地底に咲く向日葵
彼岸花が、あちらこちらに咲いている。お空やこいしの育てた向日葵も、そこらに生える牡丹も。季節は春。ようやく暖かくなってきたのに、牡丹や菊が咲く? 竹の花とやらも確認された。……あり得ない。
ただし、そのことについて地霊殿から何か対応策を出すつもりはない。よしんば花が人喰い花となろうが。ただ、季節外れな花が地底中で咲き乱れているだけ。
まあ、こいしが楽しそうだから、何でもいいか。お燐も浮かれていた。私も少し浮かれているかもしれない。
それで、花は由なければ折ってはならないだろう物。花は生死と関わっている。魂でも入っていたらどうするつもりだろうか。妖怪にとっては、花とはあまりにも畏れ多いものだけど……。お燐に言わせれば、今年の花は折ってもいい、だそうで。お燐は強くなっていた。何なら、私の何倍も強い気がする。昨年は、そうでも無かったのに……。嬉しいことだけど、おかしい。いくらなんでも、お燐に付き従う怨霊の数が多い。お燐のその力で、無理矢理怨霊を付き従わせているのかも。本当に花に魂が宿っていて、それをお燐が怨霊にしているなんてこともあり得るのではないか。お燐なら不可能ではない。
そう、こいしが花をくれた。茎から折られた一輪の向日葵。お姉ちゃんにあげる、と言って、渡してくれた。ええ、とても嬉しい。今なら地底に覆い被さる、岩盤だって砕ける。
ただ、少しだけ胸が痛む。本当に、花とは折っていいものか。
「あら、向日葵を折ったのね」
っ! 不覚! 後ろ!? 距離をとらな――
(ここも花だらけね。貴方には、向日葵は合わないかも)
襲ってこない? ……見たことがある。
…………いや、どうしてここに花の大妖怪がいるのですか!? え? 向日葵を折ったから殺しに来た? こいしが折ったと知られたら、こいしが誅殺される。私が折ったことにして……何とか。いえ、ばれたら両方殺される! このお方、花と話せるのだろうし!
「私があげた種、こいしがここで残していたのね」
(……いつだったかしら。干支が回りに回って……覚えていないわ……。そうね、花以外に、時を知れるものは持ち合わせていなかったからね)
「はっ、はい」
「その心がけ、良いと思うわ」
しかも、幽香さんが直々にあげた……? そうだ、思い出した。何故地霊殿に向日葵が咲いているかを。それは、幽香さんがこいしに与えた種を、こいしが地霊殿に蒔いたからだ。
幽香さんは、向日葵の種を、こいしに託した。託された向日葵の子孫は、生を全うして種を残す前に、こいしによって折られた。まだまだ他の向日葵は地霊殿の庭に咲いているとはいえ、非の打ち所しかない。
次に逆接が入り、折ったことは許しがたい、と言われて、全てが終わる。平謝りすればあるいは……? 無理か、こいしのためにも、腹を括ろう。
「霊によって無理矢理作られた花も、悪くはないわね」
ええと、返事を外したら駄目そう。外さなくても、死ねるかもしれないけど。どう答えたら正解でしょうか……?
(……。)
どうして何も考えていないの! こうなれば、やけくそしかない。幽香さん、敵は全て潰すようなお方ですし。今さら虫けらのごときさとり妖怪が策を巡らせようとしても無益かもしれません。
「あはは……。そう……ですね」
「……そう。向日葵が、可哀想ね。貴方も、そう思うでしょう?」
外した。死。こいし、駄目だったわ!
「あの、怒っているのでしたら、どうか――」
「え? 別に、貴方に怒ってはないわよ」
いや、まさかそんな――
(貴方なんか、どうでもいいし……。)
……うん。安堵はしたが、普通に悲しい。もし私が生きていたら、パルスィの所に行って、お茶にでも誘おう。
それよりも今を生き抜くこと。幽香さんは、花を折ったことについては怒っていないのかもしれない。
「今咲こうが、碌に子孫も残せない。美しいだけなのよ。……もしかしたら、種を残せるものも、あるのかしら」
(どれか一つの花を観察し続けたら、分かりそうね)
貴方に見続けられた花は、緊張で種を残せず、心労で枯れるかと……。
「いえ、知りませんけども」
「花は、霊が去れば散るだけよ。草は利用されただけで終わるの。可哀想に」
「……それは、そうかもしれませんね」
しかし、本当に幽香さんは怒っていないように思える。心を読んでも、霊に対する怒りも感じられないし。
もしかしたら、幽香さんは、弱く思われたくなくて、見栄を張っていた訳でもなかった? 邪魔する者を許せないから虫などを潰して回っているのではなく、ただそこに居るから、もしくは理由もなく生き物を潰しているだけ? どちらにせよ嫌ですけど。
彼女の頭の中に浮かび上がる訳がないから、ただの推論となってしまうけど。幽香さんに聞いて、浮かんだ思考を読もうにも、聞ける訳ないし。……どちらにせよ、幽香さんが地底に住んでいなくて良かった!
「何もできず死ぬ前に、贈り物として誰かを喜ばせられたのよ。貴方は誇るべきよ」
……花に向かって話しかけている妖怪なんて、初めて見ました。花も生き物とも言えるけど、まさか花に……。あり得な――「ぺんぺん草が妬ましいわ。あ、そこの梅。本当に綺麗ね。妬ましいわ」……いこともないのかもしれません。居ましたね。はぁ……。
「この花は折られようが、折られまいが、どのみち茎や葉など植物そのものに負担を与えるだけ与えて、儚く消えるのよ。さらに言えば、一年草とは、いずれ枯れるもの。今、花を折っても、別段目くじらを立てるつもりは無いわ」
良かった。こいしは守れそうだ。何か土産の品を擦り付けて早急にお帰りいただかねば。
「そう言っていただけると、幸いです……」
「こいしはどこ?」
「生憎、外出中でして……」
「あら、そうなの。……そうね、来客から言うのもおかしいものだけど、お茶にしましょうよ」
うわあ……。かたや矮小なる吹けば飛ぶ程度の能力、田舎者のさとり妖怪。かたや花の大妖怪。断れる筈もなく……。
「ええ。貴方を昔から存じ上げておりますので。長い間積もった話もありましょう」
頼みます。お燐かお空、何なら誰でも良いから、隣に居てほしい。
「こいしとも話すことがあるのよ。こいしが帰ってくるまで、ね」
こいし、今すぐ帰ってきて。お願い。
「いつ帰ってくるかも分かりませんよ。……何なら数日間は」
こいしは言いつけを守ってくれている。帰ってこないことはない。そこは、私も安心している。……ただ、こいしは、楽しいことがたくさんあって、目移りしちゃうのよ。それで、少しの間だけ、家を忘れるくらい楽しんで……。そう考えると、僅かだけど心が軽くなる。
今は姉の為にも、楽しかったことを報告しに帰ってきてほしい。お願い。帰ってきて。
「まあ、幾らでも待つわ」
こいし、目移りしない素晴らしさを兼ね備えた私を見たくはない? 貴方を一番に愛する私を喜ばせてみたくはない? 帰ってきて愛する姉を助けて!
……まあそう簡単に帰ってはこない。知っていた。でもこいし、貴方を嫌いになる筈がない。安心して今すぐ帰ってきて。
「緑茶ねえ……」
「一番良いものです。……ただ、貴方から見たら、劣ったものかもしれません」
誰が貴方に一番茶以外を出しますか、いや、出さない。頼むぞ緑茶。蒸発せずに耐えてほしい。
「そうでも無いわ。良い茶葉は、絶対的に良い茶葉よ。他と比べるものでも無いわ。例え、他にも美味しく感じる茶葉があろうと」
(他の茶葉と比べるのね。でも、この茶葉、状態と質が良い。味を比べるなんて、勿体ないし、茶葉に失礼だわ)
幽香さんからは、心を読んでも得られる情報が少ない。比較せずに質が良いかを吟味するなんて、無理な話ではないのでしょうか。
それと……あまり目から思考が流れてこない。信条が出来上がっている妖怪ほど、わざわざ思考なんてしない。幽香さんは、もう考える必要性が薄れてきているのかもしれません。……だからこいしと話せたのでしょうか? 謎です。
「ところで、かつて私があげた向日葵の種。もう何百世代と受け継がれてきているのね。とても嬉しいわ」
「それは良かった。最近は、私の鴉に育てさせておりまして」
本当に嬉しいだけ、という感情が流れてくる。嬉しいだけの感情を流す妖怪なんて、家族とパルスィの他にいたものか。目の前に座る妖怪がさとり妖怪であることは、本当にどうでも良いのでしょう。……こいしが、自分をさとり妖怪として見ない妖怪を探しに家出したのは、もしかしたら幽香さんのせいだったのかもしれない。……パルスィと違うところは、私の内側もどうでも良い所、でしょうね。虎の威はかりたいですが、仲良くはしたくない。
「嘘つきの烏に? よくあそこまで綺麗に育ったわね。人選は大切よ。良い子に育てさせなさい」
(烏……羽が生えた人間)
私とて朧気な記憶しかないものの、それは天狗では。……他人を覚える気すらほとんど無いのでしょうか。こいしを覚えていたことが不可解です。
「それは天狗でしょう。家の鴉は、嘘などつかない良い鴉ですよ」
(そう、天狗。あれ、思い浮かんだことが読まれて……。ああ。彼女は心を読めるのね)
反応がおかしい。まさか、まさか――
「まさか今まで、私が心を読むことを知らずにいたのですか」
「……ええ。初めて聞くわ。名前は、こいしから聞いているわ。さとり、でしょう。一度、お茶をしたわね。こう生き永らえているからなのか、昔のことはよくよく覚えてるわ。……逆かしら?」
……そう。一度目に会った時は、さとり妖怪であるとばれたら、心を読むことを不快に思われ、そして殺されると思ったのか、心を読んでおくだけに留めていた。つまり、心を読んでいることを幽香さんに伝えなかった。だからあのとき、幽香さんは私に嫌悪感など抱かなかった? それだけなら、私がさとり妖怪だと気付いた今、幽香さんは嫌な思いを抱くはず。
それなのに幽香さんは、私のことなど一縷も興味を示さなかった。私が虫けらだろうが、狸だろうが何でも良かったのか? ……自意識過剰だったのかもしれない。どうせなら、放っておいてください。
それで、当たり前のように、強者にも自身がさとり妖怪だと伝えてしまった。どうして? お燐やお空、パルスィと出会って、さとり妖怪であることをそこまで隠そうとしなくなったから、無意識に読んだことを話してしまったのか。無用心ね。さとり妖怪を嫌う者はまだまだたくさんいるのに。
「私も昔のことはよく覚えています。三日前のことよりも。珍しいことは覚えやすいとは聞きますが、昔の記憶って、大概、鮮烈なものが多い気がします」
「そうよね……。覚えやすいからかしら」
「多分そうでしょう」
パルスィや勇儀と話すには良い内容だけど、如何せん相手は幽香さん。緊張で、緑茶の味も、会話の楽しさも分からない。能力を活かせさとり妖怪。幽香さんは私を石ころ並みにしか意識していないの。自己暗示、自己暗示。
「話がそれたみたいね。烏?」
「地底に住む鴉で、育ったのです」
「へえ」
幽香さんが想像されたものは天狗に近いですね。……実物を見ない限りそうなるでしょう。わざわざ訂正するつもりはありません。
「烏。向日葵を育てることは、私よりは下手ね」
……比較してはいけないとか言って、比較をしているではないですか。いや指摘はしませんけど。
「……こいしと比べるとどうです?」
「こいしと、誰を?」
「お空です」
「お空が、その烏?」
「そうです」
「右端の方に、育てた人が違う向日葵があった。あれが、こいしの? ……比較してはいけないわ。全ての向日葵が、育てた者から愛を受け取っている。比較しては、いけないのよ」
比較していいものと、してはならないものの差が分からない。となると、虎の尾となるものは何かすらも推察できない。踏みたくはないものだ。すぐに死ねる。比較してはいけないことを比較しよう、と提案することについては、幽香さんは怒らなかった。ここから何か導き出せたら……。
「こいしを貴方と比べたらどうなります? 貴方の方が大妖怪で、比べるのも烏滸がましいかもしれませんが。……自慢の妹で、何でもこなせます。昔は、向日葵を育てていたのはこいしでして」
「……草木を育てることは、私よりは下手。力も、これまた下。殆ど私よりも下。意識の使い方は、私よりも上。……だいたい私は、私が何の妖怪かすらどうでもいいから」
(意識などもっとどうでもいい。ただ、あの子にとっては、大切なものね。)
これは比較するのか。幽香さんは、何かを比べるための比較対象が幽香さん自身しかいないのでしょうか……? もう少し周りを見たほうが良いかと思われます。言いませんけど。
「……なぜあなたがここにいるの?」
え、私――
(さとりの後ろに……。変なの)
後ろ? いくらなんでも、後ろに妖怪がいるなんてことは……。 お空? お燐? それなら思考が簡単には読めるはず――
「あなたこそ、どうしてここにいるのかしら? 勝手に地底に行ってはならないと伝えたでしょう」
なるほど。…………紫ね。本当に居た。
「八雲紫、貴方だって地底に入ってきたではないですか。これでは不可侵の意味がない」
「あら、さとり。居たの? 幽香がここにいることが緊急事態そのものよ。私が地底を訪れることに、ある程度の正統性があるわ。そこのを連れ戻しに来たのよ。それで幽香。あなたはスキマも使わずに、どのように地底まで来たのよ」
「貴方には、関係のないことよ」
(紫も、スキマなんて能力を使うことを止めて、瞬間移動すればいいのに。私がここに来れたのも、こいしが育てた、向日葵のお陰。こいしは、とても良い子)
紫の心が読めなくても、さとり妖怪でなくても、何なら馬鹿でも分かる。ここは地獄であると。まだ旧都、いや、北や南町の方がましだ。
「関係のない? よくも言えたわね。私は地底に行くなと言った。あなたはそれを承諾した。あなたは約束事を破ったのよ」
(……ああ、あの紙? そういえば、そんなこともあったような)
二人で約束していたのですか。……これを理由に幽香さんには一度お帰りして頂き、その後に、紫は緊急事態の終了を理由に帰らせるのが良さそうね。
幽香さんが勝手に地底に来たことについては、私は悪くない。便所のほうが綺麗なのかもしれない紫の心も、その天秤は水平。理屈が通れば、お咎めなし。
(……? 紫との約束の何が重要なのか、さっぱり)
え。約束は……重要では――
「私は好きに生きるだけ。紫も、かっかしない」
「あら、喧嘩売った? ………………喧嘩で負けたら、さっさと地上に戻りなさい。幽香。私をなめるな」
待った、風向きが変わった。とても嫌な予感がする。
「……今は乗り気でないけど、仕方がないなら、仕方がないわ」
どうしてそうなった! やめて! お二方とも影響力を考えて! こんなところで妖怪大戦争を始めないで!