「お姉さん、やっぱりあたいと一度喧嘩しない?」
目の前の強くて妬ましい猫耳、喧嘩を吹っ掛けて来たわ。頭がおかしいのね。あれかしら、戦闘狂って奴ね。さとり、貴方のペット躾けられてないわよ。とにかく止めないと命が危ない。あんなのに勝てるわけがない。強さが妬ましい。
「何で私と貴方が戦わなくてはいけないのよ。この紙束を渡せば貴方の仕事は終わりでしょう?どうして戦うのよ」
「あたいはお姉さんと戦いたくなったのさ」
理由を聞いているのに。お話にならないわ。まだ勇儀の方が話を聞いてくれる。何でこうも私と戦いたくなったのかしら。私の方に理由があるわけではなさそうね。何か理由が? ……もしかして戦闘狂? 喧嘩に楽しみを持てるなんて妬ましい。
「貴方、おかしいわよ。はっ、強い奴はいいわね。戦いを楽しめるなんて。私みたいな弱い妖怪には理解できないわ」
……明らかに機嫌が悪くなった。図星か、あるいははずしたか。心を読めるわけでもないから分からないわね。
「戦闘狂? お姉さん、分かってないね」
「あたいはさとり様が大切なのさ。さとり様の周りに問題が起こったら戦って解決する。戦いたいから戦う力自慢の鬼さん達とは違うんだよ」
別にさとりに危機が迫っているわけでもないと思うわ。私はさとりの敵となるわけでもない。……私と喧嘩する理由なんてないじゃない。
「なら――」
「だからだよ、お姉さん。さとり様の周りで力を見せないのはお姉さんだけなのさ。あたいがよく知らない妖怪も。だから、…だからお姉さん、お姉さんはどんな妖怪なのか、あたいに教えて?」
目の前の猫耳の言うことが理解できない。反論しようとしたその時だった。
――右耳の数寸先を火球が通りすぎた。
ッ! あの猫、やったわね!
その熱量は覚悟を決めさせるには十分の熱さだった。迷う余裕はない。覚悟を決め、今までとは比べ物にならない妖力をお燐から感じ取る。左に跳んで次に飛んできたの火球を避けた。既に猫耳の姿は無く、黒毛の赤靴下猫が空に浮いていた。
空に浮く猫を目視できたが、すぐに猫は見えなくなった。パルスィは小粒の妖力弾の嵐の中にいた。確かに、先ほどの鬼火よりはましな威力だろう。しかし、当たったら当然血が出るし、下手すれば骨まで折れる。
――数が多い! あの黒猫! どんだけ妖力持ってるのよ!
最初は直線上に連なって放たれていた弾幕だったので、目を凝らせばいくつもの通り道を見つけられる。咄嗟にそこに入る。しかし、その通り道は途中で曲がり、消え失せてしまった。道とも言えないばらばらと撒かれた弾幕を、避けながら、ない勝ち筋を考える。
「反撃のっ、しようもないじゃない!」
隙を見て撃つ、そこには黒猫の姿がない。黒猫の小さくて柔軟な体は、隙を見てようやく撃てた弾を、少ない動きで悠々に避けていく。
全ての弾が通りすぎた。黒猫はその場で動きを止め、再び先ほどの弾をばらまいてくる。
――当てられるかもしれない隙はあそこしかないわねっ!
今回も先と同じような弾幕が周りをすり抜けていく。左腕にかする。青の裾が破れる。右耳にかする。泣きたくなるような痛みに襲われる。
強い! 強い! なんて妬ましい妖怪なのよ! 機は次の一瞬しかないわ!
この一撃が効かなければ、そもそも当たらなければ………、当然負けるだろう。
――そしてその時が来た。
弾幕が通り過ぎ、視界が開ける。すでに野次馬の姿は視界には無い。その数瞬の内に、黒猫を捉える。
この特大弾なら、消されないでしょうね!
力を込めて撃った。通り道に花を咲かせながら黒猫の方に向かっていく。黒猫は粒弾を特大弾に当てて消そうとしていたが全て特大弾に弾かれていく。そのうち撃つのをやめて、その場から跳躍しようとする黒猫の、
――下半身に当たった。
賭けに勝った!喧嘩なのよ。殺し合いじゃない。これで話しかけて諦めてくれたら……。この妖怪とは二度と戦いたくない。ここらで手打ちにしてくれたらその寛容さを妬んでもよいだろう。そう淡い期待を抱いていた。
「ねぇ、そろそろ――」
……残念なことにその期待は簡単に裏切られたが。
土煙の中に光を認めた刹那、視界が加速した。光と見紛うような弾幕がこちらへ向かってくる。
速い、速い速いっ! あんなもの、当たったらどうなるかなんて目に見えて分かるわ!
土煙の消える前に放たれた弾幕は、渦を巻いた形に見えなくもなかったが、本当かどうか考える間に横を通り過ぎて行く。風を切り裂く音が不愉快だ。
――周りに気を取られたのが不味かった。あと僅かで直撃する弾が現れた。世界が停滞し、思考が加速する。
目の前に弾が見える。もう近い。間に合わない?前の弾をかき消す大弾を撃つ時間も無い。どうしたら、目の前の弾は――
時が止まったかのような時間の流れの中、対応を考えたが、すでに手遅れだった。
弾幕が左胸に当たり、気を失うとともに、爆発に巻き込まれた。
*火焔猫燐視点
「お姉さん、あたいと一度喧嘩しない?」
勢い任せに口から出たこの言葉は、思ったよりよいものかもしれないと思い始めた。戦えば何かが分かるかもしれない。少なくとも、今の悪感情をためているよりはよほどいい。
「何で私と貴方が戦わなくてはいけないのよ。この紙束を渡せば貴方の仕事は終わりでしょう?」
「あたいはお姉さんと戦いたくなったのさ」
戦えば分かる。鬼の言うこの言葉を肯定している訳じゃない。それでもお姉さん。あたいは今のお姉さんは嫌いだよ。一度戦ってほしいな。悪い妖怪じゃないことは薄々わかってる。だから……。
「貴方、おかしいわよ。……はっ、強い奴はいいわね。戦いを楽しめるなんて。私みたいな弱い妖怪には理解できないわ。」
こいつ…今なんて言った?
私がただ何も考えずに戦う戦闘狂?…お姉さん、分かってないんだね。あたいは守りたいものの為に戦っているんだ。あたいにとってどれだけさとり様が大切か、考えたこともないようだね。それに弱い? 弱い妖怪は隠した妖力に気付いて顔色を変えたりしないよ。気づける力があるのに、弱いって言い張るの?
…ごめんなさい。さとり様、あたいはまだこいつとは仲良く出来ない! (まだうちらのことをよく知らない妖怪は、そう言ってもしかたがないよ。)
「戦闘狂? お姉さん、分かってないね。」
「あたいはさとり様が大切なのさ。さとり様の周りに問題が起こったら戦って解決する。戦いたいから戦う力自慢の鬼さん達とは違うんだよ。」
「なら――」
じゃあ戦う必要無いって? この妖怪はさとり様に今後敵対することがないとでも言いきってくれるの?
(この妖怪は悪い妖怪じゃない。口が悪いだけだよ。なんで信じられないの?)
「だからだよ、お姉さん。さとり様の周りで力を見せないのはお姉さんだけなのさ。あたいがよく知らない妖怪も。だから、…だからお姉さん、お姉さんはどんな妖怪なのか、あたいに教えて?」
(悪くない妖怪って事を証明してよ、お姉さん。)
それでも冷静さを保っていたお燐は、猫の姿となって、必要以上の力を出さないようにした。喧嘩なのだ。曲がりにも主人の知り合いを殺すわけにもいかない。もう一つあった。パルスィは弱くはない。が、実力には雲泥の差があると誤認していたのだ。事実、戦ってきた場数の差なのか、目の前の橋姫はやや苦労しているように見える。それでも隙を見て撃ってくる当たり、弱いわけではないのだろう。
正直、お姉さんが強すぎても、弱すぎても困るのはさとり様なんだ。これはただの喧嘩。馬が合わなかった二体の妖怪のね。あたいは……、思ったより弱めで良かったと思うよ。
たまに飛んでくる小さめで、丸っこい弾幕をギリギリで避けながら再度攻撃する為に力を貯める。見たところまだかすってはないが、少し先ほどのよりも難しくすれば、簡単に当てられるように思った。
すぐに喧嘩が終わったら、あたいもお姉さんもつまらないよね?もう少し、楽しもうよ、お姉さん。
――明らかに油断していた。次の一連の弾幕で当てられるかな? と思っていたが、服にかすらせながら抜け出てきた相手の目を見たとき、お燐は今までの考えが大層的外れなものあったことを理解した。
――! お姉さんの目が違う。不味い、油断した。こっちに撃ってくる。はじいてかわせるか? 弾けない! しまった、さっさと避ければ良かった。今からでも――
大きな音と共に下半身に強い痛みを感じた。周りも土煙で見えなくなった。
いたいじゃないか、お姉さん。弱いなんて嘘じゃないか、お姉さん。やり返しても、いいよね?
やや苛立ったお燐は、自分の周りに妖力弾を集め、一気にはね飛ばした。それで土煙も消え、周りもよく見えるようになった。よくよく考えたら、パルスィからの追撃が来なかったことを不思議に思ったその時、大きな爆発音がした。パルスィが落ちていくのが見えた。そして周囲の惨憺たる状況を見て、もしかしたらやり過ぎたかな?と思ったけど、後の祭りだった。
仕方がないので、あそこに倒れているお姉さんを拾いにいって、その後のことはあとで考えよう――。
お燐は現実逃避しかできなかった。