麗かではなく、ただ形容しようもなく綺麗なのだ。どんな顔か、と言われると返答に困る。

 

「違うのよ、嬉しいからよ。……ああ、そうですね、確かに。こいし、何かしてほしいことでもあるの?」

 

「……覗いたわね。」

 

「……その通りです。少し読みました。」

 

「知りたいことができたの。」

 

「何?教えて。家族だもの、気になるわ。」

 

心配そうな表情をするさとり。姉として妹を思う気持ちは固いのだろう。

 

「……最近お姉ちゃんよく話を聞きたがるよね。それこそ気になるよ?私のこと、そんなに気になる?」

 

「当然よ……。」

 

さとりは押し黙った。沈黙が場を支配し、動きが止まる。パルスィは、先程の表情から、実はさとりは満足していないのではないかと訝しんだが、どう考えてもその通りのようだ。静寂の中、先にこいしが折れた。

 

「……分かった。あのね?お姉ち――」

「さとり様!」

 

その前に部屋の僅かな空白に大石が投じられた。特に病み上がりのさとりの心臓に悪い。先に夢に誘われたお空を除いた全員の視線がお燐に集まる。

 

「ああさとり様、どうしたら。こればかりは……。」

「……本当?なら――」

「お姉ちゃんは休む!……どうしたの?今から私がお姉ちゃんの代わりにお仕事するから。」

 

さとりだけが心を読める為、対応の初動が速い。何より困ったことがある者は困っていることが頭から離れないので、どうしてもさとりは知る必要のない事件や相談を先に拾ってしまうきらいがあった。何時もの癖で対策を打ち出そうとし、こいしに止められた。こいしは普段もだが、より強引に振る舞っている。

 

「え?こいし様が?大丈夫かな……。」

 

「お姉ちゃんが出来ることを私が出来ない筈がないのよ。」

 

「違うわよ。私の方が出来るわ。第一、地底の管理を一通りしたことないでしょう。……でもこいし、約束するわ。私はこいしが泣きついてこない限り、口出しはしないことにする。」

 

「お姉ちゃん、ありがとう!でも、泣きつくことはないよ?私が全てやってみるもの。」

 

姉としての矜持だろうか、頑なに自分の方が出来ると主張するさとりも珍しかったが、張り合うこいしも同様だった。

 

「それでさ、お燐。何があったの?」

 

「なんだか住むところがない妖怪さん達があまたいるみたいだね。そんなもの、ありゃしないってのに。」

 

北町の家は見るにたえない有り様となった。だが、そこに住む妖怪全てが死に絶えた訳では無いようだ。あぶれた妖怪はなんとか生き永らえようとし、行き着く先は鬼の下と地霊殿だった。

 

「助けてくれってさ。食べ物も無いらしい。むしろ死んで――」

「お燐!……いけません。貴方は賢しい。私が言いたいことくらい分かるでしょう。」

 

お燐はつまらなさそうだ。北町の妖怪が死ねば、質を気にしなければ大量の死体が手に入る。また、お燐は辻斬りはそこに住む妖怪の内の一人だと未だ勘違いしていた。そしてお燐が見た辻斬りは、お燐が初めて見る姿をしていた。種族も知れぬ妖怪がさとりを刺したといった認識なのだ。つまり、今お燐は非常に北町の妖怪に冷たい。

 

「……さとり様ごめんなさい。言い過ぎました。でも、さとり様を傷付けたのは――」

「もういいの。例え私を刺した奴の仲間がその中に居たとしても、全てが皆悪い訳ではない。そうよね?……そこを分かってくれて嬉しいわ。ええ、不満があるのは分かる。でも、ね?」

 

「嘘。お姉ちゃん本当は怖がっ――」

「こいしは黙ってなさい。大切なのはそこではないのよ。」

 

お燐はそっぽを向いた。さとりに背を向けたからといって心を覗かれなくなる訳ではない。しかし、それはさとりから危険を遠ざけようとすることへの執着の裏返しであった。

 

「えっと、お燐。妖怪達と話したことはそれだけ?」

 

「……そうだよ。」

 

「そっか、私の決めた答えはね……お姉ちゃんならきっとそうするかな……空いている部屋のある下の階層は解放してあげる。でも他の階は開けない。大体こうかな。」

 

「私の許しは要りませんよ。任せたもの。」

 

「そんな、こいし様、考え直して!さとり様に何かしでかす輩が必ず居ますよ!」

 

「お燐、気持ちは嬉しいのだけれど……。」

 

「お燐もさとりが大切だからそう言ってくれているのよ。何か手違いで妖怪がこの部屋に入ってきたら大変よ。」

 

「お姉さんの言う通りだよ!もっと危なくない……。あ……。」

 

部外者のため沈黙を貫いていたが、パルスィもさとりを大切に思う気持ちは変わらない。口出しせざるを得なかった。

お燐にとっては渡りに船だろう、威勢よく説得するのかと思いきや、いきなりすぼみ、なぜかパルスィの方をちらちら見てくる。パルスィには何故だか分からない。

 

「……何?」

 

「いいや何もないよ……。」

 

「……いいですねそれ。あ、でもこいしの様子を見ることが出来ません。」

 

お燐は何かを隠そうとしたが、隠そうにもさとりの前だ。出来るはずもない。

 

「あたいは、……いつもさとり様を守りたい。でも、……お姉さんの家は、ここよりもう少しいいかなー……って。お姉さん、……強いし。それに、変な奴もいないらしいね。」

 

「ええ、私?」

お燐は懊悩の末、遂に口に出した。パルスィには不可解だった。橋町は北町により近い。そして家の造りも地霊殿の方がよっぽど信頼できる。なぜこちらに来ようとするのかパルスィには全く理解できない。

 

「多分、こっちに雪崩れ込んでくるわよ。地霊殿の方が……。」

 

「……少し失礼。嫌な思いをしたらごめんなさい。……怖がらないで。」

 

パルスィがさとりの目の方を向いたその刹那、目眩がおこり、平衡感覚が失われる。その中に少し前から記憶を辿る走馬灯を見た気がした。意識は僅かなうちに失った平衡感覚と視界を取り戻した。

 

「これなら……橋町の方が安全でしょう。」

 

「……うーん?何があったのかしら。」

 

「少し前のことを思い出していただきました。橋町の方には協力的な妖怪がいるので、食にありつけないからと、雪崩れ込まれることは少ないと思います。……パルスィさんの人柄の賜物ですね。」

 

「……ならさとり様の為だよ。お姉さん、もちろんいいよね?」

 

「えっ……来るの?さとりが私の家に?容態が急変したらどうするのよ。」

 

「その時は……最後まで看取ってください。私はそれで幸せで――」

 

さとりは冗談めかして言うが、冗談にもならない。パルスィはきっと睨み付ける。

 

「馬鹿言わないで。死ぬと言うなら……。」

 

「冗談です。……深いとは言えども傷ですよ。病ではありません。それに、お燐とこいしのお陰で傷も膿んでいないから、何も起こりようがありませんよ。」

 

「……そうなのかしら。」

 

当然パルスィは、唐突の事で何も用意していない。

 

「ええ。こいしは……。」

 

「お姉ちゃん居なくても大丈夫だって。お燐もお空もいるから。」

 

「そう。決まりね。よろしくお願いしますね?パルスィさん。」

 

有無を言わせぬさとりに、パルスィは押しきられてしまった。

 

 

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