この橋渡る者無きこと長し   作:塵紙驀地

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勝者になれぬ者

 勇儀と花見なんて、久しぶりね。……今年の春は何かがおかしい。狂い咲きの嵐とでも表そうか、季節外れの花が皆一斉に咲いた。当然、春の花も。突然のことに恐れをなした妖怪達が私の家を訪れたけど、勇儀も同じことになったのかしら。

 

「こんなこと、昔は無かったな」

 

「そうね」

 

 幽かに揺れる幽霊が邪魔ね。私は梅を見に来たのよ。……こうも霊が多いと、気が滅入ってくる。霊による乗っ取りも増えそうだ。お祓い屋が儲かりそうね。

 

「霊の類いがいつもより多い気がするけど、パルスィはどう思う? ……シッ!」

 

 全く、この地底の端、辺鄙な所にある橋町でもこの霊の多さ。どうなっているのやら。……また一つ寄ってきて、勇儀に潰された。いえ、爆ぜた。

 

「考えるまでもなく多いわね。……で、魂は手で払ったら、爆ぜるなのものかしら」

 

「現に爆発したよ。どうしてそんなことを言うんだい?」

 

「はあ……」

 

 妬むべきはその力? 霊をも気にせぬ豪胆さ? 霊を殴る行為自体がよく分からない。ああ、呆れんばかりに妬ましい。

 

「霊に魂を拐われても、貴方なら助けてくれそうね」

 

「パルスィが拐われたら? ……どこへでも迎えに行くさ。友だもの」

 

 ああ、軽率に語るべきでは無かった。勇儀のことだから、こちらも恥ずかしくなる答えが帰ってくると分かっていたのに。少し黙って酒を飲んでいようか。

 

「……辺りに誰もいないな」

 

「霊を除けば、ね」

 

「うん。霊は誰かに入れない。パルスィと二人で過ごすなんて、久しぶりだ」

 

「そうね」

 

 いつもあれだけ騒がしい勇儀も、私だけになると、とたんに静かになる。私は静かな勇儀も良いと思うのだけど、勇儀にとって、私と居るのは楽しいのかしら。いつもと比べて、静かすぎて……。私が旧都端にいるせいで、旧都の中心街については疎いから、勇儀からすると、私に話せることが少ないのかもしれないわ。どうしたものか。

 

「……勇儀、宴会はどうしたのよ」

 

「萃香がいなくなってから、めっきり。いや、開かれることは開かれるのだけど」

 

 つまらない、ね。勇儀は顔に出やすいわ。なんだかんだ、鬼の頭として行っているとは聞くけれども。私も、たまには勇儀に付き合ってあげようかしら。結局萃香は見つからなかったし、手がかりの欠片もなかった。まだ諦めてはいないように見えるけど。

 

「宴会にもまた付き合ってあげるから」

 

「ありがたいけど、あんたは宴会半ばで酔ってしまう」

 

 折角宴会に行ってあげようと決めたのに、こう言われるとね。……私は、決してお酒に弱い方ではないと思うのだけど。なんだか。

 

「貴方、うわばみに名を改めたら?」

 

「違うよ。あんたが弱すぎるんだよ。あんたが寝たら、私にはヤマメしかいない」

 

 弱すぎる、ねえ。地底で五人ぐらいは酔い潰させたことくらい……。鬼ではないけど。……ならば、自慢にもならないか。私も、もっと酒に強かったら。

 鬼から見たら、きっと私は下戸ね。でも、鬼がおかしいのよ。ヤマメも可哀想に。鬼に絡まれては帰れない。そういえば、ヤマメも酒には滅法強かったわ。……いたずらに強いばかりに、あそこまで付き合わされる。御愁傷様としか言い様がない。

 

「お酒に強いのは分かったわ。今は、ヤマメの話はいいでしょう? 花見をしに来たのよ。……梅も桃も桜も、皆一様に咲いているなんて見たことない。勇儀はどう?」

 

「ん、ああ。私も、無いな……。初めてだ。こういうとき、どう言えばいいのかな。めでたい、とか。その三つの花が時を同じくして咲くことは、ほとんどないらしいね。……そうだな、綺麗だ」

 

 前にはそれらの木。後ろを見渡せば、垂れ桜の隣には橘、梅、藤。この花たちが一堂に会することなどなかった筈でしょうに。本当に何があったのか。

 

「霊が飛んでいなければ、文句の付け所のないものとなっただろうに。……惜しいわね」

 

「そうか? じゃあ、私が薙ぎ払って――」

「やめなさい」

 

 勇儀の、冗談よね。……冗談かしら。ただ、勇儀なら薙ぎ払うことだってできるから恐ろしい。

 

「……そうかい」

 

 どうしてそこまで悲しそうな顔をしているのよ。

 

「もしかして、本気だった?」

 

「ん、んー……。まあ」

 

 本気だったのね。勇儀だし、格好をつけたかったとか。あるいは、本当に鬱陶しいと思ったのかしら。

 

「貴方は格好良いわよ」

 

「……嫌みかい?」

 

 誰が貴方に嫌みを言いますか、と言いたいところだけど、私は昔から嫌みは言っていたわね。勇儀は皆を信じられる鬼だ、って。嫉妬も、嫌みね。

 それでも、これは本心。

 

「いいえ?」

 

「そうかい……」

 

 あ、私の髪に桜の花が……。

 

「……美人には花が合うね」

 

 貴方のその顔で? 私が美人? 嫌みかしら? まあでも、お世辞や嫌みは黙って受け取っておくが吉。

 

「はいはい。貴方もね」

 

 満開の桜。満開の梅。枯れ木を探そうにも、およそ花のつく木全てに花が咲いている。ああ、これでは花さか爺の立つ瀬がない。

 ……さとりから貰った本。案外面白かった。でも、私がお伽噺を読むと、どうしても悪者に共感してしまう。というよりは、善人が無欲すぎて、現実味がない。

 隣家から金銀財宝。別に私は金銀財宝がほしいわけではない。ただ、隣家から金銀財宝が出たことに目が眩む。それだけのこと。

 物語の中にて出た悪人は、金銀財宝を欲しがっていたわね。隣家が豊かになって、それで自分も豊かになりたいと思っただけの彼らが、どうして悪人として描かれているのか私には理解できない。

 

「パルスィ?」

 

 考え事をしてしまった。

 ……花さか爺ね。シロの灰で咲かせた花。殿様に褒賞を与えるためのみに咲いた花。

 この花たちも……

 

「いつかは、枯れるのよね」

 

「――その通り!」

 

 っ! ……ええと、誰? 見たことが無い。大鎌……怪しいし、間合いに入ってきたら逃げられるように、警戒だけしておこう。勇儀は……、その肌には大鎌の一つや二つ程度、刺さらないでしょう。案ずるべきは私の身だ。

 

「ん、ここらは霊の量はましか。商売敵がいるからかね。商売敵には感謝感謝」

 

「……誰だい? あやうく殴りそうだったよ」

 

「三途の川の船頭さ。名は言ったところでねえ……。何にもならん」

 

 三途の川……あの橋町と縦穴を隔てる川? あの川、別に橋もかかっているし、川幅が狭いから、船の需要があるとは思わないけど。それに、橋から船など見たこともない。

 

「川って……。私は貴方を見たことがないけれど?」

 

「それはもちろん。あ、三途の川を知らない? 三途の川たぁ、閻魔様に裁かれに行くための川だよ。自害しようと思ったことが無いなら、私とあったことなどないはずだ。あんたたち、自害なんて考えるものじゃあないぞ」

 

 それには同意する。ぬるくて、苦しいだけよ。……自害ねえ。ま、自害に二度目は無い。

 

「ごもっともね」

 

「何当たり前のように話しているんだい。パルスィ、怪しい奴かもしれないじゃないか。……あんた、船頭と言うなら、証拠を見せろ。船でも担いで持ってこい。地底に、船頭が必要な大きい船はないぞ」

 

 船頭と名乗ろうにも、地底には大きな船は無い。そうね、三途の川は他にもある。地底には閻魔様はいない。それなら、他にも三途の川があると考えた方が妥当か。であれば、この船頭? ……多分死神よね。と地底で会ったことがないことについても頷ける。

 ただ、船を一人で運ぶ? 鬼じゃあるまいし。船を持ってこいと言う辺りが勇儀らしい。

 

「ちょっと待ってな。櫂ならねえ――」

 

 ……消えた。

 

「――この通り。左手にあるのは、櫂だろ。信じてくれないか?」

 

「は、はあ? 貴方、それ……」

 

「え、何って、三途の川に行って、櫂を取って帰ってきただけさ」

 

 死神が何もない所から出てきた。……もう何も驚かないわ。でも、他所から来たということは嘘偽りなさそうね。なら、地上から降りてきたということか。……本当に地上から来たのかしら。

 

「三途の川って、地上にあるのね?」

 

「んー……半分は」

 

「つまり、地上から来たのね」

 

「そうともとれるね」

 

「だったら、駄目よ。地底に地上の妖怪が来てはならないと、地上と地底で約定があるのよ」

 

「……ん、そうだ。そうだった。そんな約定も有ったね。そうだよ船頭。船頭ということは認めるさ。ただな、船頭だからって、地底に入ることは許されない。鬼に殺されたくなきゃ立ち退きな」

 

 勇儀、てっきり忘れていたようね。まあ、勇儀の言うことが全て。さとりと紫に迷惑がかかる。どちらも強いから、私としては睨まれたくない。橋町の頭として、さとりへの責務は果たしておこう。

 

「船は登っちゃならんが……、船頭が山に登っていいように、船頭が地底に潜ってもいいだろう」

 

「いや、あんた、それは駄目だろ。約束を破るのは、許されない」

 

「……悪いね。あたいは穢き世で暮らす妖怪じゃないんだ。死神と妖怪は違う。死神は此岸の取り決め事とは無縁なんだ。地上と地下の約定? 地上ってえことは、お相手は紫かい? ……紫は知ってるよ。幻想郷と名の付いたお山に居座る大将だろ?」

 

 纏う雰囲気が変わった。

 しかし、随分と傲慢な。斜に構えているけど、何か確証があるのか、虚勢を張った感じがない。虚勢と言う名の砂上に立つ楼閣ではなさそうだ。……それと、この気配には、これまで会ったことがない。妖力じゃない?

 

「お、お……?」

 

 百戦錬磨の勇儀がした反応からも、妖怪ではなさそうだ。やりにくそうね。

 

「いいだろ? あたいは妖怪じゃない。本意ではないが、幽霊だと思ってくれてもいいよ。だから地底にいようが構わない。そっちの女は分かってくれたかい?」

 

 笑い事にならないことが起きてしまった。妖怪ではない。もう一度疑ってみよう。私達を騙くらかすための手品か? しかし、手品とは思えない力。大方何かの能力よね。荒唐無稽な話も信じさせられる力。

 となると、神力かしら……。万が一戦うとしても、相性がよくないわね。

 

「妖怪じゃないなら、構わないことになるわ」

 

「なら決まりだ。ここで休ませてもらう。どうせなら、あたいにも酒をくれよ。幽霊を処理するのに手こずって、今しがた飽きたんだ」

 

「手持ちが……三、五、十……十五本。…… 十五本ね。勇儀、一本くらいあげても良いわよね」

 

「ちっ! ……ああいや、パルスィに怒ってる訳じゃない。あんた、嘘ついたろ? 嘘を付いたやつに酒はやれない」

 

「え?」

 

 船頭が嘘を? どの言葉が嘘かによるけど、騙されていた? 

 

「あちゃー……。御免。鬼には嘘ついちゃあ駄目なんだったな。華扇も、萃香も……あんたもか。悪いな、訂正するよ。手こずってはないんだ。もとからやる気もないだけだ。謝るから酒をくれよ」

 

「……萃香」

 

 さっきから疑問に思うことばかりだ。この死神とやらの口から、……萃香?

 

「……あんた、萃香を知ってるのか」

 

「おうともさ」

 

 勇儀の言う通りだ。どうしてこの死神が萃香を知っている? 

 ……結論を急いてはならない気がする。萃香ら鬼は地底に封印された。封印される前の、昔からの知り合いだろうか。勇儀、萃香は地底生まれの鬼ではないはずよ。ではその時に死神は生きていたのか。死神に生の終わりはあるのか。

 

「殺した訳じゃないだろうね?」

 

 信じがたく、ましてや信じたくもないことだけれど、鬼にも寿命がある。私にもあるのかもしれない。いえ、多分ある。悪い想像をするのなら……。萃香は殺されたというより、魂を持っていかれたのかもしれない。こいつは死神だもの。あり得なくもない。

 

「いいや。地上で見かけた。少し話した。それだけだ」

 

 違った。萃香は生きているらしい。萃香と死神は友ですらないのか。会ったのって……地上で?

 

「あ? 待てよ、地上? ……あんた、私は酒をやらんと言ったが、それは取り消す。嘘をついたことも許す。酒はやれるだけやる。だから、早く話してくれ」

 

 勇儀がこんなに焦ったところなんて、いつぶりかしら。勇儀にとって、萃香はそれだけ大切なのよね。……ここに萃香がいたら、焦るな、などと叱るのだろうけど。

 

「……お言葉に甘えて。と言いたいところだけど、ちぃと酒が多すぎる。そこの猫ちゃん、一本くらい、いらんか?」

 

「……ふに゛ゃっ!」

 目の前の船頭が一口で飲み干して空いた瓶が、弧を描いて飛ぶ。落ちて草むらで鈍い音をたて……ない。瓶が割れない? それと、悲鳴のような鳴き声が……。聞き覚えがあるわ。お燐ね。どうしてお燐が茂みの中にいるの?

 

「聞きたいならここで聞きな、商売敵。あんたにゃ只で聞かせてやるよ」

 

「……あーい」

 

 ……ああ、盗み聞きしていたのね。盗み聞くようなものでも無いけれど。

 お燐の様子がおかしい。お燐はあんなに怨霊を引き連れていたかしら。記憶に無い。お燐は強いからあり得るけど、それでも、あれほど怨霊がくっついてまわっていたか?

 

「ほれ、こっち来い」

 

「でも、いいの? お姉さん、あたいが持っていった魂も、本当は運ばなきゃなんなかったんでしょ? あたいがやってるのは、お姉さんの魂の横取りだよ?」

 

「だからって、取り返すために戦うかい? もういいさ。怨霊になりゃあ、もう駄目だ。その魂が苦しむだけだ。見ず知らずの魂を、命を賭してまで守るほど死神は性格が良くないんだよ。映姫様に無理だった、と伝えて終わりだ。……むしろ仕事が減ってありがたい。仕事を減らしてくれた分、只さ。値はつけないから、油を貰っていってくれよ」

 

 映姫。知っている。地獄を仕切る閻魔様、ね。

 勇儀はもう考えることを止めているようにも見える。確かに難しい話。勇儀らしいといえば、勇儀らしいけれども。

 まあでも、お燐と死神は、仕事に対する考え方がかなり違うことは分かる。お燐は仕事を全てきっちりこなせないと、少し落ち着けないたちな気がする。でも、死神はそうではないようね。

 

「あたいが言うのもなんだけどさ、しっかりやろうよ」

 

「端数を切って、誤りなければそれで良いだろう。映姫様もそう容易くは怒らない」

 

「それが誰かは知らないけどさ……」

 

「あたいは至極真面目に仕事をこなしているよ。三途の川に来た霊を、彼岸に運ぶ。それだけさ。そこに霊の数を数える義務はない」

 

 さっきから飽きただの端数だの、どんぶり勘定な所が見えかくれしている。真面目などと語るものの、真面目の欠片もないように思える。そうなると、死神の語ることを全て信用して良いのか、判断しかねるわね。

 

「……さて、そっちの女は我慢しかねているようだ。萃香とやらがそんなに大切かい」

 

「ここでの、唯一無二の鬼の友だった。なのに、大分前に消えた。悲しかったよ。……だから、生きていただけ嬉しい。そうだ、どうやら消えた当時は明治十七年と言ったらしい。ちょうど六十年だ」

 

「ふうん明治……。いつのことやら。最早昭和二十年だってのに。ああ、あんた知ってるかい? 幻想郷の外にも世界があるんだってね。大きな戦争をやってるらしい。いや、安心しろ。幻想郷はそうじゃない」

 

 ……戦争か。

 隋や唐には行ったことがないけれど、もっと遠くならある。というより、私はそこにいた。だから、外に大きな世界があることは知っている。そのことは、勇儀も知っていると思うけど。勇儀ら鬼が封印される前に住んでいた……何山だったかしら。今は妖怪など全て消えて、幻想郷の外にあると思うけどね。

 

「世間話はいいから早く」

 

「んん? 世間話こそ楽しいのにな」

 

「いいから」

 

「……わかったよ。その話に、楽しいことは無い。しかし、そんなに気になるなら話すよ」

 

 楽しいこともない……。悲しいこともないわよね。ことの顛末によっては、勇儀を慰めるのは私になりそうね。

 

「あ、待った。悲しい話でもないよ」

 

 服の裾が破れそうね。お燐に、指を指されるくらいには。勇儀だし、よく千切れずにいる、と考えるべきかしら。

 ただ、勇儀にも思うところがあるのだろうから、裾が破れそうだなんて、今は言わないでおきたい。何の意味もないのかもしれないけれど。

 私の癖に同情だなんて、らしくない……。

 

「鬼の手前、焦らすのは楽しそうだが、後々面倒みたいだね……。良し、単刀直入に言おうか。萃香は紫と一緒に居たよ」

 

「そうか……。地上となると、やはり紫か。また紫か」

 

「ああ? また? ……あんた達、紫に何されたんだい。約定だかがあるんだろ? 紫こそ、地底に何かできるようには思えないんだが」

 

 死神は微妙に勘違いしている。地底世界は結局のところ、紫の掌の上にある。あの力を私はおろか、さとりでさえ止めることは能わないだろう。紫が干渉しようとすれば、すべて彼女の意のままに事は進む。

 あの時さとりを傷つけたのは、紫の差し金であることは間違いない。萃香とこいしによって看破されたものの、お燐はそのことを知らない。勇儀だって。さとりには伝えていない。……ものの、もしかしたら、既にさとりには知られているのかもしれない。さとりにとっては、私の心を読めば知れることだから。ただ、さとりに私の心を読む機会は与えられなかった。知らないはずだ。とは言うものの、知らず知らずの内に読まれていたことも有りうる。もしそうなら、さとりは己が傷つけられた重大な事件を、己の手で握り潰したこととなる。地上と地底の平和は、貧相な私の身よりも大切とでも言うつもりなのだろう。その貧相と卑下する体に、何百もの動物がぶら下がっているというのに。さとりはもう、一人で死ねるほど幸せな立場じゃない。

 私は紫を許したくない。……現実くらいはわきまえている。彼女を弾劾できる立場に居るものはここには居ない。こちらが許すとか許さないとか、紫には何も関係の無いことだもの。傲慢なことは確かだ。

 

「傲慢なんだよ。あやつは。思うがままに物事を進めようとする」

 

「知ってるさ。それだけでは紫の関与があるとは言えないと思うがね。萃香が地上に戻りたいとでも言ったかも知れないだろう?」

 

「あり得ない。あいつは地上に未練など無い」

 

 確かに萃香はそのようなことを語っていたかもしれない。どうだったかしら。「私は住みやすい所に住むと決めた。今は、ここが住みやすいよ」だったか。地上への未練が存在しないか、分かりにくいね。

 彼女は断言したがらない。……勇儀には別のことを言ったのかもしれない。そうだとしても……。勇儀は萃香の言葉を丸呑みにしすぎていたのかしら?

 

「心はうつろいやすいもの。鬼には、分からんか。立派な心を持っていらっしゃるからな」

 

「当たり前だよ! 私は信念を曲げようとは思わない」

 

 立派な心とは当たり前のこと……ねえ。多分、鬼には分からない。に対しての、当たり前だ! なのだろうけれども。いずれにせよ、勇儀らしい。

 

「さて、あたいとて、あいつの事は少し知っている。しかし勇儀、あんたこそが一番知っているのではないか? あの鬼は、鬼などというつまらない枠に嵌めて良い小者だろうか、と」

 

「……」

 

「断言しよう。紫が存在しなかったならば、萃香は王たる者よ。あんたはそれに遠く及ばん」

 

「ちょっと、言い過ぎよ! 萃香の話はそうだとしても、勇儀にしかできないことはあった。貴方は勇儀の何を知っているの?」

 勇儀が地底のためにどれだけ尽力しているか、この死神は知らないはず。少なくとも、貶されていいものではない。萃香に及ばずとも、勇儀にしかできないこともある。

 

「……まあそうは言ったが、こう言われて誰かに擁護されるなら、それでいいんじゃないか。完璧な治世などないしね。でも、萃香は、地底に飽きていたとね。そういうわけさ」

 

 性格の悪い死神ね。仕方なしに引き下がってあげた。と全面に押し出してきて、不快だ。私が声をあげなければ何を言っていたかすらも分からない。

 

「……こっからが面白い話だのに。そう睨まれちゃあ話すことも敵わない」

 

 ……勇儀、いつもなら言い返すのに。

 

「……ごちそうさま。船に乗せた時、楽しい話ができるよう過ごしておくれよ。あんたみたいにな」

 

「私……?」

 私の話? 私の話に、面白いことは無いけれども。嫉妬しただけの人生だったわ。

 

「救いようはある屑な奴の話が一番面白いのさ。死に損なった奴の話はもっといい。これは、めったにいないがね」

 

 否定できない。嫉妬する妖怪なんて、屑そのものでしょうね。思い当たる所しかない。救いようがあるは放っておいて、だけど。

 

「待て! パルスィは――」

「……忙しいんでね。猫のお嬢ちゃん。後は頼んだよ。あ、その長耳が死んでも怨霊にするなよ。私が運ぶんだ。あんたには、先に六文あげておこう。……それじゃ!」

 

「うぇっ!?」

 

 言いたいことだけ言って、去っていった。お燐も災難ね。さっきからずっと困惑していたような。私もそうなっていたかもしれないわ。

 ……この六文、使おうにも、地底の通貨とは違うものだし、取っておくしかないのかしら。

 

「あたいは……どうすれば……」

 

「なんだか、運が無かったわね。ま、怨霊集めでもしておけば良いと思うわ」

 

「あの鎌を持った奴、何を伝えたかったのかな?」

 

 お燐をわざわざ呼び寄せてまでして話すことでも無かったような。確かに、萃香の居どころは知ることができたけれど。

 それよりも後に話したことのせいで、お燐も盗み聞きをした理由が自分でもはっきりわからなくなってしまっているのかしらね。

 

「さあね。貴方も萃香という言葉が聞こえたから盗み聞きしていたのよね?」

 

「違うよ? あのお姉さんからは同業者の香りがしたんだよ。あたいは盗人みたいなものだと思ったから……草影に潜んで」

 

「どこから聞いていたのよ」

 

「萃香のところ。それとは関係ないけど、多分、お姉さんは魂を運ぶ仕事をしているのかな、って。寄りにくくなっちゃった」

 

 思っていたよりも、大分前ね。あの死神がお燐を見落としていたのか、見逃されていたのか。妖力有り余るお燐を見逃すなんて、私じゃないのだから無いだろう。

 それで、お燐は何を聞きに来たのだろうか。

 

「それで――」

「くそっ……」

 

「……勇儀?」

 

 勇儀、あれだけ悔しさを滲ませて……。私はどう声をかけたらいいのか。萃香よりも劣る、ね。勇儀の心には刺さったのかしら? 私と違って、どちらも雲の上のような鬼だけども。

 

「あ、あたいは帰るからねっ!」

 

「ええ、さようなら」

 

 聞きそびれてしまったが、致し方ないか。……お燐は帰った。勇儀は友。それならば今は勇儀の隣にいるべきだろう。

 

「勇儀」

 

「……悔しいよ」

 

 ……嫉妬?

 

「飽きた……か。私よりもあいつか」

 

 一番の友だと思っていた人が、別の人を一番の親友に据えていたら、悲しいわよね。どう答えたらいい? どう慰めたらいい?

「えっと……」

 

「勘違いしないでくれよパルスィ。萃香は尻軽じゃない」

 

「……知っているわ」

 

「あいつを見返そう。私は、強く、賢くなるよ」

 

 慰める必要もないのね。勇儀には、嫉妬も力となるのね。……前向きで妬ましいこと。私だけ取り残されているように思えて仕方がない。

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