*水橋パルスィ視点
昨日の笑顔が妬ましかったさとり妖怪、あとで家族にここに向かわせるって言っていたわね。家族とは誰だろうか。
ズドォォォン!!!
おっと……あまり聞かない音ね。……聞く音かしら。いえ、珍しい音よ。
旧都よりの近場で何やら破壊音がした。パルスィは昨日の会話を思い出し――まぁ、まだ何も決まってないが。力比べ大会だろうか。もしかして崩落か? パルスィの想像を掻き立てる音であった。一応のさとり妖怪への義理と、単なる興味と、力比べならばその怪力を妬むため、人だかりのやや後ろから覗き見たことには……ただの喧嘩だった。
粗暴な妖怪も多くいるなかで、この程度の喧嘩は良くあることだ。実際喧嘩のない日はない。それでも此処等で起こることはそうあまり無い……地底感覚だが。わざわざ閑散としている北側に来て喧嘩する酔狂な連中も……きっと多いわけではない。
何時もより音は大きかった。そのため、見る前から喧嘩と判断できなかった。もう一つある。パルスィは喧嘩慣れをしていなかった。弱いわけではないのだが、肉体のぶつかり合いを好むわけではない。
なーんだ。喧嘩ね。つまらない。嫉妬心でもくすぐって帰ろうかしら。
いつもなら少しばかり妬んで帰るか、嫉妬心を操ってやや派手な乱闘にでもさせて帰っていた。今日は乱闘にさせようと能力を使った。これで喧嘩は大乱闘だ。――そうなる筈であった。
しかし、その日は少し様子が違っていた。
「楽しそうな事してるね! 喧嘩はいいけど物は壊すな?ちょっとお兄さん達どいたどいた! あたいはそこのお姉さんに用があるんだ!」
一際強い妖力を持ってそうな猫耳の妖怪が、丁度喧嘩している場所を横切って此方へ向かって来た。潮が引くように喧騒は収まり、皆こちらを見る。正直に言うのなら止めて欲しかったが、時すでに遅し。いかにしてここから抜け出そうか考えていたら、その猫耳は話しかけてきた。
「お姉さんが水橋パルシイだね?」
「水橋パルスィよ」
「それであたいがうちのさとり様の伝言役だよ。名前はお燐だよ。」
それでとは何よ。
「渾名じゃないの。本名は教えてくれないのかしら?」
「うちのさとり様に協力してくれるんだってね」
「聞きなさいよ」
あのいい性格をしているさとり妖怪の家族とだけあって、人の話を聞かないわね。……家族? さとり妖怪は猫だったのかしら。あの猫耳が妬ましい。剛毅さも妬ましい。その妖力も妬ましいわ。
「この旧地獄で暴れようと思わないのは、お姉さんくらいらしいね」
「暴れる? 暴れたとしても、何も得られないわ。私は強くないもの。それで……貴方後ろの妖怪はいいのかしら?」
猫耳の応対をしようにも、猫耳の後ろからずかずかと巨体を揺すらせて此方へ向かってくる妖怪が否応にも目を移らせた。怒りを露にし、怒髪天を衝くと言えば良いか。猫耳に怒鳴ってきた。
「おい、そこの猫耳のお嬢ちゃん」
「お燐だよ」
「てめえ人の喧嘩に割り込むなんていい度胸じゃねぇか」
多分勝てないわよ。……力だけの愚か者ね。今まで見かけと強さが違う妖怪を知らずに生きてきたのかしら。妬ましいわ。……此処に萃香の名前を知らない妖怪はいないと思うのだけど。あれを一度でも目にすれば、見た目で強さを測るなんて愚かしいことだとよくわかるわよ。
「度の過ぎた喧嘩は御法度だよ、お兄さん達。もう少し物を壊さないでね」
「そんなこと知ったこっちゃねぇよ!」「それよりお前らかわいいじゃねぇか? おい」
「……下衆ね。貴方も別に喧嘩を突っ切って来なくても良かったじゃないの。私まで巻き込まれたわ」
「あれ……ごめんね。……そうだけどさ、これだけ大きな喧嘩は止めないと。さとり様が怖い顔をするのさ。……忙しいから、あんた達には構ってあげられないよ! これでもくらって反省しときなよ! 『ただの鬼火!』」
鬼火というものは精々三尺くらいのものしかない。その程度の大きさの物しか見たことがなかったパルスィだったが、その認識は今日で終わりを迎える。
……大きいわね。本当に鬼火かしら。強さが妬ましいわ。
目の前の猫耳が出す『鬼火』は、目の前の妖怪を飲み込む大きさだった。しかも熱さを感じない筈の鬼火の熱を、離れていても感じることができた。……そのうち肉の焦げる臭いまでしてきた。火の中に見える巨体を無駄にして生きてきた妖怪の足は、微塵も動かない。
「ちょ、ちょっとやり過ぎよ」
「あれ? もしかして死んじまったのかな? そこまで力は込めてないのに。」
パルスィの目の前の猫耳がようやく鬼火を掻き消した。中には燃えている炭が二つほど見受けられる。その燃えた炭をつついてあっけらかんとした姿をみせる目の前の猫耳には恐怖すら感じる。嫉妬を司る橋姫だ。当然妬ましくなった。
「……強いどころの話ではないわよ。妬ましいわ」
「うちのさとり様の方が強いよ。お姉さんだって強いんだよね?一度戦ってみたいな」
「まっぴら御免よ」
「……そっか。この紙束に概要が書いてあるから、読んだらあとで地霊殿まで来たらいいよ。でも、長くはいないでよね?」
パルスィは、目の前の猫耳妖怪の顔が少し翳ったように思えた。
……そもそも私は受けると言ったわけではないわ。断ることは考えていなかったけれど。なぜ機嫌が悪くなったのかしら。別にあんな妬ましい場所に長くなんか訪れないわよ。
「別に長くあんな所に居ないわよ。用事は済んだのよね?早く帰りなさいよ」
しかし猫耳妖怪は一歩も動かない。どうしたのか聞こうと思った時、突然口を開いた。
「……ねぇ、やっぱりあたいと一度喧嘩しない?」
……は?何を言い出すのよこの猫耳。一体何をかんがえているのかしら。
*火焔猫燐視点
さとり様はこの館の主さ。さとり様が引っ越してから動物を飼い始めて、その中の一匹があたいだった。珍しく人型にもなることが出来た妖怪猫だったからかは分からないけど重要な役職もくれた。でも何時も浮かない顔してたんだよ。あたいやあたいの友人が話しかけても嬉しそうな顔はするけど、そのうち何かを悩んでいるような悲しい顔をするんだ。
でもある日珍しく外に行って帰ってきたら嬉しそうな顔をしてた。お空も私も、みんな喜んでたさ。さとり様、いいことあったんですか?ってお空と聞いてみたら
「優しい知り合いが出来たのよ。お仕事も手伝ってくれるって。」私にももっとお手伝いさせて、なんてお空は言っていたけどね。今でも灼熱地獄の温度管理してるのに。それで、お仕事の内容を纏めた紙を明日、その妖怪に持っていってほしいって言われた。もちろん了承したさ。その時まではあたいも会うのを楽しみにしてた。仲良く出来るよねって。そいつは間抜けなお兄さん達ののやり過ぎた喧嘩を後ろの方からこそっと見てた。
…でも、会ったら少し嫌な考えが頭にパッと浮かんだのよ。
―こいつがさとり様を笑顔にしたの?あたいもそんなに笑顔にさせられないのに?
いけないと思ったさ。いつもより明るく振る舞った。
「お姉さんが水橋パルシイだね?」
「水橋パルスィよ。」
「それであたいがうちのさとり様の伝言役だよ。名前はお燐だよ。」
「渾名じゃないの。本名は教えてくれないのかしら?」
本名は…あまり好きじゃないかな。
「うちのさとり様に協力してくれるんだってね。」
「聞きなさいよ。」
「いやーこの旧地獄で暴れようと思わないなんてお姉さんくらいだよ。」
無視してしまった。相手の良いところ見つけなきゃ。そう、暴れない。考え事をしていると目の前の橋姫がなにか指を指したかと思うと、さっきのお兄さん達がこっちに来てたんだ。
「おい、そこの猫耳のお嬢ちゃん。」
「お燐だよ。」
「てめえ人の喧嘩に割り込むなんていい度胸じゃねぇか。」
その後もしょうもないことをほざいていたお兄さん達が煩わしくなったから、それまでの雑念と一緒に吹き飛ばそうとした。…その火は、今思うといつもよりあまりにも大きかったのかもしれないね。
ふと気がつくと目の前の橋姫が慌てて話しかけて来ていた。
「―ょっとやり過ぎよ。」
「あれ?もしかして死んじまったのかな?そこまで力は込めてないのに。」きっと見た目だけの木っ端妖怪だったのだろう。ただの鬼火で死んじまうなんて。……目の前のお姉さんの影響だとは考えたくなかった。
「……強すぎるわね、妬ましいわ。」
多分目の前の妖怪が弱かっただけだと思うよ?お姉さん。さとり様の方が強い。それに、お姉さんとはなぜか一度戦ってみたくなったんだ。この時のあたいは、きっとどうかしていたんだ。
「うちのさとり様の方が強いよ。お姉さんだって強いんだよね?一度戦ってみたいな。」
弱かったらさとり様を助けられない。……その建前で多分あたいは試したかったんだろうね。
「まっぴら御免よ。」
「そっか。この紙束に概要が書いてあるから、読んだらあとで地霊殿まで来たらいいよ。でも、長くはいないでよね?」力も見せずにさとり様と仲良くなったの?どうやって?心を操ったりでもしたの?
「別に長くあんな所に居ないわよ。用事は済んだのよね?早く帰りなさいよ。」
やっぱりなにかがおかしい。いつものあたいじゃない。さとり様に友達が出来ることは嬉しいはずなのに。どういうことなんだろう?考えていると一つ思い当たる単語を見つけたんだ。
嫉妬。
――ああ、お姉さんに嫉妬してるのか。
嫉妬ばかりする妖怪はあたい好きじゃなかったんだ。まさか自分が嫉妬をする事になるなんて……。
もう一つ感情が浮かんできた。
――お姉さんとも仲良くなりたい。
あたいがお姉さんに勝手に嫉妬して、嫌っているんじゃ悪いよね。心が読めるさとり様とも仲良くなったんだ。きっといい妖怪なんだろうね。
でも、今のあたいたちじゃ仲良く出来ない。
だからだったのだろうか、思わず口に出してしまった。
「……ねぇ、やっぱりあたいと一度喧嘩しない?」