この橋渡る者無きこと長し   作:塵紙驀地

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戦うから強い火車 強いから戦う鬼

 パルスィが気絶してから、すでに半刻。

 

 パルスィを拾ったお燐は、とりあえず近くの比較的燃えていない食堂に運び込んだ。すでに客は居らず、それどころか店主もいない。

 それもそのはず、ここら辺の妖怪は、ほぼ全員野次馬に来ていた。しかしそのほとんどはお燐の初撃で消し飛ばされ、ごくわずかに助かったものは、遠くに逃げていたからだ。

 最初はただの喧嘩だと思っていた喧嘩は、見ているだけで命懸けの喧嘩だった。そんなものは、鬼しか見に来ない。

 

 

 

 

 

 

――――

 これはあたいやっちゃったかもしれないね。確か、さとり様の言伝は仕事内容を伝えてきて、だったね。紙束も燃えてしまったし……。あれだけやったけど、お姉さん、話は聞いてくれるのかな。……聞いてくれないと、さとり様に怒られそうだね。……多分さとり様、怒ると怖いんだろうなぁ。んと、血は流れてるけど、死んでないよね?

 

「お姉さん? そろそろ起きてくれると嬉しいな」

 

 

 ……駄目だね。

 

 

 先ほどまでの心のゆさぶりは目の前の橋姫にされていたことだった。その橋姫が能力を使って半刻も経ち、更に本人が気絶しているので、お燐にはパルスィの能力の残滓すらも残っていなかった。どちらも、全くそれを理解していなかったが。

 

 お姉さんへの嫉妬は消えたけど、お姉さん、本当に信用に値するのかな。いやみな奴だしさ。さとり様は、実はいい妖怪って言ってたんだけどね。それに、嫉妬は消えても、別にお姉さんは好きになれなかったな。あーあ、戦えば分かりあえるなんてことはなかったんだ。結局、何の能力を持っているかもわからなかったし。

 ……お姉さん、起きないなぁ。……うーん、場所が悪いのかもしれないね。そこら辺の妖怪に、お姉さんの家の場所、教えてもらおっか。

 

 土は弾幕で耕され、焼け落ちた家の建材がいくつか散乱していることが見受けられる、地獄と呼ぶに相応しい道を行く手の長い妖怪に、それとなくパルスィの家を聞いた。やたらと怯えられた気もしたが、どうにか聞き出すことができた。

 

 また、辺鄙な場所に住んでるね、お姉さんも。起きないなぁ。……仕方がないから、運ぶとしよう。

「……軽いね、お姉さん」

 

 すでにお燐の中では、このひねくれ者の橋姫への評価はおおよそ定まっていた。

 

 人の嫌がる所を踏みにじる、いやみな、さとり様の友人。外道ではないのだろうね。騙し討ちはしてこなかったし、喧嘩にも正面からのってきた。多分、表裏のない存在。ただ、その表面があたいとは合わなかったんだろうね。

 さとり様がいい妖怪と評した理由も大まかに考えられる。さとり妖怪の内面すら考えずに嫌う馬鹿と、心の中が汚い低俗な奴が嫌いなさとり様にとって、パルスィは悪い奴じゃない。……心が汚い奴はあたいも嫌いだけど。それとは別に、この橋姫は妬むだけで他の感情はそこまで大きな振れ幅を持たないのかもしれない。

 

 多分、似た者同士なんだろう。この橋姫と、さとり様は。……さとり様も、よく考え事してたしなぁ。

 

「顔は……きれいなんだけどな」

 

 ゆったりと、木造建築が多い街道の外れを歩いていく火車の妖怪。この辺りも、屋根瓦が剥がれたり、壁に穴が空いていたりと、ぼろぼろになっていた。軽いとはいえ、身長差も余りない妖怪をおぶっていくお燐は、疲れを感じ始めた。それが、体の疲れだけからくるものかは、全く判断がつかなかったが。

 

 意外と遠いね、お姉さんの家。あの喧嘩の場で会えたのは偶然だったのか。……火車にでも、乗っけていこうかなぁ。……でも、火車には死んだ人間を乗っけたいしなぁ。出来れば美しい死体。お姉さんはこのまま担いでいこうかな。別に、お姉さんの為に火車を使いたくないしね。お姉さんが人間の死体だったら、あたいは喜んで火車に乗せてたのかなぁ。嫉妬に一途な人間……。

 

「そろそろ起きなよ、お姉さん……」

 

 

 ……駄目かぁ。

 

 

 そうこうしながらゆっくりと家に向かっていると、例年より早めの雪が降ってきた。

 

 ん、雪だね。こんな時期に……。珍しいね。はぁ、あたいもお仕事に戻りたいんだけどなぁ。さすがに駄目か……。

 そもそもさ、お姉さん、あたいを戦闘狂だなんていってくれるじゃないか。あたいは、あんな戦いしかやることのない、暇人とは違うんだよ。お姉さん。あたいは地霊殿のみんなの為に、頑張って強くなろうと思ってきたんだ。

 強いから戦う鬼じゃなくて、必要だから戦って、強くなろうとしたのさ。まだまだ未熟だけどね。今思うと、あそこにいた野次馬妖怪が木っ端妖怪ばかりで本当に良かった。鬼なんかいたら、とても面倒だったろうね。一発ぶつけられたあとに、鬼と遊ぶなんて考えられない。

 

 一部が崩れた階段の一段目をを踏むと背骨から嫌な音がした。動けているので、折れてはないだろう。妖怪なので、折れていても休んだらいいだけだが。妖怪にとっては、別段気にすることでもない。

 

「痛っ……。今だと体に響くねぇ」

 ――下半身に、脱臼のような重くて体の内から湧き出るような痛みが出てきた。何とも無いだろうとはいえ、気分が滅入ってくる。

 

 ……あとでさとり様に診てもらうか。折れてたら、休ませてもらえるかな。謝るのが先って言われるのかなぁ。だいたい、お姉さんが挑発するのが悪いんだよ。あたいはきっと悪くない。喧嘩の原因はあたいじゃない。お姉さん、あの妖怪にお仕置きしたあとの態度よくなかったしね。もしかして、あれがお姉さんの友人だったとか?そうだったらお姉さんを倒したのは正解って訳だけど。……それはないか。……何も知らないくせに、よくあまり言われたくないことが分かったね?

 

 すでに家の密度は低くなり、地面が見え、はぐれ怨霊、はぐれ妖怪が多く見受けられるようになる。

 

 ……お姉さんだって、強かったじゃないか。戦いはそんなに慣れていないように見えたのに、油断を見抜いて、的確な一発を撃ち込んできた。……やっぱりお姉さんとは仲良くなれそうにないよ。お姉さんに隙を見せたら、すぐに食べられてしまいそうだね。そうだ、あの大きめの弾、この喧嘩を、喧嘩で終わらせられる最大限の威力だったね。血もでなかったし。あの後のあたいの弾幕……あーあ、やり過ぎたかなぁ。大人げなかったかなぁ。

 

 普段よりかなり精気がない嫉妬妖怪をおぶる、普段よりかなり萎れた猫耳妖怪は、誰もが二度見するような負の気を纏って、辺鄙な所に住むひねくれ者の巣穴に向かっていく。

 

「お姉さんー? 起きてー?」

 

 

 ……まだ駄目か。

 

 

 ぽつんと建っている建物が見えてくる。お燐は歩き続けていたので、目標としていた家を見つけた時にはすでに大分疲れていた。歩いた距離にすると、普段の死体集めで回る道のりの数十分の一にも満たなかったが、今のお燐にとっては、大層長い道のりだった。

 

 それっぽい建物が見えてきた……。おお、意外と悪くない家。うわ、家の前に誰かいるね。今日はもう何も起こってほしくないな……。さっさとお姉さんの家で休みたいんだけどなぁ。

 

 お燐にとっては残念なことに、お燐は家の前で何やら騒いでいる二体の妖怪を見つけてしまった。今日はもう、何も起こらないでほしい。と思っていたお燐にとっては苦痛であった。呪われているんじゃないか、お燐をげんなりさせるには十分だった。

 

 うわ、よく見ると鬼の四天王の二人じゃないか。雪なのに外で騒いでる。お姉さんに用でもあったのかな。まだこちらには気付いていないみたいだね。面倒な用だったら正面玄関以外からお姉さんの家に入るか……。聞き耳を立てよう…。

 

「――だーっ、あの爆発にパルスィが巻き込まれたかも知れないだろう!?」

 

「そうは言ってもさ、勇儀。いないもんはいない。そういうものじゃない? それに、あいつだって弱くない。もう少し信じようよ」

 

「こんだけして帰って来ないんだ。何かあったに違いない。なぁ、爆発したとこ、もう一度見に行っておくれよ。」

 

「あの爆発は凄かったねぇ。大量に弾幕を撒いた跡があった。……でも、上から見ても、何も居なかったよ」

「喧嘩を見れなかったのが残念、残念。一回目の爆発の時に霧になっておけば」

「だから見に行こうって言ったんだよ、萃香。それなりに力のある奴が喧嘩してたんだって。あんたが小規模な岩雪崩とか言うから!」

 

「あはは、まさかあんなに力のある奴同士が喧嘩してたなんてねぇ。それに、勇儀の足じゃ間に合わなかったさ。すぐに終わったみたいだし」

 

「ごたくはいいんだ。友人の一人が帰って来ないんだよ!」

 

「外出してるだけだって。鬼殺しでも呑んで落ち着きなー?」

 

「いらないよ!」

 

 愛されてるね。お姉さんも。でも、四天王と友達かぁ。意外と、顔は広いのかな? 鬼は仲間思い。あたいがやりました! なんて言ったらすぐに殴られるね。それか

「お前がやったのか。敵討ちじゃあ!」

 とか言われて、喧嘩が始まりそうだ……。お姉さんが起きたら鬼にも話が伝わる。今隠してもどうせバレるねぇ。諦めて正面から入――

 

「あの場所、酷い有り様だったよ。勇儀も一回見に行きな」

 

「なんだい、そんなに酷いの?」

 

「三十軒くらいが全壊、遠いところだと三町先まで損壊していた家があったよ。一部が大火事。もう消しといたけどね。よっ、これぞ灼熱地獄! ……灼熱地獄なんか見たことないけど。本当にあるのか?」

 

「三十……やりすぎだね。詫びて手伝ってもらわなきゃあ割りに合わない」

 

「そして喧嘩させろ!」

 

 がばがば呑んでるね。小っさいほう。……それに、こっちで丸くおさめたほうが良さそうだね…。命の危機を感じるよ……。外れもはずれ、喧嘩して大外れのお姉さん、だ。

「私の友達には鬼の四天王、勇儀と萃香がいるのよ!」くらい言ってくれたら手加減しても……そんなこと言うわけないか。お姉さんは、一人で抱え込みそうだね。

 ……さとり様と似てるなぁ。本当に。そっか、お姉さんの心の中にはお姉さんしかいないんだ。はぁ、友達はいるんだからもう少し頼ってあげなよ?これは不味い、裏口を探すか――

 

「さぁ勇儀、今回の下手人を当ててさがそうよー」

 

「パルスィの発見が先だって」

 

「外出してるだけだと思うから待ってても多分会えるよー? そんなに心配なら探しに行きなよ」

 

「入れ違いになったら嫌だろ!」

 

「まぁまぁ、呑んでる今の私の明瞭な頭なら、簡単に犯人が分かるよ。酔いを醒ますためにもう少しお酒ちょうらい?」

 呂律が回ってないね……。酔っぱらい相手にもばれたらあたい、何もできなくなる。ばれなきゃいいけど。

 

「呑みすぎだよ。ほいこれ」

 

「うっへへへー」

 

 ふらっふらしてるね。ああみえても、余裕で、大丈夫なんだろうけど。

 

「んー犯人はー火を使うようなやつ。……鬼じゃないね」

……ばれなきゃいいけど。

 

「へぇ? どうして?」

 

「鬼は喧嘩で小さい弾なんて使わないよ。弾幕で喧嘩するなら別だけど」

 

「あんたは使うじゃないか」

 

「実直さは鬼のいいところだね」

 

「分かるけど、何言ってんだい」

 

「……だからだよ、勇儀。まぁそれはいいとして、大火事から」

 

「それだけ?」

 

「それだけ」

 

「これだからあんたは。……期待して損したよ」

 

「あー待った待った! もうちょっとお酒くれたら分かる!」

 

 見たところ萃香って、お酒呑んだら本当に酔いが醒めるのかね? どうもふらふらがおさまってきてるよ。

 

「お酒が呑みたいだけだね? 萃香。このお酒をやるから、犯人を教えてくれ」

 

「言ってみるもんだね。毎度あり」

 

 もらった酒を一気に飲み干して、満足げな萃香は口笛を吹くかのように呟く。

 

「多分火車だよ、火車」

 

……うわ、なんでわかったんだろう?

 

「火車……ねえ。あー、お燐か。でもどうして?」

 

「勇儀さ、自分でものを考えたりしないの?」

「簡単だよ、ここらで火に属する者は怨霊と火車、地獄烏。あと雑魚妖怪の一部。雑魚はこんなこと出来ない。怨霊はそれ自身を燃やす火みたいなもの。別に自ずと動いて喧嘩しない。地獄烏は寒ーい旧都のこんな端まで来ない。残るは火車だ。で、火車で最も有名なのは。……だね。お燐で多分合ってる」

 

 うええ、一度目の前に出ないと呼び出される。つんだね。諦めよう。

 

「わかってたならすぐに言いなよ。さてはお酒をもらう為に犯人を言うのを延ばしたな!」

 

「んー? どうだか。確か……パルスィの奴からさとりって言葉は聞いたことがない。さとりとは知り合ってないんだろうね。じゃあ火車とも会ったことはないはず。だからあの爆発とは無関係だろうね」

 お姉さんは昨日さとり様と会ったんだよ。思いっきり関係してるね。

「眺めていたとしても、あの程度じゃ、爆発の中心にでもいなきゃパルスィは倒れないよ。だいたいあいつ、喧嘩もしないしね」

 ……中心にいたね。それに、()()()()の爆発だって?

「帰ってきたら、やぁ、外出なんて珍しい。どこ行ってたんだい? とでも言えばいいさ」

 

「そうだといいけど。」

 

「もう、辛気っくさいったらありゃしない。

それで? そこにいるのは誰?出てこないと分身に捕まえさせるよ。痛い目に遭いたくなければ……」

 

あー、ばれてたね。覚悟を決めるか……。

 

「ごめんね、鬼のお姉さん達」

 

 鬼の大きい方は目の前の二人を見て思考が止まってしまったのか動かない。それを見た小さい方はため息をついて、お燐に質問を投げかけてきた。

 

「うわ、酷いね。死んでないよね?それ。まぁ、そのくらいじゃ死ぬわけないか」

 

「うん、死んでないよ」

 

「あんた達、知り合いだったのかな?どうしてそんなことに」

 

「いや、初対面だよ。たしかにあたいがお姉さんと喧嘩した」

 

「じゃあ喧嘩相手はパルスィだったか! ははは! あいつが喧嘩? 珍しい!」

 

 ここで、放心から復活した勇儀が話に割り込んでくる。

 

「待っ…待ってくれよ! どういうことだい? どうしてパルスィはそんな怪我を!」

 

「うん、ごめんね、お姉さん達。今から話すよ」

 

 パルスィの家の中に入り、パルスィを寝かせたあと、お燐はゆっくりと、嘘偽りなく話し始めた。勇儀は神妙な顔つきで聞いていたが、何故か萃香は喧嘩の理由を言ったところでニヤニヤしだした。不思議に思いつつも、喧嘩の内容を話していた、その途中でついにこらえきれなくなったか、萃香は大笑いを始めた。

 

「ははは!いや、それはそこの馬鹿が悪いよ。」

 

「え?鬼のお姉さん、どういうことだい?」

 

「簡単だよ、こい……ぶふっ、こいつはな、簡単に言うと嫉妬させる能力なんだ。いやー、やらかしたのはパルスィだったか! ははは!」

 

 なんだ、お姉さんが悪かったのか。思い詰めて損したよ。あたい悪くない。うん、ちょっとやり過ぎたよ。ごめんね。って言って終わりだね。良かった良かった。あとはさとり様に怒られるだけだね。……こっちも怖いけど。

 

「でもな、お燐よ、友達の友達がやられたんだ」

 

 萃香の発言に急に勇儀も思い付いた顔をした。

 お燐は何故かとても嫌な予感がした。最もだ。鬼が楽しそうな顔を見せたとき、いいことが起きるわけがない。そう、鬼は古来より理不尽だ。

 

 

 

 

 

「「一回殴らせろ」」

 

 ……あたい、終わったね。厄日だよ。きょうは。


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